もっとシリコンバレーの実相を知る努力をすべきではないか


日本企業に流布するネガティブ・イメージ


昨今、日本のインターネットビジネスの関係者や、電器メーカー、自動車メーカー等の製造業の中の人に、米国主要IT企業(Google、アップル、アマゾン、フェイスブック等)についての率直な印象を尋ねると、『脅威』『不安』『威圧感』等、敵対的とまでは言わないまでも、ネガティブな反応が返ってくることが多い。実際、米国主要IT企業のあまりの強大なパワーに太刀打ちできず、次々と自らの商品やサービスが市場から追い落とされてしまうのを目の当たりにすれば、心穏やかでいられるわけはない。


しかも、正々堂々迎え撃とうにも、彼らのクラウドサーバーは日本にあるとは限らず(大抵はなく)、日本のユーザーにサービスが提供されても、税金は払わず日本の法律に縛られないこともしばしばだ。日本企業は、日本企業であるがゆえにハンディキャップを背負ってしまっているようなケースも少なくない。そんな日本企業にしてみれば、米国主要IT企業は、『ルール無用の情け容赦のない破壊者』に見えても無理はない。


米国のIT企業の多くが掲げる、『フリー』『オープン』『シェア』等の思想も、日本にも信奉者は多いとはいえ(というより、インターネット業界関係者は多かれ少なかれ影響を受けていると言っても過言ではない)、現実問題、その影響で自らの提供するサービスやコンテンツの市場価格が極限まで押し下げられてしまい、ビジネスモデルを転換しようにも対応しきれずに右往左往している企業が多いのが実情だろう。おおっぴらには口には出せずとも、鎖国でもして締め出したり、非関税障壁でも設けて、日本市場に入ってこれないようにできないものか、というような邪念が頭をよぎることも多いのではないか


しかも、インターネットの普及が政治を浄化したり、民主化を促進したり、というような理想は思ったようには進まないこともわかってきた。前回のエントリーでも扱った通り、今の日本では特に、いわゆるインターネットの夢から覚めて、それまで熱狂的に信奉してきたシリコンバレー発の思想にも幻滅しはじめている人を見るのも珍しくなくなってきた。



米国企業のステレオタイプ


そもそも日本から見える米国企業は、株主から四半期単位での収益向上をせっつかれ、厳しく監視されている窮屈な存在だ。そんな米国企業で成功する経営者は、ステークホルダーのはずの従業員や、場合によっては顧客でさえ眼中になく、株主の顔色ばかりうかがい、巨額な報酬を得て、企業がトラブルに見舞われると巨額の退職金を得て去っていく、欲深(Greedy)で邪悪(Evil)な存在、というのがステレオタイプのイメージだろう。


当初はそんな存在のアンチテーゼとして始まったはずのシリコンバレーのIT企業も、急激な成長を遂げて自らが巨大になってしまえば、結局、GreedyかつEvilな存在になっていくに決まっている(そうなりつつある)と考えている日本企業関係者は大変多い。人のプライバシーを利用して広告宣伝費を稼いだり、人類を滅ぼすかもしれない人工知能や、人間の生命に関わる遺伝子等を利益を上げるために弄ぶような邪悪な存在になりなんとしているというような意見も、昨今まことしやかに語られることがある。そもそも、シリコンバレーに集まったエンジニアの関心事は、自分の技術で世間を驚かすことができること(そして、一攫千金)を求めているだけで、本音のところ、世界を変えよう(良くしよう)などと考えてはいない、というわけだ。もしかして、あなたもそう思っていないだろうか。



それは違うのでは?


だが、本当にそうだろうか。もし本当にそう思っているなら、コンサルタントの池田純一氏の『<未来>のつくり方 シリコンバレーの航海する精神』*1を一読してみることをお勧めする。これまでとはかなり違った風景が見えてくるはずだ。そして、米国のIT企業とそれを生む米国の風土や思想の底堅さを知って認識を新たにすることになるかもしれない。もちろん、それでもやはり批判的な姿勢は覆らないかもしれない。だが、そうだとしても、もうそれ以前の浅薄な好き嫌いとは次元の違う見識を得ることは間違いない。



PayPalマフィア


例えば、シリコンバレーの新しいトレンドを代表する存在として、昨今メディアでも取り上げられることが多い『PayPalマフィア』について本書でも言及しているが、確かに従来のステレオタイプには収まりきれない興味深い存在に思えてくる。


電子メールアカウントとインターネットを利用した決済サービスを提供する企業であるPayPalは1998年12月に設立されたが、2002年にeBayに買収されてその子会社になった時に多くの人材が流出した。ただ、流出した人材がその後起業してつくった企業がとにかくすごい。YouTube、Linkedin、テスラ・モーターズ、スペースX、Yelp!、Yammerなど、聞けば誰でも知っているような著名企業が次々に誕生している。その流出人材が畏敬を込めて『PayPalマフィア』呼ばれるようになった。現在、シリコンバレーの中でも、絶大な影響力を誇っている。
「ペイパル・マフィア」が世界を変える!?|WIRED.jp



異例づくめのピーター・ティール


このPayPalマフィアの中心的な存在である、創業者のピーター・ティールは、PayPaleBayに売却した後ベンチャー投資家に転じ、初期のFacebookに投資して勇名を轟かせるなど、数々の投資を成功させ、若くしてすでに伝説的人物と言えるが、その経歴や信条は異例づくめだ。


まず、エンジニアではない。スタンフォードで哲学学士、スタンフォードロースクールで法学博士を取得した、バリバリの文系だ。生まれは米国ではなく(東ドイツ)移民である。PayPalの創業も、そこにビジネスチャンスがあったからという理由ではなく、政府に管理されないマネーの送金方法が社会には必要、という自らの信条を現実化することが先ずありきだったという。投資家としての哲学もまた異例だ。著書『ゼロ・トゥ・ワン』*2でこの哲学が披露されているが、本書によれば、社会にとって価値ある生産とは、ゼロから新しい1を生み出すことにあり、サービス化では新しい1は生まれないとする。ティールに言わせれば、インターネットとは『巨大な商人の巣窟』でしかなく、本質的には何も生み出さないものだ。彼の『空飛ぶ車が欲しかったのに、実際に手に入れたのは140文字だった』という、Twitterを揶揄する言葉は、シリコンバレーにも世界にも強い衝撃を与えた。



ステレオタイプとは全く違う


ティールだけではなく、他のメンバーである、テスラ・モーター/スペースXの創業者イーロン・マスク南アフリカ生まれ、Affirm創業者のマックス・レブチンはウクライナの首都キエフ出身のユダヤ人だ。また、LinkedInの創業者でティールの学生時代からの友人でもある、リード・ホフマンも、オックスフォード大学の大学院で哲学を専攻(ヴィトゲンシュタインを研究)した変わり種だ。


LinkedInの創業は学生時代からの『public intellectual cultureを強化する』という目標の実現が創業の動機だったという。やはり世界を変えるという明確なミッションが先行している。ミッションといえば、イーロン・マスクも自らの起業の目的を、『地球環境悪化から人類を守り、人類の生存を保証するため』として、火星への移住を大真面目に語る。文字を読んだだけでは彼らの本気度を感じるのは難しいが、少なくとも日本にいる私たちが持つステレオタイプのイメージとはかなり違うことは確かだ。
ミッションは世界を変えること:LinkedIn創業者リード・ホフマンが語る「働く」の未来|WIRED.jp



ベネフィット・コーポレーション


また上記で、米国の経営者は大抵株主の意向しか見ていないGreedyな存在、というイメージがあると述べたが、組織としての『株式会社』の組成についても、すでに新しい試みが始まっているようだ。米国の会社法は、連邦法ではなく州法であり、50州法全てに別々の法律がある。いわば個性を主張して、企業誘致を競っているとも言えるわけだが、  2010年代に入って、ベネフィット・コーポレーションという法人が登場している(2014年代祭りまでに28の州で導入されているという)。これは、営利企業でありながら、社会や環境問題の解決に貢献することを法的に位置づけるという、非常に特殊な形態だ。20世紀後半に米国定着した、『株主利益の最大化こそ株式会社の唯一の目的』という考え方への反省から生まれたのだという。


ベネフィット・コーポレーションとして設立された企業は、株主価値を最優先していないという理由だけで株主代表訴訟を起こされることはなくなる。四半期ごとの業績だけにとらわれず、もっと長期的な企業目的に取り組むことができる。従前から環境重視の経営を標榜してきたアウトドア用品のパタゴニア社は、早々にベネフィット・コーポレーションとなった。もっとも、ベネフィットの認定に民間の第三者機関があたり、その評価の公平性には疑問を持つ向きもあるなど、課題も少なくないが、このような法人が出来てくること自体、米国の良識と懐の深さが伺えることは確かだ。
米企業でも株主より社会の利益を優先できる!?「ベネフィット・コーポレーション」とは何か|ビジネスモデルの破壊者たち|ダイヤモンド・オンライン



巨大なものからの解放


また、ベンチャー企業としてスタートし、『巨大なものからの解放』を求める動きを支えるために『個人』の能力を拡大させるツールとして『個人向けコンピュータ』を開発したアップルも、すでに自らが世界規模の巨大な企業となった。GoogleもアマゾンもFacebookも超巨大企業だ。日本から見ていると、手のひらを返したように当初の理想を捨ててしまうのではないかとも思えてしまうが、池田氏によれば、アメリカにずっと以前からある『巨大なものからの解放』というプログラムはこれまで背後できちんと稼働していたという。そして、今度は起業家を駆動させるChange the Worldのような大望として、社会や世界の改革に向かい始めているという。そして、<ソーシャル>以後の社会は、マス社会ではなくマッシブ社会と捉えなければならないとする。

マス=塊ではなく、マッシブ=大群であり、塊は分解できないが、大群は個々の構成単位まで戻って捉えることができる。巨大なもの(マクロ)と極小のもの(ミクロ)とに二分化されるのではなく、その間にある任意の存在に照準を合わせることができる。自在な解像度が得られるのが、マッシブ社会の特徴だ。  同掲書より

真実の姿を知る努力を


米国の建国以来の文化遺伝子には、硬直化した巨大組織を相手にすると、解体に向かおうとするベクトルが織り込まれているという趣旨の言説を語るのは、池田氏に限らないが、なかなか日本人が実感しにくいところでもある。だが、本当に日本企業も21世紀に生き残っていくためには、先入観や思い込みを排して、真実の姿を知るべく努力をしないと話にならない。好むと好まざるとに関わらず、今後とも世界市場は米国企業を一方の中心として回っていくことは認めざるを得ない。そして十分に理解した上で、自分たちが何ができるのか、何をすべきなのかじっくり考えてみる必要があると思う。

*1:

*2:

ゼロ・トゥ・ワン 君はゼロから何を生み出せるか

ゼロ・トゥ・ワン 君はゼロから何を生み出せるか