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イチローのような『天才』から何を学ぶべきなのか


 日本人皆にとって誇らしい年


本年は驚くような、そして、どちらかというと陰鬱な事件が相次ぐ一年だが、日本人にとって誇らしく喜ばしい出来事もある。メジャーリーグで活躍するイチロー選手の安打数世界一更新(日米合計)とメジャーリーグ史上30人目の3,000本安打達成がそれだ。シーズン開始前には今期中の達成を危ぶむ声もあったものだが、蓋を開けてみると今年のイチローは近年の不振を吹き飛ばすような目覚ましい活躍を続けており、『世界一』の方はすでに達成してしまったし、3,000本安打のほうも、7月10日現在わずか10本を残すのみとなっている。



 少なくとも50才まで現役?


記録もさることながら、42才というプロ野球選手としては限界域といっていい年齢でありながら、いまだに走攻守ともトップレベルを維持する姿には、すでに生きる伝説の域に達しているこの天才のさらなる飛躍さえ予感させるものがある。周囲の熱狂にもまるで他人事のようにクールなイチローは『少なくとも50才』まで現役を続けたいと、ヤンキース時代の同僚アレックス・ロドリゲスに語ったという。世界のトップリーグで現役で居続けるためには、想像を絶する労苦が伴うはずだろう。生活が苦しくてハングリーな若手選手ならともかく、金も名誉もすべてを手にいれたイチローが、なぜ体が衰えて動かなくなる年齢に至るまで苦しい思いをしてまで選手でいることを選ぼうとしているのか。やはり天才の境地は凡人には計り知れぬものなのか。



 才能か努力か


これほどのレベルになると、もはやお手本にして学ぼうという意欲さえ萎えてしまいそうになるが、それでもほんの少しでよいからイチローにあやかれないものか。少しでも近づくにはどうすればよいのか。そもそも人間の能力は素質や才能だけで決まってしまうからそんなことを考えるだけ無駄なのか。それとも努力で何とかなる可能性があるのか。才能か努力かという誰もが一度は考えたであろう命題は解決できたのか。解決できないまでも、多少なりとも解明は進んでいるのだろうか。


この問いに対する回答として、最新の脳科学の知見を背景に、確信にせまる議論を展開していて大変面白いのが心理学者の今井むつみ氏の『学びとは何かー<探求人>になるために』*1だ。結論から言えば、どの分野であれ超一流になることと遺伝等の持って生まれた才能には優位な関係は見いだせないという。そうなると『努力』が大事ということになるのだが、やみくもに努力すればいいというものではないらしい。今井氏は次のように述べる。

「天才」と呼ばれる一流人に共通しているのは向上への意欲だけではない。自分の状態を的確に分析し、それに従って自分の問題を見つけ、その克服のためによりよい練習方法を独自で考える能力と自己管理能力が非常にすぐれているのである。若くして卓越した熟達者になる、いわゆる「天才」と呼ばれる人たちは非常に早期からこの能力を身につけている。

『学びとは何かー<探求人>になるために』より


自己管理能力という言葉は、まさにイチローのためにあるとさえいえる。イチローが禅僧を思わせるような自分で詳細に決めた生活(ルーティーン)を毎日続けていることは有名だ。寝る時間、起きる時間はもちろん、朝食には毎日欠かさずカレーを食べているというエピソードも広く知られている。


また練習方法についても、自分の体に常に問いかけて改善している。例えば、昨今、プロ野球でもダルビッシュの影響もあってか、筋トレはブームのようだが、イチローは当初こそ普通の筋トレをやっていたようだが、筋肉が肥大するとむしろマイナスになることを実感し、肥大させないで筋力をアップさせたり、弾力性のある柔らかい筋肉をつくるマシーンを工夫して、筋肉の品質を向上させるべくトレーニング方法を進化させているという。

イチローが行っているトレーニング法とは?筋トレをしないって本当?|MARBLE [マーブル]



 具体的な到達目標がイメージできること


今井氏はまた次のように述べる。

どういう自分になりたいか、そのためにどういう訓練をすればよいかということの具体的なイメージなしに「東大に入る」「金メダルを取る」「社長になる」という結果の願望を持つだけでは熟達者になれない。イチロー選手は「プロ野球選手になる」という目標を小学生の時から持っていたが、その目標は単にその地位を獲得して華やかな場に身を置き高収入を得たいためではなかったはずだ。プロ選手がどのようなパフォーマンスをするかという明確なイメージを持ち、そのイメージを実現するのが目標だったのである。

『学びとは何かー<探求人>になるために』より


イチローは子供のころから毎日バッティングセンターに通い、可能な限り最も速いスピードを設定してもらって、バッターボックスの外に出て、プロのスピードを体感しようとしていたという。加えて、今井氏は次のように述べている。

自分が超一流になり、自分よりも上の人がほとんどいなくなっても、自分の中で、いまよりももっと上にいる自分、目指すべきパフォーマンスがイメージできる。自分が(そして他の人も)まだ到達していない地点が見え、そこに至る道筋が見える。それが超一流の熟達者と一流の熟達者の違いである。ここでいう「目指すべきパーフォーマンス」や「そこに到達するための具体的な道筋や方策」が見えるようにあるというのは、その分野の学習での多大な経験と深い知識が要求されることだ。

『学びとは何かー<探求人>になるために』より


イチローは野球の指導者にはなりたいとは思わないという。そのかわりできるだけ長い間現役選手でありたいと望んでいる。驚くべきことに、だれよりも努力しているのに、自分も練習は嫌いだと言い切る。だが、一方で自分の目標を達成して成果が出ることを何よりの喜びとしていることは幾つかの発言からもうかがい知れる。

『そりゃ、僕だって勉強や野球の練習は嫌いですよ。誰だってそうじゃないですか。つらいし、大抵はつまらないことの繰り返し。でも、僕は子供のころから、目標を持って努力するのが好きなんです。だってその努力が結果として出るのはうれしいじゃないですか。』


『準備というのは言い訳の材料となり得る物を排除していく、 そのために考え得る全ての事をこなしていく』


『僕は天才ではありません。 なぜかというと自分が、 どうしてヒットを打てるかを 説明できるからです』


『努力せずに何かできるようになる人のことを「天才」というのなら、僕はそうじゃない。努力した結果、
何かができるようになる人のことを「天才」というのなら、僕はそうだと思う。人が僕のことを、努力もせずに打てるんだと思うなら、それは間違いです。』


『少しずつ前に進んでいるという感覚は、人間としてすごく大事。』


イチローの名言・格言集。努力の天才の言葉 | 癒しツアー | Page: 2

 天才に共通すること

今井氏は、イチローに限らず、『天才』と呼ばれる人は、向上のための手立てを常に探索し、実践する『探求人』だという。野球のような競技に限らず、学問分野等では特にそうだとも言えるが、知識を丸暗記するような努力を続けても成果は望めないことを強調している(野球で言えば、コーチの決めたメニューを自分にフィットしているかどうか自分で考えることなく根性でこなす、ということになろうか)。一流であるためには、『知識は自分で発見するもの、使うことで身体の一部にするもの、システムの一部であること、そしてシステムとともにどんどん変化していくものであり、これを身体の一部として理解すること』が必要と述べ、教育の要諦もまさにここにあるとする。


確かに、語学の習得でも、社会科のような暗記が必要な科目でも、単なる暗記だけに頼っている限り、語学を使いこなせるようにはなれないし、社会科学の一流の学者になることも無理だろう。それは、私の拙い経験からも実感しているところだし、一流の仕事をしている友人達なら皆同意してくれるはずだ。


このことを肚の底から理解していれば、努力の仕方も当然変わってくるし、ルーティーンにこだわることも当然だろう。こういう理解が日本の教育の理念の礎となっていれば、もっと多くの分野でもっと多くの天才が生まれることだろう。だが、残念なことに、私の知る限り、このような理解に到達できている教育者、指導者、コーチ等は、日本全体を見回してみても、ほんの一握りしかいないのではないか。私が育ってきた環境でも、良い教育者、良い指導者ももちろんたくさんいたが、ここまで体系的で徹底した理解に到達し、それを語れる人には出会ったことがない。そういう意味では、超一流の仕事師は超一流に到達できるプロセスを人生のどこかの時点で(何らかの方法で)習得することができた(あるいは生まれつき知っていた?)ということになるから、そういう意味では、幸運に恵まれていることは確かだろう。



 自分ができることは


私はこの分析を読んで、自分と『天才』たちとの差がどこにあるのかはっきりと認識することができたように思った。少なくとも、これまで漠然と感じていたことが、整然と言語化されているように感じた。同時に、人生の大半を無駄に過ごしてしまったことがわかって愕然とした(もう遅い!?)。だが、こういう考えはイチロー的ではないというべきだろう。彼は栄光や金を得るために日々の努力をやっているというより、自分で目標を見つけ、そのために何をすればいいのか日々探求し、そしてその成果があらわれて自分の能力が向上して目先の成果(一本のヒットを打つこと)を得る喜びが何より大きいことを知っているし、だからこそ、『練習が嫌い』といいながら、出来るだけ長く現役選手であろうとするのだろう。従って、これは、『もう遅い』と嘆くような性質のものではなく、誰でも今この時から始めることができる。そのような喜びの価値を知ることができた人こそ、人生の熟達人であり、本当に悔いの無い人生を終えることができるのだろう


自分がこれからイチローのようなプロ野球選手になることは不可能だが、今からでも、イチローが到達した境地/心境をその断片くらいはうかがい知ることはできるかもしれない。そしてもしかするとこの境地こそ『世界に発信された日本文化の精髄』というような形で歴史に残っていくのではないか。50才のイチローが一流選手としてメジャーリーグでプレーしている姿を夢想しつつ、これを機会に自分にも取り組めることを何か一つでも取り組んでみたいものだ。

*1:

学びとは何か――〈探究人〉になるために (岩波新書)

学びとは何か――〈探究人〉になるために (岩波新書)