グリー田中良和社長のお話はやはり素晴らしかった

15ヶ月ぶりのRTCカンファラン


2月13日に、15ヶ月ぶりにRTCカンファランスが開催されたので出席した。
RTCカンファレンス Vol.29 『不況撃滅』 -グリー田中良和社長|近江商人JINBLOG


本当に久しぶりだったので、出席者のうち半分弱くらいは初めての出席だったようだが、大変な盛況だった。おそらく、今、時の人と言っていい、GREE(グリー)の田中社長の講演と銘打ったところに惹かれて集まった人も多かったと思われる。そう言う私自身も田中社長のお話は是非聞いてみたいと思った一人である。



不況撃滅のために


タイトルを『不況撃滅』として、不況期にも係わらず、破竹の勢いであるグリーの田中社長を呼ぶという設定は、その意図がわかりやすい。ところが、グリーには不況期を意識した具体的な対策とか対応はまったくない、ということを田中社長が明言されたこともあり、タイトルのミスマッチ? と司会の上原社長自身、自虐的に語る場面もあった。ただ、結果としては、姑息な対策など超越して、今が不況であることを忘れさせてくれるエネルギーこそ、最大の不況撃滅策であることを参加者の誰もが納得したのではないか。そういう意味では、絶妙なタイトル設定でありタイムリーな人物の招聘だったと思う。



成功すべく成功している田中社長


実際、内容的にも実に面白いセッションだった。オールドタイプのMBA*1スタイルで、田中社長の成功の秘密を分析しようという態度で臨んだ人のどぎもを抜くような発言が次々と出て来た。何よりグリーの成功は『不連続』であり、『ロジカル』な積み上げの結果ではない、という趣旨の発言は所謂分析指向の人を思考停止にしてしまったかもしれない。中には、グリーの成功は偶然の産物で、何かを学ぶことはできない、と感じた人もいたのではないか。RTCカンファランスの出席者には、そもそもオールドMBAタイプは少ないかもしれないが、私が知る多くのエリートと称する人達はそういう反応をしたに違いないと思う。


だが、少なくとも私は、田中社長が、事前の予想以上に基本に忠実でかつセオリーをふまえていることを感じて、ある種の感動を覚えた。この人の世代(所謂76世代)*2の経営者が、旧来の経営常識の破壊者、というか改革者であることは巷間言われて来ていることだが、やはり他人の書いたものが必ずしもその本質をつかんでいないことを、こうやって実地に話を聞く事で再確認できた気がする。今の日本には本当に暗い話題が多いが、こういう経営者が出て来ているということは実に明るい兆しだと思う。それはおそらく短期的な『不況撃滅』以上の価値がある。


田中社長の発言の中からいくつか取り上げて私の書けるコメントを添えておきたい。毎回の事だが、このセッションの詳細な優れたレポートはすでに沢山上がって来ており、「RTCカンファレンス Vol.29 『不況撃滅』」参加 : チミンモラスイ? 私が敢えて同種のエントリーを書く事の意味は限りなく低い。だが、私自身の感想であれば、それは良くも悪くもただ一つであり、希少価値もあるかもしれない。(あるとよいが・・)



非連続


『サービスの成功の理由をあげることはできない。非連続イノベーションで再現不能。ベンチマーク指向だけではだめ。これ以外の何かがある。成功は非連続で、ある日突然来るもの。自分は他の会社のビジネスを見ていない。何かと比較したわけではない。』


かつては成功の王道とされた、ベンチマーキング、すなわち他社の良い部分、自社と比較して優れている部分を探して自社に取り込んで行くことで、漸進的に良い会社、良い商品、良いビジネスに近づいて行こうという手法である。これは、市場最低コストをめざし、コモディティ市場を制覇を指向する会社には今でも有効かもしれない。しかしながら、普通の利便性に充分満足してしまったユーザーを尚惹き付ける物語を創ることが市場開拓の中核となっているWebサービスなどでは、むしろ逆効果だろう。商品やサービスの思想を理解せずに、表面的に模倣する事くらい、貧困な物語はない。他社と比較をするなら、表面的なスペックや具体的なサービスの背後にあるメタの部分、乃至思想の部分を理解し、読み解くことまで深堀すべきだ。田中社長の言う『非連続』といのは、実に言い得て妙だと思う。コモディティは連続的で見えやすい。価格を下げる、品質を良くする、利便性を上げる等々、見えているが追従できない壁をつくることができる企業なら、そういう勝負をするのもよかろう。だが、見えない競争を仕掛けていくためには、『非連続』であるべきで、そうであればこそ、誰も追従できずに市場で勝ち残ることができる。


また、ベストセラーになった『イノベーションのジレンマ*3でも取り上げられたように、ベンチマーク指向の罠にとらわれ、過去の成功体験から逃れられなくなって行く大企業の対極にある発想とも言える。会社を必要以上に大ききしない、とくに企業買収等によって拡大するようなことはしたくない、という趣旨の発言もあったが、大企業のジレンマの本質を直感的に見抜いておられるようだ。



3〜5年後


『現在の競合にとらわれるのではなく、3〜5年後、どういう社会になっているのか、どういうサービスが必要になっているのか、時代に求められるサービスは何かを必死で考えている。』


およそどんな企業でも考えているだろう、と思われるかもしれない。だが、どんな方法で考えているのか。過去の分析を精緻に行って、その延長に未来を投影しようとする会社がいまでも大半だろう。ほとんどの大企業がその罠から抜け出ていない。その最大の理由はいまだに自然科学的な因果モデルにとらわれていることにあると思う。小さいながらも経営者の勘やセンスが良くて成功した企業が、企業規模を急拡大して、大企業にならって組織づくりをし始めると、同時に入って来るのがこの『科学的/統計的市場分析』というやつだ。社会も市場もシンプルだった一昔前ならともかく、ここまで社会が複雑になってしまうと、如何に大量のデータを集めて来て分析して因果モデルをつくろうとしても大方は徒労に終わるはずだ。田中社長のお話を聞いていると、このようなステレオタイプを軽々と超えて行くクレバーさを感じる。その感性が将来を見通すために一番必要な資質だと思う。



いいサービスをつくるいい会社づくり


『いいサービスを創るにはいい会社を創る必要がある。そして、いい会社を創るとはどういうことか、ということは日々考え悩んでいる。会社が成長し続けるためには従業員がいきいき働ける環境を与えることが重要。いい会社、いい人、いいコーポレートカルチャーが重要だ。これは本には載ってない。』


これも実に現代の企業のあり方の根本に触れる問題指摘である。以前、私のブログでも取り上げたのだが、ジェイ・バーニー氏の次の見解に近いと言えそうだ。


『ニュー・エコノミーでは状況の変化があまりに速いため、持続的競争優位の達成など、夢物語。企業のケイパビリティー(能力 = 従業員の能力、企業の組織の能力など)こそ、持続的競争優位をもたらす』


どんなに市場を分析して、戦略に確信を持って臨んでも、今日の市場はその想定を軽々と超えてしまう事が多い。特定の経営や市場戦略に固執するより、個々の従業員の能力を上げることがより重要だ。そういう従業員がいきいき働く企業こそ、結果的にどこより競争優位を持てるわけだ。実に理にかなっている。特定の、本に出ているような競争戦略に固執することは、特に今のように社会が複雑化した時代には、むしろリスクが大きいと考えるべきだろう。しかも、そんな作戦は他社からもよく見えるため、あっという間に対策も講じられてしまう。



企業カルチャーの重要性


『採用活動にあたっては、一緒に働きたい人しか採用しない。能力は重要ではない。マインドやメンタリティが同じ人と働きたい。この仲間と何かやりたいと思うかどうかが需要。』


これを聞いて、すぐに思い当たるのは、『ビジョナリー・カンパニー2』*4に書かれた飛躍の法則である。これは、誰をバスに乗せるか(誰を降ろすか)をまず決めて次に何をすべきかを決める、というもので、成功した会社は、ビジョンも戦術も組織も、すべてバスに乗せるべき人を乗せ、降ろすべき人を降ろしてから決める、という法則だ。大抵の企業ではこの逆をやっていることが多い。だが、田中社長はまさにこの成功法則を体現されているのだろう。



安易なM&Aはしない


『会社は人間がやっている。そして、会社と会社は別のカルチャーで動いている。安易にM&Aをやって会社を拡大することが良いとは思わない。』


M&Aは実は非常に難しい。華々しい成功例が話題になりがちだが、その影で大量の失敗例があることを肝に銘じておくべきだ。最大の問題は企業カルチャーの違いだ。近年の典型的な失敗例としては、AOLとタイムワーナーダイムラークライスラー等があげられる。いずれも、カルチャーのあまりの違いに翻弄されている。逆に、M&A巧者として有名な、サンマイクロシステムズは、M&A決定の最重視点は、企業カルチャーだという。企業カルチャーに不整合が大きい場合にあは、M&Aはやらないのだそうだ。カルチャーが単一になりすぎることにもリスクはあるが、カルチャーを無視した企業合併は死に至る病にかかることが多いのは確かだ。


本物しか残らない不況期こそチャンス


『不況というのは世の中が変わるとき。景気がよければ本来残るべきではない物も生残ることがあるが、不況ではそうはいかない。そういう意味で新しい時代の始まりであり、楽しみでもある。』


私もまったくその通りだと思う。不況に入り、去るべき者は去ろうとしている。すでに役割が終わったゾンビのような企業が今度こそ市場から去ることになるかもしれない。そういう厳しい部分も含めて、新しい時代が来ようとしている。厳しい時代だが、田中社長のようによい部分を見ようとする人にとっては、大変なチャンス到来なのだと思う。

*1:MBA - Wikipedia

*2:ナナロク世代とは - はてなキーワード

*3:

イノベーションのジレンマ―技術革新が巨大企業を滅ぼすとき (Harvard business school press)

イノベーションのジレンマ―技術革新が巨大企業を滅ぼすとき (Harvard business school press)

*4:

ビジョナリー・カンパニー 2 - 飛躍の法則

ビジョナリー・カンパニー 2 - 飛躍の法則