世界を揺るがすFinTechの恐るべき胎動

忘れ去られようとしているビットコイン


去る8月1日、仮想通貨ビットコインの東京の取引所(マウント・ゴックス)から大量のコインや預かり金がなくなった事件で、同社のCEOであったマルク・カルプレス容疑者が逮捕された事件があった。この逮捕劇は、昨年来、良い意味でも悪いい意味でも非常に世間の注目を浴びることになったビットコイン熱に決定的な冷水をかけ、『金融市場の革命児なのか』、『詐欺まがいの怪しげなビジネス』なのかという世を二分した論争を強引に『詐欺』の方向に引きずって葬ってしまった。そして、逮捕からほぼ75日を数え、人の噂や記憶から消えるべき時期(人の噂も75日)を迎えている。実際、ほとんどの人にとって、ビットコイン=詐欺として記憶に残り、そして、忘れ去られようとしている。


これは2010年から2011年前半にかけて話題となった、フラッシュマーケティング(大幅な値引きや、お得な条件を提示して短期間に利用者、購入者を集める仕組み)のサービスを運営する米国の大手である、グルーポン社が鳴り物入りで日本に進出し、同業者も雨後の筍のごとく立ち上がって(一時は100サイト以上もあった)市場は大いに盛り上がったものの、グルーポン社が提供したおせち料理(2万円相当)が、イメージ画像とあまりに違う『すかすか』のものが届くトラブルがあって大騒ぎになり、この一撃がユーザーの心理を冷やし、フラッシュマーケティング自体が市場から一掃されてしまった事件と妙に被る。



その意義はやはり大きい


ビットコインも、フラッシュマーケティングも、ユーザー心理や社会のインフラが整っていなかったところに早すぎるタイミングで市場に出てしまったことが仇になったものの、その意味するところは非常に革新的で、特にビットコインの場合、インターネットと同じくらい、もしかするとそれ以上に世界を変えてしまう可能性を持っている


例えば、そのほんの一端だが、効果がわかりやすい一例に海外送金コストの問題がある。現行の銀行に頼る海外送金手数料は、とにかく高い。しかも、通貨交換が必要(円→ドル等)な場合、高い手数料に加えて、為替マージンが別にかかる。しかも受け取り側の手数料もかかる。窓口で1万円程度に送金手数料を加えて払ったのに
入金された額は6千円程度になった、などということが起きる。(このあたりの詳細の事情は、経済学者の野口悠紀雄氏の著書『仮想通貨革命』*1に詳しいのでご参照)これでは、小規模なベンチャー企業が国際的なビジネスを気軽に始めることなどできはしない。逆にこのくびきがなくなることで、活性化するビジネスのポテンシャルは大変大きい。


もちろん、ビジネスだけではない。今のままでは、少額の寄付や援助等も国をまたぐことは事実上不可能だ。その結果、寄付行為についても、赤十字ユニセフに頼らざるをえないが、運営費が30%以上もかかっていることを聞いて興醒めしてしまった人は多いはずだ。『仮想通貨革命』の冒頭にも出てくるが、ロシアとの紛争が続くウクライナの街路に築かれたバリケードの傍で、市民が『われわれは支援を必要とする』というポスターにビットコインQRコードが付記されていて、その写真がウェブにあがって全世界から寄付が可能になっているという事例などは、政治運動だけではなく、あらゆる『支援を必要な人』と『支援をしたい人』の距離を本当にゼロにする機会が目の前に存在することを有り有りと実感させてくれる。



すでに揺り戻しは始まっている


ただ、いかに将来的なポテンシャルが大きくても、いや、ポテンシャルが大きいゆえに、ビットコインやフラッシュマーケティングの事例に見るがごとく、先進的なチャレンジャーは何とかその時点で可能なサービスに仕立てあげて注目を集めるものの、不可避の弱点が致命的なトラブルを招き、高転びに転んでしまう例は案外多い。そもそもインターネット自体がそうで、2000年頃の『ITバブル』など構造はまったく同じだったと言える。当時は、インターネットも散々に酷評されたものだ。しかしながら、その潜在的な有用性は理念としては揺るぎのないもので、その後技術進化に伴い、あらゆる種類の酷評を黙らせてきた。では、ビットコインや同等のサービスもこれから長い雌伏の期間が必要なのだろうか。いや、どうやらそうではない。すでに足下で非常に大きな揺り戻し、というか、胎動が起きている。ビットコイン2.0とも言える金融革命は案外近いことを感じてしまう。どういうことだろうか。



FinTech関連サービスの急増

FinTechという用語(バズワード)がある。Wikipediaを拾い読みすると、意味はざっと次の通りだ。

Fintech(フィンテック、FinTech、Financial technology)とは、テクノロジーを駆使して金融サービスを生み出したり、見直したりする動きのことである。 外部に公開した形で開発されることもあるため、オープンイノベーションの一環であるともされる。

FinanceとTechnologyを掛け合わせた造語で、金融×IT分野で活躍するスタートアップなどから生まれた新しい金融サービスを意味する。 国内では、クラウド会計ソフトのfreee、資産管理ツールのマネーフォワード、ソーシャルレンディングのmaneo、メタップスのSPIKEなどがある。 2015年現在、大手の金融機関やSIerも市場に参入しており、富士通三井住友銀行他、三菱東京UFJ銀行はビジネスコンテストを開催するなどしている。

FinanceとTechnologyを掛け合わせた造語で、金融×IT分野で活躍するスタートアップなどから生まれた新しい金融サービスを意味する。 国内では、クラウド会計ソフトのfreee、資産管理ツールのマネーフォワード、ソーシャルレンディングのmaneo、メタップスのSPIKEなどがある。

フィンテックのサービス領域は、家計簿・会計ソフトから資産運用、貸し付け、決済など幅広い。貸付ビジネス、PFM・会計ソフト、資産運用、決済、銀行インフラ系、要素技術など多岐にわたっている。また、2015年現在、フィンテックハッカソンも行われるようになってきている。

フィンテック - Wikipedia


Googleトレンドで調べてみても、この用語の検索が急増したのは、2015年に入ってからだ。特に日本では、一部の金融業界関係者以外にはまだほとんど知られていないと言っても過言ではない。

Google トレンド


だが、実のところ、特に米国では、2014年頃からFinTeh関連のスタートアップが急増しているという。この動向がわかる一例として、2013年から毎年CNBCが企画・発表している『Disruptor 50』というリストがあり、未来を創るスタートアップが50社選定されている。驚いたことに、毎年50社しか選定されないこのリストの、実に4分の1をFinTech関連スタートアップが占めているという。2013年のリストでは6社しか選定されていなかったというから、『急上昇』と呼ぶにたる動向だ。

CNBC Disruptor 50
“FinTech”が生み出すNext Generation ~金融業界革新への挑戦~ | DI | NEXT GENERATION



急上昇している理由


では、どうしてここに来てそのようなことが起きているのか。端的に言えば、技術革新が進んだことに尽きる。しかも単独の技術の進歩ではなく、関連する技術が一斉に進化した結果、相互に補強しあって強力なインフラを提供できる環境が出来上がってきていることがその主要な理由といえそうだ。その結果、既存の金融機関の機能を代替できるだけではなく、それよりもっと高い品質を実現できるようになったと述べるのは、森・浜田松本法律事務所に所属する増島雅和弁護士だ。

FinTechの正体 – 増島雅和/Masa_Masujima – Medium


増島弁護士が指摘する技術進化に関する説明が大変わかりやすいので、少し長いがその部分を引用させていただく。

バイル・ウェブ・センサー技術 まず、センサー技術により、これまでとは比較にならないほど大量のデータを生産することができるようになりました。このデータの大量生産の背景には、モバイル技術と通信技術が不可欠に結びついています。データ生産のためのセンサーは、多くモバイル端末に組み込まれ、又はモバイル端末を中継してサーバに集積されるためです。また、データにはセンサーから生まれるもののほかに、twitterFacebookといったSNSが生む膨大なコミュニケーションデータがあります。これらのデータが統合されたこれまでとは次元が異なる個人データやモノに関するデータを生産することができるようになったことが第一の技術革新です。


通信技術・モバイル・ウェアラブルバイス 大量の端末から、センサー等により生み出した膨大なデータを送信することを可能とした通信技術の進展があります。これは、モバイル端末の革新と歩調を合わせて、革新的なモバイル端末により生まれるユーザーの新たなニーズに応える形で整備されてきたものといえます。


クラウド技術 大量の端末から生産される大量のデータを統合的に集積する技術として、クラウド技術の重要性は強調されて良いと考えます。クラウド技術により、これまでとは異なる次元のコストで大量のデータの集積が可能になりました。


ビッグデータ解析技術 クラウド技術を用いて大量に集積されたサーバの情報を解析する技術が進展しました。これはハードウェア自身の進展とも大きく関連し、大量のデータを短時間で処理することが可能となった点に意味があります。


機械学習人工知能 深層学習(ディープラーニング)を中心とした人工知能関連技術のブレークスルーにより、データ分析は、単に人間が立てた仮説の検証にとどまらず、コンピュータ自身が仮説を立てられるようになりました。そして今や、この仮説の精度は、人間が立てた仮説の精度を上回るものとなっています。


分散型決済技術 peer to peer技術を決済に応用することにより、ファイナリティの確保に要する様々な事務コスト、認証コストを外部化することに成功しました。ブロックチェーン技術に代表される暗号を用いた電子台帳技術がこれらを可能にしています。

安閑としていられない既存の金融機関


それでも現段階ではではまだ、既存の金融機関(銀行・保険会社等)のサービスのコアとは直接バッティングを避けるようなモデルが多いようにも思われるが、この動向の行き着く先を予見すると、既存の金融機関も安閑とはしていられない。個々のサービスを合算した結果、ビットコインが実現しようとしていたことが、いつのまにか実現してしまっている、というようなことも大いにありそうに思える。


もちろん、ビットコインは国家権力を揺るがすインパクトがあるわけで(通貨発行権の侵害など。だから中国もすぐに反応したし、日本でも政府は銀行や証券会社が本業でビットコインを扱うことを禁止した)、各国の規制の壁はそれほど低いとは思えない。だが、本来、金融はインターネット同様簡単に国境を越える。先進的な金融サービスがたくさん立ち上がってくれば、金融における競争に遅れた国の産業は遅れた金融に足を引っ張られることになりかねず、結果的には自由化はずっと早く進む可能性が高い。


しかも、まったく競争相手とは思いもしなかったのに、いつの間にかすぐ側にGoogleのようないITジャイアントが競合としてそびえ立っているということになりかねない。その危機感の現れなのだろうか、経済産業省金融庁、あるいは既存の金融機関が主導する研究会等もたくさん立ち上がって来ている。


経済産業省 FinTech研究会
「産業・金融・IT融合に関する研究会(FinTech研究会)」を開催します(METI/経済産業省)


金融庁 「決済業務等の高度化に関するワーキング・グループ」
金融審議会「決済業務等の高度化に関するワーキング・グループ」(第1回)議事次第:金融庁


一般社団法人FinTech協議会
【Fintech Meetup運営事務局】一般社団法人FinTech協会設立を発表、FinTechエコシステムの活性化および世界の金融業界における日本のプレゼンスの向上に貢献、「第6回 FinTech Meetup」開催! - 株式会社グッドウェイ:金融&IT業界/フィンテック(FinTech)の情報ポータルサイト



世界を変えるエコシステム


私の以前のブログ記事では、人工知能を中心とした情報革命の兆しについて述べた。これは超巨大になるビッグデータの分析を人工知能が自ら仮説を構築しながら、最適解を出していけるようになると、今まで見つかっていなかった最適解が次々と見つかり、その付加価値が非常に大きくなることで、情報の価値が他の資源(資本、労働等)より圧倒底に大きくなる、という意味での情報革命が起きる可能性について言及したものだ。FinTechによる金融革命も、広い意味では情報革命の範疇に入るとも言えるが、社会、国家、世界の秩序を根本的に変えてしまうインパクトという意味では、影響力は目に見えやすく、これもまた革命の名に値する大きな変化をもたらすことは間違いない。


だが、何より、このような要素が社会を多い、大きなエコシステムが出来上がることで相互作用を促進し、予想もできなかったようなビジネスモデルが立ち上がり、市場の既存のプレーヤーを追いやり、市場の構造を根本的に変え、ひいては世界を変えてしまうようなことが頻繁に起きることを予感させる。


目を皿のようにして最新動向に目を光らせているつもりでも、昨今ではあまりにスピードが速すぎてなかなか追いつけない。だが、詳細を知ることはできなくても、FinTechのような大きなトレンドは見逃さずについていきたいものだ。そして、その意味を都度解読しておく必要がある。今回FinTechについて調べるにあたり、そのような決意を新たにさせられた。

*1:

仮想通貨革命---ビットコインは始まりにすぎない

仮想通貨革命---ビットコインは始まりにすぎない