ドラッカー氏の語るグローバル・マネジメントの3大成功例


古代ローマ帝国とアメリカ


90年代半ば、ソビエト連邦を中心とした旧東側諸国との東西冷戦を勝利し、日本に追い上げられた経済をITや金融技術を駆使して完全に盛り返して、アメリカは輝いていた。パックスアメリカーナの輝かしい可能性がそこには感じられた。軍事力、経済力とも他に追随を許さない圧倒的な強さを持ち、自由と民主主義の象徴として世界の安定的な秩序を世界にもたらす気概と理想が感じられた。その姿は、古代に空前の世界帝国を築いたローマ帝国になぞらえられたものだ。確かに、幾つかの特徴を持って、全盛期の古代ローマ帝国と当時のアメリカには類似点があることは、よく話題になったものだ。



ローマ帝国の歴史を知るには


ちなみに、古代ローマ全体の歴史を概括するには、2006年に14年もの歳月をかけて完結した、塩野七生氏の『ローマ人の物語*1が大変読みやすくわかりやすいが、余力があれば、エドワード・ギボン氏の『ローマ帝国衰亡史』*2を並行して読んでみる事をおすすめする。『ローマ帝国衰亡史』は『ローマ人の物語』が扱っていない、西ローマ帝国滅亡から、東ローマ帝国の興亡を扱っているという違いもあるが、両者を読み比べることで、ローマ史を多面的に読み解く事ができて、実にためになる。



ローマ帝国のすごさ


古代ローマ帝国の歴史というと、市民の爛熟した消費生活(食べたものを吐きながら、また食べる等)や、剣闘士の試合に熱狂する残忍さ、奴隷制度、さらには、ネロ、カリギュラなどの残忍な極悪非道の皇帝など、退廃の象徴を感じて、それを語る人も少なくないが(そういう部分を現代アメリカに重ねて、文明の退廃の類似性を語る人も少なくないが)、現代のような通信技術のような助けもなく、多くの民族と文明と宗教を内部に含む空前の版図を、西ローマ帝国だけで見ても千年、東ローマ帝国まで入れれば、二千年の長きに渡って維持したというのは、現代を生きる我々からは、およそ信じられない統治能力と言える。


世界全体の問題


古代ローマ滅亡の後は、西欧世界にはここまでの大帝国はなかった。世界全体の繁栄と平和を維持する中心的存在、すなわちローマの後継者になる可能性のある唯一の国、それが当時のアメリカだった。ところが、わずか10年を経て、『帝国の衰退』という点において、両者を比較することになるとは、何とも残念なことではある。強力なリーダーがその任をおりても、世界はすでに緊密に結びつき、世界全体という視点で取組まなければならない問題なくなってはいない。それどころか、問題はさらに深刻さを増して、『今ここ』にある。

  • 世界的な環境問題(グローバル・ウォーミング)
  • テロや戦争との戦い
  • 世界的な経済秩序の安定化
  • 食料や水不足


こんな時に強力なリーダーが不在というのは、何とも困った事態だ。


また、ビジネスの世界においても、『グローバル』でなければ生残れないことは、ますますはっきりしてきた。個々の企業、ここのビジネスマンが、それぞれ、どう『グローバル』であるべきなのか、という重い課題に答えて行かなければならない。(アメリカはどうやらその課題において、落第しつつある。)そう考えた時、古代ローマの歴史の研究は、大変貴重なものであることを実感することになるはずだ。



ドラッカー氏の語る『グローバル・マネジメント』


経営の神様、ピーター・ドラッカー氏は、この『グローバル・マネジメント』に関して、この古代ローマ帝国の統治の仕組みに加え、イギリスのインド植民地経営、そしてカトリック組織を3大成功例として、そのエッセンスを抽出することの価値を示してくれた。



(1)ローマ帝国

征服地がスペインであれ、ガリアであれ、現地の優秀な人材を積極的に受け入れて活用した点自らの宗教や価値観を押し付けなかった点に成功の秘訣があるというのが、ドラッカー氏の指摘することろだ。所謂『ローマの寛容』である。これは、塩野七生氏が特に強調する点でもある。本来アメリカにも『寛容の徳』は備わっていたと思うが、歴史的なレンジでは、非常に狭量になってしまうこともあるのが、アメリカという国だ。日本は・・あまり語らないでおこう。


(2)イギリスのインド植民地経営

当時の大英帝国は、最優秀の若い英国人エリートを破格の条件でこの過酷な地に勤務させた。現地の支配や統治の主眼を置くのではなく、生の情報を入手するネットワークの一員として彼らを活用していた。この点が何より重要な点であるとするのがドラッカー氏の考えだ。


(3)カトリック組織

ローマカトリックは、その歴史を通じて、ミッションに燃えた伝道師を送りだして、未開の地への布教に努め続けた。これがグローバル化の鍵だとする。



さらに引出されるエッセンス


そして、この3つに共通しているのは、最新の正しいインフォメーションの入手を何より重視して、統治の基礎に据えていたことだというが、どうやらここから汲めるエッセンスはそれだけではあるまい。少なくとも、下記の3つはあらためて指摘できると思う。

  • 公平さと寛容
  • 熱いミッションを維持するしかけ
  • 徹底的に能力を引出す仕組み


大きな歴史の転換点とも言える今は、小手先ではない、意識の転回が必要な時期だと思う。皆が自分自身の問題としてよく考えなおしてみることをおすすめしたい。

*1:

ローマ人の物語 (5) ユリウス・カエサル-ルビコン以後

ローマ人の物語 (5) ユリウス・カエサル-ルビコン以後

*2:

ローマ帝国衰亡史〈1〉五賢帝時代とローマ帝国衰亡の兆し (ちくま学芸文庫)

ローマ帝国衰亡史〈1〉五賢帝時代とローマ帝国衰亡の兆し (ちくま学芸文庫)