『日本の課題を読み解く わたしの構想1(NIRA編)』を使い倒してみよう

NIRAの研究活動が一覧できる


先日、NIRA(総合研究開発機構)から発刊されている『日本の課題を読み解く わたしの構想1』*1という冊子をいただいた。私自身、ここの研究活動の一端に参加させていただいているので、本書について記事を書くことは、一種の「マーケティング」とならざるを得ないことはあらかじめお断りしておく。


本書はNIRAが取り組む研究分野ごとに、その分野の専門家にインタビューを行い、その結果をコンパクトにまとめて一冊に編集する、という構成になっている。目次を見ると、現在NIRAが取り組んでいる研究活動の全体像を一覧することができ、それぞれのCHAPTERに並ぶ専門家のインタビューを読むと、その分野で交わされている多彩な議論の一端を知ることができる。

コンテンツの概要は、以下をご参照いただきたい。
日本の課題を読み解く わたしの構想I|NIRA 総合研究開発機構 編


私自身、本書を拝読してあらためて驚いたのだは、この研究機関の活動の幅広さだ。(私が関わっているのは全体の中のほんの一部に過ぎない!)そして、インタビューを受けている専門家のレベルの高さだ。もちろん、私自身は本書に登場する専門家のすべてを知るわけでもなく、自分の知る分野でなければ論評することもはばかられる立場でしかないが、少なくとも私の知る限りで言えば、これはなかなかのものだ。この組織の底力を感じてしまう。



価値を汲むためには


但し、いかにコンパクトに整然と並べてあるとはいえ、これほど広い活動の多彩な議論をわずか150ページ程度の冊子に詰め込むのはやはり無理もある。どうしても、簡易カタログ的になっていることは否めない。読む側の問題意識や知見がかなり高いレベルに達していないと、本書の価値を汲むことは難しいかもしれない。


だが、編集する側にその責を問うのはやや気の毒な気もする。どちらかと言えば、現代の重要な問題群にはいかに様々な要素が複雑に絡みあい、場合によっては相互に矛盾して見え、トップレベルの専門家や識者であっても驚くほど見解に相違が出てしまうという現実の写し鏡となっていると理解すべきだろう。


そのことが理解できる読者なら、どこかで聞いたようなステレオタイプで、誰が読んでもわかりやすい言説など辟易しているだろうから、仮に自分とは見解が違っても、個性的でクリアカットな言説や論者を見つけることができるほうが、よほど有益であると考えているはずだ。そして、そんな読者であれば、一見全く関係なさそうなインタビュー記事の羅列にさえ、背後に緊密に絡み合う『見えない糸』を発見し、編集者さえ意図しなかった意味を次々に見出していくに違いない。



人工知能に関連する専門家5人


ちなみに、私自身も関わったのは、『CHAPTER05 人工知能の未来』だが、ここに登場する5人の専門家の名前をあらためて見てみると、実にユニークで絶妙なセレクションだ。それぞれに一家言あり、しかもその背景に人工知能を語る上で欠かすことのできない『知の蓄積』を持ち、各人がその分野を代表している(私の説明の都合上、実際に登場する順序とは少し変えてある)。


松尾豊  東京大学大学院工学系研究科 特任准教授
新井紀子 国立情報学研究所 情報社会相関研究係 教授・社会共有知研究センター長
小林雅一 株式会社KDDI総研 リサーチフェロー
塚本昌彦 神戸大学大学院工学研究科 教授
佐倉統  東京大学大学院 情報学環


ご存知の通り、現在この分野は爆発的に情報が増大しており、この5人以外にも有力な専門家や識者も数多いことは確かだが、あなたが今この分野に興味を持ち、これから探求しようと考えているなら(あるいはこの中に知らない人がいるのなら)、まずこの5人の言説をできるだけ多く集めて、精読してみることをおすすめする。決して期待が裏切られることはないはずだ。


松尾豊氏は現在の日本の人工知能研究の中心にいるといっていい。松尾氏の最新の発言をフォローしておくことで、その時点における最新の人工知能の技術レベルと今後の見通しを知ることができる。特に、松尾氏の『未来予測』は、数ある予測の中でも最も信頼性が高く、『スタンダード』と言ってよいのではないか。ただ、松尾氏の『未来予測』を片手に、現実に起きていることを綿密にチェックしているとわかることだが、実際の技術進化は、松尾氏の予測よりどんどん前倒しになって来ている。それは本人も認めていることだが、そのような進化も織り込んで『未来予測』は逐次更新されている。


http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12601000-Seisakutoukatsukan-Sanjikanshitsu_Shakaihoshoutantou/0000113714.pdf


そんな松尾氏であっても、社会科学の知について言及する際には、思わぬ勇み足もある。例えば、MITメディアラボ所長の伊藤穰一氏との対談において、松尾氏が次のように社会主義国家について述べる機会があった。

松尾:今後社会主義国家が強くなると思う。社会主義国家というのは、努力に応じてみんな再分配し、できるだけ平等であるべきだという理想に基づく社会システム。ところがフリーライダーが出てくることで、人々は頑張らなくなり社会主義の国はおかしなことになってしまった。AIや機械が人々の労働を認識できるようになると、ホワイトカラーの労務管理も変わってくる。今までは成果報酬か時間給しかなかったのが、努力に応じて報酬を出す、というのができるようになる。努力に応じて配分すると理想ができ努力に応じて富を配分することも可能になる。
【伊藤穰一×松尾豊】激論:人工知能とデジタル通貨をめぐって | Biz/Zine


ところが、早速、『ロボット弁護士』としても知られる、花水木法律事務所の小林正啓弁護士からのクレームがついた。人工知能が実現するのは「理想の社会主義国家」か


確かに、松尾氏の『AIによって人々の労働の努力に応じて報酬を出す』という言い方もそうだし、そもそも社会主義国家の理想とは何か、社会主義の理想実現が人類社会にとって良いことなのか等、突っ込みどころが満載ではある。松尾氏ほどの研究者であっても、人工知能に関わるあらゆる分野を一人でカバーできるわけではなく、特に人工知能と社会との関係を考えるにあたっては思わぬハードルが沢山待ち構えていることを小林氏の指摘は示唆している。


新井紀子氏は、昨今では『ロボットは東大に入れるか』のプロジェクトディレクターとしても有名だが、数学者の立場から、人工知能の得手不得手を見極めるリアリズムに説得力があり、将来の人間の役割についてもあらためて考えさせられる。
CROSS × TALK データを活かした社会の知 (1/8) | Telescope Magazine


小林雅一氏については、何より著書『AIの衝撃 人工知能は人類の敵か』*2が秀逸だ。人工知能問題に取り組むにあたっての最大の困難は、短時間に状況が驚くほど変わってしまうことで、2015年3月に発刊された本書は最新とはいえないのは確かだが、それでも(特に初学者にとっては)ビジネス社会における人工知能インパクトや問題の所在等を一渡り把握することができる。


塚本昌彦氏は、私は直接お会いしたことはないのだが、氏の異名である『ウェアブルコンピューティングの伝道師』はその異形とともに以前から知っていた。しかも人間と人工知能との関係、将来像について大変興味深い発言が多く、注目もしていた。塚本氏が指摘するように、今後人工知能と脳や感覚器官は直接接点を持っていくことが確実で、そのような観点からの探求も不可欠であることを教えてくれる。


佐倉統氏は社会と科学技術の関係について造詣が深い。佐倉氏は『日本の課題を読み解く わたしの構想?』の記事における『読者に推薦する1冊』として、ケヴィン・ケリーの『テクニウムーテクノロジーはどこへ向かうのか?』*3を選んでいるが、技術の進化について驚くべき思想を展開するこの非常に難解で謎めいた書物は、社会と人工知能の未来の問題を思索する者にとっては必読書だ。


5人は最適な入り口と申し上げたが、それは5人で全て足りているという意味ではない。ただ、この入り口を通った後には、次に誰の意見を聞いてどの著作を読むべきか、視界が驚くほど開けてきているはずだ。



自分で書き込んでみる


どの問題でもそうだが、一番大事なのは自分自身で考え、探求していくことだ。どんなに優れた意見であれ、他人の意見を読んでいるだけでは、知識を自らの智慧とすることは望めない。本書の最終章は、『YOUR VISION 6人目の識者として、考える。』となっており、読者自身の構想を書き込めるように、空欄になっている。できれば、ここが真っ黒になるくらい自分で書き込んでみて、疑問が出てきたら、NIRAにどんどん質問すればよい。それはNIRAの関係者を良い意味で刺激し、この研究機関のレベルを上げていくことにつながると確信している。

*1:

日本の課題を読み解く わたしの構想?  ―中核層への90のメッセージ―

日本の課題を読み解く わたしの構想? ―中核層への90のメッセージ―

*2:

AIの衝撃 人工知能は人類の敵か (講談社現代新書)

AIの衝撃 人工知能は人類の敵か (講談社現代新書)

*3:

テクニウム――テクノロジーはどこへ向かうのか?

テクニウム――テクノロジーはどこへ向かうのか?