消費を喚起するテーマ性とメッセージ

新製品を発表したApple


9月9日、Appleは新製品発表会を開催して、『iPod nano』および『iPod classic』の新モデル以外に、『iPod touch』の新ラインアップも発表した。私自身は、iPone 3GSを購入したばかりということもあって、今回発表された製品を買う予定はないが、このタイミングで、iTune 9 や iPhone OS 3.1等のソフトウェアがアップデートされ、また、Mac OS X Snow Leopard も発売されたので、それぞれアップデートした。あいかわらず、使い勝手も見栄えも満足の行く進化を実感できる。そして、何より新製品を買わずとも、『お祭り』に参加している実感がある。例えば、Genius Mix。iTuneのライブラリにある曲から、Geniusが自動で最大12個のMixを作成してくれるというものだが、どのようなロジックを組んでいるのか、非常に優れたMixで、大量の曲を貯め込んだライブラリに埋もれてしまった曲を本当に再発見できる気がする。



シェア一位を奪回したソニー


この発表会に先立つ、去る9月2日、BCNの発表した携帯オーディオプレーヤーの販売台数週次シェアがちょっとした話題になった。8月最終週(8 月24日〜30日)は、ウォークマンを販売するソニーが43.0%で1位だったのに対し、iPodで対抗するアップルは42.1%の2位となり、 2005年1月第2週以来、4年8カ月ぶりに王座から陥落したからだ。だが、それは『ソニーの復活』というようなインパクトはまったくなかった。実際、アップルの新製品発表が目前であることは広く市場で知られていたわけだから、当然旧製品は買控えられるだろうし、すぐにアップルが首位奪回を果たすだろうという見方が一般的だった。しかも、iPhoneにもオーディオプレーヤーとしての機能があるわけだから、iPodから置き換わって来ていることが一因であることも容易に想像がつく。



ブランドはどうするのか


ただ、私がより注目したのは、ソニーがシェアを伸ばした理由のほうだ。一つはソニー機種のバリエーションを増やして行ったこと、もう一つは価格の割安感だという。製品自体の優秀さや、ましてブランドで奪回したシェアではない、ということだ。むしろブランドという意味では、『価値毀損』の方向と言わざるを得ないソニーの全盛期を知るものとしては、大変残念だ。これでは製品自体の進化を期待を持って待つ事はとてもできない。(もっともこれはオーディオプレーヤーに限らず、ソニーの他の製品にも見られる傾向なので、さほど珍しいわけではない。)アップルと正反対ではないか。これが今のソニーなのか。



両者の姿勢の違いは明確


キャズム』等の著作で、日本でも著名なジェフリー・ムーア氏に、自らのブログで、かつてアップルとソニーのことを比較して書いたエントリーがあって、大変納得した記憶がある。販売店での展示の仕方における、“noise filter” to eliminate competing distractions(消費者の気を散らすものを取り除くためのノイズ・フィルター)に関する両者の比較について言及したものだ。アップルは、比較的少ない製品ラインアップで、それぞれのディスプレーに強いテーマがある。目的は消費者を魅了し、正しい方向に導き、教育することであり、質問をする消費者とスタッフが相互に交流するするよう、スタッフもアプリケーション本位だという。一方、ソニーの場合は、TVから、ラップトップ、プレーステーション、ロボットの犬から、ノイズキャンセリング・ヘッドフォンに至るまで非常に沢山の製品がディスプレーに展示されている。アップリケーション・カテゴリーではなく、製品カテゴリーでグループに分けられ、スタッフも製品本位だ。その結果、ノイズを取り除くどころか、ノイズを増幅し、伝えるべきメッセージは強化されない。


このエントリーは2006年11月に書かれたものだから、約3年前ということになるが、今もほとんど変わっていないことを、あらためて確認する気がして、がっかりしてしまう。その間、ずっとソニーコモディティー化の方向をひた走って、今も走っているということなのか。

Dealing_with_Darwin: Apple, Sony, and the Signal-to-Noise Ratio



消費意欲が減退する日本の市場



強いテーマ性とメッセージは、消費者のマインド・シェアを拡大するためには不可欠だ。それなくしては、成熟市場において生き残ることができない
。特に今の日本の市場は、80年代消費論で盛んだった、差異化/差別化が、ジャン・ボードリヤール氏の予言通り、消費構造のダイナミズムをことごとく消し去ってしまったかのような様相を呈しており、多少の『差別化』や『個性化』を購買動機に変えることが出来なくなっている。皮肉なことに、マーケティングの手法そのものは格段に進化し、入手できる情報量も圧倒的に増加したのに、肝心の消費意欲のほうが減退してしまっているのが現代の日本だ。



強い個性の出現しかないのか


かつてソニーはこの『メッセージング』が大の得意だった。その復活を願うのはもう難しいのか。確かに、今の日本で『メッセージング』を効果的に行うのは、並大抵のことではない。小手先ではいかんともしがたく、『狂気』とも見える経営者の本気がなければどうにもならない平均化した組織の力より、強い個性の出現を期待できるような環境を創りだす事ができるかどうかがポイントだソニーで言えば、盛田昭夫氏のような、文化的なメッセージという意味では、セゾングループを率いた堤清二氏、古くは、阪急の創始者小林一三氏クラスの強烈な個性の出現なくしては難しいのかもしれない。せめて私達にできるのは、そういう歴史を丹念にあたって、教訓を見つけて、発信していくくらいだろうか。それでも、自分の出来る限りはやってみようと思うのだが。