3D仮想現実サービスへの取組みの現在

インターネット系サービスの踊り場 2008年


2008年というのは、インターネット系サービスにとって、どうやら踊り場と言うべき年だったようだ。2007年の賑わいをピークに、それまで勢いのあったサービスが軒並み停滞ないし失速した年となった。大きな注目を集めたGoogleストリートビュー*1のようなトピックもあったが、そのストリートビュー自体、プライバシー問題を初め市場の強い反発を受けて、歓迎ムードに包まれた登場とは言い難かった。



停滞の象徴セカンドライフ


その停滞感を象徴するサービスの一つに、セカンドライフ*2がある。セカンドライフ自体は、すでに2007年後半位から、その限界が語られるようになっていたから、2007年末ごろには大方趨勢は決した印象があったものの、『3D仮想現実サービス』一般という意味では、セカンドライフがもたらした賑わいと可能性はまだ充分にその興奮を引きずっていた。特に、TVアニメの『電脳コイル*3のヒットにも後押しされて、3D仮想現実サービスは、拡張現実(Augmented Reality = AR *4 )に軸足を移しつつ、実際のサービスとしての実現可能性をより一層たぐり寄せ、尚かつ世界観がさらに広がって行くことが期待されていた。


しかしながら、大変残念なことにセカンドライフにほだされて始まりかかった3D仮想現実サービスは撤退や中断が相次ぎ、ARも、将来の大きな発展は予感させながらも、期待程盛り上がっているとは言えない状況だ。このあたりの動向については、コンサルタントBianchi さんがブログでちょうど話題にされていて、それをきっかけに自分でも一連の動向を振り返ってみようと思い立った。

仮想世界も、8月には SBIグループが仮想世界市場の変化から「東京0区」を撤退を表明。11月は、Googleが7月に公開したばかりの「Lively」が半年を待たずに年内終了のリリースを行った。そして、SUNの破産と続く。まるで、リアルな世界経済と符合するかのように、仮想世界もリセッションに入ったかのようだ。 仮想世界もリセッションか?(3) : The Blog Must Go On

AR(拡張現実)の勉強会


ちょうど、そのタイミングで、ARに関するエンジニアの勉強会へのお誘いがあったので、参加した。
http://open.gungi.jp/modules/eguide/event.php?eid=12


以前にも、国際大学グローバル コミュニケーションセンターの主催するセミナー、「AR時代の技術」(シリーズ「オーグメンテッド・リアリティ(AR)時代の世界」第2回)に出席してお話を聞いたり、実演を見せていただりして、非常に感銘を受けたことがあり、本来もっと自分でも研究しておきたいと考えていたことを思い出した。(この時の報告のエントリー:  セミナー「AR時代の技術」 様々な五感拡張テクノロジーの驚異 - 風観羽 情報空間を羽のように舞い本質を観る) グンギの勉強会のことは以前から聞いていたが、エンジニアではない私は、少々『エンジニア交流勉強会』という設定は敷居が高くて参加を躊躇していた。だが、今回は思い切って出席して正解だった。大変面白かった。


中でも、芸者東京エンターテインメント株式会社*5代表取締役CEO/ファンタジスタ、田中泰生氏による、ARを実際に使った、『電脳フィギュア』*6の実演は大変面白かった。これは、最近YouTubeでもよく目にする、ARの実演を、だれでもこのパッケージソフト買うことで実現できる、というだけのことなのだが、どこぞの実験室での実験を見るのと、実際に商品として発売されて、それが販売実績を上げている(2008年10月の発売直後にはAmazonエレクトロニクス部門1位にランクインしたのだそうだ)のとでは大変な違いがある。これこそまさに、技術が市場で『実現している』のであり、それは本当に大変すばらしいことだ。



話題になった『世界カメラ』


ARと言えば、この勉強会でも言及されていたが、昨年のTechCrunch 50*7で、日本企業のTonchidot(頓智)がプレゼンテーションして絶賛された、iPhoneのカメラとネット情報、GPS、加速度センサーなどを連動させた提案である『世界カメラ』*8が大変注目を浴びた。これはまさに、iPhoneを使った電脳コイルの世界の実現とも言える提案なのだが、残念ながら、現時点での3Dネット地図情報の未整備、GPSによる地図上の位置精度の低さ等がネックになって、『電脳フィギュア』のようにその気になればすぐに実現、とは言い難い。その意味で現段階では、電脳コイルと同じ、物語/SFと言わざるをえない。


ただ、エンターテインメントとしても、巨大な可能性を持つ広告宣伝モデルとしても、ビジネスとしてのポテンシャルの大きさは充分に感じ取ることができたし、あれを一定の到達点と見れば、ネット地図→Google Earthストリートビューと進めて来ているGoogleの青写真の中には次の展開としてすでに描かれているだろうことは、関係者ならすぐに直観したはずだ広告宣伝モデルとしても出色で、マネタイズ(それまでお金にならないと思われていたサービスでお金が儲かる仕組みをつくること)という点でも金鉱脈であることももう関係者の目にははっきり映じている。



仮想現実はビジネスフェーズへ


『電脳フィギュア』をARビジネス成立のプロトタイプとして評価すると、(1)技術的実現性(リーズナブルなコストでの実現性) (2)一定数のユーザーの存在 (3)ビジネスモデルの成立性 の3つの要素をうまく結びつけた一例と言えそうだ。芸者東京エンターテインメントの田中氏がおっしゃる通り、ARは技術的にはすでに枯れた汎用技術(とまで言えるのかどうか私は若干自信はないが)で、萌え系フィギュア好きという一定ボリュームのユーザーが存在しており、パッケージソフト販売という既存のビジネスモデルは確立している。


田中氏のようにこの3つの条件をうまくビジネスとしてデザインしていく統合センスがあれば、ARもビジネスになる段階に来ているわけだ。そのアナロジーで言えば、『電脳コイル』や『世界カメラ』のコンセプトである、現実世界の大きな単位と仮想世界の統合という、かなり大掛かりなサービスでさえ、すでに実現にむけた競争フェーズに入ってきていると言えそうだ。現段階では、まだ解決すべき技術的な課題も多いが、サービスの大きな流れが大方イメージできるようになって来ている今、技術を進化させるべき方向もまた定まって来ている。技術の発展というのは、このように方向が明確になった時に最もスピーディーに進む傾向がある。そういう意味では、できるだけ大きな塊としてのユーザーニーズとクラスターを発見し、ビジネスとしてデザインしていくことを役割として受け持つ、市場側/ビジネス寄りのイノベーターの出番もそろそろ来ているように思う。



見えやすい競争より見えにくい競争を


もっとも、一度持ち上げておいて、落とすわけではないが、多少気になることが無いではない。『世界カメラ』のようなARをGIS*9の広告宣伝やサービス提供モデル(利便性の訴求)としてイメージして構築していく方向は、次世代の巨大なビジネスを予感させてくれるし、確かに面白いのだが、ある意味で誰の目にも見えやすく、故に、ある時点から過度な参入を招いて過当競争になるのが必然に思える。そうであれば、芸者東京エンターテインメントのようなベンチャー企業ではなく、結局Googleのような圧倒的な資金力や技術力を持つ企業が美味しいところをかっさらって行くのではないかというような、多少夢のないことを考えてしまう。


だが、アニメ『電脳コイル』は、技術的世界観としての面白さ、利便性を追うビジネスマンにとっての面白さ、とは別に、もう一つの魅力というか、魔力をかいま見せてくれた。田中氏はプレゼンテーションで、実は、電脳コイルは2巻までしか観ておらず、それで充分だと思ったとおっしゃったし、それに同調するエンジニアも少なくなかったようだ。だが、こてこての文化系の私に言わせれば、あれは、もう少しかんでみると意外な旨味が出てくる奥深い素材なのだと思う。事実、社会学とか宗教学とか詳しい人達も興奮しまくっている。(ビジネスとは縁遠い人が多いのだが・・)私は、そこにこそARを使って競合相手に見えにくいビジネスをしかけていくためのヒントがあるように感じた。そこのところは、次回以降のエントリーで語ってみようと思う。