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自信を持っておすすめできるブログを書くメリット

イベントの前に自分を振り返る


アジャイルメディア・ネットワークの代表取締役である、徳力氏が、日本で主要なブログサービスが始まって10年という節目に、1000人規模の参加者を迎えて、一大ブログ/ブロガーイベントを企画している(ブロガーサミット2013、2013年8月24日(土)、ベルサール渋谷ファーストにて開催予定、http://agilemedia.jp/blogger/


そして、その前哨戦とも言える記事を自身のブログで書いていて、おおいに触発されるところがあるので、私もちょっとだけ絡んでみようと思う。

なぜ、私たちはブログを書くのにわざわざ貴重な時間を使うのかという問いを、ブログ10周年の今年だからこそ改めて考えたい (徳力基彦)
長く続いているブログは「ページビューの罠」に、はまらないためのコツを見つけているのではないかという話


私自身、徳力氏らに多大な影響を受けて、08年4月にブログを始めた経緯もあり、特に初期のころは、氏の関与するイベントには出来る限り出かけ、発言も一言も聞き漏らすまいと集中していたものだ。今回のイベントはその頃の熱量を想起させる装いがあり、楽しみにしているし、参加させていただいた後で、ブロガーとしての自分自身を振り返る意味でも何らかの記事は書いてみようと思ってはいた。


だが、考えてみると、イベントでは大勢の著名ブロガーの意見を大量に浴びることになるわけで、そんな後に自分自身のことを冷静に振り返ることなどできるとは思えない。となると、今回、若干地味に内省的な記事を書いておく事にはそれなりの意味もあるだろう。



牧歌的な時代


日本でブログサービスが始まった10年前とまで言わずとも、私がブログを始めた2008年春の段階でさえ、ブログを包む空気は今とはまったく違っていた。まだ草創期の初期熱狂のようなものが多分に残っていた。ブログで発信することから得られる無限の可能性のすべてに係わることができて、ブログの先達が到達した様々な頂に自分たちもすぐに登れるのではないか、という期待感に満ちあふれていた。だから、ブログのイベントに出るのもすごく楽しかった。早い段階でブログを書き始めて、ちょっとした知名度を得たくらいの人でも、ずいぶんと眩しく仰ぎ見られ、それがまたブログを始めるインセンティブになっていたように思う。思えば牧歌的で皆楽観的な時代だった。


イベントの案内文に書かれているように、その後、FacebookTwitterGoogle+、LINE等のSNSが怒濤の勢いで勢力を拡大し、情報発信の垣根は大幅に下がって、情報発信はより多くの人に開かれ、多様になった。加えて、Instagramや、Pinterestのような画像、YouTubeニコニコ動画のような動画、さらには、食べログ等の飲食、クックパッドに代表されるレシピ等も個人が発信する表現の場として、大きく発展していく。思えば初期のブログはこれらの要素をすべて可能性として抱合していたと言える。そして、実際、大抵のブログは未熟でゴツゴツしていたが、それでも個性と潜在力に満ちたブログが沢山あった。



一『生物』から多様な『生物群』へ


だが、自由度が大きいことは必ずしも参入が容易であることを意味しない。もっと、発信のタイプ毎に、発信し易い形式のサービスが、百家争鳴のごとく登場する。Twitterなどその典型とも言える。わずか140文字での表現より、文字数に限らず何の制限もないブログのほうが普遍性もあって応用範囲も広いように思えるが、Twitterはその制限が発信のし易さ、読み易さ、スピード/即時生を生み、まったく新しい地平を切り開くことになる。そして、単文をつぶやくような、あるいは他の記事を引用して、そこに短いコメントをつけるタイプのブログは、大挙してTwitterに活動の主力をシフトした。あるいは、写真を投稿/紹介することが主であったブロガーは、InstagramTumblrに移っていった。


いずれも、制約はあるが、特化することで普通のブログでは埋もれてしまいかねない要素を強力にアピールすることができる。そのような『場』が次々に提供されることになった。生物でもそうだが、進化は大きな枝から細かく細分化した枝に分かれていく。『インターネット上の個人の情報発信ツール』というシンプルな『生物』はそれぞれの特性ごとに分化し、何十という多数の生物群に分かれていった。



残ったブロガーのサクセスストーリー


では、出て行かれた側のブログには何が残ったのか。全てが出て行ってゼロになったのであれば、そこで発展解消、消えてしまうことになるのだろうが、実際には幾つかのカテゴリーが特化された形で残り、そのカテゴリー内での進化を遂げつつあるように見える。では、何が残ったのだろう。


具体的には、編集能力が問われるまとめサイトあるいはメディア的なブログ、そして、『論点』をちゃんと書いて訴求するいわゆる『論壇系』、あるいは『ニュース記事系』だ。いずれも、読んでもらうためには、発信する情報の価値、品質が問われる。だから、ここで継続的に読者を引きつけることができるブロガーは、徳力氏がいうサクセスストーリーに乗っかる資格もあるということになる。

ブログを書き続けていた結果
・ニュースサイトや雑誌にコラムを書かせてもらえる、とか
・記事を見たメディアの人にインタビューの依頼が来る とか
・本を書くことができた とか
・転職することができた とかっていう、分かりやすいサクセスストーリーもあります
なぜ、私たちはブログを書くのにわざわざ貴重な時間を使うのかという問いを、ブログ10周年の今年だからこそ改めて考えたい

ブログが継続されるとは限らない


かつて、ジャーナリストの佐々木俊尚氏が『論壇系』ブログのカテゴリーから『著名ブロガー』を選定して紹介したことがあるが、あらためてそのリストを見てみると、その後、プロのライター、研究者、ジャーナリスト、企業経営者等でその名を広めていくことになる実力者がゴロゴロしている。だが、そんな人は有料メールマガジン著作、マスメディア等に活躍の中心を移していくから、ブログを継続しているとは限らない。ちゃんと継続しているのは、むしろ少数派かもしれない。
http://www.bunshun.co.jp/blog_rondan/blog_list.pdf


いずれにしても、個人が内容本意で継続的に衆目を引きつけ、インセンティブがはっきりしないまま、書き続けることは至難のワザと言わざるをえない。


かく言う私も、その『著名ブロガー』の末端に入れていただく名誉に浴したが、論点を整理してそれなりの記事を書き続けることはやはり非常に骨が折れることを身を以て実感している。しかも、このタイプのブログが宣伝費を稼ぐのは非常に難しい。ある程度稼げるブロガーはほんの一握りだし、そんな力量があれば、ブログ以外で稼ぐ方が遥かに見入りがいいはずだ。論壇系、ニュース系の記事は、浅く広くというより、深く狭く評価されるケースがどうしても多くなる。徳力氏も自身のブログで書いているように、このタイプのブロガーがPVや広告費のようないわゆる『アテンション』の数だけを目的にしていると、内容が薄く浅くなり、結果、コアになる読者も去ってしまうことになる。だから、広く薄い人気、広告費等をあてにするのではなく、何か、別のメリットを感じるのでなければ、継続しにくい構図を持っているのが今のブログ、ということになりそうだ。



その他のメリット

徳力氏は、いわゆるサクセスストーリーに乗ることでも、収益を得ることでもない、ブログを書くメリットとして次のような点をあげる。

でも、実はそれ以外にも、そもそもブログを書くことで
・そもそも自分の意見を一人一人に話さなくてもまとめて聞いてもらえる とか
・自分の意見を全く面識のない人が聞いてくれる とか
・ブログのお陰でいろんな出会いが増える とか
・名刺交換しただけの人がブログを通じて自分を深く知ってくれる とか
・ブログを読んでくれていた人と初めて会うと話が早い とか
・密かに尊敬している人から逆にブログを通じてコンタクトがきた とか
・ブログにフィードバックが来るお陰で自分の勉強になる とか
・何かを説明するときに、ブログ記事のリンクを送って説明できる とか
 一見地味に見えるメリットもたくさんあるんです。
なぜ、私たちはブログを書くのにわざわざ貴重な時間を使うのかという問いを、ブログ10周年の今年だからこそ改めて考えたい


徳力氏のご指摘は皆、非常に大きな、リアルな価値があることを、私自身感じて来たし、これからブログを書こうという人にもそれは貴重なメリットとしてアピールしておきたいとは思う。だが、そのためには、最低限、読む側が、読む価値ありと感じてくれること、ある程度の露出(PV)があることが前提になる。書く事にあまり自信が無い人にはかなり高いハードルに感じられるかもしれない。もう少し誰でもこの系統のブログを書く事自体で得られるメリットはないものだろうか。実は、もっとずっと地味だが、私が確信を持って保証できるメリットがある。そして、それは情報過多の時代に生きていくしかない現代人なら誰にでも必要なメリットになりうると信じる。



私の感じる最大のメリット


それは何なのか。自分でブログを5年以上書き続けてみて、最も実感できるそのメリット/効果とは、何より自分が一番必要としている情報が吸い付くように自分の頭に入ってくるようになったことだ。この5年間の間にも、情報過多のレベルは何段階も上がり、情報は今も留まるところを知らない勢いで膨張している。だが、それでも、私は同じ5年間の間にも、自分にとって本当に重要な情報を見つけることがより容易になったと感じている。これは、私の場合、ブログを書いていればこそなのだと思う。どういうことだろうか。


論壇系ブログにとっては、ブログにどれほど切れ味の良い『論点』を書き込めるかどうかが鍵だ。そのためには、インプットのほうも、量より質が大事だ。誰もが知っているような大量の薄く広い情報を得るより、個性的で差別化を可能とする情報を選りすぐって集めてくることが何よりも大事だ。だが、情報過多が進む中、そんなインプットの仕方自体、いったいどうすればよいのか、と言いたくなるかもしれない。


だが、鶏と卵ではないが、切れ味の良いブログ記事を書くために、日頃から『論点』『仮説』『問題意識』を具体的に持ち続け、実際にアウトプットとしてブログを書いていると、自分の側に良質なフィルターができて、自分の目的に最適な情報を引っ掛けてくれる。本当に不思議なことだが、人間の認識能力というのは、そういうふうに出来ているらしい。どんなに情報過多になっても、自分の側にフィルターができれば、不要なものは捨てて有用なものだけ引っ掛けてくれる。このフィルターがなければ、私の頭は不要なジャンク/ゴミのような情報で溢れて、すぐに機能不全になってしまうだろう。つまり、私にとって質のよいブログ記事を書こうと勤め、実際に書くという行為自体が、自分にとって有用な情報を集めてくるエンジン/原動力になっている、ということだ。私はブログ自体では稼げないが、有用な情報は他の場所でも私をおおいに助けてくれる。直接稼げなくても、間接的にはちゃんと稼げる構造になっているとも言える。地味だがこれは非常に大きい。特に長い間続けていると、時にかなりの効果を実感できる。それは、請け合える。



論壇系ブロガーコミュニティーが欲しい


来るべきイベントは大変楽しみだが、これを機会に、論壇系ブロガーの間にも、もっとブログコミュニティーというか、情報交換の場ができるといいと思う。そして、サクセスストーリーに乗って、ブログを卒業してしまった人たち(著名人であることが多いが・・)も、OBとして、後進に先人の苦労を伝え、恩返しをして欲しいものだ。