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やはり辻井喬氏の再評価が必要だ/都市集積と洗練そして個の自立

秘密保護法の成立


国家機密の漏えいに厳罰を科す「秘密保護法」が、反対意見の沸騰も空しく、12月6日に国会で成立してしまった。米国の有識者からも「民主国家では今世紀最悪」との批判も出たように、この法案自体非常に問題が多いことは言うまでもないが、それ以上に、後で振り返ってみて、この法案成立が、日本の右傾化/政治・官僚の統制強化や暴走/言論の自由の制限/経済の停滞等、日本全体が今以上に抑圧が強く、暗い国になっていく前兆/きっかけになってしまうのではないかとの不安がよぎる。



堤清二(辻井 喬)氏の逝去


ちょうど、先日、セゾングループの創始者にして、小説家としても活躍した、堤清二辻井喬)氏が亡くなったという報道を受けて、この人の業績の意味や、思想等につき振り返っていたこともあって、感慨はひとしおだった。辻井氏は(あえて堤氏ではなく辻井氏とさせていただく)、大経営者でありながら、リベラルで公平な視点を失わない、不思議なイデオローグでもあった。



意味深な辻井氏の発言


下記は、辻井氏へのインタビュー記事での発言の一部だが、、このタイミングで読むと特に興味深く読める。

そういう点において、私は日本は明治以後、二重三重の原因で堕落したと思っています。(中略)

 
ひとつは、権力を中央に集中して憲法をつくり、外国に対してはいかにも民主的な開かれた法治国家のように体裁をつくろいながら、明治憲法下では、保安条例、新聞条例などの条例をつくって、むしろ憲法の制定前よりひどい人権状況をつくり上げていったこと。それでいて、対外的には「我々は立憲国家である」と嘘をついたわけですね。
 もう一つの大きな間違いは、「日本には思想なんてものはなかった」という考えがまかり通ったこと。思想はドイツでもギリシャでも、西欧からもらってこなきゃいけないものだとされ、日本の中で生まれてくる民主主義や革命の思想は、「くだらないもの」として切り捨てられた。ですから芸術文化の状況は明治維新以後、江戸時代よりはるかに落ちて、悪くなっています。
マガジン9〜この人に聞きたい『辻井 喬さんに聞いた』〜


辻井氏が健在だったら、今また歴史は繰り返そうとしていると嘆いたに違いない。



2つの対立軸


当該の法案のよって立つ立場、及び、辻井 喬氏の思想の出所を私なりに俯瞰してみると、あらためて2つの対立軸が見えて来る。

(1)田中角栄的/地方土建屋的開発/拡散/箱物的/
   洗練より実質/都会より地方(農村)/個人より組織/家父長的


(2) 辻井喬的/都市文化的洗練/集積/現実に先立つ思想/
    地方より都会/組織より個人/民主的


言葉が如何にも練れていないことはご容赦いただきたいが、私の意図はある程度ご理解いただけるのではないか。ただ、(2)については、セゾングループ解体という事実もあり、バブルを代表しバブルとともに崩壊した存在/概念として、現在ではネガティブに評価する人の方が多そうだ。そういう意味では、世間では対立軸にもなりえなかった時代の徒花という程度の評価なのかもしれない。


一方、(1)のほうだが、国、地方公共団体ともに巨額の財政赤字を抱え、すでに機能しえないことが明確になったはずなのに、自民党はもちろん、政権にあった民主党でさえ、結局このモデルから実質的に離脱したとは言い難い。とくに昨今では、表面上のネームプレートを都度付け替えながら、しぶとく復活してきているように思える。



人口減少の時代


だが、(1)の大前提となる、『総人口/生産年齢人口*1増大』はもはや過去のもので、すでにいずれもピークを超えて減少し始めている。今後多少出生率が上昇したとしてもこの流れを押しとどめることは難しい。


例えば、厚生労働省の国立社会保障・人口問題研究所が今年の3月に発表した「日本の地域別将来推計人口」によると、四国4県の総人口は2040年に295万5000人となり、10年からの30年間で102万人(26%)減少するという。4人に1人がいなくなる勘定だ。しかも残された人の40%が65歳以上だ。この状況を転換するのに残された唯一の手段とも言える移民にしても、日本人の移民に対する忌避感は絶望的なほど強く、今後大きく移民が進む可能性は極めて低い。これからは公共投資で地方に道路や建物をつくっても、次から次へ無駄になりかねない。



不確実な時代


また、かつてのように自動車や電機のような製造業が経済の中心だった時代には、輸出を含めて恒常的に大量の需要があり、資金や人員さえ集めることができれば確実な収益を期待することができた。だから、バラマキであれ、資金が注入されさえすればよかった。ところが、今や構造は一変して、一寸先は闇だ。何か作っても売れるかどうか誰にもわからない。大きな組織や生産設備を持つことは、それ自体大きなリスクを抱えることを意味する。基本的に、需要は飽和しているから、資金以上に、需要を創造できる優秀な人材の方が貴重になって来ている。


今こそ、『都市への集積』『都市文化的洗練』『洗練された記号的需要創造』等が求められる時代になって来ているというべきではないか。



感性の経営


辻井氏の『感性の経営』の全盛期を知る人も少なくなって来ていると思われるので、その一端が具体的にわかる説明文を以下、引用してみる。

1973年の渋谷進出にあたっては、若者文化やアートとの協調を掲げ、従来になかったミックス型フロア構成とバラエティ感覚で挑み大反響を呼ぶ。この渋谷パルコの成功体験で確信を得たうえで、いわゆる「文化戦略」がスタートした。


──百貨店から先端の文化・情報を発信、客はまるでディズニーランドを回遊するように、渋谷に点在するギャラリーや劇場を巡って知的好奇心を満たす。快適なアメニティをロボットやニューメディアがバックアップしつつ、活動主体はあくまで人間本位。優れた文化を生む自由な社風と、互いに束縛を受けない緩やかな企業連鎖。重複事業までも認め、競合することが逆に発展的効果を促す──


こうした数量的ではなく "文学的" 経営ビジョンは「感性の経営」と呼ばれ話題となった。タイミングは絶妙だった。日本の誰もが物質的豊かさを享受し、政治的無関心が出現し始める1970年代。これからの時代は、何か目新しいコンセプト、カルチャーやエンタテインメント性こそが欲望される。


こうして文化全般をポストモダン的に展開するセゾン系独特の手法は、1980年代にパルコ系「アクロス」誌が提唱した新人類の台頭によって支えられ、先鋭的ブランドイメージを築いた。その根底にあったのは堤清二の左翼性、消費を通じた「啓蒙」や「解放」である。
池袋本店は全国のモデル店として、文化を軸に実験的な改装を重ね、また他方では、先行開発した渋谷エリアが若者の街として急浮上し、磐石な二極体制ができあがった。

セゾングループ - Wikipedia

時期尚早


辻井氏本人が別のところで述べているように、この感性の経営が需要を本当に喚起する手応えがあったのは、84年くらいまでだという。同時期に浅田彰氏(1983年、京都大学人文科学研究所の助手時代に、26歳で『構造と力』を出版。その扱う対象の難解さにも関わらず、15万部を超すベストセラーとなった。)に代表されるニューアカデミズムが爆発的なブームとなるが、80年代後半になると、日本人の大半はセゾンカルチャーにもニューアカデミズムにも興味を失ってしまう。


今にして思えば、当時はまだ日本の総人口も生産年齢人口も増加していたし(総人口は2000年代半ば、生産年齢人口は90年代半ばがピーク)、日本人も若々しかった。『日本列島改造論*2』を打ち上げた、田中角栄元首相の直系の弟子である、竹下登氏が首相となり、『ふるさと創生事業』と銘打って、全国の市町村に一律1億円を支給するばらまき政策を行ったのも88年から89年にかけてのことだ。


85年のプラザ合意により円の対ドルレートが急騰して、日本人の海外旅行が爆発的に増加したが、手にした金で洗練された文化を享受するどころか、ブランド物を札束で頬を横殴りするように買い漁ってひんしゅくを買っただけだった。当時『農協旅行』と盛んに揶揄されたものだが、日本人の大半は田中角栄メンタリティにまだどっぷり浸かったままだった。都市開発/再開発も盛んに行われたが、洗練どころか、まさに盲目的にブルドーザーでかき回すような開発だった。



都市開発のあるべき姿


ライターの速水健郎氏がゲンロンカフェ*3で行った講座におけるメインテーマにもなったが、本当は、都市は、『都市文化や都市のアイデンティティのような残すべき型を残し(例:フランス)、効率(エネルギー効率等)良く集積し(例:ニューヨーク)、新陳代謝を促進する形で再開発されるべき』だったし、『持続可能な都市を再構築し、都市の新陳代謝と効率化を高めつつ集積化し、その上で束縛の強すぎない緩いコミュニティーと快適な文化を作り上げる(憧れを再構築する)』べきだった。
80年代バブル文化読み解き講座 by速水健朗 atゲンロンカフェ - 風観羽 情報空間を羽のように舞い本質を観る


(2)が受け入れられるには、まだ時代が早すぎた。


でも、今こそ(2)を再評価するべき時期が来ているのではないか。



再評価


セゾンカルチャーも感性の経営も、ニューアカデミズムも一敗地に塗れた存在かもしれないが、もう一度、その中から価値あるものを拾い上げて、現代なりにリアレンジしてみるのは、意外に面白く、存外有意義なのではないか。自分の2014年の主要な取り組み課題にもあげて探求してみたい。