これからの市場で勝つためのフォーミュラとは


 アベノミクスの評価


参院選を目前に控え、アベノミクスの成果についての議論が騒がしくなってきた。有効求人倍率の向上を成果が上がった印として強調する自民党に対して、格差の拡大等をあげて失敗との評価を下す野党の舌戦が始まっている。


私自身は今ひとつこの議論に参加する気になれずにいる。というのも、日本経済の浮沈を真剣に考えるための最重要点についての議論があまり行われていないように思えてならないからだ。少なくともここまでの結果で見れば、既得権益者を温存し、成長戦略を実現するための企業の構造改革は一向に進まなかったと言わざるをえない。市場の構造が急速に変わりつつある現実がありながら、それに合わせて企業も個人もマインドを変えるべき時に、もっとも変化する必要がある企業やその従業員がぬるま湯に浸ることになり、結果的に足腰を決定的に弱くしてしまったように見えてしまう。



 蹴散らされた日本企業


アベノミクスが始まってから今日まで、私はIT/電気市場が比較的見えやすい位置にいて、ここで起きていることを間近で見ることができた。そして、そこから見えた(日本企業にとって)恐るべき出来事については、これまでも何度も書いてきた。かつてこの市場でトップレベルの競争力を誇った企業(ソニー、シャープ、パナソニック等)が、旧来の市場のルールを自分たちのいいように書き換えてしまった米国のITジャイアントであるグーグル、アップル、アマゾン等のいわゆる『プラットフォーマー』に蹴散らされ、すっかり主導権を失ってしまった。




 市場の新しいルール


この新しい市場のルールは、今ではIT/電気市場にはほぼ完全に浸透し、定着した。そしてその余勢を駆って、IT/電気市場の枠を超えて、あらゆる市場に波及し、旧来のルールを書き換えようとしている。市場全体をプラットフォーマーが支配し、旧来の製造メーカーは、部品提供者(シャープ、ルネサス等)、受託生産者(EMS:フォックスコン等)、韓国・中国等の(低コストの)製品メーカー(サムソン、シャオミ、ハイアール、DJI等)に分断され、一方、この新しいルールを理解し独自のポジションを市場に確保することに成功したカテゴリー・プラットフォーマー(ニコニコ動画、LINE、クックパッド等)と、プラットフォーマーが提供するモジュールや仕組み(AWS等のクラウドサーバー、Squqre等の決済の仕組み等)を最大限に活用して異業種に参入し、短期間に巨大に膨れ上がり、旧来の企業を破壊して市場から追い出してしまうデジタル・ディスラプター(創造的破壊者、UberAirbnb等)が跋扈するようになった。この新しいルールが支配する市場では、旧来の日本企業の身の置き所がどんどん狭まっている。



アベノミクスであれ、何であれ、この新しい現実に対処できるように、日本企業や日本企業の従業員のマインドを変革することができるかどうかが最大の問題だ。それができれば(少なくともその方向に向かっていれば)生き残れる可能性があり、できなければ、一時的に何らかの経済指標がどうなろうと結局日本企業の生きていく場はなくなってしまう。そのような観点で経過を見守っていたが、どう見ても私が期待する方向に向かったとは思えない。多くはぬるま湯に浸ってその場でうずくまってしまうか、少し元気があってもむしろ過去の栄光にすがって、夢よもう一度とばかりに反対方向に向かってしまったようにさえ見える。


しかも、今もって、新しい市場のルールを意識してその方向に舵を切るような振る舞いはほとんど見えてこない。ここでは、すべてがデジタル化し、ネットワークで繋がっており(コネクティッド化)、ソフトウエア(アルゴリズム)が支配し、それを前提に、外部経済界や外部経済利用を促進するツール(SNSクラウドファンディング等)、プラットフォーマー等が提供するモジュールや仕組み(AWS等のクラウドサーバー、Squqre等の決済の仕組み等)、新しいデジタル化技術(AR/VR、3Dプリンター等)などの要素を使いこなし、それぞれの最適ミックスによるイノベーションを実現し、そこから出てくるあらゆる情報をクラウドに蓄積して人工知能の学習を促進して、その成果をさらに自らのビジネスの改善や改革につなげていく、そのような市場の特性を十分に理解た上で自らのポジショニングを明確にし、活動の隅々にまで浸透させることができる企業でなければ、生き残ることはできない。旧来の日本企業の閉じたシステム(終身雇用制度、系列だけに閉じた取引き等)への執着は、障害になることはあっても、有利に働く可能性は低い。組織改革や経営者/従業員のマインドチェンジは必須だ。ぬるま湯に浸っている時間などないはずなのだ




 マーケティングの重要性


さらに言えば、技術だけの問題ではない。初期段階では、新技術の有効利用が差別化の大きな要素となるが、遠からず市場での過当競争を抜け出るためには、体系的な深い理解に基づいたマーケティングが経営レベルまで浸透していることが必須の勝利条件となってくるはずだ。自分が他業種にいた経験があるから余計にそう思うのかもしれないが、IT/電気市場では、全盛期の日本企業であれ、経営レベルまでマーケティングが浸透している会社は少ないと言わざるをえない。


もちろん、個々には、TVコマーシャルや、販促や宣伝手法など、素晴らしくクオリティーが高いものも多く、それゆえに誤解もまねきやすいのだが、なまじ製品の品質であったり、新しい機能であったり、そのような訴求で十分に世界で通用してしまったこともあるのだろう、経営レベルまでマーケティング思考が浸透していなくても、技術、製造や品質管理等の出身の経営者が経営を仕切っていればそれで十分だったと思われる。日本では、コカコーラ、P&G、花王等、高い技術力もあるとはいえ、技術力だけでは勝ちきれないことを初めから理解している会社の中にこそ、マーケティング巧者が多く、そのような会社と比較すると明らかに劣って見える。


その結果、技術、品質、人材等、社内に多くの優れた要素を持ちながら、自ら新しいルールをつくることはできず、新しいルールに最適化をはかることもできずに、流されるがままになっている会社が本当に多い。『良い製品を安くつくれれば復活できると今でも信じている』というような発言が経営者から堂々と出てくる。自分自身も何度か経験したことだが、このような会社の経営者等と話しをしていると、マーケティングという用語の意味が正しく理解されていないと感じることがあまりに多い


マーケティングの重要性を知りたければ、現USJユニバーサル・スタジオ・ジャパン)のCMO(チーフ・マーケティング・オフィサー)である、森岡毅氏の著作(『USJを劇的に変えたたった一つの考え方ー成功を引き寄せるマーケティング入門』*1等)を紐解いてみるといい。P&Gで優れたマーケティングを習得した森岡氏のUSJでの奮闘ぶり(ほとんど経営危機寸前だったUSJを短期間に過去最高の売り上げと収益を達成できる会社に蘇生させた)を知れば、USJというハイテク技術が重要な成功要因となっている会社であれ、いかにマーケティングが浸透することが重要なことなのかがよく理解できると思う。


困ったことに、マーケティングについても、そもそもその起源が米国にあることからも、米国企業にその巧者が多く、経営者にもそのエッセンスを理解している人が多い。よく言われるように、米国ではエンジニアとして優秀な人がまたマーケッティングのエッセンスを理解していて、起業し、経営者になる例が多い。多くの日本企業が、今再び、市場におけるマーケティングの重要性を思い知ることになると思うが、このままでは気がついた時には、後の祭りになってしまいかねない。



 勝つためのフォーミュラ


賢明な企業人であれば、アベノミクスの成否がどうであれ、自分以外の他者に頼っている場合ではないはずだ。何度も私が過去の記事で述べてきた通り、IT/電気市場で起きてきたことは、今後あらゆる市場で起きてくる。自分たちのことは自分たちで決めてやっていくしかない。


これからの市場での成功のフォーミュラは、上記で述べたことを総括すると次のようになる。

「デジタル市場の『飛躍の法則』を十全に活用する」
          ✖
「熟達した『マーケティング』でビジネス化する」


だが、これでは勝てる企業は米国企業ばかり、ということになりかねない。日本ならでは、という要素をどう見つけることができるかがもう一つの鍵になる。これも何度も書いてきたことだが、日本的な可愛らしさ、ユーモア、おかしさをうまく訴求することでビジネスを爆発的に拡大してきたLINE(のスタンプ)やニコニコ動画等に例を見るような競争優位を築くことができる要素を可能な限り引き出してくることが、あらためて、非常に重要になるはずだ。だが、どうすればそれができるのか。


やや古い概念になるが、米国の経営学者B.シュミットが1999年に提唱した『経験経済』の概念ツールを使うことは一つのヒントになりそうだ。これは後年、『ユーザーエクルペリエンス:UX』として、もう少し洗練された概念として語られることになっていくが、私見を言えば、逆にその分、当初の概念に含まれていた貴重なエキスの部分がやや溢れてしまった印象がある。


B.シュミットは、『経験経済』を次の5つの側面に分けて説明している。

SENSE(感覚的経験価値)

FEEL(情緒的経験価値)

THINK(創造的・認知的経験価値)

ACT(肉体的経験価値とライフスタイル全般)

RELATE(関係的経験価値)

ここから想起される価値を日本の伝統的文化、現代の日本人の意識、日本人の持つコンテキスト等をタテ糸にして、今一度、深堀してみることが必要なように私には思える。



したがって、私が推奨するフォーミュラは下記のようなものになる。

「日本特有の『経験価値』を徹底的に引き出す」
          ✖
「デジタル市場の『飛躍の法則』を十全に活用する」
          ✖
「熟達した『マーケティング』でビジネス化する」

 組織より個人


日本の若手でも、グーグル、楽天等で執行役員を務めた尾原 和啓氏、筑波大学助教で、メディアアーティストの落合陽一氏など、この市場の現実を理解して活動している人が出てきているのは頼もしい限りだが、本番はこれからだ。新しい市場の法則さえ理解すればできることはまだ沢山ある。


参議院選挙の後、アベノミクスが継続されるのか、葬られるのか私の予想できるところではないが、いずれにしても、ここまで述べてきたような概念を分析ツールとして、よく自分の参加する市場を見直してみることをお勧めしておきたい。そして、併せて、組織がどうあれ、個人としては遅れをとらないよう、準備しておくことを重ねてお勧めしておく。