『決闘 ネット「光の道」革命』について


歴史は動いている


ソフトバンクの総帥、孫正義氏と、ITジャーナリスト佐々木俊尚氏のUstream上で実現した対談の記録である、『決闘 ネット「光の道」革命』を遅ればせながら拝読した。

決闘 ネット「光の道」革命 (文春新書)

決闘 ネット「光の道」革命 (文春新書)



対談自体もリアルタイムで拝見していたので、対談の内容自体はすでにある程度知っているわけだが、あらためてそれを本の形で佐々木氏の解説付きで読むと、いくつもの新たな発見がある。そして、本の字面だけではなく、行間はもちろん、このような巨人どうしの対談が行われた経緯を含めて、歴史が動き始めている場面をリアルタイムで見ている感慨をはっきりと感じることができる。



『光の道』を巡る意見の衝突


民主党の原口総務大臣(当時)が打ち出した、『光の道』構想(ブロードバンドを2015年までに全世帯に普及させる)に、孫氏が全面的に支持を表明し、光ファイバーを全世帯に普及させ、現行のメタル回線と同じ月額1400円に料金を据え置くばかりか、一切税金を投入しないでこれを実現できると主張する。


これに対して、佐々木氏がツイッター『全面不同意』を表明、ネットの利活用がまったく進んでいない現状では、利活用を推進することが最優先課題で、インフラ整備に政府の少ないリソースを振り分けるのは本末転倒と応じた。(更にブログで詳細な反対意見を展開した。)



取り敢えず合意


すると今度は、孫氏が同じくツイッターで佐々木氏に直接対談を持ちかけて、その結果、Ustream上での公開討論が行われることになる。公開討論では、孫氏は、動画が双方向で活発に交わされるような状況を見ても、『光』なしではインターネットは早晩破綻するのは確実で、しかもこれを税金投入なしで整備するなら反対する理由はないはずとして、詳細な資料を持って熱く語る。(それはもう、熱過ぎるくらいに語る。)


だが、佐々木氏は、日本のインターネットの問題はインフラではなく、人的な要因で利活用が進まない(既得権益者の理不尽な抵抗等)ことや、情報を流通させる真ん中のプラットフォームが弱いことで、これを解決しないとブロードバンドが普及しても全体がうまく回らないことをあらためて主張する。だが、最後には、孫氏の、佐々木氏の主張する点ももちろん大事だが、国費(税金)投入なしにインフラを整備しておくことに自体に反対はないはずという主張に、佐々木氏も(孫氏の熱意に押し切られるように)国費がゼロなら『光の道』構想に反論はないと述べる。



反対する理由はない


Ustreamで直接対談を見たときもそうだし、あらためて書籍化された内容を丹念に読んでみても、観衆である私達が反対する理由もまったくない。是非、『光の道』も実現して欲しいと思うし、佐々木氏の指摘する点も関係者が虚心坦懐に問題に取組み、インターネットの利活用をもっと促進して欲しいものだと思う。



簡単には行かない


だが、恐らくそう簡単には行かないだろう。私自身もIT業界の端くれにいるので、佐々木氏が一貫して主張する日本の閉塞的な状況には自らの問題として日々直面している。だから、今回の対談における佐々木氏の主張には、ほぼ全面的に同意である。このままでは、この国は気持ちの悪い『ガラパゴス』どころか絶滅に向かって突進を繰り返す『ガダルカナル化』するのではないかという苦渋に満ちた発言にも、非常なリアリティを感じる。あくまで、『政官財の旧勢力の抵抗』等の人的な障害こそ最大の問題なのだ。



佐々木氏の本音


対談の最後での、『国費がゼロなら反論はない』、と述べる佐々木氏の真意は、方向が多少問題でも孫氏の突破力が旧勢力を打破する突破口になればそれはそれでよい、というところにあることが本書で明かされる。短い一章を割いて書かれた『ソフトバンクモンゴル帝国軍である』というパートがあるが、ここに佐々木氏の本音が集約されている。


なぜモンゴル軍なのか。ソフトバンクは乱暴で無謀な企業だけど、でもソフトバンクのようなやり方でなければこの日本は変わらないんじゃないか、と思ったからだ。いまもその気持ちは変わらない。同書P162

そういう閉塞した状況の中では、一点突破がどうしても必要なのだ。一点だけでもいいから守旧勢力の包囲網を突破し、既得権益老害どもを蹂躙し、支配構造を一気に変えてしまうことが必要なのだ。孫さんという強烈なリーダーの存在は、そこにこそ意味がある。孫さんがいったいこの国をどこに持って行こうとしているのかは、誰にもわからない。しかしあの野獣のような人こそが、世の中を変えうる可能性を秘めているのは間違いない。私は、それだけは確信を持って言える。日本の新しい歴史は、この一点突破の先からついにスタートするのだ。同書P186


日本の歴史を概観すると誰もが気づくことだと思うが、国が破滅の危機とも言えるような状況になると、非常に強烈な『個人』が出現して驚くような活躍をする。孫氏の尊敬する坂本龍馬もそうだが、魔人のようなパワーで、戦国を終わらせ、日本の近代化への道筋をつけた織田信長もそうだろうし、太平洋戦争で灰燼に帰した日本からは、松下幸之助本田宗一郎盛田昭夫らの世界的な経営者が続々と出現する。そういう意味では、これから日本が仮に破滅の危機に向かうとしても、むしろそれは再生のための産みの苦しみであるのかもしれない。



『個人』の時代


20世紀の日本は、産業化の時代で、それはまた『組織』の時代だったけれども、21世紀は『個人』の時代になることはもはや確定的だ。そして、インターネットはそういう個人の強力な武器となる。今回の孫氏と佐々木氏の対談が、既存のマスコミの介入もなく、すべてツイッターで解決し、Ustreamで放映されたことはまさにこれを象徴している。対談をまとめた本は紙で出版されたが、これも遠からず電子書籍に置き換わるだろう。



流れは止められない


丁度このブログの原稿を書いている最中、尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件のビデオと見られる映像が流出し、動画配信サイト「YouTube」に投稿されて大騒ぎになる、という事件が起きている。まだ経緯や真相に関わる情報は入って来ていないが、この事件は非常に意味深長だ。現代では、情報の秘匿や独占、コントロールは原則難しいということを雄弁に語っているからだ。しばらく前に米国でもイラク戦争を巡る米軍などの機密情報を暴露した民間ウェブサイト「ウィキリークス」が話題になったが、情報を発信しようと考える個人には、そのための手段があるのだからこの展開は『自然』だろう。


佐々木氏や孫氏のような影響力のある『言葉』を持つ人の発言は既存のマスコミのコントロールの及ぶところではない。佐々木氏が指摘するように、まだ日本ではインターネットの活用が進んでいないことは確かで、その分、インターネット発の発言の影響力が限定的であることに対する苛立ちを感じている人も(佐々木氏はじめ)多いが、過去2〜3年を振り返っただけでも、その影響力は非常に拡大している。流れはもう止められない。賽はとっくに投げられている。



覚悟を決めて


10年後に、この対談が、歴史的な転換点を示す象徴的な事件として語り伝えられる可能性はそれほど低くはないと思う。新しい時代に生残りたいあなたに、準備のために残された時間はあまりない。そういう覚悟はできているだろうか。