『悲観大国』日本のままでいいはずがない

悲観大国


エデルマン・ジャパンが2月に発表した、世界28カ国で実施した第16回信頼度調査「2016 エデルマン・トラストバロメーター」における日本の調査結果は大変インパクトがあり、ずっと気になっていた。日本は将来への期待度が世界で最も低い『悲観大国』なのだという。

「自分と家族の経済的な見通し」について、「5年後の状況が良くなっている」と答えた日本人は、知識層19%、一般層15%で、グローバル平均の知識層55%、一般層47%を大幅に下回り最下位。また、日本の知識層が考える、「企業、政府、メディア、NGO」に対する信頼度でも、平均41%(グローバル平均60%)と昨年に続いて最下位となった。


「企業に対する信頼度」をみると、28カ国中25カ国で上昇。時代の変化に対応するという事に対する信頼度も、政府、メディア、NGOと比べて企業が大幅に上回った。しかし、日本人社員は自社を信頼しておらず、「自分が働いている企業を信頼している」と答えた人は40%と最も低かった。

日本は"悲観大国"!? - 将来への見通し、28カ国中最下位 | マイナビニュース


実質賃金の継続的低下と消費の底割れ


消費を下支えする『実質賃金』の推移を見ると、2000年以降現在に至るまで下降トレンドに歯止めはかかっていないアベノミクスによる株価上昇やGDP上昇が盛んに喧伝され『好景気』が強調されてきたが、『実質賃金』について言えば、安倍政権発足後(2013年以降)むしろ顕著に下落してきている。
実質賃金低迷でマイナス成長 明白になったアベノミクスの破綻|野口悠紀雄 新しい経済秩序を求めて|ダイヤモンド・オンライン


しかも、三菱UFJリサーチ&コンサルティングの主任研究員、片岡剛司氏によれば、2002年以降のトレンドにおいて、足元の消費はリーマン・ショック直後以来2度目の『消費の底割れ』が生じているという。
消費低迷の特効薬は消費税減税だ | 片岡剛士 | コラム | ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト


消費税増税以降の消費低迷はメディアでも盛んに取り上げられていたが、どうやらやはり事態は深刻と言わざるをえない。これほど長いあいだ、しかもその間、多少なりとも好景気とされる時期もあったはずなのに、個人の懐は寒くなるばかりとなれば、国民が消費に関しては消極的で、防衛的になるのも無理からぬところがある


ただ、2020年には東京オリンピックの開催が決まっており、若干の景気浮揚は見込めるだろうし、実際日本の不動産市場はそれを見込んだ中国人の買い等もあって値上がってきていて、すでに東京圏内のマンションは個人の購入が難しい水準になりつつある。だが、そのオリンピック自体、エンブレム問題や新国立競技場問題に例を見るような迷走が繰り返され、盛り上がりを欠くこと甚だしい。



オリンピック後の暗い未来


しかも、そのオリンピックが終わったらどうなるのか。不動産関係者の中には躍起になって否定しようとしている人も少なくないようだが、『マンションの2020年問題』すなわち、少子高齢化と人口減少、加えて老朽化の進行等により(特に戸建以上に問題が複雑になりがちな)マンション価格が暴落する、との観測が出て来ており、一般消費者にも当然と受け取られるようになって来ている。


実際にそのタイミングでマンション価格が暴落するかどうかはわからないとしても、少子高齢化が急速に進むことは避けられず、『2025年問題』と命名された構造問題が指摘されている。2025年になると、世代別の人口構成がもっとも厚い団塊世代が75歳を超えて後期高齢者となり、国民の3人に1人が65歳以上、5人に1人が75歳以上という未曾有の超高齢社会に突入することになる。しかも、これから10年で、日本の人口は700万人減り、生産年齢人口(15歳〜64歳)が7000万人まで落ち込み、一方、65歳以上の人口は3500万人を突破する。


この延長にはさらに悲惨な将来を予測する『2040年』問題というのもあるが、だんだん語るのも辛くなってきた。いずれにしても、このままでは、若年層の負担は異常なほどに重くなり、健康保険も年金も危機的な状況になることは避けようがない。2014年の厚生労働省の調査(国民生活基礎調査)によれば、すでに日本人の6人に1人は貧困層(等価可処分所得の中央値の半分の額に当たる『貧困線』(2012年は122万円)に満たない『相対的貧困率』は16.1%)に分類されるというが、今後子供や高齢者を含めてこの『貧困層』が急増することも覚悟しておく必要がある。

「2025年問題」をご存知ですか?~「人口減少」「プア・ジャパニーズ急増」…9年後この国に起こること(週刊現代) | 現代ビジネス | 講談社(1/4)



日本企業の経営の劣化


それでも、日本企業が再生する見込みがあるのなら、そこで頑張って働けば所得が上がる見込みがあるというなら、頑張りようもあるかもしれないが、昨今の日本企業の経営/経営者の劣化ぶりは目を覆いたくなるものがある。市場に溢れる企業本のタイトルはそんな惨状を写す鏡と言えるかもしれない。


『シャープ崩壊』*1パナソニック人事抗争史』*2ソニー 破壊者の系譜 ―超優良企業が10年で潰れるとき』*3東芝 不正会計 底なしの闇』*4等々。


意図的に家電系各社の本を選んだわけではないが、やはり、米国のIT巨大企業や中国企業の台頭による市場環境の激変に一早く晒されてしまった家電系各社の惨状が目につくことは確かだ。世界的な競争力を持っていたはずのソニーを始めとする名だたる企業の経営者は、変化した競争環境をうまく乗り切ることができなかった。しかも、こうやって暴露本が出てくると、外から見ていた以上に内情は酷かったことがわかってきて、げんなりしてしまう。逆に圧倒的な力をつけてきている、中国の通信機器メーカーであるシャオミなど、『中国のジョブズ』称される創業者の雷軍の徹底的なインターネットと顧客の探究の迫力は、感嘆すべきものがある。

『シャオミ(Xiaomi) 世界最速1兆円IT企業の戦略』*5
『シャオミ 爆買いを生む戦略』*6


しかも、同様の競争はすでに、日本の残された世界有数の競争力を持つ産業である自動車産業にも及びつつあり、『自動車のスマホ化』が現実化する悪夢のような未来も念頭から消し去ることができなくなってきている。日本の自動車産業も一歩間違えば家電業界同様の憂き目に遭う恐れがある。言わずもがなだが、デジタル技術革命は、昨今、『人工知能 / ロボットがすべての人間の仕事を奪う』と言われているように、全産業に及んでくることはこれまた確実だ。


労働分配率は下がる一方で、経営の失敗をリストラという形で従業員に押し付けて口を拭っている経営者が続出している現状では、自分が働いている企業の信頼度も下がるのも当然だ。


それなら、そんな企業など見捨てて、自ら起業すればよいとも思えるのだが、2013年の『世界の起業しやすい国ランキング』(世界銀行Doing Business調査)で見る通り、日本は起業のしやすさという点では189国中120位、税金の負担などのリスク面では世界140位と、世界の中でも下位にあり、起業のハードルがものすごく高い。
起業しにくい国、日本。起業しやすさ世界120位!浮き彫りになる実態。



迷走する日本


こうしてあらためて並べ立てて見ると、日本が悲観大国になってしまっていることも、しごく当然という気がしてくる。米国では、貧困のどん底に沈み将来に対する希望を持てなくなってしまった『プアー・ホワイト』の後押しで、トランプ氏が共和党から大統領候補の指名を受ける寸前まで来ているが、このままでは日本も同様に、希望をなくした貧困層の絶望的な感情を引き受けて日本全体を破局に導くポピュリストの跋扈を許すことになりかねない。(もうなりかかっているのかもしれない。)


日本は世界で起きている新しい競争を理解して、構造的な自己改革を遂げるべき時期に来ているし、日本人は新しい環境に柔軟に対処していける能力を本来十分に持ち合わせている。現実を直視し、変革を恐れない勇気さえあれば、個人としても十分生き残っていける能力にも恵まれている。少なくとも私はそう確信している。


しかしながら、残念なことに現状では、過去の成功体験にいまだに執着し、日本経済の全盛期に未練たっぷりで、昔の体制やマインドに戻れば『ジャパン・アズ・ナンバー・ワン』が再来するというような幻想にとらわれたビジネスマンや経営者が多すぎる。こういう人たちが言う『変化』を安易に信じてはいけない。単に、自分たちの根っこは変えずに、周囲が自分たちに合わせて変化してほしいとしか考えていないようなケースがあまりに多いからだ。一方で、経済成長はもう十分で、グローバル化には反対し、日本は農業を再生して、のんびりやっていくべき、というようなご意見を宣う方も大勢いらっしゃる。だが、のんびりやっていくには、日本経済はあまりに疲弊しているし、今後も尚一層疲弊を強いる環境が怒涛のように押し寄せてくる。指標としての『経済成長』が必ずしも個人の幸福度向上に直結せず、もっと実質的な生活や幸福度の向上をめざそうというご意見には、私は基本的には賛成だが、自分には蓄えもたっぷりあり、年金も当面貰えることが確実な安全圏から、社会の変化など面倒なことはやめて欲しいという本音が透けて見えるようなご発言はいかがなものだろう。



どちらが正当なのか


グローバル化については、先日、思想家の東浩紀氏が主宰するゲンンカフェでの東氏と社会学者の宮台真司氏の対談における東氏のコメントが出色だった。東氏のコメントの趣旨を若干肉付けして私の言葉で語ると次の通りになる(と思う)。


世界はかつて国ごとの単位でまとまり、南北問題として知られるように、先に経済成長を遂げて豊かな北の諸国と、そういう国の搾取の対象となって貧しい南の諸国に分かれていた。貧しい国ではナショナリズムが沸騰して、勝手な北の国々を糾弾したものの、その国の中は比較的まとまっていて(あるいは独裁者のコントロールが効いていて)極端な不満が出ることはなかった(もちろん例外はある)。というより、不満があっても貧しい国に生まれたことを運命として受け入れていたというべきかもしれない。


一方、米国等、北の豊かな国では、比較的貧富の差は小さく、国家の経済が成長すれば、着実に所得も向上し、生活の向上を期待することができた。(例えば、米国の自動車産業では、かつては、現場作業員でも一人で家族を養うことができるなど、豊かな生活が保障されていた。)日本でも経済が成長して、貧困層が縮小し、やがて『一億総中流』とまで言われるほど中間層が経済的に恵まれてきて意識的にも『平等感』が浸透してくると、経済に関わる不満は急速に解消されていった。学園闘争くらいまでは喧しく人口に膾炙していた『階級闘争』等の用語も死語になってしまった。ある意味非常に幸福な時期だったと言える。


しかしながら、グローバル化によって、人や資本の移動が自由になった結果何が起きたかと言えば、先進国の国内の低付加価値の単純労働は海外のより労賃の安い労働者(中国やインド、メキシコ等の労働者)にシフトすることになり(移民/不法移民へのシフトも含む)、彼らは潤って所得も増加したが、一方先進国の国内の単純労働の労働者の所得はどんどん下がるか、仕事にあぶれるようになった。その結果、貧富の格差は広がり、国の中で不満が爆発するようになった。


今米国で起きていることはまさにこれであり、『中国から米国への輸出を禁止しろ』だの『不法移民を締め出せ』、だのと叫ぶトランプ氏のような人物が喝采されるようになる。だが、これを否定して、資本や労働の移動を禁止すれば(それができればだが)、かつてのように、豊かな国と貧しい国にわかれることになるだろうが、昔に戻って、その国で生まれたのだから仕方がないと貧しい国の国民を無理やり納得させるという構図になり、貧しい国に生まれた人は豊になるチャンスは小さいことを受け入れるよう強いることになる。


果たしてこれはどちらが正当で倫理的と言えるのだろうか。以前のブログ記事でご紹介したようにアジア、アフリカを含めた世界全体で言えば、界は今日、史上最高の場所になっているとさえ言えるが(極度の貧困からの脱出、小児死亡率の減少、普遍的教育の浸透等)、これはまさにグローバル化の恩恵が寄与するところ大と言わざるをえない。
アジアの中間層が世界を変える?/世相が暗い今必要な明るいシナリオ - 風観羽 情報空間を羽のように舞い本質を観る



現実を直視して『変革』すべき


先進国では、所得格差が広がり、グローバル化をやめてくれと叫ぶ国民が急増し、国の運営が非常に難しくなってきている。だからと言って、この流れを止めることを正当化できるのだろうか。難しい問題ではあるが、それこそ、ある程度この状況を宿命と受け止めて、その中でできることを考えていくしかないのではないか。そういうことを含めて、『変革』なしに、この世界的な危機的な状況を乗り切ることはできないと開き直ることからしか、何事も始まらないのではないか。


どうにかしなければ、と思いながらどうしたらいいかわからない、と今日本のほとんどのビジネスマンは言うかもしれないが、それはもしかすると、自分が変わることを恐れて縮こまってしまっていることの裏返しではないか。繰り返すが、開き直ればやれること、やるべきことはたくさんある。変化に翻弄されたくなければ、自分が先に変化するしかない。


先ず隗より始めよ、というが、人に提案する以上に、自分を厳に戒めているつもりでもあり、つい変化を面倒くさがり楽をしたがる自分を叱咤し、もう一度前を向いて問題に直面していこうと考える今日この頃である。  

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