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日本からworkはなくなってしまうのか?

2012年 FTM 第3回グリーンテーブル


国際大学GLOCOM主催の、未来の技術と社会のための研究と実践を行う産学共同プログラム、「フューチャー・テクノロジーマネジメント(FTM)フォーラム(村上憲郎議長)」のラウンドテーブル(Green-Table)に参加してきた。今回が2012年度の第3回目の開催になる。少々遅くなってしまったが、今回も感想を書いておく。

第3回ラウンドテーブル(Green-Table)「workをすべての人に割り当てることはできるか?」 | 国際大学グローバル・コミュニケーション・センター


開催概要は以下の通り。


日時: 2012年12月14日(金)18時〜20時30分
会場: 国際大学グローバル・ コミュニケーション ・センター
    (東京都港区六本木6-15-21ハークス六本木ビル2F)

プログラム

18:00 〜 「前回までの議論の整理と今回の議論の位置づけ」
       庄司昌彦氏(国際大学GLOCOM講師/主任研究員)

18:20 〜 対談:「workをすべての人に割り当てることはできるか?」
       石橋秀仁氏(ゼロベース株式会社代表取締役) × 庄司昌彦

19:00 〜 ディスカッション
       川崎裕一氏(株式会社kamado 代表取締役社長)
       西田亮介氏(立命館大学大学院 特別招聘准教授)
       石橋秀仁氏(ゼロベース株式会社代表取締役
       庄司昌彦氏(国際大学GLOCOM講師/主任研究員)

19:45 〜 オピニオンメンバー・会場も含めた全体ディスカッション

20:30  終了



新メンバー:石橋秀仁氏


グリーンテーブルは、毎回その回のテーマが設定されていて、そのテーマにそってレギュラーのディスカッションメンバーが簡単なプレゼンテーションを行ってからディスカッションが始まるのがいつものパターンなのだが、今回は従来のディスカッションメンバーとは別に特別なゲストを招いて、司会のGLOCOM の庄司氏との対談から始まるという若干イレギュラーな形でスタートした。


そのゲストは、ゼロベース株式会社代表取締役の石橋秀仁氏である。石橋氏のことは、私は失礼ながらあまりよく存じ上げなかったのだが、お話を聞いていて、この場に呼ぶに相応しい非常にユニークな経営哲学の持ち主であることはすぐにわかった。エンジニアでありながら、人文知に精通していて、文化系的なキーワードが楽々と出てくる。すべての常識、特に旧来の日本企業の常識にとらわれず、短期的な利益極大より、価値観を共有できる少数の仲間との人間関係を重視する、という方針からうかがえるのは、ちょうど前回のブログエントリーで取り上げた、オトバンクの上田渉社長同様、昨今台頭してきている、新種/新世代の起業家の一人といってよさそうということだ。

Zerobase Journal
http://zerobase.jp/ishibashi/



旧来型経営のアンチテーゼ


石橋氏の経営哲学や手法をどう評価するかは別として、少なくとも、既存の日本の大企業の硬直化した組織やビジネスへの取り組みに対する強烈なアンチテーゼであることは間違いない。その辺りを詳細に分析してみることは個人的にも興味あるところではある。一方、大企業/大組織にはもはやまったく可能性はないなどというつもりはない。大企業によるベンチャー的な経営への取り組みという意味では、社長が若返って非常にチャレンジングな組織に生まれ変わったYahoo! Japanなど、私も非常に注目している。



今回のテーマをどう考えるのか


だが、今回設定されたテーマがどうしても気になる。何といっても『workをすべての人に割り当てることはできるか?』である。石橋氏やYahoo!Japanの経営手法で、競争に勝ち残ることはできるかもしれないが、workは増えるのだろうか。両者に共通するキーワードは、『スモール』であり『リーン』ではなかったか。昨今、『中間層の窮乏化』『所得の上下二極化』が先進国共通の悩みの種であることは、異論を差し挟む余地のない少ない共通認識になりつつあるが、はからずも、石橋氏やYahoo!Japanの事例は、まさに『中間層の窮乏化』を予感させる事例といっていいのではないか。


もちろん、彼らを何ら責める意図はない。それが今の時代の競争だからだ。そして、その競争の様態を負けた側から露呈しているのが、日本の電機業界ということになる。パナソニック、シャープ、ソニー等が、アップル、グーグル、アマゾンといった勝ち組企業にまったく対抗できなくなっているこの状態は、遠からず日本の他の産業にも及んでくるに違いない。そしてこの構図の中で、Yahoo! Japanは勝ち組企業の側となって生き残りをはかろうとし、石橋氏のようなベンチャー企業経営者は、勝ち組企業の提供するツールやモジュールを最大限利用して、自分たちの競争領域をつくっていこうとしている。



のしかかる市場の法則


かつて、パナソニック、シャープ、ソニーといった日本企業(メーカー)の全盛期には市場のルールを自分たちで書き換え、欧米企業の大半は閉め出され、日本企業一色といっていいような状態になった。そして、オセロの白と黒が反転するがごとく、今度はその勝ち組だったはずの日本企業はあっという間に負け組になってしまった。競争のルールは再び書き換えられたわけだが、そのルールメーカー(Google、アップル、アマゾン等)の活動は国家の枠組みを軽々と飛び越え、国家のコントロールは益々難しくなっている。それはグローバル市場が要求する法則を国家が抑止することが益々難しくなることを意味する。そして、その法則は否応なくすべての市場参加者にのしかかる。その一つがこれだ。


『どの国であれ、代替可能な仕事の賃金は国際的な水準に収斂する』 


製造業や事務作業の単純労働は典型的な『代替可能な仕事』というしかないが、ソフトエンジニアの仕事等、従来代替不可能な高度な仕事と考えられていた仕事も、低賃金国の優秀な人材が育ってきている現状ではどんどん『代替可能』に置き換わって来ている。非常に単純化して言えば、その国の中間層の経済的な窮乏化を少しでもくい止めようとするなら、対策の要は、どれだけ『代替不可能な仕事を増やすことができるか』という一点に集約されるといっても過言ではない



日本企業の改革は成功するか


となると、現状の日本企業の社内改革ではどうなのか、という質問は必ず出てくるし、今回のディスカッションでも話題になっていた。それが成功するかどうか、と問われれば、残念ながら今のままではかなり難しいと言わざるをえない。これまでの日本企業の成功のフォーミュラは、閉鎖的な縦社会的な組織で、終身雇用とまではいかないまでも安定的な長期雇用を前提として機能してきたが、今はそれ自体が弱点になってしまっているからだ。まさにここでも白は黒に反転してしまっている。


バブル崩壊リーマンショック等を経て、さすがに旧来の体制の維持が厳しくなってきたと感じた時に大抵の日本企業が何をやったかと言えば、守るべき範囲をあらためて『正規雇用者』に限定し、若年労働力を中心に急激に比率を増やした『非正規雇用者』を人員調整や待遇のバッファーすることで、出来る限り既存の体制を維持しようとし続けた。『正規雇用者=正社員』は、会社に長くしがみつけばつくほど退職金や年金等の条件も良くなることがわかっているから、市場で競争するより、組織の中で生き残ることを優先する。市場スキルより、『社内スキル』の高い社員が優遇されることもわかっているから、市場スキルをあげ、社外でのコミュニケーションの方法を習得するより、社内での飲み会やゴルフコンペ等にマメに参加して社内での知己を増やすこと(社内コミュニケーション)を優先する。教育も、いまだにローテーション等によって『社内ジェネラリスト』になることを最上としている。英語なども出来すぎると社内では嫌われるから、出来ない人が多い職場ではあまり目立たないようにする、なんていうこともざらに起きる。このタイプの組織では、『嫉妬』、『ねたみ』、『中傷』、『告げ口』等はやたらと多く、こういうのにさらされないこと自体が非常に重要な社内スキルだったりする。結果、一歩市場に出たら、本当の意味で『代替不可能』な人材などほとんど育たないということになる。そうなると『正社員』は益々、どんなに会社に競争力や将来性がなくなっても、自分の会社にしがみつく。しがみつくしかない。一方、会社は『代替可能』な人材ばかり大量に抱えこむことになる。こうして、本来改革に使うべき時間を浪費してしまったのが多くの日本企業ということになる。



定番のスキルだけでは


こういう会社で不安にかられた従業員相手に、『社外でも通用するスキルの習得』としておおいに喧伝されたのが、各種の資格の取得(MBA、簿記、英検等)や、英語/財務/IT技術の『3種の神器』の勉強だ。こういう備えがあれば、会社を首になったり、会社がつぶれても何とかなるだろう、というわけだ。確かにやらないよりやったほうがいいにきまっている。だが、こういう類いは、必要条件であっても十分条件ではないことは言うまでもない。そもそも、誰にもわかりやすい標準的なスキルだから、競争は激しい。透明性が高いから、基本的に国や人種は関係ない。インドや中国、ASEAN等の学生と話す機会があればすぐにわかることだが、皆、ものすごく勉強していて、上記のスキルなど当然のように学生の内に習得してしまう。こんな競争に昨今の日本人学生や若手社員が勝ち残れるとは到底思えない。確かに、『3種の神器』は海外で働こうと思ったら必須だと思うが、この『3種の神器』だけで、過酷な国際競争を勝ち抜くのは大変厳しい。ちょっとやそっとの知識ではすぐに『代替可能』になってしまうからだ。



代替不可能な人材になるには


天の邪鬼に聞こえてしまうかもしれないが、だからこそ、石橋氏のような、誰もやったことがないような、ちょっと聞いただけではわからないやり方にこそ、『代替不可能』を目指すヒントがある。確かに、大企業に入ると、教育訓練にはかなり潤沢に資金をつぎ込んでもらえるから、勉強のつもりで何年かいることのメリットはある。だが、社内の出世階段をのぼることにばかり血道をあげることはおすすめできない。それは『代替可能』人材へ転落する道に一直線に続いていることは意識しておいたほうがいい。今後は、没落する中間層の仲間入りをしたくなければ、人がやらない独自の路線で成功する人(まさに石橋氏のような人)から学び、こういう発想を年がら年中している人と交流して、始終『他人に真似されない』ことを工夫し、『代替不可能』な人材になるにはどうすればいいのか、考え抜くことが不可欠だと思う。



日本にチャンスはあるのか?


それでも、そんな人材になる道は狭く、そもそも日本(日本企業)に、新しい仕事を構築していく余地や力量があるのか、といいたくなるむきも多かろう。今回のグリーテーブルのディスカッションに先立って、GLOCOMの庄司氏がプレゼンで語ったように、これから日本の生産年齢人口(15歳〜65歳の人口)は減少の一途をたどり、高齢化は未曾有の勢いで進んで行く。何もしなければどんどん国力は落ちて行かざるをえない。


そこで、フューチャー・テクノロジーマネジメント(FTM)フォーラム(未来の技術と社会のための研究と実践を行う産学共同プログラム)のもう一つのラウンドテーブル、レッドテーブルの議論に繋がることになる。


そもそも、FTMフォーラム(未来の技術と社会のための研究と実践を行う産学共同プログラム)は、持続可能なスマート社会作りを目標に掲げていて、レッドテーブルでは、当面電力改革をイノベーションの最重点課題と見立てて議論を進めている。そして、ここで立ち上がる新しい産業が雇用を創出するであろうことが想定されている。私もこの方向にはリアリティも可能性も十二分にあると考えてきた。震災を機に語られるようになった通り、エネルギーという観点で日本のインフラを再構築し、電力改革からさらに街全体(スマートシティ)を再構築するニーズは高まってきている。加えて言えば、先日、ジオメディアサミットのレポート*1でも書いたが、日本は今まさに人口動態上の大変動の入り口にいる。そして、近接性/地縁に頼ったコミュニティ形成はますます難しくなろうとしている。来るべきスマート社会を構想するにあたっては、『エネルギー』、『人口動態』、『コミュニティ』という3つの軸、というか、3層構造としてこれを把握する必要があり、3層それぞれで、および、3層が複雑に組合わさった全体として問題に取り組む必要がある


そして、これが『日本のインフラ』、『日本の街』、『日本のコミュニティー』、そしてその全体像である『日本の社会』の再構築であるがゆえに、『日本人ならでは』の部分が多い領域になる。日本人のコミュニティー再構築には、いくらハーバードのMBAをとった優秀なインド人でも、参加することは難しいはずだ。こう考えると、それぞれ別々に議論を進めてきたレッドテーブルとグリーンテーブルは、はっきりと噛合ってくる。


とはいえ、この課題にはまだ沢山語るべきことがある。グリーンテーブルのディスカッションメンバーはもちろん、会場に参加している人達とも、もっと議論できるチャンスがあればと思う。