カイゼンではなく変革/既存組織からの切り離しが必要
■行き詰まる短期利益志向
2012年1月23日付けの日経ビジネスに、『利益より売り上げ さらば縮小均衡路線』という記事があって興味深く読んだ。確かに、昨今の日本企業は、日本的経営に自信満々で、株主や株価など何するものぞという気概に溢れていたころと違って、経営者に対する短期高収益のプレッシャーは強い。長期投資や成長戦略が必要であることはわかっていても、一方で、四半期決算が導入され、もう一方でヘッジファンドのような短期利益志向の影響力もあって、自社の株価に敏感な経営者はどうしても目先の収益にとらわれざるをえない。
だが、日本企業の大抵の経営者は、欧米のようなタイプの経営に慣れているわけではないし、労働慣行や従業員の意識もさほど従来と変わらない中では取れる具体策もたかが知れている。結果、80〜90年代に一世を風靡した、元GEのジャック・ウエルチの経営手法の劣化コピーのような『選択と集中』『リストラ』『ダウンサイジング』が大流行することになる。自社の収益の出ている部門や事業を残し、収益の悪い部門をリストラする。スリムになって経営資源を得意なところに集中することで、企業をコンパクトにして高収益体質にしようというわけだ。
■4つのウソ
ところが、市場は大転換期にあり、従来は強かったはずの部門や事業も、ビジネスモデルはすでに峠を超えていて、一方で自社の強みではないからということを言い訳に、転換期には不可欠な新規分野の開拓、新規投資、新規の人材への投資等にはまるで手をつけない。こんなことでは、短期的に収益が出て見えるのもつかのま、気がつくと何も売りがなくなって立ち往生ということになるのは必定だ。記事では、『利益偏重経営4つのウソ』と銘打って、従来の常識に従っていたはずが、実は落とし穴にはまって、企業の土台そのものを壊してしまうリスクに言及しているが、いまだにその迷妄から覚めていない経営者は非常に多いのではないか。
1ウソ 利益確保こそ企業存続の条件
→ホント 縮小に均衡なし、衰退の始まり2ウソ ニッチ市場を狙え
→ ホント ニッチ市場こそ優勝劣敗の激しい市場3ウソ 高付加価値が利益の源泉
→ ホント 高付加価値だけでは儲からない4ウソ 海外企業は利益重視
→ ホント 成長市場ではシェアを優先
2012年1月23日付け 日経ビジネス P40〜50
■夢よもう一度?
そして、記事では『海外に目を向ければかつての高度成長期を彷彿させる市場があるのだから、もう一度売り上げ重視で打って出るべき』というアドバイスになる。韓国のサムソン等をお手本として見れば、確かにそれは一つの選択肢であることはわからないでもない。ターゲットにした国に社員を20年以上も駐在させ、骨の髄まで現地のマーケットを知り尽くすという徹底ぶりには脱帽するしかない。もっとも高度成長期前後の日本のサラリーマンにもその類いの苦労話は沢山あった。それはまた日本自身の強みでもあった。
■変革が中核になければ・・
だが、本当にそれだけで何とかなるのだろうか。かつて日本の強さの象徴だった製造業の多くは、今や新興国にほどなく追いつかれることが確実な産業領域だ。そこでは利益率均等化の法則が冷酷に働き、日本企業の競争力は低下の一途である。日本国内の雇用は縮小を余儀なくされ、世界市場に打って出ようにも有能な人材にあてがう原資も先細りだ。やはり『変革』『イノベーション体質への転換』が中核になければいかんともしがたいのではないか。
市場の大転換といえば、今日本市場にも『クラウド・ブラックホール』が来襲しつつある。この『クラウド・ブラックホール』というのは、近著『クラウドの未来』*1を発刊した、米国在住のジャーナリスト小池良次氏の命名だが、言い得て妙だ。従来の日本の製造業は、(ハードとソフトを一体で設計して)高度な機能をハードに作り込むことで製品の付加価値を高めて来た。だが、今『クラウド・ブラックホール』はそういう旧来のビジネスモデルごとすべて飲み込んでしまいかねない。後に来るのはハードとソフトが徹底的に分離され、かつての日本製品の持っていた付加価値はどんどんクラウドのほうに移行してしまう世界だ。それどころか、そこでは従来は想像もできなかったようなビジネスモデルが続々と生まれることになる。だが、小池氏が指摘するように、日本企業の多くは、今頃自社の虎の子であるデバイス(ハード)をインターネットに繋ぐことだけに血道を上げているようなところが多く、ブラックホールを直視しようとしているとは到底思えない。必要なのは、変革であり、イノベーションのはずなのだが、あいかわらず『カイゼン』でしのごうとしているようにしか見えない。これはいったいどうしたことだろう。
■適応を妨げる二つのパターン
ボストン・コンサルティング・グループの日本代表である御立尚資氏によれば、企業の環境変化への適応を妨げるあり方には二つのパターンがあるという。
第一のパターンは、「変化している現実」と「経営者のモノを見る眼(メンタルモデル)」のズレだ。単純化してしまえば、過去の成功体験から来る「情報の認識パターン」の歪みと言ってもよい。例えば、自分たちとは全く異なった経済性を有する新しいタイプの競合企業が登場し、相当の脅威になるといった状況でも、「これまで大丈夫だったから、きっと大丈夫」といった「見たい形でしか、モノを見ない」という類いである。(中略)
第二のパターンは、「変化の必要性は認識し、手を打つのだが、よってたかって足を引っ張る」というタイプである。既存航空会社各社が、自社で格安航空界者(LCC)を作った際に起こったことだが、豪カンタス航空をはじめとした何社かの例外を除けば、ほとんどのケースが失敗に終わった。「既存ビジネスとの競合(カニバリゼーション)を理由にした妨害」や「既存ビジネスのやり方を押し付けることによるコスト構造の高止まり」などが原因だ。既存証券会社によるネット証券ビジネス設立に関しても、似たような話は枚挙にいとまがない。
『変化の時代、変わる力』 *2P225〜227
恐ろしいことに、ほとんどの日本企業がこの二つのパターンのどちらかにはまっているように思えてならない。
■成功するためには
数少ない成功例として知られるカンタス航空の例では、最初に次のような方針を決めて実行したという。
ー LCCのオフィスを(カンタス本社のあるシドニーから遠く離れた)
メルボルンに置く。
ー 立ち上げメンバーとしてカンタスから派遣するのは数人のみ。
あとは、別の業界から新規採用。
ー 路線権益の移管、財務状の支援を除き、あえて既存の
カンタスオペレーションとのシナジー(相乗効果)は考えず、
完全に別のオペレーションを組み立てる。
同掲書 P228〜229
その結果、別の経営モデルと企業文化が誕生したという。
今何より日本企業に必要なのは、カイゼンでも選択と集中でも、シナジーの見直しでもない。時代と市場の変化にあわせて企業体質の変革をすることだ。イノベーション体質に変わることを志向することだ。それをカンタス航空の事例は雄弁に物語っている。
イノベーション体質に変わる、というのは少々誤解しかねない言い方かもしれない。既存の大企業の体質を変えることに使っている時間はもうないと考えるのが現実的かもしれない。となるとカンタス航空のように、イノベーションのための組織は既存のマネジメントや組織とは切り離すことが成功の秘訣ということになる。では、本体のほうはどうなのか。
■『リストラ』ではなく『トランスフォーメーション』
古い体質の巨大企業が大転換に成功した事例もないわけではない。90年代初めのIBMの事例だ。しかしながら、ここで起こっていたのは、『リストラ』ではなく『トランスフォーメーション』であったことを知る人は意外に少ない。
金巻氏は、経済のサービス化が進み、国内で製品を生産する企業が少なくなってきたと述べる。つまり、製造業がサービス業に姿を変えるなど、さまざまな形で業態が変わってきている(=やることを変えている)のだ。トランスフォーメーションとは、このような変革を指し示すキーワードだといえる。
1986年、IBMは世界で40万人の社員を抱える大企業であったが、その後、深刻な経営危機に直面する。1993年にはルイス・ガースナー氏が会長兼CEOに就任してリストラを実施、ハードウェア中心のビジネスからサービス手動への転換を成功裏に導いた。ここで重要なのは「リストラに成功したから収益が出たのではない」(金巻氏)ということだ。
IBMの社員数は、1986年の40万人から1996年の24万人にまで削減された。この24万人のうち、1986年から在籍する社員は9万人だったという。つまり、残りの15万人は新たに雇い入れられた人材だったのだ。金巻氏はこの点にこそトランスフォーメーションの真価があるとする。
「新たに十数万人を雇い入れることで、スキルセットの変換に成功したのだ」(金巻氏)
もちろんこのような改革は大変な痛みを伴うものだろう。だが、その痛みを避けて体質はそのままにカイゼンで乗り切るのは、もう限界と考えたほうがいい。もう後がないところまで追い込まれていることを再認識すべきだと思う。それでも、もう、『ポイント・オブ・ノーリターン』は過ぎているかもしれないのだが。
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