AI(人工知能)で本当に勝てる企業とは?

 

 

具体的な戦術に落とし込まれているか

 

AI(人工知能)等の新技術は、昨今、経営者なら誰でも口にするような(というより一応口にしておかないと恥ずかしいとみなされるような)バズワードになってきた。この技術の本当の意味もわかりもせずに口にする人が大量に溢れるようになった現状を横目で見ていると、次に起きることを言い当てることができる気がする。おそらく、遠からず「言葉の過剰」のバブルは弾け「実際の達成」との落差に愕然とすることになり、多くの人が失望の憂き目を見ることになるだろう。だからといって、AIが企業の競争戦略上無用ということではなく、むしろまったくその逆だ。この時点で、AIによって勝つ企業と負ける企業が峻別されていると考えられるからだ。勝ち残る企業であるためには、現時点で漠然と口にしているようでは話にならない。AIを自社の競争力向上のために、どのように応用していくのか、どのような準備を進めて行くのか、というような具体的な戦術に落とし込まれているようでなければ手遅れだ。少なくとも手遅れになる可能性が高い。

 

 そういう観点で少し冷静に市場をウオッチしていると、大半の日本企業が具体性どころか、方向喪失して右往左往している様が見えてくる。例えば、その典型例が、自社の方向性も決まっていないのに、いきなりAIを専攻したエンジニアを採用しようとしたり、自社のエンジニアにAI講座を履修させたり、経営者が具体的な事業プランもなくシリコンバレーの有力企業を表敬訪問するようなことだ。もちろんそのような行動自体がまったく意味がないとまでは言わないまでも、そのレベルで止まってしまっている企業は、断言してもいいが、「来るべき選別の時」を乗り切ることは難しい。

 

 

正しいデータ戦略推進が鍵

 

では、その選別の時を乗り切ることのできる企業はどんな企業なのか。生き残る企業の共通点として指摘できる特徴はあるだろうか。私が考える共通点は、「正しいデータ戦略を推進していること」である。

 

先日、最近は IT批評家として幅広く活動している、尾原和啓氏による、News Picksの有料記事の寄稿の一節が、かねてから私自身述べていた論旨に非常に近いため、我が意をえた思いをした。 尾原氏はAIの強みは「データ×アルゴリズム×計算インフラ」で決まると述べる。このアルゴリズムの部分は、Googleのような米系企業が非常に強力な競争力を発揮して世界に覇を唱えていることはご存知の通りで、例えば、Google傘下のDeep Mind社が開発したAlfaGoが囲碁の世界チャンピオンを撃破して世界を驚かせたことは記憶に新しい。今やAI専攻の学生はメジャーリーガー並みの報酬で先進企業に迎えられ、激しい開発競争が繰り広げられているわけだが、ここに今から日本の普通の企業が新規参入することは極めて難しいと言わざるをえない。一方、計算能力のほうも、スーパーコンピュターや、AIチップ等の能力向上の競争に見られるように激しい競争が繰り広げられており、こちらも新規参入は難しいのが現実だ。(余談だが、例外として、日本のスーパーコンピューターの少人数で後発のベンチャーでありながら、世界クラスの競争力があって非常有望視されていた、「Pezy computing」の斉藤元章社長は、詐欺の容疑で逮捕されてしまった。事情通からは、日本は大丈夫か?という嘆きが噴出している。)

 

ところが、このアルゴリズムと計算インフラは、AIのビジネス利用を目論む参入者が自社開発せずとも、昨今では、GoogleAmazonマイクロソフトのような会社が、クラウドサービス(GoogleTensor Flow等)の形で提供しており、プログラムを書いたこともない文系出身者でさえ、AIを使うことができるようになっているという。従って、AI利用という点では、競争力の焦点は、データ、それも、AIが育ちやすくなるような学習データが自然と湧いてくるような構造をつくることに移ってきている。これを短くまとめて尾原氏は「学習データが自然と独占できる生循環をつくること」と述べている。そして、その「3つのパターン」として、gumi社長の国光宏尚氏の発表を引用している(コストダウンの生循環、付加価値の生循環、需要アップの生循環)。

 

いずれも、AIによって予測・自動化ができて、付加価値が高いプロセスを見極めてAIの機能を織り込み、その付加価値があるがゆえに、利用者がそこに集まり、集まってデータの軌跡を残すから益々AIの精度があがり、付加価値も高まるという循環を意図したものだ。具体例として、Google Maps等の例があげられているが、Google Mapsが大量のデータをもとに渋滞予測をすると、その精度が高いが故にたくさんのユーザーがこれを利用し、たくさんのユーザーの情報が収集できることで、リアルタイムの渋滞を感知できるようになり、そのようなデータがあれば渋滞予測の精度が上がるばかりか、ドライバーが抜け道を使う時の情報がリアルタイムでわかるため、本道に戻す誘導のタイミングの精度があがる。そうするとさらに多くのユーザーがGoogle Mapsを使うようになる。このような正の循環の存在とメリットは、すでに実際にこのアプリを使っている人なら、誰しも実感しているはずだ(かくいう私もすごく実感している)。

 

 

GAFAに負けないためには

 

ただ、このような大規模なインフラに関わるサービスは特に、結局のところ、規模の経済がものを言うから、GoogleAmazonフェイスブックのような企業(昨今では、これにAppleを入れてGAFAと略称されることが多い)が市場を席巻してしまう可能性が高い。規模を大きくすることのメリットがある限り、ベンチャー企業が先行しても、企業買収等によって巨大企業がこれを飲み込んでいく力学には抗しがたいように思われる。

 

そういう意味で、日本の「普通の企業」が今からでも参入できて、しかもある程度成長しても、GAFAのような企業に押しつぶされないためにはどうするべきか、という条件を加味した上でなければ、結局のところ参入には現実味がないことになる。そのため、情報全般ではなく、あるカテゴリーに特化したり、日本の文化(含むサブカルチャー)を誘因の核としてユーザー投稿や視聴ユーザーを収集できるしくみをつくることが(料理レシピのコミュニティウェブサービスクックパッドや、日本独自のオタクカルチャーを誘因の核として投稿や視聴ユーザーを集めるニコニコ動画等が具体例)、GAFAとの直接の競合を回避し、競合力を中長期的に担保する拠り所となる、ということを私のブログ記事でも何度か述べて来た。

 

あるカテゴリーに特化して、「プラットフォーム・オン・プラットフォーム・サービス」(アップルやGoogleスマホのプラットフォームの上で機能するプラットフォーム等)を作り上げる、という意味では、ライドシェアのウーバー等もその代表例ではあるが、クックパッドのように、コミュニティが育つように仕掛けて、集まった熱心なファンのエネルギーを投稿のエンジン(原動力)としたり、ニコニコ動画のように、日本のサブカルチャー(オタクカルチャー)を理解してサービス設計するなど、より特定の(この場合日本のユーザー)にアピールするほうが、競争上の防壁を作りやすい。

 

この戦略のキーワードを並べると、「ユーザーコミュニティー」「プラットフォーム」「日本文化、習俗、思想等」ということになるが、これをうまく生かしてベストミックスのサービスをつくり、ここに、「学習データが自然と独占できる生循環をつくること」を工夫していくことが今後の日本企業の競争戦略上の一つの鍵になると考える。

 

 

無印良品は優等生

 

ただ、困ったことに、例にあげた、クックパッドニコニコ動画の業績が最近芳しくないようだ。それでも、クックパッドは内紛、ニコニコ動画は「画質の悪さ、重さ」が原因のようなので、ここで述べているロジックを毀損するものではないと考えられる。とはいえ、移ろいやすいユーザー心理に立脚することの難しさ、特に、安定的な収益モデルとすることの独自の難しさが露呈していることは否定できない。日本文化を背景にして成功したと評価される「ポケモン」にしても、爆発的な人気はあくまで一時的で移ろいやすいことは確かだ。

 

もう少し、安定的で普遍的という意味ではネットサービスではないが、(株)良品計画が提供する「無印良品」など、日本文化をベースとして、日本発世界標準として成功している典型例にあげることができそうに思える。良品計画の松﨑曉社長は、「無印良品の商品は、無駄を省いた日本的な『わびさび』なものと消費者に受け止められ、特徴を出せている」と述べている(日本経済新聞、2016年3月20日)が、確かに、そのシンプルさの中に、日本的な美意識が実現されていることを感じることができるし、市場でもそのように評価されてもいる。

 

(株)良品計画は、AI等のハイテクを押し出しているわけではないが、実は、このような成功の在り方にこそ、来るべき本格的なAI普及の時代の勝ち組になる前提条件が形成されている。無印良品は自らを「アナログ」と称しているようだが、実際の活動をつぶさに観察すると、「ユーザーコミュニティー」「プラットフォーム」「日本文化、習俗、思想等」のキーワードがすべて生かされていることが見て取れる。この先には、AIを最適利用して次の大きな競争上の優位につなげていく条件がそろっているように私には見える。

 

 

急いだ方がいい

 

「正しいデータ戦略を推進していること」が重要と述べて来たが、もちろん、「アルゴリズム」や「計算インフラ」、あるいは、情報収集インフラ等の部分についても、アプローチは様々にありうる。戦略性のあるAIに対する取組み手法のほうも、まだ工夫次第で競争できる余地はある。ただ、いずれにしても、今重要なのは「正しく理解して、具体的な戦術に落とし込む」レベルまで早急に到達することだ。あまり時間は残されていない。急いだ方がいい。