製造業の進化系とは/サービスの起点となる『モノ』づくりへ


正念場のアベノミクス


アベノミクスがいよいよ正念場を迎えようとしている。『第3の矢』と呼ばれる、成長戦略だが、本年6月には、『新成長戦略』が策定される予定だ。2013年に出て来た成長戦略は、産業政策がその大半であり、海外の投資家にもほとんど評価されなかった結果、株式市場も浮揚しなかった。第2の矢(財政政策)までの評価はどうあれ、成長戦略が機能しなければ、どう言い繕っても、アベノミックスは失敗だったと言うしかなくなる。そういう意味では、成長戦略はアベノミクス全体の命運を担っていると言われている。では、その『新成長戦略』を含めて、アベノミクスにより本当に日本の未来が切り開かれるだろうか。正直なところ、私自身はあまり期待できないでいる。



旧来の製造業の維持/復活では意味がない


私がそう考える理由は比較的シンプルで、具体的な成長戦略以前に、アベノミクスの主要な目的が『旧来の製造業』の維持/復活に据えられているようにしか見えないからだ。だが、今更私がここで言うまでもなく、グローバル・エコノミーに否応なく巻き込まれている世界の実情を勘案すれば、もはやそれは非現実的と言わざるをえない。日本が発展途上国だったころの輸出立国モデルを先進国となった現在、および将来に渡って固持しようというのは、どう考えてみても無理がある。新興国の工業化の進展は不可逆であり、先進国の製造業比率が低下するのは不可避だ。円安誘導も、法人税減税も、国内投資でさえ、既存の製造業の海外移転を抑止し、国内の雇用減を食い止めることだけを目的としている限り、素直には喜べない。



見習うべき米国とは


エコカー減税、エコポイント等、構造改革より現状維持が目的としか考えられない昨今の経団連と、こと製造業に関するアベノミクスのベクトルは大筋同じ方向を向いているわけだが、そんな経団連を見ていると、日本の自動車の輸出攻勢にたじろぎ、政治に頼ろうとしたかつての米国の自動車のビッグスリーGM、フォード、クライスラー)にその姿が重なってしまう(結局、GMクライスラーも経営破綻まで行き着くことになる)。


しかしながら、その同じ米国では、製造業からIT関連サービスや金融業、コンサルティングサービス等へ構造改革が進み、製造業の就業者比率を大幅に下げながらも、米国は再び世界経済の中心に返り咲いた。リーマンショックという強烈なバックラッシュはあったし、米国なりの難しい問題が山積している(中間層の没落等)ことは確かだが、それでも尚、21世紀のグローバル経済を主導するのは米国であることは誰しも否定しようのないところだろう。そして、今の日本が範とすべきはこちら側の米国の姿だったはずだ。



ファブレス


では、日本で製造業は生き残る道はないのだろうか。単刀直入にいえば、アップルのようなファブレス化(工場を持たない製造業)が唯一、経済法則に乗っ取った先進国での製造業の進化のあり方だと考える。自社では、企画/研究開発/設計/販売/マーケティングに特化し、部品は世界中から調達し、最終組み立ては、フォックスコンのような EMS(electronics manufacturing service)に委託する、というようなありかただ。最近では、3Dプリンターが急速に進化がしてきていることもあり、この動向も、ファブレス化を後押しする要素といえる。



ネットワークへの接続


だが、ここで強調しておきたいのは、如何にフォックスコンのようなEMSに生産を委託してコストを削減しても、製品をネットワークに接続せずに(つながらないままにして)スタンドアローンで市場に出したところで、成功は見込めないということだ。アップルのiPhoneスマートフォン)がまさに実例を示したがごとく、つながらない製品は、購入した瞬間から価値は逓減する一方であるのに対して、つながる製品は、時間とともに価値が増大していく。市場での外部経済による付加価値の方が、製品単独の付加価値の何十倍、ことによると何百倍も大きくなることはすでに常識になろうとしている。



モノのインターネット


すでに世界は『モノのインターネット(Internet of Things : IoT)』の時代に突入しつつある。今後益々、人もモノもすべてネットワークにつながって、情報として同一平面上に並ぶことになる。つながることによって、モノは単独での付加価値の枠を超えて、外部経済による付加価値が『増殖』することが期待できる。思わぬ市場でその存在を見つけてもらい、思わぬ用途を発見され、他のモノとの合体や連携により複合価値を与えられることが期待できる。



サービスの入り口として


さすがに、日本でも家電等をとにかくネットにつないでみた、という類いの商品は沢山出て来ている。だが、単につなげばいいというわけではない。製品を設計する段階から、その製品をつないだ後に続くサービス全体を構想し、展開することが望ましい。アマゾンのキンドルなど典型例といえるが、キンドルはアマゾンのサービス全体、すなわち膨大なコンテンツ(書籍データ)とユーザーの膨大な発言の蓄積へとつながる入り口(インターフェース)として最適化されている。すなわち、ユーザーに提供する、膨張するサービス体験の入り口として設計され、EMSで委託製造され、サービス全体からみた価格設定(キンドル自体の価格は非常に低く設定されている)がなされている。



ソーシャルな製品へ


さらには、多くのコンテンツ、コミュニティ、社会的な組織にアクセスし、交流することができるよう仕掛けていく必要がある。すなわち、『ソーシャルな製品』に進化させる必要がある。そして何より『想定外の使われ方』がされやすいような設計としておくことが好ましい。まさに想定外に大きな顧客を獲得し、製品自体というより、製品を起点として設計されたサービスを爆発的に拡大するチャンスにつながる。



想定外の使われ方


モノのインターネットについて詳しい議論が展開されている書籍『ソーシャルマシン M2MからIOTへ つながりが生む新ビジネス』*1には、『想定外の使われ方を歓迎せよ』、として次のように述べてある。

現実世界にある製品を、ネットワーク上で利用可能な一連のサービスへと抽象化することで、外部の人々によるイノベーションが生まれる可能性が開かれる。(中略)自分の製品が想定外の使われ方をする可能性があり、それは素晴らしいことだということも理解できるはずだ。そうなると製品開発における判断も変わってくる。たとえば製品を自由に、オープンな形で利用することを妨げるような機能や特徴に気づくようになるだろう。ライセンスの付与やドキュメントの整備、APIアバターのデザインに至まで、『摩擦を取り除く』という観点から再考されなければならない。

『ソーシャルマシン M2MからIOTへ つながりが生む新ビジネス』より

乗数効果が高いハイテク産業


アップルは製造業といっても、実態はサービス業に近いわけだが、そのごとく、ネットワーク効果を意識して、よりサービスの規模を拡大するための起点として製品をおくことは、サービスに関連する仕事を日本国内に生むことにもつながる。製造業のコアを残しながら、サービス業へ転換していく道筋は、このように進めて行くのが理想的だろう。


とはいえ、旧来の製造業と違って、アップルは米国内ではほとんど雇用を生まず、ファブレス化した製造業で景気が浮揚しても雇用が増えないジョブレス・リカバリーにしかならないという議論もある。


だが、一方で次のような意見もある。


イノベーション関連の産業は、その分野の企業が寄り集まっている地域に高給の良質な雇用をもたらす。それが地域経済に及ぼす好影響は、目に見える直接的な効果にとどまらない。研究によると、ある都市に科学者が一人やって来ると、経済学で言うところの「乗数効果」の引き金が引かれて、その都市のサービス業の雇用が増え、賃金の水準も高まることがわかっている。
ハイテク産業は、雇用全体に占める割合はごく一部にすぎなくても、地元に新しい雇用を創出する力は飛び抜けて強い。都市全体の視点に立つと、ハイテク産業で雇用が増えることには、一つの雇用が増える以上の意味がある。(中略)
私の研究によれば、都市にハイテク関連の雇用が一つ創出されると、最終的にその都市の非ハイテク部門で五つの雇用が生まれる。雇用の乗数効果はほとんどの産業で見られるが、それが最も際立っているのがイノベーション産業だ。その効果は製造業の三倍にも達する。

「年収は『住むところ』で決まる ー 雇用とイノベーションの都市経済学」*2より

製造業も進化すべき


もっともその負の側面として、富の偏在、所得の上下格差が生まれ易くなることも想定され、すべてハッピーエンドというわけにもいくまいが、いずれにしても、以上のように製造業も経済法則にそって構造を改革し、進化させないことには、持続的成長など絵に描いた餅だろう。


基本前提を旧来のままに、成長戦略といっても、迷宮にはまるだけだ。グランドデザインから見直して、その上でどのような問題があって、どう対処すべきなのか、というところにまで議論を早く進める方が長い目で見て日本経済を再生することにつながるはずだ。