変貌する中国と日本の差は広がるばかり

 

◾️激変する中国のイメージ

 

昨今では、経済であれ政治であれ、何がしかを議論する場では、中国の最新事情を勘案せずにはすまないことが多くなって来ている。私自身、何かを語ったり、こうしてブログを書くににあたっても(特に私の場合、経済やビジネスをトピックとすることが多いわけだが)、中国の動向を常に把握しておく必要があると感じることが非常に多くなって来ている。この数年特に、中国の情報に驚かされる頻度が激増しているが、表面的で脈絡のない賑やかしのような情報だけではなく、一つ一つが非常に大きな構造変化(あるいはこれから起きて来るであろう構造変化)を示唆するものであることも多くなってきており、受け入れる自分の方もその都度、根本的に自分の理解の体系全体を見直し、更新せざるをえなくなっている。そうしているうちに、わずか数年前に持っていた中国のイメージが、今ではすっかり変質してしまった。

 

先日、あるイベントに参加して、その参加者とも意見交換する場があった。その参加者のほとんどは、日本社会の最上層部にいるエリートと言っても過言ではない人達だったから、自分の感じている中国観の真偽を問い、場合によっては更新できる機会になることを期待した。だが、驚いたことに、全員とは言わないまでも、多くの人は私がかつて持っていた中国観、すなわち日本人の多くがこれまでに無意識に受け入れてしまっている中国観がほとんど修正されないままになっていることを確認する場になってしまった。しかも中国との比較対照としての日本の固定的なイメージが一方にあり、未だにステレオタイプな「優越感」を保持したままになっている。これでは議論を始めることもできない。これが日本の現実であることを再確認した、という意味では貴重な場ではあったが、同時にこれから数年間の間に起きることが確実な、日本側の混乱と怨嗟の声はただならぬものになるであろうことを直感した。

 

もちろん、日本の識者の中にも、この恐るべき状況を正確に理解して伝えている人たちが増えて来てはいる。だが、どうやらそれが正確に理解されて、一般常識となるまでにはまだかなりの時間がかかりそうに思える。そうであるなら、私が他の識者の発言との重複をいとわず、思うところを述べることにもそれなりに価値があるように思える。

 

 

◾️起きている現象の意味をどう理解するか

 

昨年(2018年)に、ハイテクの話題で最も話題になったものの一つは、「フィンテック」関連だったと言っていいだろう。中でも、ビットコイン等の仮想通貨については中国発の話題もすごく多かった。だが、実はそれ以上にメディアを賑わしたのは、中国での決済手段が大掛かりに現金やカードからスマホによる決済にシフトしてしまっていることだ。具体的には、中国のIT企業である、アントフィナンシャル(アリババグループの金融子会社)が運営する「支付宝」(アリペイ)と騰訊控股(テンセント)の「微信支付」(ウィーチャットペイ)だ。日経新聞等、日本のメディアでも盛んに取り上げるようになったから、その名を知る人は今ではすごく増えた。

[FT]テンセント、中国の電子決済でアリババ猛追 :日本経済新聞

 

 だが、その現象の意味の理解は人によってかなり違う。大半の日本人は、これを単なる対岸の火事として見るだけで、日本に及んでくるであろう深刻な問題にはほとんど関心を寄せていないように見える。もっとも、対岸の火事と思われているのにもやむを得ない事情はある。「アリペイ」にしても「ウイーチャットペイ」にしても、いずれも情報管理という点では、少なくとも日本や欧米諸国の視点から見れば、リスクてんこ盛りだ。個人情報は、国家に検閲され、どこでどのような使われ方をしているのかもわからない(ダダ漏れの可能性も大)。日本を含む欧米先進国では、プライバシーは人権に関わる権利として、議論の蓄積もあり、どこでも厳しく管理されている。その観点で言えば、中国のサービスは、あり得ない管理レベルということになる。

WeChatの危険性 - chiwate

 

よって、日本では、日本在中、あるいは日本への旅行者である中国人が使うことはあっても、日本人の間で流通することはありえないと一般には考えられている。だが、本当にそうなのだろうか。日本には何の影響もないのだろうか。このまま思考停止してしまっていいのだろうか。もちろんいいわけがない。大急ぎで視野を広げて、この背後にある動向と本当の問題を洞察しておく必要がある。

 

 

◾️日本の金融業界を中国企業が席巻する近未来

 

このあたりの事情を語るのに、先ず、フィンテック関連でも貴重な情報提供者として著名な経済学者の野口悠紀雄氏による、ダイヤモンドオンラインの最新記事が大変参考になるので、抜粋させていただきつつ議論を進めたい。

日本の金融が中国フィンテックに制覇される日 | 野口悠紀雄 新しい経済成長の経路を探る | ダイヤモンド・オンライン

 

昨今日本の大手銀行も危機感を持って取り組むようになったいわゆる「フィンテック」だが、日本のフィンテック企業には世界で高い評価を受けている企業はほとんど(まったく?)ない。逆に、中国企業は世界的に見ても躍進している。世界の最も優れたフィンテック関連企業のリストであるFintech100」2017年版ではトップ3社はいずれも中国企業

 

The Top 10 companies in the 2017 Fintech100

 

Ant Financial - China

ZhongAn - China

Qudian (Qufenqi) - China

Oscar - US

Avant - US

Lufax - China

Kreditech - Germany

Atom Bank - UK

JD Finance - China

Kabbage - US

 

https://home.kpmg.com/xx/en/home/media/press-releases/2017/11/the-fintech-100-announcing-the-worlds-leading-fintech-innovators-for-2017.html

 

「アリペイ」と「ウイーチャットペイ」は、少なく見積もっても既に10億人以上の会員がいると言われるが、特に、決済、送金については、利便性の点でも手数料の点でも非常にメリットのある洗練されたサービスとなってきている。アリペイは、外国企業と提携して、現在34ヵ国に進出していて、国外利用者も約2.5億人いるという。日本の銀行口座からアリペイに振り込むことができるようになれば日本市場でもこのサービスが広がる可能性は大きいと野口氏は述べているが、私もそう思う。何らかの手段で日本人の不安感を払拭するサービスに再設定できれば、爆発的に普及する可能性もあると考えられる。

 

加えて、この大量の会員をベースに、インターネット保険、消費者金融等の金融サービスが展開され、しかもビッグデータを背景にして、洗練された医療保険が開拓されたり、信用調査のノウハウが蓄積されたりしている。第三世代の人工知能(AI)が活用される時代には、この情報の規模の意味するところは限りなく大きい。

 

資金力も半端ではない。アリババはニューヨーク証券取引所に、バイドゥNASDAQに上場しており、アリババの時価総額は4708億ドルもある。(トヨタ自動車時価総額は2282億ドル)。フィンテック関連投資額(アクセンチュアのデータ)は、2016年の中国と香港の合計で102億ドルもあったという。一方で、日本でのフィンテック関連投資額は、わずか1億5400万ドルというから、スケールが全く違う。

 

 さらには、フィンテックを支える人材についても、昨今の中国の躍進は凄まじい。USニューズ&ワールドレポートが作成する「Best Global Universities for Computer Science」(コンピュータサイエンス大学院の世界ランキング)の2017年のランキングでは、中国の清華大学が世界一になっている(100位までに、中国の17の大学がランクインしている)。昨年、精華大学に留学しようとしている東京工業大学の学生と話をする機会があり、その時は正直私は驚いたのだが、こうして見ると、今の学生にとってはこれが合理的な選択肢の一つであることがよくわかる。米国の大統領府が2016年10月に発表した「National Artificial Intelligence REsearch and Development Strategic Plane」によれば、深層学習に関する研究論文の発表数は、2013年に中国が米国を抜いて世界一となり、さらにその差は広がっているという。

Top Computer Science in the World | US News Education

 

野口氏の今回の記事にはないが、世界のスーパーコンピューターの開発競争でも中国はトップの地位を占める。昨年11月に発表された、スーパーコンピューターの計算速度の世界ランキング「TOP500」では中国勢が9連覇を達成したばかりだが、世界最速のスーパーコンピューター上位500に占める台数でも中国はトップ(202台。2位は米国(143台)、3位は日本(35台))であり、さらには、スパコンの総処理能力でも米国を抜いて首位に立った。

スパコン「TOP500」、中国がランクイン数トップに--HPCG指標では「京」が1位 - CNET Japan

 

こうして並べてみると、今の情勢では、日本のフィンテック企業が競争に勝てる理由が見当たらない。法律で禁止する等、鎖国的な政策を取らない限り(もちろんこれは、世界中が繋がっている現代の金融市場では、自殺行為というしかない)、近い将来、日本の金融業界を中国企業が席巻している可能性が大いにあると私が考える理由はご理解いただけただろうか。昨年は、マイナス金利政策が本格的に効いて来たこともあり、大手都銀のリストラ計画(3メガバンク合計3.2万人のリストラ計画等)が衝撃を持って報じられたが、今後はこんな程度では済まなくなる可能性が大だ

 

 

 ◾️成果をあげる国家戦略

 

中国躍進の背景には、政府の国家戦略があることは言うまでもない。2017年8月に発表された「次世代AI発展計画」によれば、2030年までに中国を世界の主要な「AIイノベーションセンター」とし、AI中核産業規模は1兆元(約17兆円)、関連産業規模は10兆元(約170兆円)まで成長させることを具体的な目標に掲げている。

スパコン「TOP500」、中国がランクイン数トップに--HPCG指標では「京」が1位 - CNET Japan

中国の人工知能技術が、米国を追い抜く日は近い? (1/4) - ITmedia エンタープライズ

 

BBCニュースによると、すでに世界全体の科学への支出に中国が占める割合は約20%に達するという。そして、その成果は続々と出始めているようだ。昨年も、宇宙開発や量子暗号等で大きな成果があがっていることが報じられたが、AI関連でも、つい先頃、アリババのAIが史上初めてスタンフォード大学読解力テストで人間よりも優れた成績を挙げたことが話題になった。現段階ですでに、中国の戦略は着実に成果を出していると言える。

アリババのAI、成績が人間上回る-スタンフォード大の読解力試験で - Bloomberg

 

 

◾️中国の情報戦略と西欧先進国のジレンマ

 

 第三世代のAIに必須の要件とも言える「情報」についてあらためて見ると、こちらも戦略と実体がうまく噛み合って、驚くべき成果があがりつつある。

 

アリババは、米国のアマゾンと同様、超巨大な顧客データベースを構築しているが、これが、アマゾン以上に情報密度が高く統合された信用度採点のデータベースとなって来ているようだ。

 

BtoCの購入代金や公共料金支払いの履歴から始まって、個人の同意を得て学歴・職業・交友関係などのデータベースを紐付け・統合して、どれくらい信用度が高い人かを950点満点で採点する仕組みだ。

 

700点以上の高得点者になると、様々な恩典が付与される。最初はホテル宿泊時のデポジット手続きが不要、優待料金といったものだったが、政府がこの仕組みに相乗りし始め、北京空港のセキュリティチェック専用レーン通行権、シンガポールルクセンブルグのビザ支給など魅力的な恩典がリストに加わったため、中国では多くの人がこのシステムに登録するようになった。 

「デジタル・レーニン主義」で中国経済が世界最先端におどり出た(津上 俊哉) | 現代ビジネス | 講談社(2/5)

 

中国のように、自分たちの一族以外には「信用/信頼」はほとんどなかった社会にこのような信用度指数が出現する意味は実に大きい。これによって、商取引が格段に広がることが期待できるからだ。実際、すでに融資等のビジネスに利用されて成果を挙げている。

 

中国政府自体もこれと同様、巨大データベースによる「社会信用体系」づくりを進めているという(社会信用体系建設企画要綱 2014-20202) 。もっとも、こちらは、どうしても国家による国民の完全な情報管理という暗黒面に目が行きがちになる。確かにテクノロジーの進歩に加え、誰もがスマホを持っているという条件が重なれば、位置情報から、買い物の履歴等市民の日常も詳細に把握され、それを国家が監視するわけだから、全体主義国家のディストピアを描いた、ジョージ・オーウェルの小説「1984*1がリアルに再現されているように見えてしまう。だが、暗黒面ばかりに目が行くと、ここで起きていることの本質を見誤りかねない。

 

繰り返すが、今までの中国の最大の問題の一つに、自分たちの一族以外には、社会に「信用」が行き渡っておらず、それが商取引の広がりを制限していたことがあった。ところがこれからは信用が可視化され、その効果で商取引の範囲も規模も拡大することが期待できる。しかも正直者が得をするという常識が一般化すれば、これが加速度をあげて促進されて膨大な経済効果につながる可能性もある。一方で、AI技術を含む科学技術で世界トップレベルとなり、一方で、莫大な情報が集め放題ということになると、2020〜2030年代は、世界経済市場では、中国の一人勝ち状態となる可能性すらある。もちろん、経済だけではない。人工知能での優位は軍事力の優位にも直結する。

 

この情報という点では、これから日本を含む欧米先進国は大いなるジレンマに悩まされることになるだろう。極端な言い方をすれば、中国は国家も、企業も「人権」を犠牲にして情報という資産を掻き集めているようにさえ見えるらだ。(しかもこれは必ずしも中国だけの問題ではなく、新興国発展途上国のスタンダードとなっていく可能性もある。)この「情報」が中国の経済力も軍事力も格段に増強する可能性があるのだから、他国は穏やかではいられない。欧米諸国は、当然、「人権」を盾に欧米に近いスタンダードをあらためて世界標準として中国にも受け入れるよう要求するだろう。だが、もはや以前のように、技術レベルが劣っていて、人材もいなかったころの中国ではない。それどころか、巨大市場かつ巨大生産地となった上に人工知能等の新領域では世界の最先端に立ちつつある今、中国が世界標準の中心地となりかねない勢いだ。あえて欧米先進国に下手に出る必要もなくなりつつある。

 

一方、現代のプライバシーに関わる思想は、西欧の思想風土から醸成されて来た比較的新しい概念ということもあり、中国やインド、あるいはイスラム圏等の思想や宗教の背景が異なる国や地域との合意を形成していくのは、相当な難事と考えざるをえない。人権を盾に個人情報収集に制限をかけようとするにしても、よほど、しっかりした理論構築をして臨まないと蹴散らされてしまうだけだろう。特に日本の場合、世界では、人権を語るには相応しくない国と評価されてしまっている。女性差別報道の自由のなさ、刑事司法制度、長時間労働ブラック企業等、日本人は日本なりの反論はあるかもしれないが、世界標準という意味では、褒められたものではない。まず、足元を綺麗にして臨まないことには、まさに足元を見られてしまうだろう。

 

実は人権侵害だらけだった日本

欧州が日本に「人権条項」要求・・・実は人権侵害だらけだった日本 - NAVER まとめ

男女平等ランキング 日本116位

【国際】世界「男女平等ランキング 2016」、日本は111位で昨年より後退。北欧諸国が上位独占 | Sustainable Japan

報道の自由ランキング 日本72位

報道の自由度ランキング - 世界経済のネタ帳

 

グローバリズムが浸透してきて、国民国家の意義を問われるような状況にあって、民主主義国家でも、合意形成が声の大きさで競われるような現象が繰り返し起きて来ており、民主主義自体に対する懐疑論もあらためて声高に語られるようになって来ている。確かに、習近平首席とトランプ米大統領を比べれば、習主席の方が、リーダーとしての資質が上回っていると言わざるを得ない。だが、だからといって中国のやり方がこれからの世界標準と言い切るような単純な議論に与するわけにはいかない。

 

 

◾️思考停止している場合ではない

 

日本人にとっては目を背けたくなるような状況かもしれないが、こと経済的な問題で言えば、長い間本質的な問題から目を背け、本当の改革を先送りしてきたツケが本格的に現象化していることを素直に認め、さらには、思想的な問題は日本人には対応不能というような姿勢を改めないと市場開拓一つできなくなる恐れがあるという事実を噛み締めて見るべ時だと思う。日本人には無理どころか、日本人にしか出来ないことは間違いなくあるこんな時だからこそ、世界で本当に尊敬を集める思想や行動とは何か、どうすればそれを商行為を含む行動の規範として据えていけるのか、そして世界で賛同を得ていくにはどうするか、原則に帰って探求していくことこそ重要なのだと信じる。テクノロジー利用という点でも、ブロックチェーンなど、脱プラットフォーマーを可能にするテクノロジーとしても注目されて来たわけだが、これを最大限活用するビジネスモデルを案出していくことも、できること、やるべきことの一つだと思う。思考停止している場合ではない。

 

 

*1:

1984年 (ハヤカワ文庫 NV 8)

1984年 (ハヤカワ文庫 NV 8)