一人負け日本で企業はどう生き残ればいいのか?

◾️ 漠然とした不安感


この数年、アベノミクスの効果は多少ともあって、景気は一息ついたとの印象がある。だが、度重なる金融緩和策もそろそろ効果が切れてきていて、不透明感が強くなってきていると言わざるをえない。しかも、次世代の日本を背負っていける企業が育ってきているどころか、既存の日本企業の展望も激しくなる一方だ。2020年のオリンピックくらいまではともかく、それが終わったらいったいどうなってしまうのかとの不安感を払拭しきれず、心穏やかではいられないのが今日の平均的な日本人といっても過言ではあるまい。



◾️ 現実は厳しい


ところが実はそれでは終わらない。実際の経済指標を精査すると、そもそも『オリンピックまでは何とかなる』という見通し自体、甘いと言わざるをえないことがわかってくる。もっと切迫感を持って、立ちはだかる問題に早急に対処しないと本当に取り返しのつかない事態となるのではないか。そのような危機感を存分にかき立てててくれるのが、日本在住20年というイギリス人(元金融アナリストで現在は企業経営者)、デービッド・アトキンソン氏が最近著した『新・所得倍増論』*1だ。


アトキンソン氏は、大半の日本人が日本に対して漠然と感じている『大国意識』が、先進国中では、米国に次ぐ人口規模を持ち、しかも、バブル期くらいまでは、総人口も生産年齢人口も増加し続けた恩恵に依るところが大きく、すでに人口は減少に転じ、少子高齢化のあおりを受けて生産年齢人口の減少幅が大きくなっている現在では、そのような意識(大国意識)はもはや幻想でしかないことを自覚し、量ではなく質を追求すべく切り替えていく必要があることを説く。


すなわち、『GDP世界第三位』に幻惑されるのではなく、一人当たりの数値の推移をシビアーに受けとめるべき、というのだ。しかも、国際比較をするにあたっては、為替レートの変化で誤魔化されてしまうことが少なくないので、購買力平価による調整が必須とする。



◾️ 日本の真の姿は・・


では、その『一人当たりGDPIMFデータより著者が購買力調整、2015年)』の国際比較でみる日本は世界で何位かと言えば、27位だという。高度成長期どころか戦前の1939年には日本はすでに一人当たりGDPは世界第6位だったというから、かなりロングレンジで見ても、昨今の低迷ぶりは際立っている。加えて最近の凋落ぶりが尋常ではない。1995年くらいからこちら(いわゆる失われた20年)、欧米各国との比較で言えば、日本は先進国の中で、相対的に最も後退している国になっている。



  
同様に、『一人当たり』で見た様々な指標を次から次に突きつけられると、私自身、いかに日本に対して陳腐化してしまったイメージを後生大事に温存してきたのかが否応無くわかって、鼻白む思いがする。例えばこんな感じだ。


輸出額は世界第4位 → 一人当たりでは世界44位

ノーベル賞受賞回数は世界第3位 → 一人当たりでは世界第39位(科学・経済学の分野でも第29位)


こうしてみると「日本の技術力は高く、世界に名だたる輸出大国」というお題目が如何に幻影となりつつあるかわかる。



◾️ 日本は貧困化率が高い国


アトキンソン氏も述べていることでもあるが、私の経験でも『経済成長』に言及すると、条件反射のように、『もう成長はそこそこに日本人は皆でわけあって仲良く平和に暮らせればよいのだ』という意見が必ず出てくる。私も基本その意見に反対するものではないし、そうなればいいと思う。だが、現実を見れば、そのような甘いことを言っている場合ではないことに気づかされる。なんと実質的に先進国中最も貧困比率の高いのが今の日本なのだ。『新・所得倍増論』では、ワーキングプア(国民一人ひとりの所得を順番に並べたとき、真ん中の人の所得の半分以下の状態にある人)比率を数値化して示してある。それによれば、先進国で日本より上位にあるのは米国のように自由競争が徹底していて二極化を緩和する社会保障制度が整備されていない『例外』だけだ。



日本が『ジャパン・アズ・ナンバーワン』と称賛されていたころ、『一億総中流』という言い方も流行語となっていて、日本が強くなった理由とも結果とも言われていたわけだが、この様相は、いわゆる「失われた20年」の間にすっかり変わり果ててしまったことになる。



◾️ 生産性向上が必須


厚生労働省が近く発表する2016年の人口動態統計年間推計で、同年の出生数が統計を取り始めた1899年間以降初めて100万人を切る、98万1000人と推計されることがわかって、衝撃をもって受け止められているが、死亡数の推計は129万6000人であり、31万5000人の人口が減少することになる。日本の人口はこれで10年連続で減少しており、しかもそのペースは加速している。『G D P =人口 ×生産性 』だから、こうなると生産性を何としても上げていくしかない、ということになる。だが、状況は非常に厳しい。


日本生産性本部の調査によれば、2010〜2012年の日米の生産性を比較すると、米国を100としたときの日本のサービス業は49.9%と半分の水準だという。さらに業種別でみると、飲食・宿泊業は34.4%、卸売・小売業が38.4%というから、大変大きな差がついていることがわかる。一国の経済が成長し、労働者の賃金が高くなれば、どの国であれ、製造業から、より高付加価値のサービス業にシフトすべきことが必然であるとすると、日本のサービス業の生産性の低さは非常に深刻な問題だし、今後の日本の最も大きな課題と言える。


それでもこの調査で見ても、製造業についてはまだ業種や企業によっては米国を上回るところもあるようだ。ここにはデータは出ていないが、おそらく、今でも世界で通用する製造業(自動車産業、産業用ロボット等)であれば、さすがにまだそれほどの劣位にはないだろう。ただ、日本企業の全盛期でも、日本の製造現場の生産性は世界一だったかもしれないが、農業やサービス業はもとより、企業内のいわゆる『ホワイトカラー職場』の生産性が低いことは公然の秘密だった。だが、戦後の重厚長大産業、あるいは労働集約的産業主導の経済では(加えて人口増加期においては)あまり問題にならなかった。安価で質の良い生産労働者が大量にいて、生産現場で改善が進み、製品品質と生産性が同時に上がるのだから、ホワイトカラーの生産性が少々低くても、企業は成長し、世界市場での競争力も高くなった。


日本の戦後の体制は資本主義とはいいながら、欧米等の他国とはかなり色合いの異なるものであり、日本は他国にはない独特のシステム(終身雇用、企業内組合、系列支配、垂直統合、間接金融中心、官僚と業界の密接な関係等)を持ち、それを『日本的経営』と称していたわけだが、『ジャパン・アズ・ナンバーワン』と称賛されるころまでは、これが非常に世界情勢にフィットして日本を経済大国に押し上げることに貢献した。二度のオイルショックも先進各国が呻吟する中、世界に先駆けて立ち直ったばかりか、オイルショックをステップにしてさらに国際競争力を上げるような離れ業もやってのけた。


だが、90年代くらいから、世界の市場構造は急速に変化し、特にインターネット本格普及期以降はこの変化が劇的に加速することになる。垂直統合より水平分業、すなわち自社/自社系列にこだわらず、多数の他社との関係を拡大し、アウトソースを拡大するほうが有利な市場構造になる。今ではそれどころか本格的なオープン化、シェア・エコノミー化が急速に拡大しつつある。日本企業の多くはその環境変化にうまく対応することができず、いまだにできていないと言わざるをえない。



◾️ すでにわかっていたこと


ここまで述べた日本の凋落ぶりについては、アトキンソン氏のような外国人の提言を待つまでもなく、冷静に市場をウオッチしている人であれば誰でも気づいていたことではある。その一例として、ジャーナリスト/ライターの佐藤拓氏の著書『日本の怖い数値』*2があるが、『新・所得倍増論』とは説明の切り口は若干異なるとはいえ、『あまり語られることのない日本の実態』につき、数値を持って懇々と語る点では大変よく似ている。


そこで引用されているIMD(国際経営開発研究所)の国際競争力ランキング(2012年)を見ても、導かれる結論はほぼ同じだ。日本は総合27位で、マレーシア、韓国、中国よりも下位で、アジア各国中第7位にランクされている。IMDの調査が始まった1989年から93年までの5年間は日本が世界第1位だったというから、まさに凋落というしかない。(但し、競争力の順位は2002年にすでに30位まで下がっている。)



日本の何が競争力をそいでいるかを知るために、要素別の日本の順位(2011年)も示されている。これを見ると、日本企業のビジネスの効率性(中でも「姿勢と価値」(36位)、生産性(28位))が大きな問題であることがわかるが、それ以上に政府の効率性は50位と、とんでもなく低い。インフラは比較的高い(11位)ものの、教育の評価は低い(34位)。やはり、先に述べた、日本独特のシステム(終身雇用、企業内組合、系列支配、垂直統合、間接金融中心、官僚と業界のもたれあい等)が全体として機能不全というか、障害となっていると見るべきだろう。



もちろん、企業の生産性の低さ(特にホワイトカラー、サービス産業)を放置している日本企業の経営自体の問題はやはり看過できない。先ごろ話題になった、電通社員の過労自殺など、その背景がつまびらかになってみると、電通は、まさに生産効率より社員の労働量と忠誠心を過大に評価する、多くの日本企業の典型例だったことがわかる。電通ばかりではなく、そのような経営がいまだにどっかと日本企業の中核に居座っている。



◾️ 解決策を示すことは難しい


ただ、問題の所在を指摘するところまではできるものの、解決のための具体案を提示することは極めて難しい。アトキンソン氏は、問題の根幹は日本企業の経営手法にあるとして、政府や機関投資家を通じて、もっと日本の企業経営者が生産性向上に努め株価を上げるべくプレッシャーがかかるようにするべきと説く。この点については、私も今の日本の経営者があまりに守られ過ぎていることの問題を常日頃痛感しているので、原則賛同するが、それだけでは政府の効率性の悪さ、政府と企業のもたれあい等、大きな構造を変えることはできないように思える。


とは言え、個別企業、特にベンチャー企業を含む中小の企業経営者の立場で言えば、旧来の日本企業の経営手法をアンチテーゼとして、とにかく先に進むことが重要と考える。構造が変化することを待っている余裕はないはずだからだ。時間の経過とともに、既得権益だけに頼って、企業改革を渋るような企業は、競争に負けて退場していくことになり、それが臨界点に到達すれば、政府を含めた全体の構造は反転するだろう。そして、現在進行中のテクノロジー革命がそれ(反転)を強力に後押しすることになるはずだ。技術進化について(そしてそれによって変化しつつある市場について)常に注目している私の場所から見ると、その反転の時期は皆が予想するよりずっと早く来るように思えてならない。そうなると、既存の日本企業が軒並み経営危機に陥るような事態もありえるが、その代わりを埋める(外資を含めた)新興企業が現れることは間違いない。その時に、勝ち組として新しい市場で飛躍できるよう、今は環境が厳しくとも耐え忍ぶことが必要な時期なのだと思う。



◾️来るべき市場で飛躍するために


ご参考に、その来るべき市場で飛躍するために必要な要件を本日述べた内容からエッセンスを絞り出して、ここに提示しておこうと思う。



1. 人事制度:


マッキンゼー経営コンサルタント伊賀泰代氏(ちきりん?)も著書『生産性ーマッキンゼーが組織と人材に求め続けるもの』*3で説いているが、トップ級の人材にどんどん難しいチャレンジングな仕事と同レベルの人材と切磋琢磨できる環境を与えて、その能力を思いっきり引き出すことを中心とした人事制度としておくことは必須条件だ。


既存の価値や過去の経験に頼れないということは、技術でも、ビジネスモデルでも連続したイノベーションを発現できるトップ級の人材が何よりも必要になる。それは中の上〜上の下くらいの人材の改善の成果を足し合わせても到達できない境地を目指すということでもある。古い日本企業の年功序列的な人事制度を放置すると、トップ級の人材は会社を離れることになってしまう。トップ級の人材が集い、フルに活躍できる環境を構築することが、これからの企業にとって何より重要な勝利条件となる。



2. IT/技術利用:


古い日本企業がゆったりとすすめるIT利用とは全く違う。デジタル技術の最先端の成果を他社に先駆けて利用することで、システムを丸ごと変革してしまうくらいの、いわば、それ自体にプロセスイノベーションを起こすことが求められる。今は、クラウド人工知能SNSクラウドファンディング、オープンソース等、その気になれば利用できるものは非常に多くなってきている。(特に、時間が経てば経つほど、人工知能の利用は必須になっていくだろう。)



3. マーケティング経営:


旧来の日本企業はもとより新興企業でも、技術者出身の経営者など、ホワイトカラーやサービスの生産性向上というと、人員整理とかマニュアル化というような生産視点ばかりが前面に出てしまうケースが多い。そうではなく、徹底的に顧客価値を追求し、それが企業活動の細部に至るまで浸透し、徹底している企業を目指すべきだ。



4. 体験価値の徹底追及:


日本のサービス業の生産性が低いという時、その最大の原因として、サービス業自体の構造変化の潮流が理解されていないことが意外に大きい。それはマーケティング経営の不徹底ということでもある。ユーザーの理解が足りないのだ。一般にサービスの対価もデフレし、下がる一方ではあるが、いわゆる経験価値についてはユーザーが払う対価は増大し続けているという事実をもっと重視すべきだ。例えば、CDの売り上げは下がる一方だがコンサートやライブは非常に活性化しておりミュージシャンの生計の方法も変わってきている。また、結婚式自体の数は減っても、結婚式を楽しい思い出にするための出費は増大している。今後、サービスは人工知能の導入等、どんどん機械化されて、さらにデフレ化していくと考えられる。だが、そんな人工知能やロボットが最も追従することが難しのが、『経験価値の探究』だ。このあたりは、また別途取り上げようと思うが、非常に重要な経営問題と心得ておくべきだ。

*1:

デービッド・アトキンソン 新・所得倍増論

デービッド・アトキンソン 新・所得倍増論

*2:

日本の怖い数字

日本の怖い数字

*3:

生産性―――マッキンゼーが組織と人材に求め続けるもの

生産性―――マッキンゼーが組織と人材に求め続けるもの