GEのジェフ・イメルトCEOから学ぶべきもの

 

◾️ 退任劇では見えないイメルトの凄さ

 

先日(612日)、自分にとっては少々驚きのニュースがあった。多国籍コングロマリット企業GECEOであるジェフ・イメルトが退任するという。イメルトと言えば、『20世紀最大の経営者』とまで尊称されたカリスマ経営者、ジャック・ウエルチの後を継ぎ、厳しい経営環境の変化を冷静に乗り切り、製造業のサービス化(というより徹底したデジタル化)を成功させて、ある意味でウエルチを上回るビジョナリーとして燦然と輝く経営者というイメージであったため、大変唐突に思えたからだ。だが、実際には、特に昨今では、株価低迷が続き、いわゆる物言う株主、『アクティビスト』の圧力が強まっていたのだという。

 

新聞記事等でこの記事を見た普通の人はどのように思っただろうか。ジェフ・イメルトという人も当初は優秀な経営者と言われていたが、ジャック・ウエルチと比べてしまうとやはり格の違いは否めず、とうとう退任させられるのか、という程度の認識ではないだろうか。まあそれも無理はない。例えばこんな比較がある。

 

ジャック・ウエルチの、1981331日から9911月までの在任期間に、GEの株価は4ドルから133ドル(4回の株式分割を織り込んだ修正値)に上昇、その増加率は3200%となる。この同じ時期、GEの売上高は272億ドルから1732億ドルに伸び、利益は16億ドルから107億ドルに増加している。1999年には、収益力世界第2位の企業になった。一方、ジェフ・イメルトのほうはどうかと言えば、イメルトがCEOに就任した2001年以降GEの株価は29%下落しており、しかも、同時期に米国の代表的な株価指数S&P500は2倍以上に値上がりしている。経営者の評価を単純に株価ではかるのであれば、イメルトがウエルチに対し見劣りして見えるのはやむをえないだろう。ネルソン・ペルツ率いる投資会社トライアン・ファンド・マネジメントはGEの業績を批判しつつ、資産売却やコスト削減を要求していたという。経営者であるからには、米国ならずとも、このような批判にさらされるのはやむをえないところではある。

 

だが、これで以上終了としてしまうのは、あまりに惜しい。イメルト の本当のすごさと業績はこのような表面的な比較だけで済ましてしまえるものではない。というより、今の時代、そしてこれからの時代を見据えた場合、これからウエルチ流の経営をまねても得るところがないとまでは言わないまでも、市場での競合力が維持できるとは限らない。一方で、イメルトの推し進めた改革は、すべての企業が参考にすべき教訓に満ちている。特に今の日本企業こそ、イメルト流の経営改革の意味の理解に努め、自らのお手本とすべきと私には思えてならない。

 

 

◾️ ジャック・ウエルチの時代

 

とは言っても、私はウエルチの業績や経営手法を過小評価するつもりはまったくない。それどころか、イメルトの経営にも引き継がれた、『経営者を厳選し教育する仕組み』『学ぶ文化』等があったればこそ、イメルトが後継者に選ばれ、しかも、その学ぶ文化のおかげで、30万人を超える従業員を抱える超巨大企業のGEでありながら、イメルトの号令一下新しい時代、新しい現実に併せて経営戦略をシフトし、従業員がその変化を受け入れることができたとも言える。

 

経営の神様、ピーター・ドラッカーは『Culture eats strategy for breakfast.』という名言を残している。 『文化は、戦略を簡単に食べてしまう』=『どんな緻密な戦略をたてるよりも、優れた企業文化を構築することが重要である』という意味だが、GEほどこの名言を体現できている会社は例がないと言っていい。だが、経営者としてのイメルトが推進して来た経営思想は、結果的にとはいえ、ある意味ウエルチ流の全否定といっていいくらい異なっている。

 

そうなった原因は、何より両者の在任期間中の経営環境の違いに起因するところが大きいと考えられる。ウエルチがCEOに就任した81年と言えば、日本が『ジャパン・アズ・No1』と称賛され、日本の製造業が爆発的に世界にそのパーフォーマンスを誇示し始めたころだ。例えば、米国の当時のビッグ・スリーの生産する自動車が、燃費が悪く、故障が頻発することを酷評されている一方で、日本製の自動車がオイル・ショックを乗り切って、低燃費かつ超高品質であることを米国市場が評価し始めていた。あるいは、家電、特にその王様と言えるテレビでも、ソニートリニトロンテレビやパナソニックといったブランドが、圧倒的な安さと品質の高さで市場を席巻していたころだ。

 

そのような中、かつて『テレビの生みの親』と言われ、米国市場で90%以上の独占的な市場を持っていたRCAという会社も、日本勢の攻勢にあって経営が悪化し、85年にはGEに一旦買収された。しかしながら、GEは、RCAのテレビ事業を大改革してもグローバルな競争で生き残れる可能性は小さいと判断して、87年にRCAをフランスの電機メーカーであるトムソンに売却することを決断する。その後『ナンバー1ナンバー2戦略』として有名になる、有名な戦略の一環だが、市場で競争力が乏しいと見れば、GEを長く支えた伝統産業である家電であれ批判をものともせずに整理した(テレビ事業の売却については、アメリカの魂を売り渡したと批判された)。代わりに、ジェットエンジンや新世代のプラスチック、医療用の画像診断機器など、他社が簡単には真似できない事業を選び、圧倒的に強くする。そのような戦略の帰結として、ウエルチが退任するころには、金融事業であるGEキャピタルの収益はGE全体の収益の50%を占めるに至り、伝統的な家電以外の部門が90%以上を占める変貌ぶりだった。

 

ウエルチは就任早々日本の製造業の攻勢を見るなり、その実力を一早く見抜き、競争力がない部門は売却すると同時に、日本のQCサークルに淵源をたどれる『シックス・シグマ』という品質に関わる戦略を取り入れ、米国経済全体の大きなトレンドとして急速に発展した『金融』を大胆にポートフォリオの中心に据えるなど、この時代の市場環境の本質を理解した見事な戦略を展開した。だが、ウエルチを驚かした日本企業も彼が退任する頃には、『失われた20年』の只中にあって、すっかり状況は変わっていた。一方の米国は政治的にも共産主義に打ち勝ち、経済的にも『金融』と『インターネット』で日本の攻勢を抑えて世界一の勢いを取り戻し、繁栄を謳歌していた。ウエルチ氏の経営手腕はこの時代にジャストフィットで、その手腕は凄まじいとはいえ、米国が勢いよく上昇する時代にうまく相乗りしていたことも確かだ。

 

 

◾️ 経営環境が激変したイメルトの時代

 

だが、一方、イメルトはの時代どうだろう。

 

ドットコムバブルの崩壊、9・11、金融危機エンロン事件、住宅バブル崩壊リーマン・ショック)、それに引き続く景気の停滞。特にかつてはGEの収益の半分を支えた金融の打撃は甚大で、経営の足を大きく引っ張る。まさにイメルトのCEO就任を機に世界は急速に変わり始め、米国経済も大きく揺さぶられることになる。

 

しかも、この時代の、ある意味でもっと大きな変化は、2001年にドットコムバブルが弾けて終わったと見られていた『シリコンバレー』の急激な反攻、というより、シリコンバレーが米国の経営モデル全体を刷新するほどの大変貌を遂げたことだ。それを象徴するGoogleは今やシリコンバレーIT業界を越えて、超巨大な存在となり、全産業を巻込むディスラプター(破壊者)となった。

 

 Netscape Navigator(インターネット・ブラウザ)の開発者として著名なマーク・アンドリーセンは、20118月にウォール・ストリート・ジャーナルのインタビューに応じて、『ソフトウエアが世界を食べている(Software Is Eating The World)』と述べて話題になった。そして、『価値の源泉はソフトウェアにあり、ハードウェア産業は新興国に移ってゆく。この動きにそってすぐれたソフトウェアの開発に特化した企業だけが生き残り、そしてハードウェア企業を飲み込む。』と喝破した。そして、こうも述べている。『企業の世代交代だ。ソフトウェア革命に適応できない企業は、情報産業のみならず多くの産業で退場するだろう。』

Marc Andreessen on Why Software Is Eating the World - WSJ

池田信夫 blog : ソフトウェアが世界を食う

 

そして実際にそうなった。だが、それはほんの始まりに過ぎなかった。


2017年の半ばを過ぎた現在、2011年当時とは比べ物にならないくらい、ソフトウエアは世界を食べている。というより食べ尽くそうとしている。2011年当時にはほとんど話題にならなかった、人工知能もそのベースとなるクラウドIoTも今では辟易するくらいにメディアをにぎわしている。次世代のインターネットにとってさらに大きなインパクトを及ぼす可能性が取りざたされる仮想通貨の基幹技術であるブロックチェーン2011年当時にはほとんど誰も話題にしていなかった。さらには、3Dプリンターがハードウエアでさえ簡単につくり、バージョンアップできるようになって来ている。

 

 ウエルチによってあれほど巨大な存在に成りあがったGEも、金融が失速してしまえば、残る事業の大半はハードウェアだ。それがソフトウェア革命に適応できなければ、退場を余儀なくされるような時代になったのだ。この環境変化の本質をイメルトは早い段階から見抜き、自ら先頭に立って、GEのデジタル化を見事に成し遂げた(厳密に言えば成し遂げつつある)

 

 

◾️ 製造業のデジタル化

 

そのイメルトの偉業を綿密な取材に基づいてまとめた著書がある。『GE 巨人の復活』*1 

である。本書を読むと、イメルト氏が如何に優れたビジョナリーであると同時に、実行力のある経営者であるのかがわかる。金融大崩壊とも言える苦境を乗り切って、GEをデジタル製造業として再生し、『ソフトウェア革命に適応できる企業』としたばかりか、『ソフトウェアで食べることのできる製造業』、そして、『シリコンバレーの攻勢の只中で立っていられる企業』に作り上げた。本書で、ほとんど奇跡とも言えるイメルトの業績の軌跡をたどることができる。

 

シリコンバレーのデジタル戦略の方法論である、『リーン・スタートアップ』*2『A/Bテスト』*3『デザイン思考』*4『ソフトウェアの自社開発化』『アジャイルソフトウェア開発』*5『プラットフォーム戦略』*6ビッグデータ人工知能活用』『失敗を許さない文化から失敗を許容する文化への変革』等、これらの戦略から見るとおよそ対局にいる存在だったGEを率いて、企業文化そのものをシリコンバレー流にあらためて、昨今非常に注目されるようになった『インダストリアル・インターネット』*7を先導して、高収益を確保したばかりか、未来の市場競争をも先導できる存在とした。

 

中でも私が重要なポイントの一つと考えるのは、航空機エンジン等、BtoB(企業間取引)が中心になっていたGEの製造業だが、その取り組みの枠組みを広げて、BtoC(企業対消費者間取引)を想定した取り組みに切り替えていることだ。といっても直接の顧客は基本的にはBであることは変わりないにせよ、受注生産ではなく、提案型を原則とすべく切り替えている。そもそも上記の手法は原則BtoCでなければ機能しないし、やる意味がない。例えばソフトウエアの受注制作では、顧客が要件定義を決めるため、自分たちでデザイン思考でプロトタイプをつくったり、それに対してA/Bテストを行ったり、アジャイルで開発したりといったことは原則できない。逆に顧客(B)の消費者(C)を想定して提案型として、自分たち自身のプロトタイプをつくってそれをベースに顧客を広げていけば、そこからデータを取得し分析してサービス(効率の良い補修をタイムリーに提案する等)するビジネスもまた広げていくことができる。

 

このように書けばさも簡単にできそうに見えてしまうかもしれないが、これは本当にありえないくらいに難しい取り組みだと思う。日本企業を見ていると、せっかくネットベンチャー系としてスタートしながら、成長過程で組織運営のためと称して『経営のプロ』とか『親会社』の役員を受け入れて、折角のネット企業文化を製造業文化に変えてしまったり、製造業の内部で若手社員が危機感を持って、旧来の経営や文化を変えようとしても、それを理解できない中高齢の経営者によって、圧殺されてしまうようなケースばかり目につく。そして、それこそが自社を負け組に追い込んでいることに気づきもしない。

 

 

◾️ デジタルの破壊はこれからが本番

 

ただ、本書の出版された日付を見て、正直何とも言えないタイミングの悪さを感じるのは私だけではないだろう。何とイメルト退任の情報が流れたのとほぼ同時なのだ。先に述べた通り、イメルトに、物言う株主に追い出されようとしているCEOとの印象が付与されてしまった今、想定読者と考えられるビジネスマンが、彼の業績を知るためにあえて分厚い本を紐解く気になるだろうか。しかしながら、できることなら製造業だけではなく、すべての日本企業の経営者、従業員に、このような本や記事を読んで、自社の経営を見直して欲しいと思う。ソフトウェア(デジタル化の波)が本格的に世界を食っていることがはっきりわかるのは、まさにこれからだからだ。このままでは本当に、マーク・アンドリーセンやジェフ・イメルトが見通した未来の意味がわかった時には、すでに会社は消滅の危機、ということになってしまいかねない。正直、もう手遅れの会社も多いと言わざるを得ないが、従業員一人一人は会社が消滅しても生きていく必要があるはずだ。そういう意味では今からでも遅くはない。世界の現実に向き合って改革を進める勇気を持って欲しい。そのためにこそ、ジェフ・イメルトという人の業績を理解する努力をしてみて欲しい。誰より参考にできるお手本であることがわかると思うし、きっとあなたを勇気づけてくれるはずだ。