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素行の悪い企業トップにあまり寛容になれない理由

 

 

◾️ 評判の悪いUber

 

タクシー配車のUberと言えば、操業開始わずか4年で世界200カ国に進出し、企業価値180億ドルを上回る、世界を驚かせたベンチャー企業であり、昨今その非現実的とも思える成功ぶりで『ユニコーン企業』(企業としての評価額が10億ドル以上かつ非上場のベンチャー企業 巨額の利益を生む可能性のある非常にレアな価値のある企業としてユニコーンという想像上の生き物の名前が冠される)の代表格とされる。一方、その成功が既存のビジネスモデルを破壊して急成長している企業を『創造的破壊企業』と呼ぶことも多くなってきているが、こちらの方でも、代表格そのものだ。各国のタクシー会社のビジネスモデルはUber影響でまさに破壊され、存亡の危機に立たされているが、既存のタクシー会社のサービスでは満たされなかったユーザーのニーズを満たし、ユーザーの利便性は格段に上がり、そのためユーザーの強い支持を得てサービスは急拡大している。

 

さらに、Uberは次世代のビジネスとして、自動運転車への参入を宣言していて、そのための人材を確保したり多額の投資をしているだけではなく、ボルボトヨタ等とのパートナーシップを組んで着々と準備を進めているように見える。少なくとも外から見る限り、さらなる巨大企業へと成長できる絶好のポジションにいる優良企業だ。

 

だが、最近、このUberの評判が大変悪い。そもそも『破壊企業』なのだから、既存のタクシー会社からは事のはじめから嫌われているし、嫌われることは『創造的破壊企業』の宿命ではある。だが、どうやら問題になっていることはそんなことではない。以前からこのUberという会社、セクハラが多いとか、企業文化が悪いとか、基本的な素行の悪さについては時々指摘されて我々にも伝わって来ていた。だが、こんなことは急に成長した企業にはありがちなことでもあり、成長過程では他のベンチャー企業でもよく見られることと、さほど問題視されなかったような印象があるのだが、どうやらそれとも違うようだ。


特に最近批判されているのは、同社共同創設者でCEOのトラビス・カラニック氏その人だったりする。しかも、セクハラはもちろんだが、勝つためにはなんでもやるというその姿勢には一線を越えた違法の匂いさえ漂ってくるし、何より美しくない。ドライバー側に配分されるはずのチップを横取りしているとか、競合会社のリフトの運営妨害とか、運賃を操作しているといった疑惑が絶え間なく出てくるという。仮に違法であっても、悪法や巨悪に対する抗議の意図が明確で、その意味で世間では同情されたり、時には賞賛されるケースというのもないわけではないが、それも違う。どうやら少々筋が悪そうだ。

 

このため、最近ではUberの将来性についても疑問視する声が大きくなってきている。特にIPOを本気でやろうと考えているなら、このまま放置しておくわけにはいかないだろう。

Uberの元エンジニアが上司の度重なるセクハラ行為を暴露 | TechCrunch Japan

 

 

それでも、このような『創造的破壊企業』は、ユーザーの意向に背を向けて、自分たちだけの既得権益に汲々とする既得権益者/抵抗勢力を破壊してくれる存在として喝采を受けている面もある。既得権益者の力が強く『世界で最も起業がしにくい国』とさえ言われている日本でも、『創造的破壊企業』待望論は根強い。だからこそ、元ライブドア社長で、有罪判決を受けて服役までした、堀江貴文氏など、今でも大変人気がある。発言も行動も既存の価値にとらわれず破天荒と言っていいし、お行儀がよいとはお世辞にも言えないが、それがまた何かを変えてくれるパワーの現れのように感じられる。もちろん、既存の大企業の経営者等から見れば、大変疎ましい存在に見えるだろう。生理的に受け付けないという人も少なくないと思う。だが、堀江氏のような『アイコン』にとっては、そのような彼を嫌う存在がまた、彼を信奉する人たちからの人気を煽る要素にもなっているとも言える。『創造的破壊者』は強い敵がいてこそ輝くと言ってもいいくらいだ。だから、Uberに対する批判も、既得権益者の秩序の破壊者というプラスの評価でしばらくは相殺され続けるようにも思える。

 

 

◾️ 悪い奴ほど出世する?

 

だが、リーダーの素行という点にあらためて焦点を当ててみると、優れたリーダーと賞賛される人が、実のところとんでもない欠点の持ち主である例はすごく多い。スタンフォード大学ビジネススクールの人気教授である、ジェフリー・フェファー氏の『悪いヤツほど出世する』*1にはそのような事例が山のように出てきて、ため息が出てきそうだ。少し長くなるが、たくさんの事例があることがポイントなので、ご紹介しておく。事例には企業経営者だけではなく、政治家等を含む(敬称略)。


 

カーリー・フィオリーナ

年商190億ドルのルーセント・テクノロジーの社長、ヒューレッド・パッカードのCEOを歴任。

自分の決定に反対する人間を容認しない。反対する意見を言うものはどんな背景があれ、容赦なく更迭した。

 

レベッカブルックス

ルパード・マードック率いるニューズ・コーポレーションの英国部門のCEO

頭脳明晰で冷酷無情、権力者や資産家との人脈作りに長けている。マードックにかわいがられる。

 

リンドン・ジョンソン

第36代米国大統領

部下をどなりつけ、叱りつけることで有名。トイレを使用中に部下を呼びつけ命令を与えていた。他人の弱みを嗅ぎつける動物的な嗅覚を備えていた。

 

ジョン・エドガー・フーバー

FBI初代長官

冷酷な支配者。数十年にわたってFBIを私物化。大統領から議員にいたるまでありと

あらゆる人物を恫喝。違法な盗聴や監視に関与し、上司である司法長官も脅迫。

反対意見を述べた部下はすぐにクビにした。

 

ヘンリー・キッシンジャー

元米国国務長官

スタッフの電話を盗聴、自分に対する部下の忠誠心を確かめていた。部下に対して情け容赦なかった。


ロジャー・エイルズ

フォックス・ニュース社長

独裁者。企業文化は脅迫的。誰もがいつもびくびくしている。

 

スティーブ・ジョブズ

アップル共同同業者

叱られた挙句クビにされることを『スティーブされる』と言われるくらい、部下は皆そのリスクに直面していた。グーグルで、『著名なCEOの名前+イヤなやつ』とAND検索すると、二位をはるかに引き離して一位になった。

 

ジェフ・ベゾス

アマゾン創業者

癇癪と罵倒で有名。

 

ビル・ゲイツ

マイクロソフト創業者

ゲイツと働くのは生きた心地がしない』(マイクロソフト共同創業者、

 ポール・アレン

 

 

ジェフリー・フェファー氏は、『君主論』で有名なマキアベリを引用して、政治や経営はきれいごとだけでは済まない面があることについても言及しているが、確かに、上記に例の上がったリーダーは、少なくともそれぞれの立場で、トップに上り詰めた成功者であり、稀に見るビジョナリーであり、改革者でもあった。日本にももちろん例はある。日本史上最も優れたビジョナリストと賞賛される織田信長は一方で稀に見る残虐非道であったことは有名だ。


このような例を並べてみると、Uberのトラビス・カラニック氏が必ずしも特別な存在とは思えなくなってくる。何より、素行の悪さでは折り紙付きだった共和党のトランプ氏は、大方の予想を覆して米国大統領になった。政治的なリーダーも経営者も、国家や企業等の組織運営を行うにあたっては、常に時間の制約や限られた選択肢の中での決断を迫られており、理想的な選択をしたくてもできないことがほとんどではあるだろう。『より悪くない』選択をやむなくし続けるというのが最もありがちなことだ。そうなると、当然、時には世間常識から言えば非道な決断もせざるをえないだろう。世間でいうところの良い子であり続けることが至難の技であることは、理解しておく必要がある。彼らは全能でもなければ、聖人君子でもない。場合によっては犯罪者すれすれどころか、中には本物の犯罪者もいる。だが、少なくとも環境不適合を起こした既存のプラットフォームを新たなプラットフォームに取り替える能力を持った人たち、そういう意味での『優れた技能者』であることは確かだ。ただ、それ以外の能力が優れているかどうかはしばしあまり意味がないとさえ言えそうだ。人格的に優れているとも限らない。トラビス・カラニック氏もそんなリーダーの一人と考えれば、素行が悪いことも特段とりたてて言うほどのことではないのかもしれない。ただ、昨今、これを仕方がないと見過ごすわけにはいかなくなっている。どういうことだろうか。

 

 

◾️ 自浄作用が働かない米国

 

資本主義も、民主主義も、かつて信じられたように世界共通の統一概念ではなく、各国の事情によって千差万別といってよいようなバリエーションがあることは今では常識と言っていい。もちろん、米国には米国の資本主義自由市場があり、民主主義がある。世に言う、『グローバル市場』というのが『米国流』の概念であることも、今ではさほど違和感なく受け入れられていると思う。そして、それを前提に昨今注意しておくべきことは、どうやらその米国流にはおそるべき『歪み』があると考えられる点だ。

 

米国では、できるだけ市場の規制をはずして自由な競争を推し進めた結果、企業は豊富な資金をつぎ込み優秀な弁護士やロビーイストを抱え込み、政治家と結託して、自分たちの有利なようにルールを書き換えた。その結果、企業の力は強くなりすぎ、普通の国民・市民の政治的な対抗力は弱まり(ほとんどなくなり)、貧富の格差が極端に広がり、中間層は疲弊し、およそ民主主義が機能しているとはいえない状態になりつつある。このような現状については、クリントン政権で労働長官を務めた、ロバート・ライシュ氏の一連の著作を始め、最近では優れた分析を多数手にすることができる。米国企業のトップの多くは、上記で見た通り聖人君子はあまりいなさそうだ(まったくいないかもしれない)。民主主義を信奉しているかどうかも怪しい。弱者や貧困層のことど気遣ってくれるとは考えにくい。だが、市場の、社会のルールは彼らが書いている。こうなると、リーダーの素行が悪さや人格的な問題はあらためて大変気になってくる。


国史上にも、短期的な利益を度返しして、社会に利益を還元するような優れた企業経営者はたくさんいたし(今もいる)、そのような行動は、その企業のブランドイメージの向上につながり、長期的にその企業を繁栄させてきた。さらに、SNSが普及した現代では、企業や企業トップが不正をしたりすればすぐに世に知れるところとなり、逆に本当に誠意があってユーザーとのコミュニケーションを大事にしていれば、企業のファンを増やし、良い口コミが市場に溢れることになり、企業の安定的な成長につながる、そのように私など信じていたし、そのような考えを持つ人は米国でも少なくないと思っていた。しかしながら、どうも今の米国では、社会の浄化の仕組みが機能しなくなっているのではないか。企業は社会的な存在であり、社会に調整能力があれば、どんなとんでもない経営者でも、徐々に社会に調和していかざるを得なくなるはずである。だが、昨今その社会の調整能力は少々疑わしくなってきている。

 

 

ロバート・ライシュ氏の『暴走する資本主義 *2の書評で、編集者の松岡正剛氏はこのあたりの事情について次のように述べている。

 

  それなら、どうするか。CSR(企業の社会的責任)を求めるというのは、どうなのか。コーポーレート・ガバナンス(企業統治力)によってバランスをとるというのは、どうなのか。これはこれまで、スーパーキャピタリズムに対するひとつの有力な回答のひとつになってきたものだった。

 スターバックスは世界のコーヒー生産量の70パーセントを購入し、マクドナルドは牛肉と鳥肉の市場の半分を動かしているのだから、その責任たるやたしかに重大である。そうではあるのだが、これについては著者のほうが疑問を呈する。あまりに失敗が目立つからである。

 企業として社会的貢献をはたしていたと思われてきたデイトンハドソンやリーバイストラウスは、この20年間で敵対的買収を受けたり、工場閉鎖を余儀なくされている。メセナ企業として知られていたポラロイド社は倒産し、労働基準においてはトップクラスのマーク・アンド・スペンサーは買収され、やはりCSRの先駆者と見られていたボディショップアニタロディックは顧問に追いやられ、ベン・ジェリーズ(アイスクリーム・メーカー)はユニリーバに買収された。

1275夜『暴走する資本主義』ロバート・B・ライシュ|松岡正剛の千夜千冊

 

 

これは大変な事態だ。やはり今の米国では、現状の仕組みを変えないと、自浄作用は働かなくなっているようだ。ところがその仕組みづくりが一部企業に牛耳られているのでは如何ともしがたい。ロバート・ライシュ氏は国民の政治意識に期待し、カナダの経営学者のヘンリー・ミンツバーグ氏は、民意を代表する存在として、NGO、社会運動、社会事業などから構成される『多元セクター』が第三の柱になる必要があると説く。だが、いずれもそんなに簡単にうまくいくようには思えないから困ったものだ。


 

◾️ 対岸の火事と済ませるわけにはいかない

 

幸か不幸か日本ではまだ、『リーダーとして成功した人物は、人格も優れていて、市民として公共の利益を代表するリーダーともなり得る』という神話がわずかながらとはいえ生き残っているように思うが、ただ、それも風前の灯かもしれない。昨今の経営者には、かつての経営者のモラルを期待することがどんどん難しくなっている。しかも、市場では旗色の悪い日本資本の企業が競争に敗れ、米国資本の企業が主流になると(そうなりそうな気配も濃厚にあるのだが)、本当に米国で起きたことが日本でも再現されることも覚悟しておく必要がある。そう考えると、既存の既得権益者の壁を打ち壊してくれる『創造的破壊企業』であったとしても、Uberのトラビス・カラニック氏素行の悪さについても、あまり寛容にはなれない。

 

また、今回はトランプ大統領の登場で、土壇場でTPPは阻止されたが、米国の業界団体の後押しでTPP案に織り込まれていた、ISD条項が本格的に日本でも猛威を振るうようになっていれば、この懸念は一気に現実となった可能性もあった。ISD条項とは、要は「例え国が定めた制度だとしても、自由貿易を邪魔するならそれを外すように訴えられる」ことを決める条項だ。これがあれば、企業が貿易や経済活動を邪魔しているという理由で各国政府を訴え、国が負けると制度廃止や損害賠償を求められる。これにはすでに数多くの事例があって、メキシコやカナダが環境保護のために禁止したり輸入制限しようとした措置に対して、米国企業が訴訟を仕掛けた結果、政府の側が負けて当該の法律を撤廃したり、多額の賠償を迫られることになった。このごとく、日本も対岸の火事と傍観してはいられない。火事は油断すると日本にも燃え移りかねない。ロバート・ライシュ氏同様、今の米国の現状を嘆くノーベル経済学者のジョセフ・E・スティグリッツ氏も、『ISD条項で日本国の主権が損なわれる』と述べていたという。

 

日本の場合、今でもマインドだけ『昭和』が生き残り、現実と整合しなくなっていると、社会学者の西田亮介氏は著書『不寛容の本質』*3で語る。西田氏によれば、油断どころか幻想の中にいるのが今の日本ということになる。気がつくと日本も大火事、とならないよう、火の用心につとめたいものだ。

*1:

悪いヤツほど出世する

悪いヤツほど出世する

 

 

*2:

 

暴走する資本主義

暴走する資本主義

 

 

*3: