オープンデータ促進で日本を良い国に/でも課題は多い

グーグル株式会社と国際大学GLOCOMが共同で立ち上げた、『Innovation Nippon プロジェクト』の一環として行われたシンポジウム(第一回目)、『オープンデータのフロンティア:イノベーションの課題は何か?』に出席したので、若干の感想を書き残しておきたい。


今回はとても面白いお話を拝聴できて、本当に出席したかいがあった。



開催概要

Innovation Nippon シンポジウム・シリーズ 第1回オープンデータのイノベーション・ポテンシャル | 国際大学グローバル・コミュニケーション・センター


日時
2013年9月12日(木)19時〜21時

会場
国際大学グローバル・コミュニケーション・センター
(東京都港区六本木6-15-21ハークス六本木ビル2F)

主催
Innovation Nipponプロジェクト

後援
オープン・ナレッジ・ファウンデーション・ジャパン


開催主旨

 日本はオープンデータを活用したイノベーションで世界を先導するための条件を複数備えているように見えます。先進国の中でも課題先進国であること、通信インフラが世界最高レベルであること、現場が強い組織体質があることなどは、新しい情報資源を活用した優れた製品・サービスの開発にはプラスに働くでしょう。活用されるべきデータもオープン化が始まりつつあります。国レベルでは2012年7月の電子行政オープンデータ戦略の採用を経ていよいよ試行版データポータルのローンチが近づいています。自治体レベルでもオープンデータは鯖江市のようなパイオニアだけの取り組みではなくなりつつあります。国際オープンデータ・デーへの参加都市が8都市に上り、静岡県はデータカタログをローンチし、自治体間連携の動きも見られるなど、活発な動きが各地から出始めています。もっとも、海外に目を転じれば、イギリスのようにライセンス改訂や活用支援策など、日本よりさらに踏み込んだ展開をしている政府も見られるところです。本シンポジウムではこのような内外の動きを踏まえ、オープンデータの活用が持つイノベーション・ポテンシャルと、政策課題を論じます。


登壇者(敬称略)
橋本岳衆議院議員 自民党
・三木浩平(千葉市CIO補佐監)
・長井啓友(ウォーターセル株式会社代表取締役
・藤井宏一郎(グーグル株式会社執行役員 公共政策部長)
庄司昌彦(基調講演)(GLOCOM主任研究員、オープン・ナレッジ・ファウンデーション・ジャパン代表)
・渡辺智暁(モデレーター)(GLOCOM主幹研究員、オープン・ナレッジ・ファウンデーション・ジャパン共同創設者、コモンスフィア常務理事)


資料

庄司昌彦 http://www.glocom.ac.jp/project/innovation_nippon/20130912_siryou_shouji.pdf

橋本岳 http://www.glocom.ac.jp/project/innovation_nippon/20130912_siryou_hashimoto.pdf

・三木浩平 http://www.glocom.ac.jp/project/innovation_nippon/20130912_siryou_miki.pdf

オープンデータ/オープンガバメントとは


活動としての『オープンデータ』とは、公共機関が持つデータを利活用し易い形式で、かつ、オープンライセンス(広く開かれた利用条件)での公開を促進することで国民の政策形成の参加を促し、経済や社会の活性化に寄与することを目的として取り組まれている活動で、『オープンガバメント』とは、オープンデータの思想を体現すべく、行政の業務プロセスをオープンにしたり、取得した情報をオープン化する等、透明性を担保した政府のことを言う。(そう、私は理解している。)日本だけではなく、国際的な取り組みである。


今回のシンポジウムで基調講演を行った、GLOCOMの主任研究員の庄司氏に以前からお誘いいただいたこともあり、この活動は(あまり深くコミットはできないが)関心を持って見守って来たつもりでいる。まだ派手で目立つ成果が出ているとはいい難いが、それでもこれほどまでに取り組みの幅を広げて、賛同者を増やして来たのは、庄司氏を含む関係諸氏の地道な努力の賜物だと思う。



課題は多い


ただ、『オープンデータ評価指標』によれば、残念ながら日本は各国比較では最低レベルの『オープン度合い』であり、実際に課題は多い。活動の主旨を聞けば、反対する理由はなく、公開されずにいるデータの量と質を考えれば、可能性としては『宝の山』であることは理解できるのに、トントン拍子には進まないのには、それなりの理由もある。


基本的な理解活動は進んで来ているが、今後は、ネックとなっている課題を分析して、より具体的に解決への道筋を示すことで、意欲的な賛同者を増やすことが何より望まれる。


それにしても、今回のシンポジウムでは、オープンデータに係わる各方面を代表するメンバーの選定が絶妙で、現状の取り組みの実態と今後の課題が非常に端的に示されたと思う。基本的な取り組みの部分は、掲示されている資料を参照いただくとして、それぞれのメンバーの個別のお話の中から、特に印象に残った部分を私になりに、以下、解説してみた。



政治/政府:橋本岳氏(衆議院議員 自民党


自民党のIT戦略への取り組みと言えば、ITを『イット』と読んで失笑を買った、森元総理の印象が強いが、第二次安倍内閣では、さすがにかなり前進しているようだ。首相自身(FacebookやLINEを使っているように)若く新しい物好きということもあるし、今回のサミットの登壇者である、三菱総研出身という橋本氏のような情報技術が理解できる人材がスタッフにいることは大きい。少なくとも戦略策定においてはかなりレベルアップしていることは間違いない。


但し、橋本氏本人が述べていた通り、最大課題は理解活動だろう。周囲の大半は、まだほとんど『イット』のレベルと大差ないであろう中、皆が合意しやすい建前はともかく、利害がぶつかる、あるいは相反するケースでは、簡単に事が進まないことは容易に想像できる。


個別の利便性が多少上がる程度の説明では説得は難しそうだ。やはり人をワクワクさせるような、大きなビジョン/プランを示すことは必須だろう。


また、橋本氏が最後に、一番進めたい公開データとして、死因の究明データに言及していたが(東京23区では死に方が不明な遺体の死因究明はすでに行われているらしい)、比較的最近公開されるようになった県別の自殺件数等、センシティブだが、分析できれば非常に重要なことが解明されそうなデータ公開こそ、公開のルールをきちんとつくって推進して欲しいところだ。ただ、当然、『痛い腹を探られる』類いのデータが多いはずなので、抵抗は大きいだろう。だからこそ、政治主導のリーダーシップに一番期待したいところだ。


思想家の東浩紀氏が推進する、福島第一原発観光地化計画でもそうだが、ダーティーでセンシティブな情報であっても、公開され、それを自由に分析できることができてはじめて、失敗から学ぶことができる。これこそ、社会の成熟の証ともいえる。



地方行政:三木浩平氏千葉市CIO補佐監)


プレゼンで示された千葉市の取り組みは、非常に洗練されていて、情報活用のイメージ、いわゆる情報の出口戦略が非常にしっかりしている。一方、医療、教育等、重要で有用な情報ながらセンシティブな個人情報への配慮も行き届いている。これが全国規模で広がれば、各所で連携も取れてくるだろうし、相互に切磋琢磨しながらレベルがどんどん上がってくることも期待できるだろう。


だが、行政単位が分断されている地方行政府で、統一的な、レベルが高い取り組みが一斉に行われることはやはりかなりの困難が伴うと考えざるを得ない。三木氏は橋本氏同様、元三菱総研だそうだが、本件を進めるには、政治的なセンスもさることながら、情報技術のリタラシーは必須だ。そんな人材が全国に散らばっているとは現段階では考えにくい。


だが、規模は小さくとも、成功事例をきちんと残すことができれば、今の時代、波及効果は期待できる。GLOCOMの庄司氏の言うように、小さな成功事例が沢山出てくることは何より大事なことだと思う。



ベンチャー企業NPO等:
 長井啓友氏(ウォーターセル株式会社代表取締役


農業作業者がネット上で農業日誌、田畑等での作業記録等の情報を入手することで、管理の効率化、情報の交換、ノウハウの伝承等を可能にするサービスである、『アグリノート』の事例紹介がとても面白かった。

アグリノート | 農業は、記憶から記録へ


従事者の平均年齢が70歳に迫ろうという日本の農業は、このままでは若年者にノウハウを伝授することもままならず、ますます就業人口が減ることは不可避のため、作業全体をより効率的にしていかないと本当に崩壊してしまう。確かにこの領域こそインターネットツール利用が非常に有効であることを、こうして説明を受けると再認識する。


何らかのデータがオープンになったことがきっかけに立ち上がったサービスではないようだが、農薬情報、害虫情報等、農業関連データが公開されれば、即座にサービスに編入して、より付加価値を上げていけそうだ。


ビジネスとしての成立性は正直未知数な感じだが、この取り組みに非常に大きな価値とポテンシャルがあることは誰しも感じるところだろう。是非、成功して欲しいとつい願ってしまう、そんなサービスである。



大企業/大容量データ分析可能な企業:
 藤井宏一郎氏(グーグル株式会社執行役員 公共政策部長)


今回のシンポジウムの共同主催者であるGoogleの藤井氏のお話は、さすがに聞き応えがある。話の主眼はビジネスとして成立する可能性/パターンについてということだったが、あらゆる可能性につき理路整然と語る語り口は、有無を言わさぬ迫力があった。


ただ、データのオープン化とその利用で先行する他国でも、ビジネスとしてのマネタイズに成功している例はまだあまりないという。これは、非常に重要な点で、オープンデータの活動そのものの最大課題と行っても過言ではない。民間企業がビジネスとして活用しなければ、結局、公的な(税金を投入して行う)案件だけになる。これでは、本当の活性化にはほど遠く、スケールアップも望めない。


藤井氏の言う通り、データそのものが興味をひくようなデータが公開されれば、興味を持って見る人は少なくないだろうから、そのためのサービスも立ち上がるだろう。あるいは、店舗の開廃情報がリアルタイムに公開されれば、地図やグルメサービス等は、より効率的で魅力あるリアルタイムのサービスを実現できるだろう。だが、それはどのライバルにも条件は同じで、その先の工夫がなければ、マネタイズの起爆剤とすることはできない。


また、データが公開されれば、この分析をビジネスの付加価値とできる可能性は広がるだろうが、これは昨今非常に世間を賑わす、ビッグデータのサービス利用の話と似ていて、いくらデータがハンドリングできても、それをビジネスとしての付加価値に繋げるのは、結局案外ハードルが高い。Googleのような特定の巨人以外には、持て余してしまう恐れのほうが大きそうだ。少なくとも自動的にサービスが立ち上がってくるという見解は楽観的過ぎる。


藤井氏の見解で私が最も注目し、賛同できるのは、『ハード』な公的データを『ソフト』に転じることでビジネスとして大きくする可能性だ。


例えば、疾病の情報が公開されれば、そのままでも医薬の開発には使えるだろう。だが、それではビジネスがそれ以上拡張する事はないし、参加者も限られる。だが、疾病を未然に防ぐための、ライフスタイル提案等の『ソフト化』、すなわち、人々の機微に触れる『言葉』『思想』『デザイン』『コンセプト』等が付加されれば、元の価値より何倍も大きくなり、競合他社との差別化も可能となる。、FacebookTwitter等のSNSを通じて爆発的にビジネスが拡大する可能性もある。


この点、藤井氏は、ここからはプロのマーケターの考える仕事、というが、それは確かにその通りの部分はあるが、昨今では、ネットの集合知のポテンシャルが、プロの技を上回ることも期待できそうだ。GLOCOMの庄司氏は、だからこそ、ビッグデータではなく、スモールデータでもよいから沢山公開して、誰もが手軽に参加できるようにすることが重要とあらためて語る。


私自身、この両方とも大事だと思う。ただ、そのためには、『ソフト化』というコンセプトでの成功事例が沢山出てくることが望まれる。



次回以降も楽しみ


今回のシンポジウムは、『第一回目』と銘打たれている。ということは、今後、同じ枠組みで、さらに参加者を募り議論を深めて行こうという主旨と理解した。今回示された、課題、問題点を自分でも深めて、次回以降は今度は自ら発信する位の覚悟で、是非参加させていただきたいと思う