先行不透明な時代に必要な『未来型秩序合意形成』

世界を変えたインターネット


インターネットが本格的に導入された年を、マイクロソフトのウインドウズ95が発売された1995年だとすると、今年でちょう20年ということになるが、この間に生じた変化は言うまでもなく凄まじい。あらゆるものにその影響は及び、今ではそれ以前のことを思い出すのも難しいくらいだ。


そんな中でも一見この『大変化』の影響から超然としているかに見える法律分野でさえ、あらためて振り返ってみると、実に大きな変化を余儀なくされたことがわかる。



Googleエリック・シュミット会長は、著書『第五の権力』*1で、『情報技術の急速な発展は、従来の法が持つ原理原則が必ずしも当てはまらない領域を常に生み出し続ける』として、次のように述べる。

インターネットの世界はつかみどころがなく、絶えず変異をくり返し、ますます巨大で複雑になっている。そして、とてつもない善を生み出すとともに、おぞましい悪をもはらんでいる。(中略)インターネットは、無政府状態で何が起こるかを知るための、史上最大の実験場である。現実世界の法律に縛られないオンラインの世界で、今も何十億という人が、毎分毎分膨大なデジタルコンテンツを生み出し、消費している。(中略)あなたがこれまで訪れたウェブサイトや誰かに送った電子メール、オンラインで目を通した記事、学んだ事実、つきとめたり暴いたりした作り話のすべてを。このプラットフォームを通して培った関係や、立てた旅行の計画、見つけた仕事、生み出し、育み、実現した夢を。それに、飢えからの統制がないせいではびこっている、オンライン詐欺やネットいじめ、差別煽動集団のウェブサイト、テロリストのチャットルームを。

 これらをすべてひっくるめたものが、世界最大の無法空間、インターネットなのだ。

『第五の権力』より

無法空間との苦闘


非常に多くの善いものや面白いものが生まれる一方、悪をもはらんで膨張する無法空間に、国家は後追いを余儀なくされながらも、何とか法の支配を及ぼそうと苦闘してきたのが、この20年間だったと言うこともできる。


しかしながら、相互に矛盾しない体系的な法律を機敏に整備することは大変難しい。それでなくても法改正のプロセスは時間がかかるものだが、時間をかけている間に、インターネットの世界では、現実のほうがどんどん変化してしまうので、イタチごっこになってしまう。いきおい、場当たり的で問題含みの法律が乱立して、せっかくの勢いのあるビジネスが鳴かず飛ばすになってしまった事例も少なくない。


近年では、ソーシャルメディアが普及して、双方向性が強まり、誰もが簡単に発信できるようになり、リスクの所在がわかりにくい新しいサービスはどんどん出てくるし、誹謗中傷、プライバシー問題、炎上等、ますます混乱はエスカレートしているように見える。



これまではほんの序の口


だが、これまではほんの序の口とでも言ってもいいくらい、さらにドラスティックな大変化が起きつつある。先週私も言及したばかりだが*2、今注目のキーワード、IoT(Internet of Thingsモノのインターネット)は、リアルのモノをインターネットにつなぐしくみで、これはまさに「従来の法律が持つ原理原則が必ずしも当てはまらない」空間にモノを大量に送り込むことを意味する。言い換えれば、リアルのモノには必ずインターネット接続のインターフェイスがあって、リアルの原理原則だけではなく、背後の「無法空間」のほうも併せて法対応をしないといけないことになる。


加えて、リアルに突き出した物自体も、従来の法律の埒外に出そうなものが、次から次に出てくることが予想されている(自動運転車、ドローン、人工知能、等)。現実と法律の乖離はさらに拡大していくことは確実だ。逆に言えば、国家や、企業単位で言えば、法整備ができなければ、新技術による製品やサービスの競争に勝てずに負けていくことを意味する。


だから、技術や商品企画、営業等の競争の背後にある、法律/契約という「ペーパー・ウォーズ」は、ますます混沌としていく一方、その重要性は極端なほどエスカレートしていくことになる。ところが、そんな過激な「ペーパー・ウォーズ」の渦中に放り込まれているのに、各企業の法務担当の準備ができているかというと、「できる」と自信を持って答えられる法務部門はほとんどないのが実情ではないか。



『未来型コンプライアンス』の必要性


狭義の法務部門の業務は、事業部門が進めるビジネスを精査して、法律的な問題の有無を見つけて、その重要度・緊急度を割り出し、事業部門に適切なアドバイスをする(具体的な契約策定を含む)ことだ。しかしながら、新技術やビジネスが続々出てくると、適用すべき法律を絞り込むことは難しいし、該当しそうな法律があっても、自社のビジネスとの関係を正しく把握していくことがまた非常に難しい。


だが、今後は『よくわからない』案件ばかりになるのは明らかだ。いや、すでに先進技術を扱う企業は、この課題に頭を悩ましている。それでも、企業が競争に勝ち抜いて、生き残っていくためには、この難しい課題を何としてもクリアーしていく必要がある。『よくわからない』からやらないのでは、何もできなくなってしまう。だが、『よくわからない』から取りあえずやってみてから考えることばかり繰り返していると、致命的なトラブルに巻き込まれて、企業存亡の危機にまで追い込まれるかもしれない。だから『よくわからない』近未来には、従来とは違う、『未来型コンプライアンス』によるガイドラインが不可欠ということになる。



『未来型コンプライアンス』に必要な3要素


では、『未来型コンプライアンス』はどんなもので、どうすればそれを構築することができるのか。そのためには何が必要なのか。正直私自身にとっても構想段階というべきなのだが、少なくとも以下の3点は不可欠と考える。



1. 技術理解

近未来のベースにあるのは技術進化であり、技術自体の理解と技術が社会に及ぼす意味が理解できないと今起きていることはもちろん、これから何が起きて来るのか、何に備えておくべきなのかする予測することはできない。


2. 変化する社会/市場の構造理解

法律関係者の間では、すでに『古典』扱いされているが、ハーバード大学憲法学者ローレンス・レッシグ教授の著書『コード──インターネットの合法・違法・プライバシー』*3には、社会統制の4つの方法として、1.威嚇的命令、2.市場、3.規範、4.アーキテクチャーが提示されていて、特にインターネット時代のアーキテクチャーの重要性が明らかにされている現代社会の構造変化の本質を見事に言い当てていると言える。このような基本的な概念は今日では『常識』としておさえておく必要がある。


もう一つ例をあげると、従来は企業と消費者の関係は、商品やサービスの情報に関しては非対称で、圧倒的に企業側に偏っていた。消費者が情報を入手しようと思っても、まれに雑誌の評価記事のような例外的なものもあるが、大半は企業の提供するカタログか広告宣伝資料の類しか手に入らなかった。ところが、ソーシャルメディアが普及した現在では、様々な口コミ情報が溢れ、ユーザーの側に十分な情報が行き渡っている。もはや企業側で消費者をコントロールするのは不可能だ。市場における企業と消費者のパワーバランスは完全に逆転してしまっている。このような構造変化を理解しておかなければ、どんな法律の高度な知識があっても役に立たない。しかも構造変化は社会のあちらこちらで起きている。


3.深い法律理解

適用すべき法律が『よくわからない』ところからスタートせざるをえないとはいえ、その製品やサービスが導入されれば、将来のある時点では何らかの法律が課せられてくることは間違いない。事前に何らかのガイドラインを策定しようと思えば、この将来課せられるであろう法律(あるいは法律改正のイメージ)、あるいは広義の秩序像を事前に予測して備えておく必要がある。そのためには、ビジネスの延長で出てくる関連法規の表面をなでた程度の法律知識では話にならない。立法趣旨、さらには法律の背後にある思想にいたるまで理解していることが求められる



 経営の最も重要なテーマ


最低限この3つを踏まえた『未来型コンプライアンス』をガイドラインとして、その範囲内に収まるような行動を心がけていけば、少なくとも社会の良識派、サイレント・マジョリティの支持が期待できる。具体的な法律がどうなるのであれ、ソーシャルメディアが行き渡った近未来社会では、『善い会社』との風評は何より重要だ。それは法律以上に企業を守る盾になってくれるはずだ。そして、どのビジネスも『よくわからない』ものばかりになるとすると、未来型コンプライアンスを正しく定義すること自体、経営の最も重要なテーマの一つになる


私自身、この未来型コンプライアンスを正しく定義し、造形するために、『研究会』を組成して取組んでみようと考えて、この1〜1年半くらいワークしてきたため、大分構想はまとまってきた。先日、その構想や考え方をめぐって、メディア*4(レクシスネクシス・ジャパン社)*5のインタビュー *6を受けたので、その記事をご参考にリンクしておく。長い時間をかけて根掘り葉掘り聞かれたので、比較的わかりやすいQ&Aになっているように思う。よろしければ参照してみていただきたい。