掬い切れないほどの智慧に溢れた今回の文化系トークラジオ

日本のネットは進化したのか


文化系トークラジオlifeの09年6月28日分の放送は、『日本のネットは進化したのか』というタイトルで、最近の梅田望夫氏発言を契機にかなり広い文脈で盛り上がっている問題に正面から取組む非常に意欲的な内容であり、大変面白かった。 
TBS RADIO 文化系トークラジオ Life


出演者の方々の発言は、それぞれ非常にレベルが高く内容が濃い。ただ、正直なところかなり難解だ。リスナーは皆この内容をすらすらと理解できたのだろうか。少なくとも私には、podcastで何回か聞いて初めて理解できる内容も多かった。


全体のストーリーは、司会の鈴木謙介氏のリードで、ある程度のアウトラインが形成されたが、出演者のそれぞれのコメントは、そのまとまった全体以上の含蓄があり、もっと深めて行くべきテーマ性に富んでいた。(もちろん、賛否は別である。) ただ、あれだけのボリュームなので、せっかくの貴重な論点を聞き漏らしてしまった人も多いのではないか。(私とてのその例外ではない。たぶん、聞き漏らしは多い。) だから、せめて自分がキャッチできたものを掬い上げて、自分なりのコメントを添えて書いておく事には、それなりに意味があると思われる。もっとも、それぞれのトピックを順不同に、しかも内容は自分が理解した仕方で書くことになるので、真意とは違ってしまうかもしれない。あくまで、私の受け取った内容であることを強調しておく。



インターネット広告について


インターネット広告は雑に語られ過ぎ。広告を手段として考えたとき、入り口の『ブランディング』と出口の『セールス・プロモーション』に分けられる。ブランディングについては、従来メディアは『知らせるスキル』を独占的に持っていたが、インターネット時代になって誰でもメディアを持つ事ができるようになり、この根本的なところが揺らいでいる。だが、本来ブランディングというのは、一行のコピー、一枚の絵で瞬間的に人の心をとらえるために、非常にエッジが効いて、洗練された表現力やスキルを持つトップレベルの人がやる仕事。インターネットにそういうレベルの人はまだ参入してきていないし、そういう意味ではまだ始まってもいない。また、継続的に商品を買ってもらうためのセールス・プロモーションは、その典型はアマゾンや楽天のモデルだが、既存の広告メディアは、やはりまだほとんど参加してきていない。この点、数の多さにとらわれた既存の広告モデルは見直す必要がある。(柳瀬博一氏)

インターネット広告によるブランディング


インターネット広告における、ブランディングの部分については、常々、議論自体がまだ未成熟ではないかと感じていた。インターネット広告と言えば、どうしてもアーキテクチャーと共に語られることが多いせいか、創造性やセンスに富む表現力の威力が過小評価されている印象がある。もっとも、テレビのような既存メィアと比較すると、個々のサイトのリーチの数は見劣りがするため、どうしてもブランディングやアテンション/インプレッションの部分は語りにくい、という事情もあったかもしれない。


だが、柳瀬氏が指摘するように、インターネット時代は、企業も個人も自前のメディアを持つ事が前提になる時代だ。企業にとって、もっと自覚的にメディアを持つことの意味と向き合って行くことが求められる。だが、そうはいっても、企業も急に洗練された表現力を獲得できるわけではない。既存メディアで活動していた、トップレベルの人材とどのように関わって行くのか、意外と大きな課題になっていくかもしれない。



インターネット広告によるセールス・プロモーション


後段の、セールス・プロモーションのほうは、今後インターネットが中心的な役割を担う部分でもあり、簡単に語るのは手に余る大きな課題とも言える。昨今では、重要性が高まっていることは明らかなのに、企業に対して、満足の行く提案のできるプレーヤーが少ない事が話題になることも多い。明らかにビジネス・チャンスがあると思う。但し、この領域に参入するためには、技術やインターネットに特徴的な現象の理解が不可欠になる。


例えば『口コミ』、『コミュニティー』は、インターネットによるセールス・プロモーションを語る上では欠かすことのできないファクターだが、インターネット関係者でさえ、まだ必ずしも十分に理解できていないのでは、と感じることも多い。従来のテレビ時代の、マスのレベルで共有されてきたネタは、現在では興味(ネタ)ごとに、相互に理解可能な小集団に細分化されて流通している。だから、購買動機が刺激されるのも、マス広告より、相互に理解可能な集団内での『口コミ』ということになる。影響力自体がシフトしているのだ。しかも、その集団は双方向コミュニケーションで成り立ったコミュニティーで形成されている。日本の(ケータイを含む)インターネットで、何より大きな進化を遂げたのはコミュニケーション環境である。(鈴木氏コメントにもあった。)当然、最も理解すべき『要点』であり、このことの理解の差が、セールス・プロモーションの効果の差となって現れて来ることは確実だが、既存広告メディアが今持つスキルやノウハウで十分とは言い難い。



今一番の問題点?

インターネット広告は、緻密なユーザー属性とその行動を把握できるメリットはあるのだが、リーチできる数/サイズが小さすぎて、お金にならないのでは、という疑念が出て来ている。お金を払う(あるいはお金を払って物を買う)富裕層でお金を稼ぎ、お金にならない『バカと暇人』への『パンとサーカス』を持ち出しでやる、という前提で行われて来たインターネットサービスも、『バカと暇人』を支えるサーバーコストが半端じゃない、ということが明らかになって来て、もうとても維持できない(ペイしない)と言う関係者の悲鳴が聞こえる。(鈴木氏)

バカをのさばらせないと、サイトとして、流行してない(にぎわっていない、広告宣伝媒体として価値がない)という構造になってしまっている一方、のさばらせ過ぎるとそのサイトはダメになるという矛盾を抱えてしまっている。 濱野智史氏)

富裕層マーケティングエコロジーマーケティング(=パンとサーカス?)の二層構造は実はメディアの本質。インターネットに限らず、新聞でも雑誌でも皆そうだった。大金持ちの道楽でお金が出て、富裕層からお金を稼ぎ、大衆には無料で提供するというのは、メディア黎明期の本質とも言える。(パトローネージュ) 日本の80年代のサブカルチャーの隆盛も、実は堤清二氏に代表される企業の持ち出しに支えられていた。Twitterやアマゾンもまさにそうで、最初は儲からないが、道楽とも言える投資マネーが支えていた。 (柳瀬氏)

日本のインターネットの難しさ


柳瀬氏の指摘は、確かにその通りで、それだけに、最近の日本のパトロネージュが成立しにくい状況には苛立ちを感じてしまう。しかも不況到来と共に、ますます企業の短期志向は強まりつつあり、道楽などとんでもないという雰囲気だ。それと比較すると、米国はこういう点での環境は圧倒的によい。若くて優秀なベンチャーを育てることを楽しみにしているように見える投資家が少なからず存在するし、最近ではGoogleMicrosoftYahoo!といったインターネット勝ち組企業による、優秀なベンチャーの買収が、いわゆるエグジット(出口)となっているため、YoutubeTwitterのようなベンチャー企業を思い切って立ち上げることができる


日本のインターネットインフラについては、よく言われるようにブロードバンドの環境も、携帯ネットの環境も世界のどこと比べても恥ずかしくないすばらしい環境にある。しかも安い。ユーザーのほうも、文盲率は極めて低く、インターネット参入のすそのは広い。ところが幸か不幸か、参入障壁が低いがゆえに、エリートのものではなく、いきなり大衆のものとしてインターネットが普及する事になったこのことは、いわゆる、『大衆社会論』で指摘されるようなさまざまな問題が日本に特に多いことと無関係ではないと思う。そのため、優れたコンテンツを提供する人が、本当に見て評価して欲しい人ではない、他の多くの参入者から、思わぬ強い批判、誹謗中傷等を受けて、退場してしまうことも多い。



これからのインターネットメディアに期待したいこと


このあたりの事情について、鈴木氏は次のように語る。

Googleニコニコ動画はてな等で評価されないと、インターネットでは存在しない(活動していない)ことになってしまう。Googleはてなではあまり評価されないが、ものすごい価値があるというタイプのコンテンツは、上がってきにくい。一方、こういう場所で評価されるということは、批判や誹謗中傷を受ける可能性を受け入れるということでもある。最初のころはレベルの高いコンテンツを提供して、非常に高い評価を受けていても、そのうち、批判や誹謗中傷を受けると、耐え切れずに退場してしまう。こういう人達を守れる仕組みが必要ではないか。インターネット空間に評価とは関係なく黙々と優れたコンテンツを投入する人がいて、一方、こういう人達を批判から守りつつ、評価を受けることができる場所にちゃんと仲介できるような、能力のあるメディアがいる。こういう構図が必要だ。 (鈴木氏)


確かに、これは今の日本のインターネットには特に重要な指摘だと思う。問題は具体的な方法だ。濱野氏が指摘しているような、3,000人くらいの小規模ででペイできる仕組みをあらためて志向してみることも一つかもしれない。



民度、市場、法制度、技術


インターネットビジネスと比較して、他のビジネス(リアルビジネス)の多くは、大方出来上がっている土俵で行われるため、狭義の市場と技術が理解できれば、とりあえず参入して、儲けることができる。ところが、インターネットビジネスの場合、土俵自体が生成過程にあるため、法律の理解が必要であったり、社会や文化への深い理解が必要であったりする荻上チキ氏は、インターネット理解のためには、民度、市場、法制度、技術のそれぞれ、およびその相互の関係の理解が必要と説く。まったくそのとおりだと思うが、このようなレベルで全体を俯瞰できる見識を持つ人はまだ数少ないのが実情だろう。



tsudaる』はいつかお金になる?


その他、『tsudaる』で話題の津田大介氏のコメントで、今後不況になってメディアの淘汰が進めば、むしろ質が問われる時代がやって来て、能力の高い者の価値は高まるだろう、というお話も面白かった。『tsudaる』はいつかお金になるというのだ。趣味と実益を兼ねた先行投資というわけである。どのようにお金になるかはわからないが、『tsudaる』が注目された結果、Twitterでのfollowerが一時期日本一となり、7,000人もいるというのは、確かに実に興味深い先行投資であることは確かだ。新しいタイプの影響力行使のチャンネルを津田氏がどのように生かして行くのか、目が離せない。



まだまだ沢山の興味深い視点があるが、やはり書ききれない。追って、徐々に言及していこうと思う。