『水木しげるロード』が地域振興の星として輝き続けるためには

 

リニューアルした『水木しげるロード

 

私の出身地は鳥取県境港市なのだが、ここは、かつては、日本海側の有数な漁港という以外には、これといって特徴のない土地だった。ところが、昨今では、境港市出身である漫画家の故水木しげる氏の作品をテーマとしてつくられた『水木しげるロード』が大当たりで、全国規模と言えるレベルの知名度を得ており、すっかり境港市の『顔』になった。ちょうど本年の7月にリニューアルして、本格的にライトアップされていたので、写真撮影しつつ夜の『水木しげるロード』を歩き回って見た。

 

 

  

 

 

水木しげるロード』とは

 

水木しげるロード』のことをご存じない人ために、以下にWikipediaの該当部分を引用して紹介しておく。

 

水木しげるロード(みずきしげるロード)は、日本の鳥取県境港市にあある商店街の名称。観光対応型商店街であり、漫画家・水木しげるが描く妖怪の世界観をテーマとした観光名所として日本では広く知られている。正規の日本の妖怪像として文化的価値も認知されている。

境港駅から本町アーケードまでの全長約800メートルの間に、水木の代表作『ゲゲゲの鬼太郎』のキャラクターを中心として日本各地の妖怪たちをモチーフとした銅像など多数のオブジェが設置されており、商店街は、同じ主題、共通のイメージコンセプトをもって思い思いの販売・サービスを展開する各種店舗・施設の集合体に成長している。

水木しげるロード - Wikipedia

 

通過型観光地から滞在型観光地へ

 

今回のリニューアル(ライトアップを含む)については、個人的には、長い間欠けていたピースがやっとはまって、とうとう『完成』と言える段階に来た、というくらいの感慨がある。やはり妖怪は夜にこそ映える。

 

これまで、せっかく『水木しげるロード』に多くの観光客が訪れるようになったのに、境港は宿泊施設が貧弱で、昼間に水木しげるロードに訪れた観光客も夜になると、近隣の米子や松江に行ってしまうため、『通過型観光地』というありがたくない呼称をいただいていた。いかに昼間に人が溢れていても、夜にはいなくなるのでは、夜の『水木しげるロード』のために予算を割く意味がない。だが、境港市としてもこれは承知の上で、『滞在型観光地』化に向けて尽力してきたと聞く。そして、2016年2月には、その対策の一貫として最も直接的な効果が見込めそうな、本格的なホテル(客室数195)である、『天然温泉 境港 夕凪の湯 御宿 野乃』*1 がロードの出発点であるJR境港駅の最寄りに完成した。『水木しげるロード』のライトアップの充実は、ホテルの完成と相補的な対策ということになるのだろう。

 

幸い、ホテルは現在までのところ稼働率の推移も順調だという。また、地元民にもリニューアルのライトアップは好評で、私が見た限りだが夜の観光客の出足も悪くない。このようなインフラが整備されれば(もちろん飲食店の充実等残された課題も多いが)、今後の対策にも相乗効果が見込めるはずだ。昨年の夏(2017年)は、スマホゲームのポケモンの大流行もあって、リニューアル前の薄暗い中ではあったが、夜の『水木しげるロード』もポケモン狩りのゲーマーで溢れていた。ゲーマーの顔がスマホに照らされて青白く光り、この大量の青白い光は、壮観を通り越して荘厳ですらあった。今後もこのような(ポケモンのような)イベントなり企画があれば、昨年以上に街全体が賑わうに違いない。関係者の尚一層の努力に期待したいものだ。

 

 

驚くべき発展

 

それにしても、かつては消滅寸前だったアーケード街がここまで変貌を遂げるとは、まったく想像を絶する出来事というしかない。この商店街、私も子供の頃、任天堂のトランプや花札を買いにいったり、クリスマスプレゼントの類を物色に行ったりして、それなりに思い出もあるのだが、その思い出につながるものは、今ではほとんど全てなくなってしてしまった。それでも、閉まったシャッターだらけとなり消滅してしまう危機にあったことを思えば、慶賀の至りというべきだろう。

 

境港にとって本当に幸運だったのは、『ゲゲゲの鬼太郎シリーズ』を中心とする水木作品が大変なロングランヒットとなったことだ。紙芝居物語で『墓場の鬼太郎』が登場したのが1954年というから、そこから数えればすでに64年ということになる。『水木しげるロード』が立ち上がった1993年以降でも、1996年から第4期、2007年から第5期、さらには水木氏の逝去後も2018年には第6期のテレビアニメが開始され、いずれも大人気を博しており、こうなると、一過性のブームなどではなく、国民的作品として揺るぎない地位を得ていると行っても過言ではあるまい。テレビアニメに相前後して封切られた、映画『妖怪戦争』(2005年)、実写版『ゲゲゲの鬼太郎』(2007年)等も後押しとなって、水木しげるロードの訪問者は順調に増えていった。

 

加えて、決定的と言っていいほどのインパクトがあったは、2010年度上半期に、NHK連続テレビ小説の枠で放映された、『ゲゲゲの女房』(水木しげる氏の妻、武良布枝氏が著した自伝エッセイを原案としたテレビ番組)で、その年(2010年)の観光客は過去最高の372万人に達し(それ以前の過去最高の倍)、その後、番組終了の反動はあったものの、現在でもコンスタントに200万人規模の観光客を集める中国地区を代表する観光地の一つになった。25年前にわずか銅像23でスタートした当時を思えば(現在では177体)、誰憚ることのない大成功と評価できるはずだ。(評価と言えば、2011年の『8回関西元気文化圏賞・特別賞』、『第3観光庁長官表彰』はじめ、様々な賞も受賞している)。キャラクターを使った商店街活性化の成功例という以上の、これからの日本の地方のあり方を指し示す、象徴的な場所となったと言っていい。

 

 

アジア都市との交流

 

象徴的という意味では、今また、新たな『風』が吹きつつある。もともとこの土地は港町ということもあって、ロシア人や中国人等の外国人は多かったが、最近では、大型のクルーズ船が寄港して、今日本全国で起きているブーム、すなわち、大量の中国人観光客も押し寄せているようだ。2016年は33回の寄港があって、観光客数3万9,500人(前年の倍)、2017年には、計60回、観光客数6万6,000人と、倍々ゲームが続いている。

クルーズ客船 コスタ・ネオロマンチカ 境港入港 (2-Jul-2017) Costa neo Romantica - YouTube

 

また、境港市の中心部からでも、車でわずか15~20分程度の場所に、空港(米子鬼太郎空港)があるのだが、アジア7都市(ソウル、上海、台北、高雄、香港、バンコクウランバートル)と直行便でつながっている。(海外ではないが、那覇宮古島、札幌といった国内の観光地との直行便もある。)このように、東京や京阪神といった大都市を経由せずとも、興隆するアジア各国の都市と直接結びついている。地方が直接海外の都市と結びついて経済圏を形成していく方向は、地方都市の未来のあり方として注目されてきているわけだが、単なる経済交流や自然観光だけではなく、文化的な交流拡大の可能性を併せ持つ境港市は、その点での実験地としても、貴重な存在と言える。

 

中国を含むアジア全域で、日本のサブカルチャーは日本人が想像する以上に人気がある。しかも、特に中国では、妖怪、幽鬼、神仙等の不思議なものは『志怪』と総称され、六朝から清の時代に至るまでおびただしい数の『志怪小説』が書かれている。日本の奇談・怪談を扱った古典(『今昔物語、上田秋成雨月物語』等)のほとんどはこの影響をうけているという。水木しげる氏が量産した妖怪についても、中国由来のものがかなりあることは水木氏自身、どこかで語っていた記憶がある。要は、水木しげるワールドはアジア各国で広く受け入れられる要素が多分にあるということだ。

 

 

今後の発展に不可欠のコンセプトワーク

 

このように書いてくると『水木しげるロード』は如何にも順風満帆で、これからも安泰という印象を与えることになったかもしれないが、そうではない。確かにここは、ある種の『長く続く秘訣』に恵まれたとも言えるが、それは多分に水木しげる氏の作品群、および水木しげる氏自身のキャラクター(比類のない強烈な個性、おおらかな人格、特異な思想等)が核となって形成されていることは言うまでもなく、その水木氏が2016年に逝去された影響はやはり大きいと言わざるをえない。水木氏亡き後は、残された関係者はこれまで以上に、水木氏の作品やエッセイ等を読み込んで、この成功の秘訣をあらためて解読し、言語化していくことが不可欠だ。特に、異世界のもの=『妖怪』が主人公であり、水木しげる氏の思想は昭和の常識人の枠を完全に飛び越していることもあって、これは言うほど簡単なことではない。だが、この作業を経てコンセプトワークが徹底できるかどうかが今後の『水木しげるロード』の死命を決すると言っても言い過ぎではない。通常の観光業の常識的な策は、この言語化の後に、取捨選択していくことが望ましい。この順序を逆転させてはいけない。そうでなければ、この場所の成功の秘訣を台無しにしてしまいかねないからだ。

 

私の言う言語化というのはどういうことを言うのか。私が帰省中に水木しげるロードを散策しつつ思いついた程度なので、質的にも賛否はあろうし、量的にもこれではまだ足りていないと思うが、いくつか実例を示して見たいと思う。どちらかと言えば抽象度高めの『水木作品・水木思想』分析で、銅像の造形の素晴らしさとか、地元の協力体制等の目に見えやすい成功理由には言及していないことはお断りしておく。数多ある他のキャラクター利用の商店街活性化とは何が違うのか。多少なりとも実地で働くプランナーの人達の参考になれば望外の喜びだ。(あるいは、そんなことはすでに知っているということであれば、頼もしい限りだ。)

 

成功の理由/その言語化

 

1. 野生の思考

 

これはすでに別のところで書いたことでもあるのだが、人類学者の中沢新一氏が著書『ポケモンの神話学』で述べているポケモンの成功の理由は、ほぼそのまま『水木しげるロード』の成功例の説明として当てはまると考える。自分の書いた文章で恐縮だが(そして少々長いが)以下に引用させていただく。

 

人間には、心理学者のジークムント・フロイトのいう「死の欲動」、あるいは哲学者で精神科医ジャック・ラカンがいう「対象 a」がある。「対象 a」とは、いわば「ことば」に されない、意識や知覚の混とんとした領域である。子どもは特に、この「死の欲動」に容 易に突き動かされたり、「対象 a」に強く誘惑されたりするが31ポケモンはそうした子ど もたちの無意識の欲動を知的に昇華する働きをして、カオスを秩序に変える場となる。こ れを中沢は、ポケモンによって子どもの衝動は、人類学者のレヴィ=ストロースが同名の著 作で明らかにしてみせた「野生の思考」に姿を変える、という。 野生の思考とは、科学的思考よりも根源にある人類に普遍的な思考だ。しかし、ただの 未開の心性ではない。ポケモンの最大の特徴は、捕獲したモンスターを他人とやりとりす る「交換」「贈与」にあるが、この贈与こそ「野生の思考」の中心をなす現象である。野生の思考に深い関心を寄せてきた人類学は、人の感じる豊かさや幸福の感情は「贈与」に 関わりがあると認識してきたという。このような、商品の原理だけによらずに人と人との 関係がつくられる世界が、ポケモンによって子どもたちの間で息を吹き返している、と中沢は指摘している。 日本でなければ、ポケモンのように洗練されたゲームはできなかったと中沢は断言する。 百鬼夜行図」や「ウルトラマン」など、日本には他にも「対象 a」の造形と処理につき、 独特の達成をしてきた文化を持つ。日本文化は「野生の思考」の痕跡を身近に残し、この 普遍的だが、普段は人々の意識下に沈潜する「思考」をうまく顕現させる独自の特性がある、という。

http://www.nira.or.jp/pdf/201712report.pdf

 

日本文化は「野生の思考」の痕跡を身近に残し、この 普遍的だが、普段は人々の意識下に沈潜する「思考」をうまく顕現させる独自の特性がある』というところ、まさに水木しげる氏が媒介となって、『野生の思考』を顕現させたのが『ゲゲゲの鬼太郎シリーズ』等の水木作品であり、『水木しげるロード』なのだと言える。そして『野生の思考』は日本だけではなく、人類の心の古層にある普遍的な思考であり、そういう意味では、水木作品も『水木しげるロード』も中国を含むアジア各国の人々の心にも、今以上に大きく共鳴する可能性を秘めている。

 

 

2. 自然との調和/すべての存在の肯定

 

近代は、近代以前には『魔法』と捉えられていたことを科学で解明する、いわゆる『脱魔術化』が起きて、空間から人間に不要な異物がすべて排除されてきた時代とされる。日本でも、明治期以降ヨーロッパ近代思想が席巻したから、当然、妖怪などの異物は無きものとして排除されてきた。キリスト教の影響も相まって、動植物も人間が使役するものの地位に落とされ、役に立たないものは排除されてきた。その果てに、人間でさえ国家に不要であれば排除するというような優生思想が生まれた。

 

だが、その近代は明らかに行き詰まり、特に使役が行き過ぎたことによる自然環境の劣化を招き、気象の変化等により思わぬ自然の反撃を受けることにもなった。それどころか、西洋的な合理では説明できない知識や認識や感情をあまりに安易に切り捨てて言った結果、人間の無意識に広がる衝動は抑圧され、その結果、暴発したり、心の病気や窮乏化を招くことにもなった。昨今では、魔法がとけた時代の行き詰まりを憂慮し、『再魔術化』の必要性を説く社会批評家のモリス・バーマンのような人も出てきているが、水木しげるロード』は、脱魔術化による行き過ぎた近代を反省し、人の心を再活性化して潤す『聖地』となっている。その点、境港のある弓浜半島は古来、『黄泉の島』と呼ばれて、この世とあの世の境界があるとされてきた場所だ。再魔術化が行われる『聖地』としてこれほどふさわしい場所もない。

 

人が生きる空間は人間だけではなく、動植物を始め様々な生物が生きる空間でもあり、さらには妖怪や異形も住んでいる。日本文化にも影響の色濃い、アニミズムで言えば、全ての存在には神や霊魂が宿っており、無下に排除するなどとんでもないということになる。すべての存在の背後の神聖を認めて尊重し、過度な人間中心主義を反省して謙虚になるべき、という包摂性のある思想は、実は排除一辺倒の近代思想よりも持続性も普遍性もある。水木しげるロードに溢れる妖怪たちは、そのような思想の価値を無言で問うているとも言える

 

 

3. 今この時を生きること

 

近代、と言う意味ではもう一つ非常に特徴的なのは、人間の一回限りの人生を、目的や理想(国家であれ個人であれ)のために耐え忍ぶ手段としてきたことだ。日本でも、戦前の軍国主義はもとより、戦後の高度成長期のモーレツ社員に至るまで、その点では一貫した行為態度を見て取ることができる。水木しげる氏の同時代の漫画やアニメの主題もかつてはその種のものが溢れていた。例えば、『ゲゲゲの鬼太郎』よりも梶原一騎氏原作の『巨人の星』等のスポ根もの(スポーツの世界で根性と努力によってライバルに打ち勝っていく主人公のドラマ)の、『禁欲的な男たちの苦行物語』のほうがはるかに流行っていた時代があった。だが、それは時代の変化の波に飲み込まれて衰退してしまった。今は、一回限りの生を最大限生きること、そのためにどう生きるかを考えることがはるかに重要になっている。それを水木氏は半世紀以上も前から一貫して主張してきたとも言える。『スポ根』ものが衰退して行く一方で、ずっと以前から光り輝き続けていた水木作品の存在感がどんどん大きくなって行った。

 

水木氏の思想という点では、『水木さんの幸福論』という本に、『幸福の七か条』というのがあって、これが何とも含蓄がある。戦前や高度成長期にはまったく受け入れられなかったと考えられる思想だが、今ならその真意を理解できる人も(特に若年層には)増えているはずだ。

 

幸福の七カ条

第一条
成功や栄誉や勝ち負けを目的に、ことを行ってはいけない。

 

第二条
しないではいられないことをし続けなさい。

 

第三条
他人との比較ではない、あくまで自分の楽しさを追及すべし。

 

第四条
好きの力を信じる。

 

第五条
才能と収入は別、努力は人を裏切ると心得よ。

 

第六条
怠け者になりなさい。

 

第七条
目に見えない世界を信じる。

 

『水木さんの幸福論』*2 より引用

 

 

この第六条の『怠け者になりなさい』という格言は、水木氏の銅像とともに、しっかりと刻まれて屹立し、水木しげるロードに訪れる観光客に感銘を与えている。これを見た若い人の感想として、『ダメな自分でも生きていけるのではないか、という希望を持つことができた』というのを見たことがあるが、老荘思想に匹敵する奥深さがありながら、水木氏の人間にも妖怪にも平等に注がれる暖かな思い遣りが伝わってくる。だからこそ、日本中(あるいは世界中)から人が集まってくる磁力も生まれるのだと思う。

 

kimama1hさんの投稿写真

外国人も熱狂! ゲゲゲの鬼太郎に会いに、妖怪ロードへ行こう |

 

 

活性化する地方都市のモデルに!

 

コンセプトワークが完全にできたからといって、ホテルや飲食店等のファシリティの充実等、物理的な策が伴わなければ、観光地としての成功は覚束ないことは言うまでもない。だが、巨額の投資で『箱』が整っていても、魂が入っていないために寂れてしまう観光地は山ほどある。水木しげるロードにはその轍を踏まず、これからも地方都市に忍び寄る衰退の懸念をはね返し、地域振興の星として輝くことを期待したい。

 

*1:https://www.hotespa.net/hotels/sakaiminato/ 

*2:

水木サンの幸福論 (角川文庫)

水木サンの幸福論 (角川文庫)