Googleがアパレル企業の競合者となる日

 

 

◾️ アパレル業界は殺されつつある?

 

業績が急速に悪化しているアパレル業界(百貨店等の小売も含む)の現状、および勃興しつつある新しい取り組みについて、丹念な取材の結果を通じて日経ビジネスの記事としてまとめ、それをベースにして加筆修正した著書、『誰がアパレルを殺すのか』*1が予想以上に面白かった。売れ行きも好調らしい。

 

 

タイトルがまさにこの業界で今起きていることを端的に表していると言えるが、国内のアパレル業界は、今、かつてないほどの不振にあえいでいる。本書によれば、オンワードホールディングス、ワールド、TSIホールディングス三陽商会という業界を代表する大手アパレル4社の売上高は激減(ここ数年毎年1割ずつ減少)しており、店舗の閉鎖やブランドの撤退も相次いでいる(2015~2016年度に4社が閉鎖した店舗数は合計1600以上)。またアパレル業界と歩みをともにしてきた百貨店業界も、地方や郊外を中心に店舗閉鎖が続き、『洋服が売れない』事態は深刻さを増しているという。

 

 

◾️ 日本企業全般にみられる衰退の構造

 

私はアパレル業界のことは一般の報道程度のことしか知らないが、かつて自動車の商品企画や販売に関わっていたことがあるため、高額商品が飛ぶように売れたバブルの頃の日本人の消費行動/ユーザー嗜好が、バブル崩壊から失われた20年、さらにはリーマンショック等を経て、およそ同じ日本人のそれとは思えないくらいの大転換を遂げたことはよく知っている。そして、その後関わったIT・電機業界でも、ユーザーの消費行動の変化もさることながら、GoogleApple等の予想だにしなかったライバルの登場とそれらの強力な企業が主導することになった『ビジネスモデル革命』に対応できずに急速に衰退していった実態を現場の近くで見ていたこともあり、日本企業の衰退というテーマには関心を持たざるを得ない環境を過ごしてきたと言える。だから、同じようにバブルの頃に繁栄と栄光の頂点にあった日本のアパレル業界が今辛酸をなめているとすると、同様の構図があるに違いないと思えてしまう。

 

特にIT・電機業界に関しては、市場構造やユーザーの消費行動の変化、技術進化、他分野からの参入等の急激な変化に対して、古い慣習や思い込みから抜け出ることができない既存の企業(特に大手企業)が右往左往している間に、GoogleApple、さらにはAmazonといった『プラットフォーマー』と呼ばれることになる勢力が古いルールを押しのけて市場の新しいルールを作り上げ、そこに、そのルールを熟知した上でICT関連技術を駆使して、市場を席巻する『創造的破壊企業』と呼ばれる一群の企業(タクシーの配車Uber、民泊のAirbnb等)が次々と立ち上がって来る状況もかなり早い段階から把握していた。だから、このトレンドは早晩アパレル業界を含むあらゆる業界・業種に波及して、既存の市場や旧来の企業を破壊して回るようになるのは時間の問題と考えていた。そういう意味では、同様の現象がアパレル業界でも起こり、同様の『法則』が顕現していることを本書で確認させていただくことができた、というのが率直な感想だったりする。

 

だが、その一方で、アパレル業界で起きている事例は、また巡り巡って新たな成功事例として他産業の『創造的破壊企業』を刺激し、あらたな破壊が起ることが予想される。しかも、昨今では、業界ごとの垣根は極めて低く、どこでどのようなことが波及してくるかわからないから、アパレル業界の特殊事情として傍観するのではなく、自らのビジネスに置き換えて理解しておく必要がある。私自身、本書から読み取れるその『法則』の類似性と再現性、およびその広範な展開可能性にあらためて戦慄した。あまりに自分が想定してきたストーリーに近い展開となっていることにある種の感動すら覚えた。

 

 

◾️ アパレル業界の歴史

 

ここで、本書が説明する、この業界の現在の苦境に至る歴史をざっと通観してみよう。

 

 70年代および、80年代については、本書の見出しに、『栄光の1970年代、熱狂の1980年代』とある通り、この時期が日本のアパレル産業の全盛期だった。日本人デザイナーがファッションの本場パリでデザイナーとして活躍するようになり、国内の大手アパレル企業は、海外ブランドのライセンスを次々と取得、デザイナーズブランドは人気の頂点を極め、80年代になると、デザイナーズ&キャラクターズブームが到来して、商品は飛ぶように売れた。この時期自動車業界で商品企画や海外営業に関わっていた私自身、バブルの熱狂的な消費の只中で翻弄された口なので、その熱気はよく覚えている。学生時代に学んだ『記号消費』がこれほど圧倒的な形で顕在化するとはさすがに予想できなかった。

 

だが、このバブルは90年代になるとあっけなく崩壊し、その後、関係者のバブル再燃の願いもむなしく、長い景気低迷とデフレが時と共に深刻化する。そして、この時期を象徴する、SPA(製造小売業)が台頭する。国内ではユニクロが代表例で、90年代後半のアパレル産業は『ユニクロの時代』となった。2000年に大規模小売店舗法が廃止されると、郊外を中心に大型ショッピングセンター(SC)が出店を拡大する。ユニクロの成功を見ていたアパレル各社は、『より速く、より安く』という商品づくりを強化、海外生産とOEMメーカー依存を深めていった。このスキームでは、大量の在庫が発生することになったが、この頃全国で開業したアウトレットモールがその受け皿として機能した。

 

 だが、景気悪化がさらに進むと、小売業界では、大手企業の再編・淘汰が加速する(百貨店のそごうの破綻、総合スーパーのマイカルの民事再生法の適用申請、かつての小売日本一のダイエーへの産業再生機構の支援等)。2000年代後半にかけてデフレ傾向がさらに強まると、欧米発のファストファッション*2スウェーデンH&M、スペインのザラ等)が急速に存在感を増す。

 

2010年代になると、この構造の中、矛盾を抱えながらも何とか生き延びていた、老舗のアパレル企業の深刻な行き詰まりが表面化していく。さらに直近では、SPAを代表するユニクロファストファッション大手さえも収益が悪化する事態となる。この惨状を非常に端的にデータで裏付けるレポートが経済産業省から2016年に公表されている。『アパレル・サプライチェーン研究会報告書』*3

である。この報告書によると国内アパレルの市場規模は1991年に約15.3兆円あったが、2013年には10.5兆円に縮小した。(ここ数年の訪日外国人の爆買特需を除けば10兆円割れしている可能性もある)。一方、供給されるアパレルの数量は1991年時点で約20億点、2014年には約39億点に増えている。市場規模が2/3に落ちているのに市場に出回る商品の数は倍増している。これはどうみても異常事態だ。

 

海外生産は、80%とも90%とも言われる高い比率で中国に依存してきたが、中国での生産コストの上昇(労賃の上昇、インフレ、通貨の切り上げ等)でシフトを余儀なくされており、東南アジア(ベトナム等)、南アジア(バングラディシュ等)、アフリカ等の候補地があがっているものの、コストメリットがあっても、中国程の品質が確保できない上に、日本から離れれば離れるほど輸入コスト増の圧迫が大きくなるため、実際にはシフトは困難だ。ユニクロのように店舗を全世界展開していれば、生産地が日本から離れても対処は可能だろうが、日本の老舗の多くは海外の販路は開拓していないからそれもできない。国内回帰しようとしても、生産の海外シフトの影響で、日本の製造者の能力は衰え、寂れてしまっている。絵に描いたような八方塞がりだ。

 

 

◾️ アパレル業界の創造的破壊企業

 

だが、これは既存の業界の崩壊ではあっても、市場の死滅ではない。そのことは、はからずも、次々と登場するこの業界における『創造的破壊企業』が証明することになる。本書でも先ずその典型例として紹介されているのは、『オンラインSPA』と呼ばれる業態であり、その代表格の米国のエバーレーンだ。

 

2010年に設立されたエバーレーンは、最初から大規模な店舗開発や卸売りをせずに、インターネットを通じて直接消費者に自社開発の商品を届ける手法で市場を席巻している。以下の記事にこの企業の詳述がある。

 

世界中にある素材の産地・生産地と付き合い、自ら商品をデザインし、開発し、オンラインで商品を販売する。商品を出すタイミングや季節は、従来の商習慣にとらわれず、小ロットで売り切る。ソーシャルメディアを効果的に使い、世界観を伝えることで、多くのファンを虜にしている。基本的に「売る」ための店舗は持たず、中間マージンを省けるため、その分、高品質の商品を手ごろな価格で消費者に届けられることが特徴だ。(中略)エバーレーンが多くの支持を得る理由の一つが、生産過程の透明性にある。生地や縫製、流通コストがどれくらいかかり、エバーレーンがどれくらいマージンをとるか、といった情報をオンラインで明確に開示する。例えば、下記のシャツであれば、1枚当たり生地に16.81ドル、生産地の労働力に7.59ドル、関税で1.79ドルなど費用合計が28ドル、エバーレーンがそこに40ドルを上乗せし、68ドルで販売すると開示されている。一方、“伝統的なブランド”では、同じ商品が140ドルで販売されているということも併記される。

ファストリが恐れる米アパレル「エバーレーン」:日経ビジネスオンライン

  

既存のアパレル業界にとっては驚くべきアンチテーゼだろう。特に、コストの透明化など、既存企業のビジネスモデルの破壊者以外の何物でもない。だが、これがユーザーに好感されてエバーレーンが非常にその規模を拡大してきている現実があり、エバーレーンが切り開いた『隙間』には(もはや隙間とは言えないかもしれないが)、これからさらに革新的な『破壊者』が殺到することになるのは確実だ。

 

日本の『破壊者』の代表は、今ではアパレルネット通販で最大規模を誇る『ZOZOTOWN(ゾゾタウン)』だろう。2017年2月13日終値ベースでの時価総額三越伊勢丹ホールディングズの約1.5倍、高島屋の2倍以上の価値があるという。利用者にとっては、ブランドを横断して統一した基準のサイズで商品を比較できるため、郊外のSCをめぐるより効率的に買い物ができる。アパレル企業にとっては、百貨店より圧倒的にメリットのある条件を提示されている上に、ゾゾタウンの倉庫に商品を収めれば、その先の撮影や検品、梱包といった作業は任せることができるという。

  

しかも、メリットはそれだけではない。出店するアパレル企業だけが閲覧できる管理サイトで、自社の在庫確認だけではなく、他社の商品トレンド等も分析できる。現在人気ブランドで何が売れているのか、アイテム別に過去の売り上げを参照でき、これが他社を含めた商品全体でできるという。私の憶測だが、この機能は今後加速度的に洗練化されて、一層インテリジェントとなる可能性が大きい。情報が多量に流入し、蓄積される仕組み(ビッグデータ)が構築された場では、AI(人工知能)の分析が圧倒的な能力を発揮してくと考えられるからだ。これに、加えて、ゾゾタウンはICT(情報通信技術)やIoT(モノのインターネット)をフル活用して、2017年中にSPA事業に参入することを発表している。すでに認知度が高く、膨大な顧客・販売データを保有し、しかも先端技術を駆使するとなると、ものすごいアパレル企業が誕生する可能性がある。だが、EC(eコマース)企業のSPA参入という意味では、米Amazonが先鞭をつけており、日本にも参入しようとしているというから、ゾゾタウンも安閑とはしていられない。この『破壊者』の激闘の最中で、既存のアパレル企業はいったいどうやって生きていくのか。よほどの覚悟が必要であることだけは間違いない。

 

さらにその上に、ゾゾタウンは新品を売ってからそれを引き取って中古を売るまでのサイクルを既に自前でつくっており、今後もっと拡大していきたいのだという。新品の販売情報はすでに持っているから、売った時期から経年変化等を勘案し逆算して適切な価格を提示できるし、情報提供のタイミングも最適な時期を見込むことができる。これまでアパレルに自動車のような大きな二次流通市場がなかったのは、アパレルが自動車ほど高価ではなく仲介手数料がさほど見込めなかったからだ。だが今ではインターネットにより価格が透明になって、仲介手数料が省けるようになってきて、中古市場が成立するようになってきている。そして、大きく拡大していく兆しがある。本書では、さらに中古市場の拡大を後押しする存在として、昨今テレビCM等も流して非常にその名を市場に知らしめている、フリマアプリの王者、メリカリ*4のことも紹介している。

 

 

◾️ 服は情報そのもの

 

ここまで見ただけでも、既存の大手企業のつくった市場や慣行の隙間を、新興の『破壊者』がどんどん突いて巨大化してきているのがわかる。もちろん、本書も述べている通り、慣行の矛盾を正す、あるいは隙を突くのは、必ずしも先端技術を駆使する企業とは限らない。だが、ユニクロの(ファーストリテイリングの)柳井会長の一言が、やはりこの業界の行く末を正確に見据えているように私には思えてならない。

 

「情報化が進み、まず国境の差がなくなりました。それから業界の差がなくなった。いまや世界中に飛び交うニュースをインターネットで得て、それを人工知能で全て分析できるという時代です。その胴元が米アマゾン・ドット・コムや米グーグル。服は情報そのものなので、彼らはファッション業界に入ってきています。必ず次のメインプレーヤーになりますし、近い将来、大きな競争相手になるでしょう」

ユニクロ柳井氏「いずれ、グーグルと競合する」:日経ビジネスオンライン

 

『服は情報そのもの』と断言する柳井会長には、重厚長大産業のGEをIT企業のような情報産業にすると語る米GEのジェフ・イメルトCEOの姿が被って見える。優れた経営者の透徹したビジョンと言える。およそあらゆるビジネスはデジタルに置き換えられ、すべての産業にとってGoogleやアマゾン等のIT企業が競合になる日が来ると繰り返し述べて来た私としては我が意を得たりの思いではある。

 

 

◾️ 日本企業はどうしていくべきなのか

 

ただ、この状況で日本企業がどのように勝ち抜いていく(生き残っていく)のかという重い課題を解いていく必要がある。そういう意味でも、柳井会長ももちろんだが、ゾゾタウンの(スタートトゥデイの)前澤 友作社長、メリカリの山田進太郎社長の発言や動向には今後とも注目していきたいと考えている。それが、アパレルだけではなく、日本の全産業に関わる問題を解く鍵となる可能性があると考えるからだ。だから、最初に述べた通り、本書はアパレル業界関係者だけではなく、あらゆるビジネスに関わる人が自らのビジネスに重ねて読んでみる価値があると考える。そして、できることなら各々の感じるところを広く発信して共有してくれることを切に願う。

*1:

誰がアパレルを殺すのか

誰がアパレルを殺すのか

 

 

*2:ファストファッション - Wikipedia

*3:

www.meti.go.jp 

*4:https://www.mercari.com/jp/