読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

日本発のネット関連サービスを再び世界へ


 日本発のネット関連サービスの勝ち組


『日本の発のインターネット関連サービスの海外進出による成功はどうすれば可能なのか。そもそも可能性があるのか。』


これは本来とても重要な問いだと思うのだが、さびしいことに昨今ではそのような問い自体が少なくなってしまったという印象がある。それどころか、肝心の日本市場でさえ、強大な外資企業に伍して日本発のサービスが生き残ることができるかどうかがもっと差し迫った重大な課題だったりする。SNSサービスのmixiのように、一旦は日本市場で不動の地位を築いていたはずだったのに、いくつかのサービス設計上の判断ミスが重なったと思ったら、瞬く間にFacebookTwitterのような米国発のサービスに圧倒されて衰退してしまった事例は記憶に新しい。


もちろん、今の日本にもいくつかの優良なサービスがある。例えば、動画共有サービスの『ニコニコ動画』、ネットショッピングの『楽天市場』、メッセージサービスの『LINE』、その他にも口コミ情報からグルメ情報を探せる『食べログ』、料理レシピのコミュニティサイト『クックパッド』等、いずれも日本のユーザーの嗜好や特性を十分に理解した上で設計されたサービスで確固たる地位を築いている。


特に、ニコニコ動画にはYoutube楽天市場にはAmazon、LINEにはFacebookメッセンジャーなど、市場に強力な主要米国大手IT企業、いわゆる、GAFA(GoogleAppleFacebookAmazonの略)のサービスがありながら、押し流されることなく堂々と渡り合っているといえる。もちろんクックパッド食べログとて、Googleの検索やFacebookの友人からの情報等、代替手段が沢山ある中で、日本人の機微に触れる情報やサービスを提供して健闘している。


ソニーやシャープ等のかつては世界市場を席巻した優良企業でさえ、GAFAの攻勢に耐えかねて負け組に転落していく中、これらの日本企業が過激とも言える競争環境で生き延びていく姿は、颯爽としており、また、ここには他企業にとっても重要なヒント/教訓が潜んでいるように思えて、ずっと以前から注目してきた。



 勝っている理由


では、日本市場における『勝ち組』の勝っている根本的な理由、『コア』と言える理由は何だろう。すでにある程度評価も定まってきているこれらのサービスについては、様々な説を見つけることができる。多少異論もあるかもしれないが、大方下記のような説明が一般に認知されている内容といってよいのではないか。


ニコニコ動画

初音ミクなどの『ボカロ曲』や、それらを『歌ってみた』『踊ってみた』動画といったニコ動の人気コンテンツに見られるような、日本の独特なオタク系のテーストに溢れたコンテンツがコアなファンに熱狂的に受け入れられている。


LINE:

もともと日本人のコミュニケーションは、言語で厳密な意味を伝えるより、何気ない気持ちや感情を身振りや素振り等非言語的な表現方法を駆使して伝え合うことを好む傾向が見られるが(言葉を使いすぎることは無粋)、そこにエンタメ性を帯び、日本人の感性にジャストフィットしたスタンプのようなツールを持ち込み、それが新感覚のコミュニケーションとして特にバイラルを生みやすい若年女性を中心に口コミで広がった。


楽天市場

物を売り買いする際にも、必要最小限で事務的なコミュニケーションより、店員や居合わせた客との濃密な会話や一期一会の出会いを楽しむことを大事にして、買う物を時間をかけて選ぶことを楽しむ日本人の性向にフィットした仕組みを、ネット通販の場に持ち込むことに成功した。


効率性、ローコスト、ハイ・スピード、シンプルな使い易さ等、世界中の誰でも簡単に使うことが出来きるような、仕組みを設計することは、米国発のIT企業が最も得意とするところであり、日本市場でもそのようなサービスの多くは成功しているが、それに味気なさを感じてしまうユーザーが日本には少なくないこともあり、それを理解してサービス設計できる日本企業には独自の参入障壁を構築することが可能になる。すなわち、GAFAの出自である米国と、日本との間には明確に文化の違いがあり、これをうまく利用することは、ネットサービスにおける参入障壁構築に有効と考えられるということだ。この『違い』については、すでに言い尽くされた感もあるが、このようなケースでは、ローコンテクスト文化(米国)とハイコンテクスト文化(日本)という対比によって語られることが多い。



 ハイコンテクスト文化とローコンテクスト文化


ハイコンテクスト文化というのは、文化人類学者のE・H・ホールが定義した文化の区分の一つで、コミュニケーションに際して共有されている体験や感覚、価値観などが多く、『以心伝心』で意思伝達が行われる傾向が強い文化のことをいう。日本文化は、『空気を読む』ことや、『状況を察する』ことが重視されることにみられる通り、典型的なハイコンテクスト文化であり、それに対して、米国のように言語による意思伝達に対する依存の強い文化をローコンテクスト文化という。


それぞれ、下記のような特長が指摘されている。

ハイコンテクスト文化

直接的表現より単純表現や凝った描写を好む
曖昧な表現を好む
多く話さない
論理的飛躍が許される
質疑応答の直接性を重要視しない


ローコンテクスト文化

直接的で解りやすい表現を好む
言語に対し高い価値と積極的な姿勢を示す
単純でシンプルな理論を好む
明示的な表現を好む
寡黙であることを評価しない
論理的飛躍を好まない
質疑応答では直接的に答える

ハイコンテクストとローコンテクストの違い


日本では、より短い言葉で多くの状況や気持ちを表現方法することが美意識に叶うと感じる人が多く、語りすぎることことは時に無粋であり、美しくないと感じる傾向がある。もちろんこれは日本の文化、コンテクストを共有できていることが前提となっており、非常に閉鎖性が強いコミュニティケーションであることは言うまでもない。日本人、乃至日本文化に慣れてしまった人は、コンテクストフリー(関係や状況やに左右されない)のコミュニティケーション・スキルが必要とされるグローバル・エコノミーの戦場では不利になりがちだ。これは、時に、ツールとしての英語が苦手、という以上の障害になる。


世界市場に日本で設計されたサービスを直接持ち込んでも、ローコンテクスト文化の地では受け入れられにくいと考えられるし、同じハイコンテクスト文化の地であっても、日本との文化の違いが大きければ、そのままで受け入れられるとは限らない。場合によっては、無用な摩擦やトラブルを招くこともあるかもしれない。



 日本の勝ち組でさえ・・


ここで例にあげた日本における勝ち組も、それぞれ海外進出にチャレンジしている。しかしながら、残念なことにどこも捗々しい実績をあげているとは言い難い。この中では、LINEは、少なくとも海外進出で一定の成果を出してはいる。だが、 当初は、Facebook等を向こうに回して、世界市場を席巻することを宣言していたし、現実にその予感を感じさせられたこともあった。日本はハイコンテクスト文化という意味では最右翼ともいえる存在だが、世界には日本以外にもハイコンテクスト文化はいくらでもあり、ローコンテクスト文化な国家の内部にも、ハイコンテクストを好む一派やコミュニティはある。そこに『スタンプ』に代表されるコミュニティケーションツールやノウハウを提供すれば、十分世界で勝負できる、というふれこみだった。私も大いに期待していた。


しかしながら、それから数年経って、LINEが米国および日本で上場を果たし、その晴れがましい場で再び語られる世界戦略は、現在高いシェアを取っている数カ国、すなわち、台湾、タイ、インドネシア等で、メッセージサービスを軸に様々な事業に多角的に取り組んでいくというような、地域特化型戦略あるいは多角化戦略だ。世界市場全体でのメッセージサービスのシェアを上げていくという旗は降ろしている(完全に降ろしていないのかもしれないが、少なくとも優先度は下がっている)。堅実ではあるが、自ら限界を認めてしまった感がある。


もちろん、このアプローチの難易度が低いなどと述べるつもりは毛頭なく、当然熟達したローカライズ戦略/戦術が必要となるが、こちらは韓国にあるLINEの海外事業を一手に引き受ける『LINE+』に蓄積と実績があり、おそらくうまくやってのけるだろう。余談だが、LINEの経営の本体は韓国にあり、あくまで韓国系企業だが、今でもLINEを日本企業と感じているユーザーは多い。『韓国企業』の影やテーストを徹底的に消して、ユーザーがLINEを日本企業と感じるように仕掛けたローカライズの努力と実績は、賞賛に値する。


日本を代表するオンラインゲーム会社である、greeDeNAも華々しく打ち上げた海外進出は大方頓挫したと言わざるをえないし、そもそも官民挙げて大々的に推進していた、『クールジャパン』の海外展開についても、まったく消えてしまったとまでは言えないものの、すっかりトーンダウンしてしまった。



 諦めるのはまだ早い


やはり、日本の文化を活かしたサービスやコンテンツは、外資の日本市場参入障壁を阻む壁にはなったとしても、こちらから海外にその価値を訴求していくことは難しいということなのだろうか。


そうではない。諦めるのはまだ早い。少なくとも私はそう考えている。


そもそもクールジャパンのお祭り騒ぎにみられるように、はしゃいでいる自分たち自身、本当のところ何が起きていたかよく理解できていた人は少なかったのではないか。海外でオタク・コンテンツが受け入れられているといっても、その原因分析もできていたとは言い難い。まして、その背景にある、日本の文化の本質と多様性を理解できていた人がどれだけいただろうか。


例えば、 この夏、ポケモンGOが大流行しているがその理由をわかりやすく説明できる人がどれだけいるだろうか。すでにそれなりの説明も出てきているが、正直なところ、納得のいくものにはまだお目にかかったことがない。ポケモンGOは、日本では数年前に流行った『位置ゲー』であり『ARゲーム』だが、当時と比較しても、極端に目新しいわけではない。また、昨今、日本で生まれた『絵文字』がそのまま英語で『Emoji』として認知され、世界中に広まっているという。ローコンテクスト文化のはずの米国でも最近では非常に盛り上がっているというのだ。絵文字など、日本での流行はとっくに終わっているし、その発展系とも言える『スタンプ』でさえ、最盛期の盛り上がりはすでに過ぎている。『位置ゲー』『ARゲーム』『絵文字』と今更言われても、と感じている日本の関係者は多いはずだ。『米国ではスタンプは受け入れられなかった』との認識は、この業界の常識として受け入れられきた。もしかすると、私たちはまだ豊穣な可能性を前に、ただ呆然とすくんでいただけなのではないか。まだ、やれることは沢山あるということではないのか


さらに言えば、米国文化を背景にしたグローバルエコノミー/ローコンテクスト・コミュニケーションは確かに世界を覆いつつあるが、一方で、IS(イスラム国)の拡大、英国のEU離脱、米国の共和党大統領候補のトランプの躍進等、反動とも言える『主権回復・自立・個別文化重視』の方向も大きな流れになりつつあるといえる。経済、法、文化は社会の中での役割は違うし違うベクトルを持つ。効率性を重視する経済の仕組みや商法の統合等は一元化のメリットはあるが、文化は多様化=豊かさであり、その共存は本来不可能ではないし、世界は今それを志向していると言えるのではないか。



 予期せぬ成功の窓から見えるもの


経営の神様、ドラッカーは著書『イノベーションと企業家精神』*1において、イノベーションや革新の機会を見つけることができる窓、『イノベーションの7つの窓』というのを紹介していて、その一番初めに『予期せぬ成功・予期せぬ失敗』をあげている。クールジャパンも、ポケモンGOも、Emojiにしても、いずれも典型的な『予期せぬ成功』と言えよう。この予期せぬ成功という窓は、当事者ほど無視し、せっかくの機会を失ってしまう傾向があると言われるが、今こそ、その窓からイノベーション/革新を見つけるべくしっかりと取り組んでいくべきだろう。すくんで縮こまっている場合ではない。今は再び立ち上がるべきときなのだと思う。

*1:

イノベーションと企業家精神【エッセンシャル版】

イノベーションと企業家精神【エッセンシャル版】