読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

マイケル・サンデル教授は荒廃した日本の政治思想の救世主か? 

日本でもベストセラーとなっているサンデル教授の著作


ずっと以前に買っていながら、なかなか読めないでいた本を、お盆のお休みを利用しつつ、やっと読了することができた。日本でも売れに売れて、ベストセラーになっている(2010年7月末までに、22万部の販売。すでに30万部を突破したという情報もある。)、ハーバード大学マイケル・サンデル教授の『これから「正義」の話をしよう』*1だ。価格が二千円以上もする、難解な哲学書がベストセラーというのは昨今の日本では異例のことに思える。何か転換点と言える現象が起きているのだろうか。違和感を感じながらも、非常に興味をそそられる現象ではある。解読というのも偉そうだが、少なくとも、自分なりに探りを入れて、あわよくば何がしかの「参考点」を得ることはできないものだろうか、そう思っていた。



知名度を上げる火付け役『ハーバード白熱教室


日本でサンデル教授の知名度を上げる火付け役になったのは、NHK教育で、本年の4月から放送された『ハーバード白熱教室*2と言われている。これは、ハーバード大学史上履修学生が最高を記録した人気授業の「正義」を元にして制作された番組で、内容はけして簡単とは言えず、むしろ非常に難解な番組と言うべきだが、大変な人気を博して、全12回すべてが有料サービスであるNHKオンデマンドで上位につけたという。8月25日には、サンデル教授を日本に呼んで、東京大学で「白熱教室」が行われたようだ。著作が売れる伏線が十分にあったことが伺える。



トレンドの変化?


本書を含めて、昨今の日本では、比較的難しい本が売れるていると言われている。同カテゴリーでは、これもまた大変話題になった、「超訳ニーチェの言葉」*3がある。しかも、これ等の本は、比較的若い世代に売れていると言う。マルクス主義全盛期の日本のならまだしも、かた苦しい本は読まず、難しい事は考えず、硬い議論はしない、というのが今日の典型的な若者像であるという先入観も多分にあるため、やはりこの現象はちゃんと探求しておきたいという誘惑に駆られる。


リーマンショックの影響を脱して、やっとのことで上向きかかった景気も、円高/株安によって腰折れどころか二番底が心配され始めている。そもそも日本企業にはほとんど明るい材料は見られず一向に今後の展望が開けてこない。政権交代に成功した民主党に対しても、すっかり期待感が萎んでしまった印象がある。こんな中、若年層ならずとも、不安に苛まされないほうが不思議なくらいだ。


昨年くらいまでは、こうした不安に応えていたのは、すぐに解答を提示してくれるような『ノウハウ本』で、実際、昨年の出版ランキングの上位には、ずらりと『ノウハウ本』が並んでいる。だが、今年に入って、こういう本を押さえて、哲学や近代思想等、難解な専門書が売れるようになって来ていると言う。確かに、『100年に一度』と言われる大変動期にあっては、生半可な『ノウハウ本』くらいでは事態に太刀打ちできないと認識するに至ったとしても不思議はない。もちろん、そうは言っても、哲学や近代思想を本格的に読み解ける若年層がいるとすれば、やはり相当高いレベルだろうから、いくら何でもそれほど数が多いとは思えない。だが、一握りにせよこのような若者がいるということ自体は、暗い話の多い日本において、久々に希望の持てる話題と言えるのかもしれない。



政治哲学への興味?


サンデル教授の『これから「正義」の話をしよう』が日本で売れたとすると、もう一つ興味深いのは、本書が哲学の中でも、政治哲学を扱っていることだ。学生運動が挫折して以来、日本の若年層の間における政治に関わる議論はすっかりその勢いをなくして、空洞化してしまった。政治に関わる意見や議論は、非常に底が浅い。驚いたことに、未だに『右』とか『左』等の区分けやタームが出てきて幅を利かせているのを見ることも少なくない。現実の日本の政治も、「利権政治」「ばらまき」「現実味のまったくない空想論」等、哲学のかけらもなく、若者がそこで理想と憧れを感じることができるフィールドとは言い難いのが実情だ。


これに比べるとサンデル教授の政治哲学は、実に奥深く、かつスリリングだ。米国で日々起きる具体的な出来事を題材にしながらも、普遍的で、本質的な問題を明らかにしていく。真面目に政治問題に取組む意欲のある者に感動を与えずにはおかないはずだ。私も大学時代に恩師から、本書でも取り上げられているジョン・ロールズ氏の『正義論』*4を読むことをすすめられ、それは功利主義的な底の浅い哲学に影響を受けていた未熟な自分にとって非常に衝撃的な一喝となって、以降自分の世界が急に広くなったような感動を覚えたものだ。今回、私はその頃の自分の体験を久々に思い出した。提示される問題の一つ一つは、簡単に解決するようなものはほとんどなく、難解で悩ましい。だが、本書は初学者にも非常に取組み易い語り口で、間口の広い入門書と言えるものなので、是非この機会に一人でも多くの人に読んでみて欲しい。



前提となる概念ツール


米国の政治的立場を論じるにあたっては、政治的自由度と経済的自由度の重視の度合いをマトリックスにしてできる4象限をそれぞれ代表する立場を定義づけて語られることが多い。これをある程度事前に理解しておくと、より理解が深まるように思われる。あるいは、読後に、あらためて頭を整理する意味でこれを行って見てもいいかもしれない。それぞれの象限のネーミングと定義は下記の通りとなる。(週刊東洋経済2010年8月14日号P40より引用)


リバタリアリズム

個人の事由を最大限尊重。国家には最小限だけ求め再配分(福祉政策)に否定的。「ネオリベラリズム(新自由主義)」を含む。「極端な形はアナーキズム(無政府主義)」


コンサバティズム

経済活動への政府の干渉は抑制する一方、政治的には家父長的な伝統的道徳観を尊重。古典的事由主義と新保守主義ネオコンの2種類。


リベラリズム

政治的には個人の自由を尊重するが、経済的には再配分を重視。人類共通の正義を主張。宗教的に中立。福祉国家リベラリズムとも称される。


コミュニタリアリズム

リベラリズムが主張する個人の権利や正義より善の優位を主張。宗教も重視。現オバマ政権が近い。極端な形は形としては共産主義全体主義

日本ではまだ有効利用されていない


日本の政治問題を分析し、語るにあたっても、非常に有効な概念ツールであるが、残念なことに一部の専門家を除くと、あまり一般的に活用されているとは言い難い。その結果、すでに分厚い議論の蓄積もあり、解決済みと言っても良いような初歩的な問題まで、感情的で不毛な議論の応酬で貴重な時間を費やすことになる。科学でも哲学でも、先人の知恵と苦闘の蓄積の上に乗らずして、およそ進歩など期待できないはずだろう。


例えば、リーマンショック以降、行き過ぎた自由主義批判をする人が、その代案として、いきなりノスタルジーたっぷりの家父長的なコミュニティーや道徳を持ち出したり、宗教的な道徳を強要したり、時には非現実的な社会主義的手法を持ち出したりする。一方、新自由主義のもたらすメリットばかりに捕われてしまった人は、リベラリズムの『正義』や、コミュタリアニズムの『善』の概念が問いかける問題にまったく答えることができない。これでは問題が解決するどころか、感情の対立が深まってしまうだけだ。



『チェンジ』を主張するオバマ大統領


ちなみに、この「行き過ぎた自由主義」に対する反省は米国でも起きているわけだが、従来は、政治的自由度/個人の自由は尊重しながら、経済的自由度については、『正義』の概念に基づき、一部自由を制限しながら『再分配』『福祉国家』実現を志向するリベラリズムが主として対置されてきた。しかしながら、『チェンジ』を宣言して政治を改革しようとするオバマ現米国大統領や、今やその理論的支柱とも言えるサンデル教授は、各自が属すコミュニティーの価値や物語から完全に離れた正義だけでは不足かつ時に非現実的であり、コミュニティーの物語が持つ公共善を理解して、その中の善良な生活を志向し、時に奉仕や犠牲を受け入れるべきことを主張するオバマ大統領を国民が支持したということは、いわば、今米国では非常に大きな実験が行われようとしていることを意味する。



公共善の概念が空洞化している日本


この概念を持って再び日本を振り返ると、今の日本には、『コミュニティーの物語が持つ公共善の概念』がすっぽりと無くなってしまっていることに気づいて慄然とする。日本ではここを埋めようとするにあたり、いきなり旧来の家父長制に基づく家制度や古い地域コミュニティー、企業コミュニティー等へ飛躍する。というよりせざるをえない。何せ、それに変わる有効なコミュニティー装置が存在しないのだ。その結果、生死不明の100歳超の大量の老人が出現し、子供はマンションに置き去りにされ、人は孤独に耐えかねて自殺したり、暴発して他人を殺したりする。何より、強い『不安感』に苛まされ続ける。そういう意味で、サンデル教授の思想をどこよりも研究すべきなのは日本であることを痛感する。



国際的な孤立から抜け出る為にも


サンデル教授の著作や思想は、韓国でも非常に好意的に受け入れられているのだという。それはそうだろう。政教分離を徹底し、対立する道徳的宗教的教義の間で不偏不党を保とうとする従来の米国の民主党のような立場からは、「過去の世代の過ちに責任を負うべきか」というような問いにYesと答える余地はない。*5だが、社会の重要な慣行や道徳観を切り捨てず、より度量を大きく公共的理性を政治に取り込んで行こうとするサンデル教授の思想であれば、「十分に考慮すべき重要な問題」ということになる。日本と韓国の歴史問題は、時に感情的な二国間対立に閉じてしまうような言説も少なくないが、こうして見ると、普遍的な思想を背後に持つ重要な問題であることがわかる。国家としてもアジアの中で孤立感を深める日本が、本当に国際的に理解と納得を得る『言葉』を獲得するためにも、サンデル教授の思想は、今真剣に取組む価値のある思想だと思う。(もちろん、賛否は個人の選択の問題だ。)

*1:

これからの「正義」の話をしよう――いまを生き延びるための哲学

これからの「正義」の話をしよう――いまを生き延びるための哲学

*2:http://www.nhk.or.jp/harvard/about.html

*3:

超訳 ニーチェの言葉

超訳 ニーチェの言葉

*4:

正義論

正義論

*5:ジャーナリストの田原総一郎氏が、ポッドキャストで大変興味深いコメントを述べている。旧ソ連ゴルバチョフ大統領に、『ソ連は日ソ不可侵条約を一方的に破棄し、また、終戦後に日本人をシベリアで強制労働させたことをどう思うか』と聞いたところ、『自分自身はその判断に加わる立場になかったため責任は取れない』と答えたという。また、米国のキッシンジャー国務長官に、『米国は日本に落とした原爆に罪悪感を感じていないのか』と聞くと、『もし米国が原爆を落としていなければ(戦争は終結せず)、あなたはここで生きていない』と答えたそうだ。いずれも興味深い解答で、彼らの政治的思想が、サンデル教授の思想とは明らかに立脚点が異なることがわかるエピソードだ。