アクティブサポートのすすめ/企業とソーシャル・メディア

Twitterアクティブサポート入門を読んだ


私のブログの師匠*1から、彼の盟友で、ブログsmashmedia*2の中の人でも知られる河野武氏の新しい本が出たことを聞いたので、早々に入手して拝読した。(読み切るのには少し時間がかかった。)

 

Twitterアクティブサポート入門 「愛される会社」時代のソーシャルメディアマーケティング

Twitterアクティブサポート入門 「愛される会社」時代のソーシャルメディアマーケティング



現場で使える良書


米国に比べて遅れが目立つと言われる日本のソーシャル・メディア・マーケティングだが、昨今TwitterFacebook等のノウハウ本を含め、解説本の類いは大量に出版されて来ている。そんな中には非常に興味深い事例紹介であったり、貴重な体験談等を見つけることも少なくはない。だが、全般的に見ると、米国での成功事例の機械的な紹介であったり、新奇なツールを都度おもしろおかしく紹介しているだけのものであったり、あるいは日本の実際の現場のコンテキストやコミュニケーションの実態ををまったく無視した空論としか言いようのない内容など、首を傾げてしまうようなものがまだ大変多いと言わざるをえない。その点、河野氏の新著は、非常に地に足がついていて、この種の本にありがちな飛躍をせず、現場の担当者や責任者がソーシャル・メディアとの接点を持つための第一歩を踏み出す勇気を与えてくれる良書だと思う。



企業で起きているコペルニクス的転換


ソーシャル・メディアによってインターネットは単なる情報収集ツールから多義的なコミュニケーション・ツールとして幾何級数的な進化/発展を遂げつつある。それはすでにあらゆる種類のコミュニケーションのあり方を変え、従来の常識が次々と覆る事態が現実に起きている。企業と顧客とのコミュニケーションにおいてもそれは例外ではない。顧客は企業の製品やサービスに関わる情報ネットワークに簡単にアクセスできるようになり、単に質量とも格段に向上した情報を持つだけでなく、製品の購入やサービスへの参加にあたって、分厚く蓄積された口コミ情報を都度参照するようになった。いわば企業は従来『情弱で企業の発信するイメージに影響されやすい個々バラバラの顧客』を相手にすれば良かったのが、いつでも『あらゆる情報に精通した巨大なネットワーク人格』を相手にせざるをえなくなったとも言える。これは企業にとってはまさにコペルニクス的転換であり、マーケティング・販売・サポート・商品企画等、あらゆる活動に関わる戦略も戦術もすべて見直しを迫られている。

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何から始めればいいのか


ところが、ソーシャル・メディアの利用経験がまったくないか、ほとんどない上位者が会社の上層部を占める普通の日本企業は、旧態依然とした体制とツールの枠を出ないままに、ジリ貧のアリ地獄を抜け出せないでいるところが少なくない。(ソーシャル・メディアははいまだに40歳代以上では半数以上が利用経験がないというデータもある。)だが、そんな会社でも、ソーシャル・メディアを自分で使い込んでその巨大な潜在力に気づく若年層は日々増えている。中高齢層の多くが『太陽がまわっている』と信じ込んでいる中で、若年者は『まわっているのは地球のほうだ」と気づく、という構図は今ではどこでも見られる光景になった。『何か始めないといけない』と気持ちは焦るが、具体的に何を始めればいいのかわからない、そんな人にとって本書は最適の一冊になるだろう。



複数利用者は1/4…ソーシャルメディアの利用動向をグラフ化してみる(2011年版情報通信白書より) - ガベージニュース



ソーシャル・メディアを使ったマーケティングをいざ始めようと思っても、次々に新しいツールやサービスが登場して目移りしてしまう。やっとTwitterを使えるようになったと思ったら、すでに主流はFacebookに移ったとか言う人もいるし、Facebookのアカウントを無理くり取っても、もうGoogle+の方が日本人には向いているとご注進してくれる人が現れる。目的も、販促やら、宣伝やらが主かと思ったら、商品やサービスの企画にも利用してみるべきと言い出す人もいる。そうしているうちに、炎上してサービスを閉じるようなことも心配しないといけないと戒める人の声も無視できなくなる。確かに炎上でもしようものなら会社の評判を傷つけ、まったくの逆効果になりかねない。どうすればいいのか!と叫びたくもなるだろう。



アクティブサポートからスタートしてはどうか


そこで、本書ではまず、企業がどこでも行っているサポート(消費者からメールや電話で問い合わせを受け、常に受け身で、届いた質問に如何に迅速に答えるかを目的とする。河野氏はこれを「パッシブサポート」と呼ぶ。)を一歩進めて、ソーシャル・メディアを利用することで、疑問、不安、不満等を抱えている消費者を積極的に発見しに行き、企業が能動的にそんな消費者に語りかけて問題解決をはかる(これをアクティブサポートと呼ぶ。)ところからスタートしてみてはどうか、と提案する。


確かにこれは賢明なアプローチだと思う。旧来のツールしか知らずパッシブサポートのゴールのイメージしかない上司でも(経営者でも)、『自社のサポートの充実』『顧客満足度の向上』『顧客の声の収集』等については、当然何らかの目標を設定しているはずで、これを充実するために、電話やメール以外に顧客が使い始めているコミュニケーション・ルート(ソーシャル・メディア)に活動を広げて行く事は、従来のパッシブサポートの同心円上に達成目標を共有できるはずだ。それどころか、サポートをソーシャル・メディアに広げることで、いわばFAQをアーカイブしていくことになり、ソーシャル・メディアの持つ伝播性がレバレッジ効果を生んで問い合わせを減らしたり、より顧客に近い関係をつくることで、顧客の親和度を上げていくことが期待できるため、真面目に取り組めば、飛躍的に高いレベルの成果が上がることになるはずだ。



最適な入り口としてのアクティブサポート


しかも、アクティブサポートにきちんと取り組んで行く事で、ファンとなった顧客が他の顧客をサポートをしたり、販売促進に協力してくれることもゆくゆくは期待できるし、顧客の要望をきめ細かく集めることができるから、商品やサービスの改善や新規企画立案にもつながって行くだろう。すなわち、アクティブサポートは、ソーシャル・メディア・マーケティングのあらゆる活動の入り口になるわけだ。また、会社にソーシャル・メディアの経験者を増やすことになるから、ソーシャル・メディアの更なる高度利用を考えるにあたっても、社内基盤は強化され、次のステップに進む準備も整っていくはずだ。


ソーシャル・メディアをマーケティングツールとして利用する最大のメリットの一つに、従来では知り得なかった顧客の心理プロセス、具体的な行動、あるいは購入後の友人への紹介/推薦(ないし批判)等を把握することができ、かつ、直接アプローチができるという点がある。



「顧客を導く新・マーケティングファネル──後編」 - MdN Design Interactive - デザインとグラフィックの総合情報サイト



しかしながら、如何にソーシャル・メディアを通じてそれが可能になったとは言っても、いきなり顧客にアプローチして商品の購入を勧めたり、唐突に不躾な質問をしたりすると顧客の心理を逆撫でして、逆効果になりかねない。意外とアプローチは難しい。だからこそ、一足飛びに顧客にアプローチするより、サポートの一貫として企業が蓄積してきたノウハウや原則に配慮しながら、一歩一歩進むほうが賢明だ。この点、著者も商品の売り込みやサービスへの加入を薦めたりする営業行為、公序良俗にふれる内容、他社への中傷発言等を戒め、企業の代表として、顧客との距離感には注意をはかるようアドバイスしている。



軟式アカウントの問題


顧客との距離感という点では、いわゆる『軟式企業』『軟式アカウント』の問題は、ソーシャル・メディアの企業利用を検討するにあたって誤解を生み易く、悩ましい問題になりがちだ。軟式アカウントというのは、企業アカウントでありながら個人のキャラクターを前面に出して、柔らかく、くだけていて、時には企業活動と直接関係のない柔軟で面白いつぶやきを連発して人気を呼ぶタイプの企業アカウントのことを言う。立て続けに成功例が続出して、企業イメージ向上にも寄与したとの評価を受けたことから、『企業がTwitterを利用するにあたっては、軟式であるべき』とのイメージが定着した感さえある。

軟式企業 - Wikipedia


確かにこの軟式アカウントの成功例というのは、企業のソーシャル・メディア利用を研究するにあたっては実に興味深い事象ではある。Twitterは個人ベースのツールとして普及してきたし、140字という制限もあって、表現も簡素でカジュアルにならざるをえない。実際Twitterのコミュニケーション空間は『個人的』で『カジュアル』だ。そこに従来の企業の、『公式』で『堅い』、場合によっては『非人間的』とも受取られかねない企業人格をそのまま持ち込むと、違和感を醸し出してしまいかねないことは確かだ。それよりも企業の表の仮面をとって、企業の中にいる従業員個々人の個性を前面に出す方が、Twitterのコミュニケーション空間では受け入れられ易いことは一面の事実と言える。


だが一方で個人の個性が強過ぎて、それだけに頼るようになると、その個人が退職したりすると企業としての活動の維持自体が難しくなり、また、失言等による炎上も増える恐れもある。(現実にそのタイプのトラブルはいくつも表面化している。)だから、河野氏も軟式アカウントには反対する。(このあたりをキッパリと言い切るところが河野氏の現実感覚の優れたところだと私には思える。)特に、初めてアクティブ・サポートを始めるような企業には『軟式』に限らず個人のキャラクターに頼ることは私もやめておいたほうがいいと思う。ただし、失礼にならない範囲での、『さわやかなカジュアルさ』はこの空間では望ましいことは確かで、最適な着地点はまだはっきり見えているとは言えない。このバランス感覚は、個々の企業が徐々に体得していくしか当面方法はないだろう。



試行錯誤はすぐに始めたほうがいい


ソーシャル・メディアを利用したマーケティングは、アカウントの人格設定の問題もそうだが、プライバシーへの配慮、顧客との距離感、炎上した場合の収拾の仕方、さらにはメディアの選定についても、まだ未知数なところが多く、試行錯誤は不可避である。だが、この試行錯誤による蓄積は、これから2〜3年後には決定的な差となって表面化し、企業の競争力を左右する可能性はすごく大きいと私には思えてならない。この機会に、是非、自らの問題として熟考してみることをお薦めする。


<ご参考>
チミンモラスイ! : 「Twitterアクティブサポート入門」読了