ユニクロ問題はまだ終わらない


インパクト大の柳井会長の発言


ユニクロを運営するファーストリテイリング柳井会長の発言は、良くも悪くも非常にインパクトがあり、賛否両サイドから多数意見が飛び交うことになった。

甘やかして、世界で勝てるのか:日経ビジネスオンライン
http://www.asahi.com/business/update/0423/TKY201304220465.html


これはおそらく時代の転換点を象徴する発言として残り続けるに違いないと直感した私は、賛否両サイドから飛んでくる矢の的になることを覚悟の上で、一掻きなりともこの発言に絡んで自分の痕跡を公の場に残しておこうと目論んだのだが、何と体調を崩してしまったおかげでそれがままならず、やむなく大量の意見を読み流すことでここまで時間を過ごして来た。



終身雇用の日本企業は皆ブラック?


本件について、今のところ最も本質をついた意見は、人事コンサルタント城繁幸による、実はブラック企業の大半は合法であり、ユニクロは優良企業であるという現実 (2/2)だと思う。城氏の意見を端的に言えば、昨今『ブラック企業』と指摘される企業の体質は、実は日本企業がまがりなりにも続けて来た終身雇用に源がある、ということだろう。


いうなれば、我々日本人は、長時間残業や有給取得率の低さ、全国転勤といった就労条件の劣悪さと、終身雇用という有難味を天秤にかけ、全体としては後者を選択してきたとも言える。
実はブラック企業の大半は合法であり、ユニクロは優良企業であるという現実 (2/2)


従業員を簡単には解雇できない日本企業では、いかに景気が良くても正社員を安易に増やすわけにはいかなかった。今でこそ非正規雇用というバッファーがあるが、一昔前までは『期間工』のような特殊な例外しかなく、それこそ従業員の過重というしかない長時間労働でしのいで来た。


だから、城氏の言う通り、ヤクザが経営関与しているようなリアルブラック企業をのぞけば、日本企業のほとんどは、『終身雇用はたぶん保証される合法的ブラック企業(おもに大企業)』か『合法的ブラック企業だが、実は終身雇用も怪しい企業(大多数の中小企業)』だ、という見立ては(実際の企業の中の当事者がどう思うかは別として)、かなりの部分、あたっていると私も思う。



『右肩上がり』が覆い隠していたもの


ただ、それでもかつては右肩上がりの経済が、ブラックをブラックに感じさせないできた。本来終身雇用も怪しいというべき中小企業でも、好調な経済を背景に、結果としての終身雇用を維持することが出来ていた。大企業では、従業員がそのシステムの中で耐えることのメリットがあるように見えていた。誰もが社長になれるかも、という期間を非常に長く引っ張ることができた。どんなに能力がなくとも大卒なら課長くらいにはなれる、というような期待をある程度満たしていた。


そんな中では、経営者の多くは、『家族経営』『企業一家』を標榜し、雇用維持を経営者のモラルの現れと自賛し、日本以外の他国から見れば、まさにブラックというかクレージーとしか見えないような労働環境を『修行の場』と称し、選択肢のない従業員の所作を自主的な献身と美化してきた。まあ、そんな風に言うと身もふたもないが、まがりなりにもこれでエコシステムは回っていたし、そのシステム内での人格神とでも言うべき、伝説の経営者を数多く輩出してもきた。



『右肩上がり』が終わってみると


だが、『右肩上がり』だったはずの経済の風向きが変わると、最大の拠り所だったはずの終身雇用の維持が難しくなってしまった。余剰労働力が直に経営を直撃する中小企業だけではなく、昨今では大企業でも、バッファーとしての非正規社員の数を増やし、それでもたまらず、余剰になった正社員を過重で理不尽な労働や配置転換、いじめ面接等で、うつ病気のような体調不良や、退職に追い込むという残念な状況が頻発するようになった。


ある意味、現代の経営者に気の毒な面はある。かつては『家族経営』が完結したエコシステムの上で回っていたころなら、先輩経営者や、松下幸之助翁や稲盛和夫氏のようなカリスマの手法を学び、真似ることで、経営者としての任をまっとうすることもできたろう。今ではそれをやろうとしても、一方で終身雇用を標榜しつつ、実質的には理不尽な手法で従業員を退職に追い込むというような二重人格状態をギリギリまで耐えるか、柳井会長のように、これが現実と開き直るしかなくなって来ているということだろう。


だから、城氏は、このような理不尽さで従業員をうつや自殺に追い込んだり、経営者にも心痛でしかない状態を続けるよりは、正社員の解雇規制を緩和するほうがまし、と主張する。その理屈はわからないでもない。



柳井会長発言の真の問題


ただ、だからユニクロを責めてもしかたがない、というのはどうだろうか。今回、柳井会長の発言の真の問題は、今まで日本では一流と目される経営者なら越えなかった一線を越えてしまったことにあると思う。


この点、ブロガー・投資家の山本一郎氏の見解に私も共感する。

いや、まさかこんなことを文字通りの意味では言っていないだろうと思っていたんですが、どうやら本当にこのように発言しているようです。

困りました。何が困るって、いままで様々なブラック企業経営者とされる人物はおりましたけれども、どこか救いを残したり、社会に対して何らかのエクスキューズの幅を持たせる方法を取っていました。


例えば、一部で経営の神様と崇められている京セラ、KDDIから不振の日本航空を見事復活させた稲盛和夫さん。あるいは、日本電産永守重信さん。猛烈な働き方を社員に求めつつも、バランスの取れた働き方や家族的経営の側面も残して社員を追い詰めすぎないようにしている節があります。
ユニクロ・柳井正会長はモノの言い方を考えないのか(山本一郎) - 個人 - Yahoo!ニュース


かつての日本が強かった理由は、右肩上がり/終身雇用維持という特殊な環境下だったとはいえ、人材を単なる資源ではなく、中長期的に育成し、失敗の機会を与え、経営問題にも可能な限り参画意識を持たせるような企業が多数存在したことにある。今、ギリギリにまで追い込まれている多くの日本の経営者が、免罪符を得たような気になって、続々と開き直り、人材を浪費し、使い捨てができる資源として扱うことを躊躇しなくなるとすると、そんな近未来はかなりおぞましい。



これからの競争の勝利条件


加えて、これからの競争の勝利条件は、従来のように答えの大方決まったことを効率よくやることではなく、答えのないところにも創造性を発揮し、イノベーションを起こし続けることにあったはずだろう。米国の作家で評論家のダニエル・ピンク氏の指摘は重い。

21世紀的な答えのないタスクで高いパフォーマンスを出そうと思うのなら、間違ったことをこれ以上続けるのはやめるべきです。人をより甘いアメで誘惑したり、より鋭いムチで脅すのはやめることです。まったく新しいアプローチが必要なのです。(中略)


科学が解明したこととビジネスで行われていることの間には食い違いがあります。



<科学が解明したこと>



(1) 20世紀的な報酬、ビジネスで当然のものだとみんなが思っている動機付けは、機能はするが驚くほど狭い範囲の状況にしか合いません。




(2) If Then式の報酬は、時にクリエイティビティを損なってしまいます。




(3) 高いパフォーマンスの秘訣は報酬と罰ではなく、見えない内的な意欲にあります。自分自身のためにやるという意欲、それが重要なことだからやるという意欲。


【TED日本語字幕まとめ】「インセンティブ制度は生産性を下げる」- ダニエル・ピンク:やる気に関する驚きの科学|U-NOTE [ユーノート]

目指すべき経営者像


日本を含む、先進国の労働コストが高いことは、イノベーションで勝てるような企業だけを残すためのハードルと受け入れるべきだ。その上で切磋琢磨する経営者を一人でも多くすることが今の日本の最大の課題だと思う。劣悪な環境や労賃を黙認して、経営者に免罪符を与えるようなことは、その対極というべきだろう。終身雇用を形だけ維持することが問題なのも、クリエイティブな個人が出現しにくくなっていることにあるという文脈のほうがより重要だったはずだ。


企業ムラの閉鎖空間で『家族経営』を続けるのが難しくなったからと言って、前近代に戻るのではなく、新しい人間観に基づき、『見えない内的な意欲』を促進する仕組みを考案し、未来型の企業を創造することを志向する経営者こそ、今目指すべき経営者像であって欲しいと切に願う。