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経営の『創造的破壊』がどうしても必要だ

話題となったアンディ・グローブ氏の論文


インテルCEOのアンディ・グローブ氏がブルームバーグに出稿した『手遅れになる前にいかに米国の雇用を創出するか』(How to Make an American Job Before It’s Too Late)という論文が米国で大変話題になっている。
http://www.bloomberg.com/news/2010-07-01/how-to-make-an-american-job-before-it-s-too-late-andy-grove.html


米国ではGMやフォードに代表される自動車のような労働集約産業から、知的な付加価値の高いIT産業へシフトし、マイクロソフトやGoolgeのような世界に名立たる優良企業を生み出し、産業構造の転換に成功した。このサクセス・ストーリーは一見揺るぎないものに見える。事実、リーマン・ショックで最もダメージを受けたはずの米国経済は、様々な問題を抱えながらも、すでに調整から成長軌道への足がかりを固めて来ている。その背後にはこうした成功体験があることは確かだ。



米国企業の雇用創出力の減退


だが、グローブ氏によれば『米国の雇用』という点では楽観論は禁物、ということになる。旺盛な起業に恵まれた米国では、スタートアップ企業が大量の雇用を生み出していると思われがちだが、スタートアップ自体はそれほど雇用に貢献するわけではなく、スタートアップが大量生産に移行する時が最も雇用が増えるタイミングである。ところが、今ではその瞬間は米国では起きておらず、ほとんどが、生産拠点を移した中国等の海外で起きている。実際に米国のIT産業は、雇用創出という点ではどんどん非効率化しているという。



保護主義はいただけない


このグローブ氏の見解に対しては、米国の識者の間では、『重要な指摘』ととらえる向きも少なくないようだ。だが、問題はその後で、グローブ氏がオフショアの労働による商品に対して追加課税措置を主張する下りになると、予想通り評判は芳しくない。『もしそれで貿易戦争が勃発するというのなら、他の戦争と同様に対処しよう。勝つために戦おう』とまで言い切るのには少々驚いた。米国企業のほとんどは国際化が非常に進んでいて、収益の半分以上は海外で稼いでいると言われているし、そもそもインテル自身、半分では済まないだろう。とても戦争どころではないはずだ。しかも、グローブ氏の言う、『大量生産に移行する時に増える雇用』は、中国やインド等海外で育って来ている、低廉で優秀な労働力が担うべきもので、もはや米国人の給与水準では競争できないことは明白だ。



悲惨な日本の現状


グローブ氏の論文も、これに対する米国の識者の様々な意見も、日本の現状にとっても非常に示唆的であることは言うまでもないのだが、あらためて日米を比較すると、正直ため息が漏れてしまう。日本の現状があまりに荒涼として見えるからだ。


このグローブ氏の意見に対して自説を展開する、カリフォルニア大学UCバークレー校の客員教授である、Vivek Wadhwa氏の論文によれば、米国では、1977-2005の間に、既存の会社は100万人/年の職をなくしたが、新規企業(スタートアップ企業)は 300万人/年の職を提供したという。
http://www.businessweek.com/technology/content/jul2010/tc2010079_953836.htm

これでは、既存の企業を保護して温存する、というような施策は米国ではあまり支持を得られないのは当然だ。一方、日本では、2009年の新規株式公開企業は、わずか19社である。2006年にはそれでも、188社あったのだが、ここまで来ると、機能不全というより、『機能停止』と言った方がよさそうだ。
投資情報サイト東京IPO IPO投資



創造性を最重視する米国


米国では、スタートアップ企業を生む源泉としての『イノベーション/創造性』を最重要要素とするコンセンサスが出来ていることを、ことあるごとに実感する。たとえば、最近、ニューズウイーク誌に、米国人の創造性を示す試験の結果が悪化しているという記事が掲載されたが、この記事への関心も非常に高く、米国人の創造性を取り戻す為にどうすればいいのかをめぐって、議論が百出している。
The Creativity Crisis



現行の人事制度の問題点


『ハイコンセプト』という著作がベストセラーになって、日本でもその名を知られるようになった、ダニエル・ピンク氏の新著、『モチベーション3.0 持続する「やる気!」をいかに引出すか』*1が、大前研一氏の翻訳で日本でも出版されて話題になっているが、ここでモチーフになっているのも、米国(だけではなく世界中でというべきかもしれないが)企業の成果主義人事制度が、従業員の創造性を破壊している現状を嘆き、従業員が創造的であるために必要な、『内発的動機』をどうすれば引出すことが出来るかという点だ。確かに、モチベーション研究の先端は、アメとムチの成果主義制度では、創造的な仕事をする人のやる気や生産性が落ちることは半ば常識として知られているが、そのわりには、経営の世界ではその研究成果があまり上手く取り入れられていない、という印象があった。それでも、米国には、Googleのような典型的な成功例がある。翻って日本では、米国式の従来の成果主義を採用してみたものの、失敗する企業が相次ぎ、今では型通りの『目標設定成果主義』『アメとムチの成果主義』が機能すると考えている企業は、余程経験に乏しくナイーブな企業だけになった。かといって、Googleのような制度を導入できるケースはほとんどなく、結局袋小路にハマっている企業がほとんどというのが実情だ。



日本のスタートアップ企業が落ちる落とし穴


自分の周囲にもある、スタートアップに近い企業の成長過程を見て実感するのは、その多くが共通の罠にはまって行く構図だ。最初は起業できるほどの優秀で馬力のあるカリスマ経営者の個人的な力量で事業を拡大していく。初期の過程では、創造性がすべてのようなところがあるから、イノベーション生成という意味では理想的な環境だったりする。だが、事業規模が大きくなり、社員の数が増えて来ると、ある程度、組織運営のノウハウによって整然と運営しなければ能率が悪くなって来る。そこで、『組織のプロ』を自称する連中が人事制度等を導入すべく登場するわけだが、困ったことに、それは従来の日本企業の組織運営のプロであったり、外資系の管理手法を聞きかじっただけのにわか専門家であることがほとんどだ。大方、創造性促進とは正反対の制度ができあがり、スタートアップ時には存在した良ささえ台無しにしてしまう。やっている側に、何が悪いか自覚がないことがほとんどなので、一向に良い方向に向かわない。



日本でも創造性は重要な競争要因


日本の現状では、今や誰がどう見ても、急激に創造性が活かされるような環境が出来上がるとは考えられない。むしろ、その正反対だろう。不況の長期化と共に、ますます創造性の芽は摘み取られて行くと考えておく方が精神衛生上健全なくらいだ。だが、だからこそ、企業として創造性を活性化することができる存在となることに成功すれば、他企業が追随できないくらいに独走できることは確実だ。多くの日本企業の閉塞性にうんざりした、生来の素質に恵まれた優秀な人材を惹き付けることもできるだろう。



ガラパゴス化の背後には


素質という点で、米国人と日本人と比較して日本人が劣るというような意見、あるいは、日本人の創造性がすっかり衰えてしまったという類いの議論も最近多くなって来ているが、やや早計で悲観論が過ぎると思う。ちょうど、文芸春秋の2010年6月号に掲載された対談記事(P166〜175『これが日本経済最終手術プランだ』)で、慶応義塾大学ビジネススクール准教授の小幡績氏も述べているが、日本国内のマニアックな需要に対応し過ぎて世界の主流から外れた製品をつくってしまう、いわゆる『ガラパゴス化』した製品をあらためてよく見てみると、商業的な成功はともかく、世界で日本にしかつくれない高度な代物が沢山あることがわかる。これなど、現場で働く日本人に潜在する高い創造性とイノベーションを実現する能力が、ビジョンのなさと視野狭窄で迷走する経営のおかげで、非常に不幸な形に歪められてしまった結果生まれた(小幡氏の言い方を借りれば)『珍獣』というべきだろう。経営やマーケティングが創造的でイノベーティブであれば、『世界のアイドル』になれたかもしれない、『不幸なフランケンシュタイン』は実は大変多い。



期待したい『創造的破壊』


先の、参議院選挙の経緯や結果を見ても感じるのだが、今の日本人の少なからざる人達、特に本来優秀な素質を持つ人達の間には、ゴジラ願望』、すなわち、『破壊願望』が芽生えて来ているのではないか。どうしようもなく閉塞的になってしまった牢固な日本社会の構造は自分たちで変えることはもう難しいから、思い切って破壊してくれる何かを期待しているわけだ。一見あまり建設的とは言えないものの、その一方、破壊されつくしてもう一度一からやり直したいという意欲も垣間見える。願わくば、少なくとも企業の枠組みにあって期待したいのは、実際の破壊ならぬ、経営による『創造的破壊』だ。日本人にはまだ『世界のアイドル』を生み出す素質も可能性も十分にあるし、突破口もあるはずなのだから。

*1:

モチベーション3.0 持続する「やる気!」をいかに引き出すか

モチベーション3.0 持続する「やる気!」をいかに引き出すか