都議選の結果を健全な二大政党制まで持っていくためには?

 

◾️ 都議選で惨敗した自民党

 

一昨日(7月2日)行われた東京都議会議員選挙(都議選)では、当初の予想以上に都民ファーストの会が躍進し、自民党が惨敗した。

 

ここしばらく、安倍政権の周辺は、森友学園を皮切りに、加計学園関連での疑惑、そして、その問題にも絡む、安倍首相の夫人や側近の疑惑や失言が相次いだ。その中には取り敢えず一連の疑惑とは無関係と考えられる、『このハゲー!』の絶叫で一躍世にその名を売った女性議員の賑やかなお囃子まであって、何だか一連の興行を見せられている気さえしたものだ。

 

森友学園の疑惑にしても、加計画学園の疑惑にしても、本当に含むところがないのであれば、早いところ正々堂々証人喚問でも、第三者検証でもすればよいはずだし、それができれば国民の、もやもやとした不信感も払拭されてすっきりしただろう。それが何よりの都議選のエールにもなったはずだ。それなのに政権側の対応は一貫して臭いものに蓋の姿勢に終始していて、一層の不信を煽ることになった。しかもその一方で、非常に重要で慎重な対処が必要なはずの『共謀罪』法案は強行採決され、重大な法律違反行為が明白な防衛大臣が辞任することもない。一昔前であれば、政権の一つや二つ軽く飛んだような出来事が次々に起きていたと言っていい。今回の都議選では何より自民都連の問題を指摘して首長に当選した小池知事の好イメージに引きずられたことが大きいのは確かだろうが、ここまで議席を減らす(57議席→23議席)となると、国政の一連の問題も影響したと言わざるをえない。

 

 

 ◾️ それでも政権交代はなさそう

 

だが、だからと言って今政権交代が起きる可能性は極めて低い。気の早いメディアは都民ファーストの会の国政進出を伝えているところもあるが(国政に打ってでれば大きな勢力になる可能性は否定できないにせよ)、政権交代となるとさすがに現実味がない。当面、中央の自民党政権が揺らぐことはなさそうに見える。地方選挙とはいえ、ここまでの惨敗となれば、安倍首相の責任を問う声も大きいだろうし、違法行為が証明されるようなことがあれば首相の首が据え変わることも可能性はなしとはしないが、それも実際にはなさそうに思える。次の内閣改造8月下旬?)で、問題閣僚を切り捨てて出直し、という程度で収まってしまう可能性の方が高そうに思える。

 

どうしてそう思うのか。簡単なことだ。これほどの状態であっても、野党に対抗馬となる受け皿はなく、一方政権の支持率は下がったと言っても、まだ相当に底堅いと考えられるからだ。一連の騒動を受けて確かに支持率は下がったが、それでも政権交代を促すレベルまで落ちているとは言えなかった。とりわけ、若年層の支持率は非常に高いことが幾つかの調査でも浮き彫りになっていた。

 

 

◾️ 支持率が底堅い理由

 

安倍政権の支持率の底堅さは、いったいどこにその理由があるのか。この点については、先日(6月17日)の『マル激トーク・オン・ディマンド』(ジャーナリストの神保哲生氏と社会学者の宮台真司氏によるネットニュース番組)における、東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授の西田亮介氏のお話し(何をやっても安倍政権の支持率が下がらない理由)が大変説得力があったし、反響も大きかった。自民党と他党のメディア戦略の差という説明も納得できるものだが、それ以上に合点がいったのは『世代間の認識ギャップの存在』(若年世代と年長世代の間で、政治や権力に期待するものが異なっている)のほうだ。下記に、この議論の紹介文から関連部分を引用してみよう。

 

 思えば、かつて時の政権が安全保障や人権に関わる政策でこれまで以上に踏み込んだ施策や制度変更を実行しようとするたびに、強く反発してきたのは主に若者とマスメディアだった。若者とマスメディアの力で、与党の暴走が抑えられてきた面があったと言っても過言ではないだろう。しかし、マスメディアは新たな戦略を手にした政治に対抗できていないし、若者も経済や雇用政策などへの関心が、かつて重視してきた平和や人権といった理念よりも優先するようになっている。

 そうなれば、確かにやり方には強引なところはあるし、格差の拡大も気にはなるが、それでも明確な経済政策を掲げ、ある程度好景気を維持してくれている安倍政権は概ね支持すべき政権となるのは当然のことかもしれない。少なくとも人権や安全保障政策では強い主張を持ちながら、経済政策に不安を抱える他の勢力よりも安倍政権の方がはるかにましということになるのは自然なことなのかもしれない。

 しかし、これはまた、政治に対する従来のチェック機能が働かなくなっていることも意味している。少なくとも、安倍政権に不満を持つ人の割合がより多い年長世代が、頭ごなしの政権批判を繰り返すだけでは状況は変わりそうにない。

 

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企業の現役世代は、私の友人知人を含めて、最近安倍政権を評価する者が増えているとの印象があるのだが、一方で、すでに引退モードの団塊世代では、安倍政権に不満の声を表明する人が目立ち、しかも、まさに頭ごなしに政権を批判する人を何人も知っている。かたや、若年層は、何より多いのは政治に無関心という層だと思うが、安倍政権の経済政策や安全保障に安心感がありそれ故に少々のことは我慢してでも受け入れるという人が本当に多い。西田氏のお話しは、自分の実感にもすごく近い。

 

受け皿候補である民進党も政権党に返り咲くどころか、今よりさらに少数政党に転落する可能性の方が高そうな体たらくだ。実際都議選でもこれほど自民党への逆風が吹いていて、国会でも自民党批判の先頭に立っていたはずなのに、自らの議席も減らしてしまった(7議席→5議席)。それでも議席があっただけましとさえ言われてしまう有様だ。そして、この最大の原因の一つが、まさに『世代間の認識ギャップ』と言えそうだ。自民党批判ばかりで、若者の期待する経済政策が脆弱に見える民進党が若者の支持を得ることができるとはとても思えない。

 

かつて中選挙区制だったころの自民党では、派閥が他政党に思えるくらいに多様性に富んでいて、しかも強力だったから、あの頃であれば、安倍首相は虎視眈々と首相の地位を狙う他の派閥の首領の格好の餌食となって即座に引きずりおろされていただろう。だが今では、仕組上、政権党の中央管理が行き届いていて『独裁的』だ。選挙制度政党助成金などで、議員の存在価値が党執行部の強大な権限で左右される構造となっている。これを覆すには、他党への政権交代しかない(そういう前提で小選挙区を導入したはずだった)。ところが、それがないとなれば、政権党の党首はある程度経済的な安定さえ維持できれば、何でもやりたい放題という構図が固定してしまう。

 

 

◾️ 届かない第2、第3の矢

 

では、その肝心な経済政策はどうなのか。安倍政権の経済政策はこれからも安泰なのか。少なくとも政権初期の財政政策は一定の評価を受ける価値があったと私も思う。というよりそれ以前が酷過ぎた。若年層が期待する企業の雇用は増えたし、失業率は減少した。株価も上昇して企業収益も増えた。だが、それ以降はいただけない。改革が進むどころか、問題を先送りして、本質的な問題をむしろ悪化させてしまった感がある。そのことを2013年の時点で予言して、非常にわかりやすく表明していた人がいる。元大阪市長橋下徹氏だ。断っておくが、私は政治家としての橋本氏のシンパではない。むしろ劇場型と言われた手法を含めて、賛意を表すことができないことが多かった。だが、この時の橋本氏の演説内容には素直に賛同できる。以下に、その部分を(少々長くなるが)引用する。

 

 やっぱり国民の皆さんも気付いている。第1の矢、第2の矢、そして第3の矢のまさに「改革」。ここがどうなるか、僕はずっと見ていたんです。第1の矢・第2の矢はね、お金の量を増やしました。公共工事を増やした。金融緩和と言って日本銀行にお金を刷らせた。ここでグッと株価が上がった! ・・・しかし次、改革というものがしっかり出ないと、絶対に下がるんです。お金は人間でいえば「血液」にあたります。不景気のときには、血液の量を増やさないといけません。しかし皆さん、人間でも血液だけ増やして大丈夫ですか? 重要なことは、血管の目詰まりをなくすことなんです。血液の量を増やして、血管の目詰まりをきれに掃除すれば、血液は体の中をぐるぐる回るんです。ところが、今の日本社会は血管が目詰まりだらけなんです。

 戦後、高度成長時代にさまざまな社会制度が作られてきましたけでもね、 6070年経てば、そりゃあ社会制度もありとあらゆるところが制度疲労を起こしますよ。サビだらけアカだらけになります。どういうことになるか。役所から補助金をもらいますよね?最初の頃はそれでよかったんです。補助金をもらって、いろんなことをやった。しかしこれがね、いつの間にやら既得権になっちゃう。お金をもらっている人たちが、お金をもらうことが当たり前のようになっちゃう。そのような既得権が、日本の中にはゴロゴロしてるんです。(中略)

 既得権っていうのはすごいんです。補助金もらうのが当たり前の団体が山ほどある。安倍政権が第1の矢・第2の矢でお金を増やした。皆さんのところに景気の実感がないのはそういうことなんです。どれだけ日本社会でお金を増やしても、血管の目詰まりをきれいに掃除しなければ、国民の皆さんのところにお金は回ってきません。

橋下徹氏が語った、「アベノミクスが絶対に失敗する」理由 - ログミー

 

そして、既得権から票をもらっている自民党では本気の改革はできないと結ぶ。

 

 加計学園の問題で話題になった『岩盤規制にドリルで穴を開ける』という首相及びその周辺の発言だが、これは、省庁(役所)や業界団体などが改革にそろって強く反対し、緩和や撤廃が容易にできない規制に官邸主導で穴を開ける、というという趣旨で、原則大変結構なことなのだが、その穴も、どうやら首相周辺の友人知人等、関係の深い特定の個人や団体のために周到に用意をして、そこだけ小さな穴を開けるということが行われていたに過ぎないということがわかってきた。しかも、そのことが批判されると、いきなり広く自由競争にするというような発言が飛び出してくる。それだけを切り取って見れば、好ましい競争政策のように聞こえないこともないが、今回の件は残念ながら無責任な開き直りであり、ご都合主義としか言いようがない。何が本当の問題でどのように進めていくべきかという分析や仮説はできているのか。そのためにどのような準備をしたのか。それを示さずに、どうやって硬い『岩盤』に穴が開くのか。そもそも本件以外に、実際に示すことのできる成果はあるのか。

 

 

◾️ 放置されてしまった企業のサビやアカ

 

橋本氏が2013年に予言した通り、本気の改革が進んでいるようには思えない。しかも、私企業の内側から見ていると、市場では、健全な競争が促進されているわけでも、企業が長期的な成長軌道に乗っているわけでもなく、むしろ逆行現象が起きていると言わざるをえないサビだらけアカだらけで、血管が目詰まりなのは社会制度だけではなく企業でも同じだ。急速に世界市場での競争軸、勝利の方程式が変わってきているのに、多くの企業が昔の成功体験を忘れることができず、企業経営を見直して改革を進めるどころか、実際には、旧来の仕組みに執着し、経営者自らの保身に汲々としている。輸出企業が政権に円安誘導を懇願して企業収益を(本来の企業努力とは別のところで)増加させたり、市場の現実より政府主導の方向に企業経営の舵を向けて補助金や有利な条件を引き出すことばかり志向したり(東芝原子力事業等)と、本来対処すべき本質的な問題(市場での競争)から目を背けて、改革を先送りしてしまっているとしか思えない。すでに役割を終えてしまったような古い手法も、経営者も、組織にしても、温存させることばかりに資金が使われている。

 

企業収益が好調と言われるその背後では、目先の収益増と引き換えに中長期的な経営の軸を見失い、国際的な競争力を落とし、将来の展望がまったく見えなくなって茫然自失とする企業だらけになってしまっている。私が何度も過去のブログ記事で主張してきた通り、世界の競争の最前線に立たされて惨敗したり退潮を余儀なくされている、IT・電機企業などのその典型だし、今、自動車業界がその波を被ろうとしている。さらには従来はそのような競争の埒外にいたはずの金融業界もフィンテック等の技術競争にさらされて青色吐息になりつつある。世界の競争軸の変化は今後、あらゆる日本企業に深刻な影響を与えていくことが予想されている。本当に大変なのはこれからなのだ。10年くらい前に遡れば、それでも日本経済をソフトランディングさせる可能性もまだあったと思うが、そのための貴重な時間を空費してしまったと言わざるをえない。

 

 安倍政権の経済政策は信頼出来ると、どこまで本当に若年層が考えているかというと、実のところかなり疑問もあり、他に選択肢がないという消極的支持者も相当数いると思うのだが、このままでは、船が大きく沈みだして、やっぱりあれは問題だったと気づくことになりかねないと私は以前より危惧している。もちろん、私の主張が絶対正しくて、現政権の政策が一方的に間違っているというような傲慢な物言いをするつもりはまったくない。だが、問題は、現政権の意向に少しでも意を異にする意見が議論される余地がほとんどないことだ。それは『共謀罪』法案成立の経緯を見ても明らかだ。経済の問題について言えば、事態はかなり押し迫っており、真摯に反省したとしても、どこまでハードランディングの痛みを緩和できるかどうかわからない。だがそれでも、今からでも可能なことはできる限りやるべきだと思う。しかしながら、このままではどう見ても期待薄だ。『明確な経済政策を掲げ、ある程度好景気を維持してくれている安倍政権は概ね支持すべき政権』という看板を信じ込んでいる人は、少しでも良いから足元を良く見て自分の頭で考えて見て欲しい。

 

 

◾️ 経済問題の深い理解が不可欠 

 

しかも、安倍政権に不満の声を表明し、時に頭ごなしに政権を批判する中高齢層も(いわゆる知識人層を含めて)、多くの場合残念ながらあまり期待できない(ということは大抵の野党に期待できない)。すでに自分には十分蓄えがあるとの前提が透けて見える人は論外だが、日本経済の退潮は若者や弱者を本当に苦しめることになりかねないことにはもう少し認識を深めたほうがいい。今のままでは日本経済のこれ以上の成長は難しいことは確かだし、経済の構造が変わった以上、昔と同じ指標ばかりに執着するのは馬鹿げていることは言うまでもない。だが何も手を打たずとも生活レベルを一定水準に保っていられると安易に見定めてしまうのはいかがなものだろう。世界はそれほど甘い場所ではなくなっている。生活水準が下がっても、自分は大丈夫というのであれば、それは個人の自由だが、将来に希望が持てず、結婚できる目途もたたない若者や、子供を抱えて七転八倒するシングルマザーの立場を少しは考えてみたほうがいい。また、米国流の経済(グローバル経済)には距離を置いた方が良いというような見解にも、それが米国流の過剰な金融経済のことを言っているのであれば、私も賛同できる部分もあるが、そうであれば、日本独自のオールタナティブ(代案)を真剣に考えるのが真摯な姿勢というものだろう。世界的に資本主義自体が限界を迎えているというような議論もすべてを否定するつもりはないが、従来の前提を覆してしまいそうな現状の技術革命をまったく視野に入れないのでは、議論する気もおきない。

 

政権を批判する側が、あまりに経済やビジネスの実態に疎いことが、現政権の支持率が下がらない最大の原因の一つとなっていることに考えをめぐらしてみる必要があると思う。現政権の経済政策は安泰どころか、突っ込みどころ満載であり、本来はそのところこそもっと真剣に議題にすべきなのだ。

 

このように述べると、そういうお前こそ代案を出せと言われてしまいそうだ。自分のできる限りではあるが、これまでも多少なりともそれは書いてきたつもりではあるし、これからも、もっと探求して、代案に出来そうなものを提示していきたいと思う。それがきっかけになって、本来私などよりよほどクレバーな人たちが議論をするきっかけになればよいと思う。小選挙区制を健全に運営するには健全な政権交代の受け皿が必須なのであり、そのためには経済問題の深い理解が不可欠であることは、何度強調してもし過ぎることはないと信じる。