貴重な教訓に満ちた『クックパッド』から学べる事


超優良サイト:クックパッド


クックパッドというサイトをご存知だろうか? レシピ検索No.1/料理レシピ載せるなら クックパッド
インターネットのサービスに精通した人(および業界人)であれば、もちろんご存知だろう。新進気鋭のサイト/企業だ。日本が不況のどん底にあえぐ今、東証マザーズに上場が予定されている(7月17日)。だが、何より、女性、特に自分で料理を作る人なら、かなりの確率でこの『料理レシピ投稿サイト』のことはすでにご存知だと思う。何せ、毎月616万人(09年3月現在)の人がサイトを訪れ、ユーザーの 96.5%が女性で、20代女性では5人に1人、30代女性では4人に1人がユーザーということになるという。(20〜30代で71.3%、既婚比率 74.6%)  しかも、600万人のユーザーのうち、96.6%が週に1度以上使っているという。このリピート率も本当にすごい。大量にユーザーがいながら、非常に明確にターゲットが絞られていて、しかも、料理という目的がはっきりしている上に、短い周期で何度もユーザーが訪れるサイト、というのは、広告宣伝の媒体としては超優良サイトということになる。



比較的地味な印象


案の定、最近の日本のWebサイトでバナー広告を出稿している量でみると、クックパッドはベスト10に入っていて、他のサイトはYahoo!mixiのような総合ポータルが並ぶ中、唯一の専門サイトである。これをわずか50人(08年10月現在)という小所帯で運営している。これほどの優良サイト(企業)でありながら、知名度もさほど高いとは言えず、収益も軌道に乗ったのはここ数年で、非常に地味な印象だ。実際、創業が1997年というから、mixi(1999年創業)より古いことになるが、その割にはmixiと比較しても、開花するまでにかなりの時間をかけていることがわかる。男性等料理に余り関心のない人の知名度が今ひとつだったのも無理はない。

そういう私自身、このサイトのことを知ったのは、08年8月発行の、佐々木俊尚氏の有料メールマガジン誌上だった。だが、当時、ユニークユーザー400万人(現在600万人)、蓄積されたレシピ35万(現在は50万)とあるので、わずか半年ほどの間にも急拡大したことが見て取れる。



クックパッドを扱った本


今般、このクックパッドのことを扱った本が出版された。


あらためて、これほどのサイトがどのように成長してきたのか、その秘訣や教訓を汲む事ができるのか等々、興味津々だったので、さっそく手にしてみた。すでに、佐々木氏のメールマガジンで、このサイトのコンセプトのすばらしさ、特に、料理のレシピという選択の良さや『マイクロ・インフルエンサーが沢山生まれて、マジョリティに成長していけるような考え抜かれた仕組み等についてはある程度理解していたつもりなのだが、『佐々木俊尚氏の有料メールマガジンが面白い』と私が思う理由 - 風観羽 情報空間を羽のように舞い本質を観る どうもこれだけでは、平凡が非凡に飛躍するきっかけを把握することが難しく、もう少し詳しく知りたいと思っていた。実際に読んでみると、事前の予想以上に、気づき/参考点を沢山見つけることができた。ネットビジネス関係者に限らず、一般のビジネスマン、起業家、学生等にも広く読まれるべき本だと思う。以下、その私の気づきのいくつかにつき、ピックアップしておこう。



1.ユーザー本意の本気度(使命感)


全体を通じて、創業者の佐野氏の『毎日の料理を楽しみにすることで、心からの笑顔を増やす』という理念が、非常に堅固に一貫していることが伝わってくる。さほど強い思いもなく、何でもいいからお金を儲けたいとしか考えていない経営者は、どんなに取り繕ってもその浅ましさが随所ににじみ出てしまうものだが、一方で本気で使命に情熱を燃やす経営者には、同様に使命感に燃えるタイプの優秀な部下が惹き付けられてくることをまず再確認させられる。ITバブルで誰もが浮かれている時期にも、ベンチャーキャピタルからの巨額の出資や買収案件も断り、様々な業界からの広告出稿も、理念に反すると判断して受け入れなかったという。ユーザーの利便性を最重視して、ユーザーが増えすぎないように、メディア露出も絶対にしなかったというから、相当に肝が座っている。ビジネスの経験も浅い若者なら、おだてられて調子にのってしまうことも多かろうし、現実にその手の経営者ならゴマンといる。その点、佐野氏は明らかに何かが違う。優秀で信念に揺るぎない経営者の存在が何にもまして重要であることがわかる。



2.技術とサービスの高いレベルでの融合


徹底したユーザー本意を貫く会社(サービス)でありながら、その裏側では非常に高いレベルの技術がそれを支えている。ユーザーの使いやすさを究極まで追求するため、レスポンスの早さ、検索機能の充実に徹底的にこだわるが、その裏側の全ては自社開発で、先進的な技術を徹底的に活用しているテクノロジーカンパニーであることもクックパッドの強みの一つだ。その技術志向の強さに関心を持った硬派な技術系メディアが取材に訪れるなど、ITシステムの世界では、国内のみならず世界にも知られる企業でもあるというから半端ではない。


ただ、大企業の多くでは、技術者はビジネスのことより、高度な技術そのものを使ったり、先進的なテクノロジーを取り入れること自体を目的にするようになる例があまりに多い。逆にビジネス/商売一筋の事務屋は、メール一つ使えないタイプの技術音痴ということもいまだに少なくない。だから、技術系と事務系の反目が問題になったり、両方のバランスが取れた判断やサービスの実装がなかなか実現できないことが多い。ところが、クックパッドでは、高度なテクノロジーを持った集団なのに、技術はあくまで手段であり、道具である、という順序をたがえずにいる。だから、必要と判断すれば、まだ国内でも事例が少ない、オブジェクト指向言語であるRuby*1を採用して軽々と活用する一方で、何日もかけて作ったプログラムでも、あっさり捨ててしまうことも珍しいことではないというのだから、本当に驚きだ。


従業員は、創業者の佐野氏の強い個性の薫陶を受けていることも想像できるが、佐野氏本人はどのようにして、これほどの経営哲学を持つにいたったのか。日本の教育界や産業界はこのような人物をもっと生んで育てることを目指すべきだ。慶応大学環境情報学部出身だというが、ここの教育が優れているのだろうか。ただ、それ以上に、小学校から高校くらいまでの間のほとんどをシンガポールとアメリカで過ごしているというから、日本の教育をあまり受けなかったことがよかったのか。確かに、日本人離れした発想の持ち主という印象が伝わってくる。



3.広告宣伝の原点


クックパッドの広告に関わる方針を拝見すると、広告の一種の理想のあり方を見て心洗われる思いがする。通常、どうしても、メディア視聴率だの、PVだの、UUだのといった、抽象的な数値の操作にとらわれがちな、広告宣伝業務だが、本当にそんなことでいいのか、という疑問は、この仕事を経験した人なら少なからず感じたことがあるのではないか。佐野氏は広告についても、安易な妥協はしていない。

広告ならなんでもいい、ではダメだと思っていたんです。クックパッドは料理が楽しくなるサイト。なのに、女性が多いから女性向けの商品を、とそこだけに注目してこられても僕には納得がいきませんでした。ユーザーは、料理を楽しくしたくて来ている。料理を楽しくすることがない、まったく料理と関係のない広告は、ユーザーのためにも入れてはいけないと思っていました。広告だからとユーザーを裏切るわけにはいかない。広告も、ユーザー一人ひとりとコミュニケーションを取ることを意識して作るべきだと思っていたんです。  「600万人の女性に支持される『クックパッド』というビジネス」 P108


その結果、『こんないい商品を教えてくれて、クックパッドさんありがとう』という、広告に対してユーザーから感謝されるような事例が出て来ているのだそうだ。まさに、ユーザー、広告主、クックパッドそれそれが、win-win-winの関係で結ばれた事例ということになる。こうなると、広告宣伝の効果はお望み次第だろう。クライアントが殺到する姿が目に浮かぶようだ。実際、さまざまな成功事例が紹介されている。中でも、広告主が思っても見なかった商品の便利な使い方や楽しい使い方をユーザーが生み出して、それが他のユーザーにも広がって行くという、口コミの理想型が出来上がっている様は感動的ですらある。


また、本当は広告だったのに、そうではないように見せかけることは絶対にしないという方針も、やらせブログの炎上さわぎを起こすような人達とはそもそも姿勢が違うことがうかがえる。それなのに、広告は違和感なくサイトに一体化しているのは、方針がきちんと実行されていることも伺わせる。



4.googleに淘汰されないサービスのありかた


クックパッドのタイプのサービスは、いわゆるバーチカル検索モデルの成功例とされる。バーチカル検索とは、検索対象を初めから専門分野に絞りこんで専門的な情報が検索結果の上位に表示される検索で、普通の検索エンジンでは、専門的な内容を検索すると、結果が非常に下位に表示されてしまうので、事実上見つからないことから、Googleのような検索サービスの対抗となりうる候補にあげられる。(有名どころでは、『価格ドットコム』*2アットコスメ*3等がある。) Googleと言えば、検索連動広告を柱に巨額な収益を上げて、その広告による収益を原資として、インターネットの優良サービスを軒並み無料で提供していくことから、強力な破壊者の一面を持つ。様々な毀誉褒貶はあるが、着々と地歩を固めるGoogleの時代に、どう住み分けて生き残っていくのか、インターネット事業の関係者にとっては生死にかかわる問題だ。

だが、あらためてクックパッドのことを詳しく知ると、確かにGoogleに淘汰されないありかた』の秘訣をここに見つけることができる思いがする。佐野氏は、検索連動広告が人気になっているが、まだまだ物足りないとして、次のように述べる。

本当の広告効果とは何か。それを考えなければいけなくなっている、ということだと思います。広告の送り手側も、受けて側も、双方にとってプラスになるマッチングがこれからは問われてくると僕は考えています。実際、マッチングの率が高まっていく中で、広告のうけてはますます自分に合った情報にシビアになっていくのではないでしょうか。 同掲書P146


機能を絞り込むからある程度小規模の人数、比較的小額投資で運営できる、と言う意味でも、新しいチャンスを広げて見せてくれている。逆に、既存の日本の大企業の大変なアンチテーゼにも見える。様々なヒントや教訓を引出せる。この会社(サービス)からは当分目が離せない。