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ツラい時代を抜け出すもう一つの(そして本当に効果のある)方法


男がリアルにツラい時代


著述家の湯山玲子氏の『男をこじらせる前に 男がリアルにツラい時代の処方箋』*1の次の一文、なかなかインパクトがある。今現在もそう信じて疑わない人も沢山いると思うが、その信念が強ければ強い者ほど、リアルにツラい時代になっているというのだ。

結局のところ男が現実社会で追求するのは、三つ。

『出世』『カネ』『女』、である。

と、本当につい最近まで、この言説は信じられてきた。


この本自体、とても面白かったのだが、今回はこの部分に触発されて、本で述べてあることとは、ちょっと別の方向に向かって思考を進めてしまった。



企業社会にロックインされた『出世』『カネ』『女』


ツラい時代になっている理由の一端は(というよりかなりの部分は)、これが日本の戦後の『企業社会』にフィットした一種のフィクションでありながら、企業内だけではなく、学校、家庭内等、あらゆる場面に根付き、人の心を操ってきたことがある。『企業社会』にフィットとあえて言うのは、『出世』という日本語こそ、戦後の企業社会を語る上で非常に重要かつ特殊なキーワードだと思うからだ。そして、『企業社会』がなまじ『奇跡の復興』だの、『ジャパン・アズ・ナンバーワン』だのと持ち上げられてしまったものだから、それ自体が一種の神話と化してしまった。擬似宗教と言ってもいい。同時にこの三欲(『出世』『カネ』『女』)も社会全体にロックインされてしまった。


私自身も、かつて大企業と言われる会社に最初に入ったころには、まさに、同期も先輩も後輩もこぞってこの『三欲』を皆追求していたものだ。企業はこれをモチベーションにして社員がモーレツに働いてくれることは歓迎だったから、明に暗に後押ししていた。社員教育もそうだし、人事制度や福利厚生なども皆そうだ。『仕事が面白ければいい』という職人肌の社員も、『面白い仕事がしたければある程度の地位まで出世しろ』という周囲のプレッシャーに誘導されるように、空気を読んだり、心ならずも社内コンペ等に参加したりしていたものだ。『カネ』の同等物としては、若い人であれば、『クルマ』だったり、中高齢になると『イエ』になったりする。いずれも企業が社員の忠誠心を煽るために、その取得を援助していた。『女』は、はめを外しすぎたり、仕事にまったく理解がないと困るので、できるだけ企業内での結婚が奨励された。



留まるも地獄、出るも地獄


だが、確かに今、この『企業社会』自体が急激な変化の只中にある。何よりあれほど強かったはずの日本企業が、連戦連敗で、しかも革新的なモノもサービスも作れなくなってしまっている。勝てない組織の中で出世したところで、見返りは少ない。今はまだ業績が良くても将来はどうなるかわからないから(大抵の場合見通しは厳しいから)、若い頃の頑張りが後で(中高齢になって)報われるシステムには若手は複雑な思いがあるだろう。


とはいえ、今の日本には『企業社会』の外側に桃源郷はない。日本は世界の中でも起業が最も難しい国の一つと言ってもいいくらいだからだ。実際、世界銀行が毎年発行している「Doing Business」(ビジネス環境の現状)というレポートの2012年版によれば、日本の起業のしやすさは107位にランクされている。*2


また、若年層でさえ、崩壊過程にあるはずの『終身雇用』にすがろうという気持ちをなくしているわけではないようだ。若干データが古いが(2011年春)、新社会人も内定先で定年まで働きたいと7割弱が回答している。*3


昨今は起業業績が回復してきているから、多少この数値も下がっているとも考えられるが、だからといって起業志向が上がるのではなく、あくまで転職の可能性が上がるだけだろう『企業社会』に留まるも地獄、出るも地獄、これはツラいに決まっている。


ただ、企業の中にいるからといって、『三欲』をベースにした企業の価値観を受け入れる必要もない、という若年層は確かに増えていると思う。だが、困ったことに今の『企業社会』を支配する役職者、経営層は大半がこの価値観にとっぷりつかっていて、それ以外の価値観やインセンティブが(タテマエで何と言ったところで)本音のところ理解できない人たちだ。しかも、日本企業の大半は、仕事さえできれば後はOKとはいかないのが現実だ。村社会の掟を知らないと、足を引っ張られたり、すくわれたりする。


いっそのこと、『企業社会』が全部ひっくり返って御破算になってしまえば、開き直って日本全体がやり直せるのかもしれないが、困ったことに(幸いなことに?)、自動車等、一部企業はまだ業績が良く、そんな企業の幹部の信念はほとんど何も変わっていない。そして、この『三欲』をめぐる競争から降りた者を嘲りながら、崇高なグローバルの競争やそのロマンについて、遠くを見るような目で語っているはずだ。


では、どうすればいいのか。グローバリズムなど、地球を滅ぼす悪逆な思想だから、そんなものからは下りて、地方に降って農業コミュニティでも始めるのがいいのか。それはそれで否定はしないし、本当にできるのであればむしろ応援したい気さえするが、どうもその手の言説を唱える主の多くに感じてしまうのは、自分はすでに地位も財産もある安全圏から『ロマン』を語る怪しさだ(繰り返すが真剣に取り組んでいる人を腐す意図はまったくない)。何も持っていない若者を相手にした適切なアドバイスとは思えない。加えて、そんなコミュニティの内側を見ると、コミュニティ内部で他人から『尊敬』を集める競争やゲームをやっていて、興ざめすることが少なくない。企業を辞めて農業コミュニティや地域コミュニティ等に入ってみても、ボスと取り巻きが支配する『企業社会』となんら変わりない息苦しい場所になっていて幻滅する例は本当に多い。


個人がこの巨大な『虚構世界』から逃れるのは無理なのだろうか。もちろん可能だ。だが、『虚構世界』を虚構と見抜く目とそれなりの覚悟はいる。企業内でも結局もっとも充実した人生を送ったと言える人は、『三欲』に対する興味がまったくないとは言わないまでも、こういうものには恬淡としていて、それ以上に仕事そのものに愛着を持ち、仕事自体を突き詰め、それを通じて知り合ったレベルの高い人たちと相互に信頼関係を作ることができた人だ。皮肉なことに、『三欲』に執着した人は、最初は良くても、末路が悲惨というケースが実のところすごく多い。実は企業の側もそうで、『三欲』をベースにするしかインセンティブを設計できない企業の末路はやはり芳しくない。


では、どうすればそんな人になれるのか。突拍子もないことを言うようだが、人間の本当の幸福感とは何か、ちゃんと追求することが大事だ。それは企業でも、家庭でも、個人の生活でも本来皆同じだ。しかも、幸福感を日々感じて生きる人には、結果として、名誉もカネも女もついてくることが多い。最初に求めるべきは幸福に至る手段(『三欲』等)ではなく、幸福感を感じる姿勢自体だ


心理学の中に『ポジティブ心理学』という分野がある。その研究成果によれば、人間の幸福感のおよそ半分は遺伝的な要因によって決まり、残りの半分が後天的な要因に左右され、そのうち、収入、健康、住宅、伴侶等、自分の周囲の環境を向上させる『環境要因』が幸福感につながる割合は、全部足し上げてもわずか10%に過ぎないのだそうだ。『三欲』が幸福感をもたらさないわけではないが、人間には、心理学で言うところの『快楽順応』、すなわち一時的に前より幸せになっても、すぐに慣れて飽きてしまう非常に強力な力が存在しているため、すぐに幸せを感じなくなってしまうというのだ。『環境要因』を追い求めるても、達成したとたんに飽きてしまって、結局、渇望、憔悴、失う不安等ばかりが肥大化してしまうことを意味する。企業内でよく見られるのは、企業の側も給与を上げてもすぐにインセンティブとして効かなくなるから、格差を大きくしてもっと業績を上げた者に大きく報酬を与えるという方向に行く。だが、すぐにそれも機能しなくなってしまう。一方で、従業員の側も、時間が経てば経つほど満足より不満が募ることになる。


では、ポジティブ心理学で言う、幸福になるための残りの40%は何だろうか。『幸せがずっと続く12の行動習慣』*4より『幸福度を高める12の行動習慣』の表題を書き出してみる。

1. 感謝の気持ちを表す

2. 楽観的になる

3. 考えすぎない、他人と比較しない

4. 親切にする

5. 人間関係を育てる

6. ストレスや悩みへの対抗策を練る

7. 人を許す

8. 熱中できる活動を増やす

9. 人生の喜びを深く味わう

10. 目標達成に全力を尽くす

11. 内面的なものを大切にする

12. 身体を大切にする


少々拍子抜けしてしまった人もいるかもしれない。だが、この背後には、膨大な統計データや学問的な裏付けもあるという。詳しくは本書を読んでいただくとして、ここからわかるのは、成果や手段を求めるのではなく、日常的な出来事にどのように接していくか、その態度や姿勢、習慣がもっとも重要ということだ


そして、これを企業内での活動という観点で読み直すと、先に述べた通り、目の前にやるべき仕事があることに感謝し、その仕事の本質を徹底的に知り、その仕事を通じて達成できる成長を目的として目的達成に全力を尽くし、共に働く人たちに親切にし、関係を育てていくことが何より大事ということになる。出世のために社内政治に精を出したり、他人を蹴落とすために中傷したり、給与だけをインセンティブと考えたり、女性社員にモテようと無理に見栄をはったり、というようなことは、何より幸福感から遠ざかることになり、結果的に仕事の達成も大したものは期待できない。本当に逆説的だが、これこそ、企業が崩壊しても、それどころか一時的に仕事がなくなっても、一貫して生き残っていける最も有効な策、ということになる。


まるで、宗教や道徳のよう、という声も出てきそうだ。だが、本来の宗教の重要な役割には、人間の自覚や態度を改めることで、皆を幸福に導くことがあったはずなので、優れた宗教がこれに似てくるのはむしろ当然とも言える。ところが、昨今、宗教の名の下に爆死すること求めたり、教団を大きくすることばかりに血道を上げたり、洗脳まがいのことで信者を集めたりというようなことがあまりに目に付くので、むしろ普通の人を宗教から遠ざけ、多くの人が頼るべき場所を無くしてしまっているとも言える。


確かに今はツラい時代かもしれないが、これを機会に自分が無意識にやっていることを根本的に見直してみる機会にできるなら、意外に新境地が開け、同時に職業人としての未来も開けてくるのではないだろうか。『災い転じて福となす』、であって欲しいものだ。