時代がジオメディアによる改革を必要としている

 

 

◾️ 交通ジオメディアサミット

 

先日行われたイベント、『第回交通ジオメディアサミット』は是非参加したかったのだが、スケジュールが合わずに見送った。やむなく、終了後のレポート等を読ませていただいた。

「交通ジオメディアサミット 〜 IT×公共交通 2020年とその先の未来を考える〜」発表資料と反応 - niyalistのブログ

交通ジオメディアサミット 全ツイート#gms_2017 - Togetterまとめ

  

ジオメディアサミットというのは、『ジオ関連業界(位置情報・地図情報)を盛り上げる目的で、2008年に有志で始まった、オープン、中立、交流重視を掲げて開催している日本最大の位置情報フリーカンファレンス』である。最盛期には200300人規模の参加者で会場が一杯になるほどの盛り上がりを見せたイベントだ。ただ、近年残念なことに発信するメッセージに全盛時ほどの切れ味がなく、コンセプトがやや曖昧になったこともあって、集客パワーも落ちていた。しかしながら、スピンオフイベントであるこの『交通ジオメディアサミット』はどうやら第回目から全盛期に迫る熱気があり、多くの参加者が集まったという話を聞きつけ、第回目の今回も非常に気になっていた。『オープン、中立』を標榜するだけに、特定の資本のバックアップや、カリスマによる集客誘導は初めから念頭に置いておらず、先端的なコンセプトワークこそこのカンファランスの原動力だったはずだ。だからこそ、関係者の交流会の枠を大きく超えて、異業種の人材さえも引き付けて会場を満員にしていた。では、今回はどうだったのだろうか。

 

 

◾️ ジャストフィットのコンセプト

 

結論的に言えば、今回の『熱気と集客』の理由は、一つには『ジオメディア』が再び時代の大きな潮流の中心で躍動する環境が整いつつあることと、その環境を正しく認識した上で提示された主催者(東京大学生産技術研究所 附属ソシオグローバル情報工学研究センター 伊藤昌毅助教)の企画意図が正鵠を得ていたことにあると言ってよいと思う。言い方を変えれば、ジオ関連業界の中の人に加えてそこに参入を希望するITエンジニアや企画者等に対して、近未来における彼らの有望な活躍場所を提示して見せることができたのだと思う。残念ながら実際にサミットに参加していない私は、レポート等の二次情報から推定するしかない立場だし、もしかすると主催者から見るとそれは『誤配』なのかもしれないが、少なくとも私には、文字をたどるだけで、主催者の思いが伝わってくる気がしたし、私自身が普段から抱いている問題意識に接続できる可能性を感じることもできた。

 

 では、先ず、伊藤氏の意図や問題意識を理解するために、2016年2月に開催された、第一回目の交通ジオメディアサミットで示された概要説明を以下に引用してみる。

 

このシンポジウムでは、情報技術が公共交通を変えてゆく可能性を探るとともに、その時の地域交通やコミュニティのあり方を考えます。UberのようなIT分野からの交通への参入は、今後公共交通分野でも続いてゆくと思われます。その動きを先取りするとともに、これからITが切り開く公共交通の可能性から目をそらさず、国の産業全体として次の成長の機会を掴むこと、また、そのなかで都市だけでなく地方を支える交通の仕組みをつくり持続させることを目指し、ITや交通分野の幅広い関係者に集まって頂きます。

 

様々な領域でITを活かしながら公共交通に関わる方に登壇頂き、都市や地方の交通の実情や今進んでいるITの活用、乗換案内などの情報提供事業者が捉える現状や今後の可能性、地域コミュニティにおけるITの活用などを紹介頂きます。そして、今後私たちがどのような技術を生み出してゆけるか、会場の皆様とともに議論できたらと思います。

 

そして、第二回目の『本日のテーマ』は次の通りとなっている。

 

利用者と公共交通との最大の接点がスマホになった時、公共交通やその情報はどうあるべきか

 

 

◾️ 日本の公共交通機関の評価

 

ちなみに、日本の公共交通に対する現状の一般人の評価はどうなのだろうか。日本の公共交通といえば、すぐに思い当たるのは、世界にも類のない正確無比の鉄道網だ。とりわけ超巨大な規模でありながら、驚くほど精緻に組み上げられた首都圏の鉄道網は世界一と言って良いものだ。実際、特に海外からの観光客にはそれを非常に高く評価する声が多い。例えば、ライター・編集者の鈴木伸子氏の著書『東京はなぜ世界一の都市なのか』*1 に紹介されている、『日本人がその価値に気づいていない、外国人が目指す東京観光名所』の中の一つに、新宿駅がある。その説明部分を引用してみる。

 

新宿駅の乗降客数は一日約三百五十万人と世界一。JRほか、地下鉄三線、私鉄二線が集結する巨大駅は、世界最大の規模。南口の線路上のデッキから眺めると、十線以上も線路が並び、中央線、山手線、湘南新宿ラインなど、いくつもの線路が数分おきに往来していくのが一望できる。そもそも、時刻表通りに動いて、ラッシュ時には二、三分おきに大量の乗客を安全に輸送している東京の鉄道は、それだけでも世界中の驚異となる存在なのだ。そして、海外の都市で、このような都心に、これほど地上地下鉄ともに、鉄道路線が集約されている例はない。

『東京はなぜ世界一の都市なのか 新TOKYO名所案内』より

 

鉄道だけではない。バスは、それに慣れた日本人の中には、時間に正確ではないと低く評価する人も少なくないが、少なくとも海外からの観光客から見ればものすごく正確と映っている。そもそも分刻みの時刻表の存在自体が驚異的だという。下記の、中国人の評価は少々誉め過ぎという気もするが、こんな感想が素直に出てきていることは確かだ。

 

『電車が時間正確なのは当然だが、バスまで正確とはすごすぎる。信号や渋滞があるから時間を守りたくても守れないこともあるだろうに』

『信用社会なんだな』

『日本はアジアの誇りだな』

『恐ろしいほど優秀な民族だ』

『時間に正確なだけではない。あんなにもきれいなバス停を見たことがない』

日本のバスは本当に時間に正確だった!検証動画に「恐ろしい... - Record China

 

タクシーについても、外国人の評価は総じて高い。値段が高いことは不満点だが、乗車拒否もほとんどないし、ドライバーマナーも良くホスピテリティは抜群と褒める人が多い。

知らなかった!世界から見た日本のタクシーの評価 | セカイコネクト

 

日本人が海外を旅行すると、翻って日本の公共交通の質が如何に高いか再認識したと述べる人が多い(私自身そう思う)。全部世界一かどうかは調べてみないとわからないが、総じて日本の公共交通が世界のトップレベルにあることだけは間違いない。もちろん、普通の日本人の目線で見ても、混雑がすごい、バスの路線情報がわかりにくい、タクシーが割高等、不満点は少なくない。だが、そうであっても、日本の公共交通が世界のトップレベルにあることはいささかも揺るがない。では、主催者の伊藤氏はどうしてそんな日本の公共交通に課題ありとしてこれをテーマとするべきと考え、それに呼応して多くのジオ関係者が集まるのか。どこにその秘密があるのか。

 

 

◾️ スマホとの接続によるスマート化が不可避

 

その答えは言うまでもない。『スマホ』である。日本の公共交通システムは、個別企業や公的機関がそれぞれの個別最適を究極まで追求して、世界に類例にないほどの精緻な仕組をつくりあげた。だが、個別最適の総和が全体最適となっているか、という点については、普通の日本人もそうは思っていないだろう(私も思っていない)。ところが、スマホがこれほど普及するようになると、個別の公共交通機関を乗り継いで利用する乗客の側の情報はすべて一貫してスマホで収集できる。すなわちこの情報をうまく利用することで、従前にはなかったスケールで全体最適のレベルを上げていける可能性があると言える。しかも、個別のユーザーの側も、それぞれの公共交通機関とスマホがもっとつながることで、利便性が今よりずっと上がるであろうことが予想できるだけに、不満がたまりつつある。しかも、その点では日本は必ずしも先進国とは言えなくなってきている。

 

例えば、世界中で爆発的に拡大している、配車サービスのUberだが、日本では、特に都市部では既存のタクシー網が充実していることもあり(また法規制の問題もあり)一部地域で限定的にしか参入できていない。すでに日本のタクシーは便利なので、Uberのタイプの配車サービスの需要はないという人もいるが、本当にそうだろうか。少なくとも下記の点では、Uberが日本市場に大々的に参入することでサービスが改善し、付加価値が上がる可能性を秘めていると言えるはずだ。(雑誌Wedge 201511月号の記事、『台頭する公共交通機関「破壊者」UBERの次はバス革命』より抜粋)

 

・『オンデマンド性』(乗りたいときにすぐ呼べる)

 

・『スムーズ決済』(クレジットカードから自動引き落とし)

 

・『リアルタイム評価』(運転手をリアルタイムに評価)

 

・『シェアリング』(誰でも運転手になれる) 

 

・『ダイナミック価格』(需給バランスで価格が変動)

 

 しかも、米国ではすでに、Uberのバス版とも言えるサービスが続々と参入してきており、利便性が格段に向上する可能性が見えてきている。

 

スクールバスを活用した深夜バス『Night School

 

ブルーボトルコーヒーが飲めるプレミアバス『Leap

 

黒塗りの車を活用した高級バス『Loup

 

通勤時間帯に特化した通勤バス『Chariot

 

この代表格とされる、Chariotの例を見ても、スマホアプリを大きな武器にしていて、『ルート確認』『チケット購入』『乗車』等の基本機能に加え、『予約』もできるようになったという。ウーバー自体も、バスへの参入の意向があるそうだ。ただ、米国と言えども、公共交通機関の規制当局との軋轢はさけられず、すでにNight SchoolLeapは倒産やサービス停止に追い込まれているという。まして、日本の場合、この規制の壁はさらに高そうだ。

 

 

◾️ 人口減による危機が迫る日本

 

だが、一方で地方に目を向けると、人口減から既存の公共交通機関が維持できなくなるケースが起きてきている。しかも、人口減による影響は、これからが本番だ。産経新聞論説委員の河合雅司氏の著書『未来の年表 人口減少日本でこれから起きること』*2 に記載されている、『人口減少カレンダー』を見ていると、日本がこれまで営々として築いて来た、世界一の公共交通機関も今がピークでこれからは急速に維持できなくなって来ることがわかって慄然としてしまう。今は東京オリンピックに向けて、そのための公共交通の改善という当面の目標に気を取られがちだが、並行して、ドラスティックな21世紀版『日本列島改造論』が必要なくらいの状況と言わざるをえない

 

よって、根本的な対応策を練っておく必要があるだけではなく、足下でほころびを見せている部分に、少しでもその穴を埋め、サービスの質を維持し、さらには上げてくれるような新規参入が容易な体制に変えていくことは喫緊の課題と言っていい。下記にその人口減少カレンダーからいくつか重要な指標をピックアップしておくが、あまり時間が残されていないことは感じていただけるだろう。

 

2019年 IT技術者が不足し始め、技術大国の地位揺らぐ

 

2020年 女性の2人に1人が50歳以上に

 

2022年 『ひとり暮らし社会』が本格化する

 

2024年 3人に1人が65歳以上の『超・高齢大国』へ

 

2025年 ついに東京都も人口減少へ

 

2030年 百貨店も銀行も老人ホームも地方から消える

 

2033年 全国の住宅の3戸に1戸が空き家になる

 

2040年 自治体の半数が消滅の危機に

 

このままでは日本の世界一の公共交通機関も、遠からず維持不能となり、在りし日の伝説と化してしまう恐れがある。だが、一方では、世界ではテクノロジーのほうもものすごいスピードで進化しており、スマホ経由で入手できる情報を通算できれば、そのビッグデータ人工知能で分析して様々な問題への解答を引出し、労働力不足を自動運転車やドローンやロボットで肩代わりし、空いた土地を集約してハイテク農業等を参入させて成長産業化する等の可能性も開けて来る。問題は、そこに至るまでの混乱期、すなわち、2020年代から2030年代あたりを乗りきり、ソフトランディングを図るための知恵を出し合うことが絶対に必要となることだ。

 

 

◾️ ジオメディアサミット復活の兆し

 

このように説明すれば、先に述べた通り『ジオメディア』が再び時代の大きな潮流の中心で躍動する環境が整いつつあり、その環境を正しく認識した上で企画意図が提示されており、そして、ジオ関連の業界人に加えてそこに参入を希望するITエンジニアや企画者等に対して、近未来における彼らの有望な活躍場所が提示されていると述べた理由がご理解いただけたのではないだろうか。

 

従って、このコンセプトに揺らぎがない限り、次回以降の『交通ジオメディアサミット』もさらに拡大発展していくことが期待できるし、実際そうなるだろう。そういう私自身、しばらくこのサミットから遠ざかっていたが、再参入して発信しつつ、勉強させていただこうと思う。

 

 

*1:

東京はなぜ世界一の都市なのか (PHP新書)

東京はなぜ世界一の都市なのか (PHP新書)

 

*2: