市場に存在する法則を勉強する意味

市場に存在する不思議な『数値』や『理論』とのつきあい方


6月4日のグロコムのセミナーに出席して、東京大学の増田先生のお話を聞いて、『市場分析の過程で見つけられて来た数値やその理論』に関わるお話が出て感じるところがあったので、そのことについて一考してみる。グロコムのセミナー「人のつながり」の理論と社会・インターネット - 風観羽 情報空間を羽のように舞い本質を観る


プレゼンテーションでも出たが、ここ2〜3年で、一種の流行語のように取りざたされたのは、ロングテール理論』だろう。これは、すでによく知られているように、インターネットを利用した販売では、在庫コスト負担にあまり縛られること無く数多くの商品を扱うことができるため、少量ではあるが多種類の商品を扱うことによって結果的に大きな売上げ(利益)をあげることができるという現象について述べたものだ。オリジナルは、米WIRED誌の編集長だったクリス・アンダーソン(Chris Anderson)で、2004年10月の同誌に「the Long Tail」という記事だが、ここで取り上げられた事例のうち、オンライン書店であるアマゾンの例は、多くのインターネット利用者に身近でもあり、大きな話題となった。


この『ロングテール理論』は、インターネットの存在がそのベースになっているわけだ、インターネット以前に市場の経験則として知られていたのは、パレートの法則だ。経済活動において、全体の数値の大部分は、全体を構成するうちの一部の要素が生み出しているというのがその内容だ。特に、『ロングテールの法則』との対比で、あらためてこのパレートの法則のことを知った人も多いのではないだろうか。


パレートの法則』は、経済学者のヴィルフレド・パレートが発見した冪乗法則で、経済現象以外にも自然現象や社会現象等様々な事例に当てはまることが知られている。ただ、パレートの法則が当てはまるとして、取り上げられる現象の多くは、厳密な意味での法則というよりは、ある種の『経験則』で、市場の商品も経験的に、全体の売上げ構成の中で、8割は全顧客の2割が生み出している、いわゆる『80:20の法則』が経験上あてはまると見られる現象が多いため、パレートの法則が援用されているが、これはどうも厳密に言えば、パレートの法則の拡大解釈のようだ。ただ、一般に市場では、顧客は均質ではなく、ばらつきがあり、2割(と厳密に決めれるかどうかも商品によって違う)の重要な顧客層が存在する傾向があり、そうであれば、その市場/商品では主としてアプローチする対象を重要な2割に絞った方が効率があがりそうだという仮説を得ることができる。これは営利企業にとって非常に重要だ。


企業の実務家にとっては、厳密にパレートの法則が当てはまるかどうかを証明をすることよりも、相手にしている市場や商品が、現段階で、どういう構造を持っているかということを把握するための、『参考点』として利用することが大事だ。だから、ロングテール理論が出現したからと言って、パレートの法則はもう過去の遺物として捨ててしまうのではなく、どういう状況では何があてはまりそうなのか、もっと言えば、パレートの法則も、ロングテール理論もあてはまらないとすると、その市場には何が起こっているのか。そこで勝ち残るために、何か法則的なものを見つけることができないか、というような思考実験をするために生かすことがこの種の経験則とのうまいつきあい方と言える。



ランチェスターの法則とクープマンの目標値


他に、知っておくと便利な法則はないだろうか、ということになると、私がすぐに思い浮かぶのは、ランチェスターの法則*1と『クープマンの目標値』だ。ランチェスターの法則は、フレデリック・ランチェスターによる軍事作戦の研究から生まれたものだ。主として、戦闘シュミレーションに応用されてるが、日本でもこの理論をベースとして「オペレーションズ・リサーチの方法」が翻訳出版されると、経営にも応用されるようになった。クープマンの目標値は、このランチェスターの法則を研究したアメリカのコロンビア大学の数学者であるB・O・クープマン教授が提唱したもので、市場の中の占拠率(シェア)が持つ意味合いを分析した指標のことをいう。http://www.jmrlsi.co.jp/menu/yougo/my05/my0528.html の記述がわかりやすいので、引用させて頂く。また、クープマンの目標値は、森行生氏の『シンプルマーケティング*2で非常にわかりやすく説明されているのでご参照いただきたい。また、その内容をベースとして書かれた、次のブログにそのエッセンスが紹介されているので、合わせて参照してみてもらいたい。*3


-独占的市場シェア:73.9%

「独占的寡占型」と呼ばれ、首位が絶対安全かつ優位独占の状態をさします。



-安定的トップシェア:41.7%

実質3社以上の戦いの場合、41.7%以上のシェアを取れば業界における強者となり、安定した地位を確保できます。この目標値は、一般的には「40%目標」等といって用いられることが多く、トヨタ自動車が「シェア40%の安定的な確保」にこだわっているのはこのためと言われています。


-市場影響シェア:26.1% 

この値を上回ると、激戦の競争状況から一歩抜け出した状態と判断されます。つまり、この値が強者と弱者を決定付ける基準値となります。一般にはこのレベルで業界トップであることも多く、またシェア2位であったとしても、この基準にあれば市場に影響力をもつことが可能となります。


-並列的競争シェア:19.3%

複数企業で拮抗している競争状態の時に多いシェアで、安定的トップの地位をどの企業も得られていない状況です。この場合は、競合他社に先んじて市場影響シェアである26.1%を獲得することが目標となります。


-市場認知シェア:10.9%

生活者において純粋想起がなされるレベルのシェアです。このレベルになると、市場において競合他社からも存在を認められるようになります。


-市場存在シェア:6.8%

生活者において、助成想起が可能なレベルです。市場において、ようやく存在が許されるレベルとして位置付けられます。

現代の日本の市場は、すでに単純なシェア争いに勝つだけでは競争に生残ることはできなくなっているのは確かだ。そのような動向に踊らされて、経営者の中にもシェアを軽視する人がいるが、これは大変な勘違いだと思う。むしろ複雑になった市場で、これからどのような策を講じるのが良いのかということについて、的確な指針を得るためにこそ、シェアの数字のメッセージを読む能力は重要だ。市場がある塊として、ユーザーに認知されている場合には、それはユーザーのマインド・シェアとリンクすることになるわけだが、経験上このマインド・シェア・クラスターは『意味の塊』としてカテゴライズできるように見える。そして、それぞれにアプローチすべき戦略のセオリーがあることが知られている。


上記の、2.安定的トップシェアのところで、トヨタ自動車が「シェア40%の安定的な確保」にこだわっている、とあるが、確かにこれは私自身経験したことでもある。当時は、この40%という数字を安定的に維持できれば、ユーザーのマインドの中で、社名とカテゴリーが結びつく(自動車ならトヨタ、というように)、というふうに教わった記憶がある。私が在籍したときは、まだ日本市場でも、必ずしも安定的に40%確保はできていないころだったため、国内販売部隊にとっては大きな目標数値だったと思う。私自身は海外市場の担当だったので、国ごとにシェアが違ってはいたが、この40%というのを同様に目標にしていたものだ。


これに、ランチェスターの法則をからめると、この二つの法則を知らないことが致命傷になりうる場合がある、ということがわかる。この好例が、『シンプルマーケティング』にランチェスターの射程距離』として説明されていて面白い。以下、その部分を引用してみる。

P75〜76

(全略)下位のメーカーがよくやるミスの一つとして、一位の企業に果敢に挑むというものがある。(中略)1980年代、ホンダが勢いを増していたころのことだ。(中略)その時のシェアは10%強。(中略)クープマンの目標値でいうことろの、認知シェアを取っていたので、そこそこの地位は確立していた。しかし、彼らは何をしたか。(中略)ワンランク上の価格で大人向けのラインをつくってしまった。これが見事に失敗した。当時のトヨタは45%、日産は27%のシェアを持っていた。典型的にクープマンの目標値の市場だったのだ。(中略)実は、シェア1/3の企業が上位企業に勝負を挑むためには、3倍の努力をすればいいのではない。その二乗比、つまり3×3=9倍の努力が必要なのだ。たとえば、広告は日産の9倍(トヨタの16倍)の露出量、営業マンも日産の9倍(トヨタの16倍)の人数、あるいは商品のチカラ(生活者に対する魅力度)も日産の9倍(トヨタの16倍)が必要なのである。(中略)常識で考えて、できる相談ではない。そう、だから下位メーカーがトップメーカーに勝負を挑むのは、よほどのことがないと成功しないのだ。

P76〜77

逆に下位メーカーが勝負できるのは、どこまでか。ランチェスター戦略では、ルート3、つまり1.7倍までなら、射程距離の範囲として、真っ向から勝負を挑むことができるシェアであると説く。(中略)では、ホンダはどうすべきだったか。自社が10%のシェアでは二位の日産でも射程距離外である。日産に勝負をかけるには、日産の27%の1/1.7(0.6)、つまり16%までシェアを上げておく必要がある。その差、6%は自社の1.7倍までのシェアを持つ企業から取って行けばいい。具体的には、当時の三菱、マツダ富士重工などがそのターゲットである。


以下、さらにホンダが取るべきであった戦略について、延々と書かれている。


知っていれば、コロンブスの卵だが、知らないと致命傷、そんな知識はマーケティング、経営戦略の分野にもかなりある。勉強することで吸収できることは、とことんやっておくべきだと思う。

*1:ランチェスターの法則 - Wikipedia

*2:

改訂 シンプルマーケティング

改訂 シンプルマーケティング

*3:[http: //www.systrat.co.jp/theory/theory03coopeman.html:title]