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2017年をどう生きればいいのか/次の10年期を見据えて

2017年、明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願い申し上げます。



『反(アンチ)』の2016年


この年末は例年書いてきた10大ニュースに関わる記事が間に合わなかったのだが、2017年の豊富を語るためにこそ、2016年を改めて振り返り、評価/分析した上で、2017年を展望しておこうと思う。というのも、2016年というのは、後で振り返った時に、良くも悪くも、非常に印象に残る、歴史の道標となりうる年だからだ。2017年を語る為には、まず2016年を語らないわけにはいかない。


では、それほど印象的な年を概観して、漢字一文字で表すとすると何が相応しいだろうか。『反(アンチ)』が私の答え(考え)だ。『反』の後のもう一文字はいくつか候補がありうる。『動』(反動)、『省』(反省)、『転』(反転)、『攻』(反攻)等、どれも当てはまりそうでいて、どれか一つに絞りきれない。ただ、少なくとも、これらは皆『反』の次の解決につながって行く含意のある『反』であり、そうなって初めて大きなパラダイムチェンジ、歴史的転換として意識されるようになり、次の何十年かを規定する流れとなって行くと考えられる


言うまでもなく、これはいわゆる弁証法的な発展(正→反→合)にあてはめた現状認識であり、これがいかにも今の潮流ををうまく説明しており、またこの概念装置でこそ2016年以降の未来を見通せるように私には思える。すなわち、従来を『正』とすると、2016年に起きたことの多くは、非常に大きな変化を示唆する『反』であったことは間違いないのだが、だが、それがそのまま太い流れとなっていくようには思えず、2017年は『正』と『反』が相克して、世は混迷を深める可能性があると考えられる(2017年を『乱』と予想する人もいるようだが、一面わかる気がする)。その相克と混迷と場合にっては紛争を経由して、『合』に昇華して初めて、あらたなパラダイムと呼ぶに相応しい太い流れができていくと思う。



政治シーンに満ち満ちていた『反』


そのように、回りくどい前書きを述べれば(述べなくても)、懸命な読者の方なら、すでに察知がついたかもしれないが、6月のBrexit(イギリスのEU離脱)、11月の米国大統領選挙による共和党トランプ候補の勝利が特に、2016年の色合いを象徴し、また、決定づける出来事であったことは言うまでもない。そして、これらは実に様々な意味における『反(アンチ)』に満ち満ちている。何よりまず、80年代のレーガンサッチャー革命およびそれに引続くグローバリズムに対する強烈な『反』になっている。また、共和党・民主党という米国の二大政党制の終わりの始まりと見ることもできる。とすれば、これは米国の19世紀後半以降の政治体制に対する『反』とも言える。もっと広義には、民主主義やリベラリズムへの『反』でもあるだろう。また、思想やイデオロギーを度外視しても、上位1%の支配に対する『反』は米国民の99%が強く感じているところでもあるはずだ。


Brexitについて言えば、戦後の欧州の統合というレジームに対する、『反』という見方もできるし、もっと卑近には、昨今のEUのリーダーシップをとっているドイツに対する『反』と感じた人も少なくないだろう。日本にとっても、戦後ずっと続いてきた日米関係の枠組みに対する強力な『反』となると見られている。


いずれにしても、すべてに共通しているのは、これらは、従来の対立軸における『反』とは言えないことだ。例えば、米国の現政権党である民主党に対する共和党という対立軸の枠組みではトランプ現象を語ることは難しい。そもそも共和党の中心的な主義主張とトランプ氏の主張は完全に乖離してしまっている。また、グローバリズムを資本主義の一形態として、それに対する『反』だからといって、旧来の共産主義社会主義に出番があるわけではない。トランプ氏の発言からは『保護主義』の影が感じられるが、今の所、そのための具体策や妥協策等は示されていないし、簡単に出てくるとも思えない。



先端技術に対する『反』


大変驚いたことに、2016年は先端技術に対しても『反』と言うべき現象が続出した。この2〜3年、自動運転の展開に積極策を取り続けてきた、テスラ社の自動運転車の死亡事故は米国の自動運転の取り組みに一時的にであれ大変な冷や水を浴びせかけたし、それ以上に、完全自動運転車のイメージリーダー役を果たしてきたGoogle社が撤退か?、との衝撃的な報道もあった。


また、フィンテックの中核にあって、非常に広範囲のビジネスを様変わりさせるインパクトがあるとされて、大変な注目を集めていた、ブロックチェーンについても、数十億円規模の詐欺事件(『The DAO』事件*1 )に巻き込まれて以来、明らかにそれまでの勢いに陰りが出てきている。



ネットメディアに対する『反』


さらには、インターネット技術を生かした新しいビジネスモデルである、ニューメディアにも、『反』の動向が見て取れた。フェイスブックTwitter等のSNSの拡散力をフルに活かして、この数年既存のメディアの向こうを張って急速に勢いを増してきたネットメディア(ライターに大量に記事を書かせるタイプ、および、自分では記事をつくらずに他者の記事を選ぶ専門家(キュレーター)がニュースを選ぶタイプの両方を含む)だが、玉石混交とはいえ、中には既存のメディアが諸事情(スポンサーや政治等への配慮など)で書けないような出来事を明るみに出すなど(ウィキリークスなどその典型例)それなりの存在感を示してきた。また、従来は発信することなどできないし、やらなかった個人が自由に発信できることで、現場に近いリアルな記事が出てきたり、従来とは違った新鮮な観点の記事もみられたりして、従来のメディアの枠組みを破るような新鮮さをもたらした面もあった。


ところが、2016年にはベッキーの不倫騒動に端を発した、相次ぐ『炎上』に辟易させられ(しかも意図的に炎上を起こす勢力の存在があきらかになり、加えて既存のメディアも相乗りするような事態も常態化した)、年が押し迫ると今度は、DeNAという大資本の傘下に入って、収益だけを目的として、著作権法ギリギリの際どい手法を駆使し、内容的にも怪しげな記事で溢れているメディア、ウェルク(WELQ)の劣悪な正体が露わになったり、同様に従来から必ずしも評判の良くなかった(しかしながら集客力はある)エンタメまとめサイトである『はちま起稿』に対する、グループ全体で1358億円の売上を誇る大企業である DMMによる買収が明るみに出たり(ステルスマーケティンが疑われている)、ネットメディアの理想と自由の根幹を揺るがすような出来事が噴出した。


米国でも、海外(マケドニア)から大統領選挙を狙い撃ちにして、トランプ候補の支持者が喜びそうな怪しげな(というよりはっきりとガセネタ)を発信して、フェイスブックで拡散して広告収入を得るようなフェイクニュースサイトが大量発生して、大統領選挙にも多大な影響があったとされる。いずれも大変困った深刻な事態だが、それ以前にも問題視されていた点がクローズアップされて、遡上に登ったとも言えるわけで、今後ネットメディアが次のステージに上がるためには必然の『反』であったと言える。(少なくとも私はそう考える。)



底流にある『反』のうねり


2016年は『反』の連鎖は、様々な領域をまたがって、大きなトレンドとなったように思える。大きな時代の変わり目というのはこういうものなのかもしれない。一見関係がなさそうに見える個々の出来事の底流に『反』のうねりが脈打っていたとさえ言えそうだ。ある意味とても不思議な年だった。



では2017年をどう見るか


おそらく2017年は(先にも述べた通り)突如出現して頭をもたげた印象的の強い『反』がもっと具体的な姿を現し、物議をかもすような出来事が彼方此方で起きてくる、とても騒がしい一年となる可能性が高い。とても『合』に至って何らかの決着を見ることが信じられないと思う人も多くなるだろう。だが、本来イノベーションや改革というのは、従来の常識や従来の流れが妨げられ、混乱しているタイミングに一番起きてきやすいとも言えるはずだ。既存の勢力や体制が強力すぎるのでは、改革を進めることは難しい。こんな時こそ、次の大きなトレンド、『合』を自ら創出する気概を持って臨むべき時だし、そのような気概が報われる可能性が高い時期だと思う。


時代の大波に流されるままだと、今持っているものも守れなくなる恐れがある一方、過去にとらわれず、多発するであろう小競り合いや、一時的な退潮を物ともせず、新しい時代を切り開く気概のある人は次の10年期(decade)に大きく報われるだろう。そのきっかけとなるのが2017年だと考える。そういう私自身、過去のしがらみを吹っ切って、次の時代の準備に思い切って舵を切る、そんな一年とにしたいものだ。