つくられた『若者』の時代と家族の解体

膨らむ女性の夢


私が物心ついたときから、すでにバレンタインデーは、女の子が男の子にチョコレートをあげて愛の告白ができる貴重な日だった。今のように義理チョコという概念が未成熟なこともあって、ある意味ではとてもボルテージの上がる大変な一日だった。その後、このチョコレートを送る習慣は、古来からの由来のあるものなんかではなく、チョコレート会社が仕掛けたマーケティングだったという話を聞いて、聖バレンタインの清らかで聖的なイメージとチョコレート会社という俗のイメージが頭の中でぶつかって、何とも不条理なものを感じたことが忘れられない。


しかし、クリスマスが商業資本の仕掛けに乗って、だんだんと変質して行く様は、リアルタイムで見ることになった。子供のころのクリスマスは、家族で過ごすか、友人を招いてにぎやかにパーティーを開く日だった。自分だけではなく、誰でもそうだった。ところが、気がついてみると、クリスマスは若いカップルの(というより女性の)超特別な一日となっていた。そんな業者の仕掛けに乗らなくても、なんてノンビリ言ってられる雰囲気ではなくなっていた。


女性のとってのロマンチックなクリスマスの完成は1990年前後だと思われるが、その後もどんどんエスカレートしていった。そもそもクリスマスというのは、12月の終わりごろの限定行事だったはずが、いつの頃からか、11月のはじめ頃からデコレーションが始まり、クリスマスソングが流れるようになる。ずいぶんと長くストレッチされていく。このあたりの経緯は、堀井憲一郎氏の『若者殺しの時代』*1に詳しい。


このころ、同時に東京ディズニーランドが驚くべき発展を遂げていく。ディズニーファンは女性が多く、男性には苦手な人が多いといわれるが、(ちなみに私は好きだが・・)が、女性の希望は優先され、結果的にディズニーランドは女性をお姫様に変える聖地となり、ますます巨大な発展を遂げて行く。


そして、90年代のトレンディードラマの大流行の時期を迎え、女性の願望、中でも『男女のロマンチック』な部分を思いっきりストレッチして消費することがさらに助長されて行く。90年代はトレンディードラマの10年と言ってよいと思うが、共通するテーマは『脱家族』だった。70年代、80年代のテレビドラマとの大きな違いと言っていい。特に、両親との同居を前提とする2世代、3世代タイプの家族はドラマのロールモデルから極端なほど姿を消して行く。



くられた『若者』


何が起こっていたのだろう。 ここに、子供でも大人でもない、『若者』という概念がつくられ、特に女性を中心に、思いっきりこれに浸るライフスタイルが強調されたという印象がある。堀井氏はこのあたりのことを大人による若者からの収奪の仕組みがつくられたという言い方をされているが、私は、そういう力学が働いたことは間違いないが、当時の『若者』が実際にそのライフスタイルに魅了され、自らそれを選び取って行ったという側面も大きいと思う。大人に代表される商業資本は、そういう潜在願望が存在することを見抜き、これでもかと仕掛けて行ったわけだが、潜在願望がなければ、これほど大きなトレンドになることはなかったはずだ。『若者』はつくられた概念だが、それを消費し、蕩尽し尽くしたのは当の『若者』の方であった。


同時代にビデオデッキとコンビニが家族解体に拍車をかけることになる。家族そろってテレビを見る習慣は、ビデオデッキの出現と共に、テレビの個人化を促し、何でもそろっていつでも買えるコンビニは女性の家事労働を大幅に緩和した。


ここでつくられた『若者』の概念がその後、結婚しない、あるいは、子供を持たないライフスタイルを形成し助長する一助となって行ったのではないか。そして、大人になることを望まない大量の『若者』は、消費が可能なうちは、バブル消費に走り、女性も競って海外に出かけ、ブランド品を買い、消費による自己実現を希求する。しかしながら、バブル崩壊を経て、長い不況期としての失われた10年を過ごすうちに、『若者』は大人にはならないというエッセンスを継承しつつ、消費と対極のあり方を模索して、変質(というより一種の進化)を始めた。これがいわゆる欲望しない(動物化した)『若者』で、一方、30才〜50才くらいの広い範囲に旧来の『若者』が大量残っている。その結果、かつて標準世帯と言われた『夫婦子供二人』世帯は、標準でも、平均でもなくなった。


私の仮説はあたっているだろうか。今後少しずつ検証しつつ、実際に何が起こったのか、あらためてときおこしてみようと思う。

*1:

若者殺しの時代 (講談社現代新書)

若者殺しの時代 (講談社現代新書)