アジアの中間層が世界を変える?/世相が暗い今必要な明るいシナリオ


◾ 『激震』相次ぐ世界

本年のキーワードは『大変化』と年初に書いたが、早々に『激震』『激変』を感じさせる出来事が相次いでいる。昨年は年初から(1月7日)フランスでシャルリー・エブド襲撃事件が起こり騒がしい一年を予感させたものだが、今年もイスラエル(テルアビブ、1日)、アフガニスタン(カブール、1日)、インド(パタンコト、2日)、リビア(ズリテン、7日)、イラクバグダッド、11日)、トルコ(イスタンブール、12日)、パキスタン(ポリオ、13日)、インドネシアジャカルタ、14日)、西アフリカ・ブルキナファソワガドゥグ、15日)など、連日のように各地でテロが勃発しており、範囲も広がっている。


テロ以上に世界を揺さぶったのは、世界的な株式市場の混乱だ。中国株式市場は4日と7日に上海総合指数が7%も下落、年明けから導入した取引停止措置のサーキットブレーカーが発動したのはいいが、これが裏目に出て投資家の投げ売りを生む原因となり、早々に制度の見合わせを発表したものの、11日にも全面安で5.3%も下落し、未だに弱含み気配が続いている。当然この影響は海外にも波及し、年明け早々東京市場の株価も下落を続け、年初から6日連続の下落は戦後最長記録を塗り替えることになった。(20日の日経平均株価も632円安と今年最大の下げを記録した。)


それでなくても、近年、西欧先進各国では『資本主義の終焉』やら『代議制民主主義の終焉』*1 やら、近代を支えた制度の矛盾と機能不全が盛んに喧伝されてきている。中でも日本は、世界最速のペースで少子高齢化が進み、1,300兆円を超える政府総債務残高を抱え、『課題先進国』というありがたくない異名を頂戴しているくらいだから、仮に今は低位ながら比較的安定していても、いつ大穴が開くのではないか、一旦坂を転げ始めたら止まるところを知らず奈落へ転げ落ちていくのではないか、という類の不安が払っても払ってもまとわりついてくる。(低位安定ではなく、すでに貧困問題が深刻化している、と主張される向きもあろう。)



◾ 世界は良くなっている?

だが、私自身は、今後の急速なテクノロジーの進化が停滞する経済へのカンフル剤になることは大いに期待できると考えているし、それどころか、マクロで見れば、エネルギーコスト等、生活コストは下がり、現状を上回る『富の算出総量』も環境負荷を下げつつ実現することができるとも考えている。しかも、そもそも昨今の騒乱もあって、世界は悪くなっている(そして今後はもっと悪くなっていく)との印象を持つ人が多くなっているが、本当にそうなのか。


2015年末、超自然やUFO等に至るまで世界中の興味深い出来事を扱って人気のあるメディア、カラパイアは、『Listverse:Top 10 Lists』という海外メディアからの非常に印象的な記事を転載(翻訳)している。(『Listverse』は雑誌TIMEが選ぶ2011年の最高のブログ「The Best Blogs of 2011」にも選出されている。)


『それでも世界にはよいニュースがある。
あまり知られていない10のグッドニュース』

それでも世界には良いニュースがある。あまり知られていない10のグッドニューズ : カラパイア

10 Incredible Good News Stories Nobody Is Talking About - Listverse



『悲観論や死亡記事の陰には、あまり報道されることはないが、希望や平和や人間の勇気を教えてくれる出来事も起きている。確実に良いことも起きているのだ。』と述べて、10の良いニュースをあげている。以下、コメントを一部引用しつつ紹介する。

10. 1990年以来、小児死亡率が半減

1990年、世界では5歳以下の子供が1,270万人亡くなった。だが今年、失われた幼い命は記録史上初めて600万人を下回ることになった。25年間で実に半減という快挙であり、例えばバングラデシュでは1990年から2012年にかけて小児死亡率が72%、東ティモールでは67%低下している。

9. 10億人以上が極度の貧困から脱出

国連の定義によれば、”極度の貧困”とは、1日に150円(1ドル120円換算)未満で生活する状態をいう。1990年の時点で、極度の貧困状態にある人々はおよそ20億人で、世界人口の半分近くにも達していた。だが今では8,360万人と、世界人口の15%以下にまで減少した。

8. 普遍的教育の実現まであとわずか

1990年では途上国の20%の子供たちがまったく教育を受けることができなかった。彼らは読むことも書くこともできず、学校に通うと想像することすらできなかった。現在、その数字は10%にまで低下した。つまり途上国にいる10人に9人の子供が、人生の大きなチャンスを手にできるようになったということだ。地域によってはその成果はさらに目覚ましく、北アフリカラテンアメリカ、カリブ地域、東アジア、東南アジア、コーカサス地方中央アジアでは、子供の99%が初等教育を受けられるようになっている。

7. キューバHIVに関する大ブレイクスルー

6. カーターセンターによってメジナ虫病が根絶間近

5. ボコ・ハラムが弱体化

4. ISIS(イスラム国)が劣勢

3. 世界で飢餓が激減

21世紀に入ってこれまで約60万人が大飢饉(10万人以上が死亡した飢饉)によって亡くなった。ショッキングな数字であるが、1900〜1909年にかけて2,700万人近くが餓死していることを思えば、相当な進展だろう。
 何も都合のいいデータばかり集めたというわけではない。これは世界の飢餓に関する代表的な数字だ。1970年以来、大飢饉の数は専門家が「ほぼ消えた」と評するほど激減した。1960年代以降、飢饉によって500万人以上が亡くなった年はない。21世紀に入ってからは、飢饉による年間平均死者数は4万人だ。

2. 女性を取り巻く環境が大幅に改善

1990〜2013年で世界の妊婦の死亡は45%低下した。さらに女性の平均寿命も72歳まで大幅に伸びた。また働きに出る女性や学校に通う女性の数も増えている。幼な妻が過去のものになり始めたことで、結婚年齢も上がった。先進国のアメリカでさえ改善が見られる。1994〜2012年で死亡に至らないドメスティックバイオレンスは63%も低下したのだ。先は長いだろうが、それでも一般的にはいい方向へ向かっている。

1. 世界の殺人発生率が激減

実験心理学スティーブン・ピンカーの最近の研究によれば、国際的な殺人カテゴリーのほとんどが劇的に減少していることが判明している。イギリスやアメリカでは殺人発生率が歴史的な低水準にまで低下した。だがそれは世界全体にも当てはまる。データは2000年以降のものに限られ、地域によっては「大胆に推測」されているが、それでも減少傾向は明らかだ。
 重要なことは、こうした傾向は暴力で悪名高かった国でも見られることだ。メキシコの殺人発生率は2006年以来大幅に上昇したが、それでも現在は減少を示し、過去最低を大きく下回っている。コロンビア、ロシア、ブラジルでも同様だ。
 また1945〜1992年にかけて上昇した一般市民の大量殺人だが、それ以降はこちらも劇的に減少している。ここ数年はISISの登場によって再度急上昇を見せているが、それでも歴史的な低水準にある。集団虐殺や武力紛争による死者も減った。ピンカーによれば、「70年前と比べれば、現代人が標的にされる可能性は数千分の1」だそうだ。

◾ 史上最高の場所になっている世界


先進国の視点でばかり見ていると気づきにくいが、アジア、アフリカ等を含めた世界全体でみると、世界は今日、史上最高の場所になっているとさえ言える。(もちろん、世界からまだ悲惨がなくなったわけでは決してない)。実際、世界中から詳細なデータを集めて、まさにこのように語るのは、シンガポールを代表する論客として知られる、キショール・マブバニだ。著書『大収斂』*2では、上記の記事の4, および 5を除くその他の項目についても、直接・間接に言及している。これに加えて、大学教育を受けた人が増大し、中産階級が拡大し、啓蒙的な規範が普及していることについても言及している。中でもアジア地域では、高学歴で高収入な中間層が急速に拡大し、インターネットが実現したコミュニケーション革命の恩恵にも与って、情報も豊富に持ち、相互に連携している。どこかで悲惨な事故や、独裁者等の残酷な事件が起きれば、(YouTubeのような動画を含めて)情報が世界中に瞬時に広がり、学歴の高い、物言う中間層が圧力となり、解決が図られるようなことも現実にたくさん起きるようになってきている。


キショールは、こうした動向は今後、欧米主導のグローバリズムとは違う、アジア発のグローバリズムを育て、世界をより良い場所に変えることに貢献すると語る。私は正直そこまで楽観的にはなれないが、ここで語られているようなコミュニケーション革命もそうだし、科学技術の発展の恩恵は尚一層急激に浸透することは確実だ。そして、高学歴、高収入な中間層が今以上に、世界的に育っていくことには異論の余地はない。



◾ 大組織から個人へ


これまでのところ、中国をはじめ、新興国で経済が成長し始めると、欧米や日本のように工業化・モータリゼーションの波が押し寄せ、資源を大量に消費し、環境を破壊してきた。(現実に今の中国は深刻な大気汚染に悩んでいる。かつて日本も通ってきた道を追いかけてきているとも言える)。福島第一原発の事故を横目で見ていながら、中国には旺盛な原子力発電所の建設需要があるともいう。この調子で中国ばかりか、インド、ブラジル等人口大国が経済成長を優先し、資源を浪費し、環境を破壊すれば、すぐに地球的な制約という難問が顕在化する。地球には欧米の産業革命のような環境への負荷を考えずに工業生産をひたすら拡大したようなモデルへの追随を許すほどの余裕はもうない。


産業革命以降の工業化は、重厚長大を志向し、大量生産・大量消費の仕組みを必要とした。格差も深刻になる。しかしながら、インターネット革命以降の技術進化は、それとは真逆の方向性を持つ。集中ではなく拡散を促し、国家や大企業等の巨大組織を無用化し、コミュニケーションを含むあらゆる分野で個人を強化し活動の自由度をあげることに貢献する。今後尚一層の進化が期待されるデジタル革命もその方向をさらに強化することが見込まれる。これは、急増してきた、高学歴で、コミュニケーション能力に長け、高収入の中間層がさらに格段に増えて行くであろうことを意味している。



◾ 民主化は幻想だったが・・


フェイスブックTwitter等のSNSが普及した結果、2010年には、いわゆる『アラブの春』が起きて、一気にアラブ世界の民主化が進むとの期待が高まったものの、結果的には独裁者によって押さえつけられていた宗教・民族対立を顕在化させ、激化させただけだった。その後、SNSが契機となって起きた抗議運動(Occupy Wall Street、香港民主化デモ等)も、その政治的な目的は何一つ達成されず、騒乱が一段落してしまうと何事もなかったように収まってしまった。日本でも、昨年はSEALDsシールズのような団体も立ち上がったが、政権は全く揺らぐことはなかった。


このような経験がいまだに記憶に新しい中、コミュニケーション能力に長けた中間層が中心となって、現状のシステムを変革していくというようなシナリオは説得力に欠けると言われてしまいそうだ。現実に、フェイスブックやTitterの中国版とも言える人人网(レンレン)、微博(ウェイボー)等で情報武装化した中間層が爆発的に増えた中国では、この機会に民主化を求めた政治運動が政権をひっくり返すのではないかとも期待されながら、結局、少なくとも表面的には政治革命につながるほどの騒乱は起きていない。



◾ アジアの中間層が世界を変える

だが、中国を中心としたアジアの中間層は、確かに非常に現実的で、政権を倒すような無理はしないが、ビジネス感覚は鋭く利にはさとい。公平で透明性の高い市場の整備については、共通の関心事であり、そのための連携や協業は厭わないだけのマインドセットもある。国際ビジネスの常識についても、それが自らの利益増に役立つと思えば受け入れていく柔軟性もある。地球環境についても、広い意味でのビジネス環境の問題でもあり、環境悪化がビジネスの阻害要因となるのであれば、ゆくゆくはこうした中間層が連携して解決していくこともありえそうに思えてくる。


今後は、華僑の多いアセアン、中国とは違った意味でビジネス感覚に非常に長けたインドからも大量の中間層が参入してくる中華圏でもインド圏でも、ビジネスマンは独立心が旺盛で大企業のブランドにはこだわらない。これからは彼らを中心としたグローバリズムの時代にシフトしていき、その過程で従来の米国主導のグローバリズムの問題点のうち多くの問題が解決されていく契機となるのではないか。少なくともカウンター・バランスを担う存在にはなっていくように思える(楽観的過ぎるだろうか)。



◾ 正しい近未来イメージが必要

これまで述べたことは、『確度が高い』と私が判断した要素に基づいて、ロジカルに積み上げたいった結果浮かび上がってくる一つのシナリオだ。当然前提となるファクターが想定と違って来たり、新しい想定外の出来事が出てくれば変えていく必要がある。いずれにしても、『激変』が不可避の近未来においては、それを正しくイメージできるかどうかが、ビジネスでも個人のキャリア形成でも、もちろん公共政策においても、決定的に重要となる。これからも時々この問題を取り上げて、議論のネタを供給して行きたいと思う。