非合理のマネジメントはできているか

日本企業合計で赤字


日経新聞社が2月6日までに決算発表を終えた3月決算企業972社の今期の業績予想をまとめたところ、最終損益は合計で1兆1299億円の赤字になる見通しだという。あらためて、今起きていることのすさまじさを再認識させられる。同じ赤字でも、営業黒字の見通しだが、リストラ費用等を見込み、最終損益を赤字と見込むパナソニックのような会社や、為替差損等で利益見通しを下方修正しながらも、過去最高益を更新する任天堂のような会社もあるが、戦後長く日本経済を支えた、自動車や電気を代表とする輸出産業のフォーミュラが蹉跌していることは明確だ。



予想はできたはずだが


さすがにここまで来ると、個別企業の努力を上回る力学が働いていることは確かだ。だが、本当に問題なのは、今の状況がまったく予想も出来なかった隕石のようなものではない、ということだろう。何年にもわたって、大抵の人が気がついていた構造問題が、大不況によって予想以上のスピードで顕在化してしまっている、というのが実態に近い。問題があっても、自分の任期中に会社が行き詰まることはないだろうとたかと括っていた経営者にとっても、すべて切羽詰まった回答をすぐに求められる事態になってしまったわけだ。


例えば、今回の不況の発端であるサブプライムローンの問題も、突然降って湧いたのではなくて、07年の夏くらいにはすでに大問題になるということは報道もされていた。日本経済が失われた10年の後の、幻のような好況下にあったときも、恩恵を受けた多くの企業は中国特需、資源特需に頼った脆弱な構造であることもわかっていた。しかも、その中国特需自体、アメリカへの輸出一本にたよった脆弱なものであることも、巷間言われていたことだ。中国やインドのような低賃金の国の台頭で、日本の製造業も従来のままでは立ち行かなくなることも誰もが口にしていた。市場でも、自動車離れや高級ブランド離れも着々と進行していた。円安で輸出企業は潤っていたが、この円安はつくられた円安であることを、苦い思いで自覚していた人は私の周辺にもいくらでもいる。


製造業にとっては、『コモディティ化を制覇して勝ち抜く』か、『コモディティ化した市場を抜け出す』かのどちらかしかなかったはずだ。そして、日本の、というより労働コストの高い先進国の避け難い選択肢として、『ソフト化』『クリエイティブ』『イノベーション』が金科玉条になっていたのだ。



準備していた企業としていなかった企業


結局こういう状況を正確に理解し、問題に向き合って、一定の回答を出す事ができていた会社とできなかった会社、この二つに分かれてしまっているのだと思う。現段階では、前者の典型例が任天堂なら、後者の代表例の一つがソニーになっているようだ。



今のソニーは何かがおかしい


去る1月22日、ソニーは2008年度の通期連結業績予測を下方修正した。2008年10月発表の予測に対し、売上高は1兆3,000億円減(14%減)の7兆7,000億円、営業利益は4,600億円の損益悪化で、損失2,600億円と赤字となる。純利益も当初予測比で3,000億円のマイナスで、1,500億円の損失に修正した。 


ただ、ソニーの場合、数値が悪いだけではない。どうも経営方針を含めた様々なことがちぐはぐに見えてしかたがない。最近でこそ、パソコンの『VAIO type P』の評判は大変良いようだが(私もとても良い製品だと思うが)、これ以外に、今のソニーには、ワクワクさせられる製品はほとんどない。その一方で、VAIOシリーズのあの種類の多さはどうだろう。本当にあれだけの数が必要なのだろうか。さらには、VAIOに限らず、ラインアップが如何にもバラバラで、思想が見えない。ラインアップというのは、商品企画のコンセプトや思想が最も明確に現れるところだ。製品個々を音符に見立てれば、ラインアップはハーモニーだ。考え抜かれたラインアップはそれ自体の美しいハーモニーで消費者を魅了し、巻き込んで行く。(アップルのiPodシリーズが良い例だ。)



根本的なところが・・


ソニーは原点回帰をする、という決意のもとに団結していくと思ったのだが、今の経営陣の原点はどこなのだろうか。その点で、目を疑うようなインタビュー記事があった。ブログ界隈でも話題になった、中鉢社長の『テレビは高付加価値より値頃感で勝負する』というあれだ。確かに差別化の手段は高付加価値化だけとは限らない。だが、『値頃感』というのはどういうことだろう。『ユニクロではない、ソニーなのに』、とはユーザーよりソニー社内のエンジニアがまず感じたのではないか。そもそもソニーは値頃感を強みにできる会社だったのだろうか。私も一応株主の一人として言わせて頂ければ、聞きたくなかった、見たくなかった発言だ。

http://diamond.jp/series/newsmaker/10007/?page=2



ソフトウェア重視のはずだが


ハワード・ストリンガー会長は就任当時より、今後ソニーはソフトウェアを強化して行く、と宣言していた。確かに、ソニーの持つハードやコンテンツの強みを最大限生かすためには、ソフトウェアは重要だし、一方でソニーのソフトウェアは弱点の一つだったわけだから、狙いは悪くないと思う。だが、ソフトウェアを強くするための策は一貫していただろうか。そもそもそのような策は講じられていたのだろうか。この点で思い出すのは、任天堂の山内元会長のことだ。山内元会長はハードを扱う会社とソフトを扱う会社は、経営に明確な違いがあることをことあるごとに指摘して、実践していた。



ソニーの物語はどこへ


その任天堂にしても、アップルにしても、ハードを取り扱う『製造業』だが、今やほとんど製造業の泥臭さい部分を経営者の発言から感じることはない。その代わりに、『面白さ』『楽しさ』という非合理な価値を突き詰めようとする、求道者のような哲学や姿勢は強く伝わってくる。それこそ、かつてのソニーが体現していたものだ。製造業であるからには、コスト削減も投資の抑制も、株主への配当も重要な課題であることは言うまでもない。だが、ソニーの商品を買って来たユーザーの多くはは(私を含めて)、その姿勢や物語性に魅了されて、過剰にお金を投じて来た。


ソニーの会長兼CEOの、出井氏は、『メーカーは世界の流れにもっと敏感になるべきで、従来型とは異なる展開をした任天堂Wiiの大ヒットなどは正に良い例である。』とフォーチュン誌のインタビューで答えているそうだ。この発言をソニーの社員の人はどのように聞くのだろう。

元ソニーCEOの出井氏、任天堂のように新たな流れに敏感になるべきとコメント | インサイド



非合理のマネジメントこそ


確かに、『ソフト化』『クリエイティブ』『イノベーション』を実現するための取組みというのは、簡単ではない。今の日本の製造業がもっとも苦手とするところかもしれない。日本企業では任天堂以外にはこれといった成功例が乏しいとさえ言える。(ゲームソフトなど、日本が圧倒的に強いと思っていたら、実はすでにそんなことはなく、海外勢に負けつつあるのが実態らしい。嘆かわしいことだ。)私が一貫して主張しているように、大不況期の今も、『非合理を如何にマネジメントできるか』、という課題はやはり経営の最重要課題だと思う。