インダストリー4.0という巨大なエンジンが回り始めた

時代の頂点にいるIoT


今、時代のキーワードとして、頂点に立っているといえるIT技術は何だろう。その候補は幾つかあるが、IoT (Internet of Things モノのインターネット) が有力な候補の一つであることにほとんど異論の余地はないだろう。Googleトレンドで調べてみてもうなぎ上りだ。
Google トレンド


以下、一応IoTの定義を確認しておく。

コンピュータなどの情報・通信機器だけでなく、世の中に存在する様々なモノに通信機能を持たせ、インターネットに接続したり相互に通信することにより、自動認識や自動制御、遠隔計測などを行うこと。
自動車の位置情報をリアルタイムに集約して渋滞情報を配信するシステムや、人間の検針員に代わって電力メーターが電力会社と通信して電力使用量を申告するスマートメーター、大型の機械などにセンサーと通信機能を内蔵して稼働状況や故障箇所、交換が必要な部品などを製造元がリアルタイムに把握できるシステムなどが考案されている。
IoTとは|モノのインターネット|インターネットオブシングス|Internet of Things − 意味 / 定義 / 解説 / 説明 : IT用語辞典

ネットワーク家電


IoTが頻繁に口の端に上り始めたのは2013年頃からだが、実は『イギリスの無線IDタグの専門家/プロダクターであるケビン・アシュトン氏が1999年に初めて使った造語』というから、来歴はかなり古い。『ネットワーク家電』というようなネーミングで、日本の電気メーカーが取組み始めたのも2000年代の半ば頃にさかのぼる。だが、残念ながら成功とはいい難く、ユーザーの失笑を買ってしまったものも少なくない。ジャーナリストの佐々木俊尚氏の今週のメルマガ( 2015.4.13 vol.341)でも、このことに言及している(記事全体の文脈は異なることはお断りしておく)。

インターネットにつながる冷蔵庫とか、スマホで操作できる電子レンジとか、いろんな製品が過去に出ています。ちなみにネット冷蔵庫を最初に開発したのは、たしかシャープだったと思います。90年代の終わりごろですね。いまや青息吐息のシャープですが、当時はまだいろんな画期的チャレンジに取り組む余裕があったということなのでしょう。

「ネットワーク家電」という流行語もありました(過去形にするのはかわいそうかな。まあまだ使われてはいますが)。クラウドの波に乗ってこれからは家電もクラウドにつながるのだ!というスローガンばかりが叫ばれたのですが、しかし白物家電をネットにつないで何をするのかということが明確ではない。さらに目的が明確になったとしても、それをどの会社がどういう基盤でやるのかという
標準が存在しません。


昨年夏には、パナソニックトヨタが提携し、エアコンと自動車を連動させるようなネットワークの構想も発表されています。以下がプレスリリースですが、「クルマの位置情報と連動して、出掛ける際にエアコンの切り忘れ通知を行う、または、帰宅時には到着する前にエアコンの起動をお勧めする」というようなイメージ。


トヨタ自動車パナソニック、クルマと家電をつなぐサービスを
共同で開発
http://bit.ly/1IPOZWx


 まあ面白くはあるのですが、これが世界の標準化競争で勝てるとは思えません。

幻滅期入り?


米国の調査会社ガートナーが考案して毎年発表している技術のハイプサイクル(IT関連で話題となる新技術の認知度や期待度が、時間経過と共にどのように変化していくかを表した図)の2014年版を見ると、IoTは、流行期の天辺、すなわち『過度な期待のピーク』にいて、今まさに『反動期(幻滅期)』に落ちて坂を転がって行こうとしているように見える。



ついでに、今『反動期(幻滅期)』にある技術を見ると、ついこの間まで熱い期待を背負って輝いていたのに、思ったほど日の目を見ずにいる技術が目白押しだ。IoTのブームが去るのも遠くないと予想している人が案外多いのも無理はない。



インダストリー4.0で再定義されるIoT


だが、それでもIoTはこのまま波間に消えてしまうようなことはなく、時代をリードするキーワードであり続ける可能性が高い。今、製造業の生産・流通工程の改革の主役としてIoTが再定義されつつあるからだ。その改革の一つが、ドイツが自国の製造業の競争力を将来に渡って維持・強化するために掲げた政策、『インダストリー4.0 (=第4次産業革命)』だ。定義だけ提示しても具体的にイメージしにくいと考えられるので、多少長めだが、日経ビジネスオンラインの記事より、該当部分を引用してみる。

インターネットの最大の特徴は、リアルタイム(即時)性だ。スマート工場はこの特性を最大限に活用し、生産拠点や企業の間の相互反応性を高める。具体的には、生産工程に関わる企業が、ネットを介して伝達される情報に反応して、生産・供給活動を自動的に行う。


 例えば自動車組み立て工場で、ある部品の在庫量が一定の水準を下回ると、その情報が自動的に別の企業の部品工場に伝達される。部品工場では、その情報を受けて自動的に部品を製造し、自動車組み立て工場に供給する。部品取引の決済も自動的にITシステムが記録、処理する。つまり、人間が下請け会社にメールなどで部品を注文する必要がなくなるのだ。


 それだけではない。工場の中のあらゆる場所に設置されたセンサーが、機械の異常やパフォーマンスの低下などを感知。システムがこれに反応して自動的に修理する。インダストリー4.0の中核であるスマート工場では、センサーと人工知能が、決定的な役割を果たす。


 「スマート(利口な)」という言葉が使われるのは、人間が関与しなくても、機械がネットを通じて情報を伝達しあい、生産や供給、製造パフォーマンスを最適化するからだ。つまり、企業は人間の関与を減らすことによって、人件費を大幅に減らすことが可能になる。

インダストリー4.0とは何か? (2ページ目):日経ビジネスオンライン

工場を中心とするIoT


このコンセプトは、工場内、工場が受け入れる部品、工場から出荷する製品、物流工程、販売ネットワーク、さらには顧客、すべてをインターネット等の通信ネットワークで結び、その間に人間が関与することなく、機械(ロボット/人工知能)が全体(生産、物流、顧客対応/サービス)を最適化する、いわば、『工場を中心とするIoT』と言える。



世界中に広がる動向


ただ、このインダストリー4.0はドイツのローカルのムーブメントで、他国/他地域は関係ないのではとの問いもあろうが、それは違う。確かに、日本でも米国でも、今ひとつインダストリー4.0の名は浸透していないと言われるが、実際にはすでに米国でも、この製造業のIoTの覇権を握るべく、巨人達が動き、連携を始めている。2014年3月に設立された、インダストリアル・インターネット・コンソーシアムなどそれに該当するが、GE、IBMインテルシスコシステムズAT&Tの5社が創設メンバーで、自らが世界標準となるべく会員を集めている。具体的な取り組み形式は違っても、本質は同じだ。インドでも同種の取り組みが始まっているという。



情報分析/活用が鍵


日経ビジネス まるわかりインダストリー4.0』*1によれば、ガートナーは、2020年にネット接続機器が2014年の約7倍となる250億個に急増すると予測しているという(内訳は、自動車分野が約35億個、産業分野では約83億個、一般消費者向け製品は約131億個)。今後、製造メーカーには『ネット冷蔵庫』『エアコンと自動車を連動させるようなネットワーク』といった、謎めいたIoT関連製品の案出に頭を悩ます間もなく、IoTで出来上がる巨大なネットワークを活用し、ここからもたらされる膨大な情報を活用することによって、出来ること、やるべき事が山のように出てくる。それどころか、膨大な情報を活用することが競争力の根幹になるから否が応でも(生き残りたければ)全力投入せざるをえない。


製造業でイメージすると、つい自動車や家電といった製品カテゴリー別のネットワークをイメージしてしまうが、将来的な競争力を左右するのは、単一カテゴリーの効率化だけではない。あるカテゴリーでの成功事例、成功要素を如何に素早く、的確に、他のカテゴリーに応用できるかどうかが非常に重要になるだろう。自社の製品カテゴリー以外の情報を如何に自社の製品の生産やサービスに生かしていけるかどうか、そういう競争が始まる。情報の扱いに長けたIT系企業のプレゼンスが製造業に及ぶことを既存の製造業が懸念するのも当然と言える。



有効利用される3Dプリンター


加えて言えば、この巨大なシステムが稼働を始めると、それ自体『巨大なエンジン』となって、有望とされながら今ひとつ有効活用しきれずにいる技術も巻き込んで、有効活用と活性化が始まるはずだ。例えば、メーカーズムーブメント*2の主役と持ち上げられながら、今ひとつ展開が鈍く見える3Dプリンターなども、様々な生かし方が案出されてくるはずだ。


世界中にネットワークを持つ製造業者であれば、3Dプリンターを各国の生産拠点に持つ事で、補修部品の在庫や、金型等の多くを保有する必要がなくなるかもしれない。部品物流を少なくすることにも寄与するだろう。国によっては、通関手続きのロスも非常に大きいものだが、それも回避可能となろう。


また生産工程に3Dプリンターを配することで、多品種少量生産の実効を上げることも期待できる。ユーザーが要望するデザインも、製造を金型に頼っていては、コストが非常に高いから型償却ができるユーザー数が見込めなければ(少数のユーザーが要望したくらいでは)応じることはできない。また、対応するスピードも遅い。だが3Dプリンターなら、少数のユーザーの要望にも機敏に対応することが出来る。ユーザーの側から見れば、自分の考えたデザイン通りの製品が即座に出来上がって来て、購入可能となることを意味する。



製造業は似て非なるものに進化する


『工場を中心としたIoT』に関わる要素技術をあげてみると、非常に広範囲の高度な技術が複合的に組み合わさっていることがわかる。


ロボット
人工知能
インターネット
クラウド
ビッグデータ処理/分析
センサー
WiFi無線LAN
Bluetooth
WiMAX
RFID
NFC
BLE(Bluetooth Low Energy)


この『巨大なエンジン』が回り始めると、このように様々な要素技術が取込まれ、それぞれが急速に進化発展するだけではなく、相互連関が緊密となり、新たに相互連関させることが更なる付加価値を大きくしていくことも期待される。個々の要素が全体として大きな生態系をつくり、人間が関与するより遥かにスピーディーに自己増殖していくイメージだ。


この様に言うと、『機械の暴走』『人工知能の暴走』とすぐに連想してしまう向きもあるが、このシステムの上位概念としての目的は、『効率化』であったり、『サービス性の向上』であって、これが直ちに人間を疎外し、敵対的に働くような種類のものではない。製造工程や物流工程等については人間の関与は減るが、製品コンセプトやサービスの構築、設計等については、よりクリエイティブな人間の関与が可能となる部分もあり、機械と人間の共創により、全体の系がスパイラル状に、人間にとって好ましいものに進化していくことも期待できる。製造業はそれ以前の製造業とは似て非なるものになっていく。現状の製造業の仕事のコアは『生産管理』だが、未来の製造業のコアは『創造』と『アート』になるだろう。


もちろん、影の部分もある。製造業と雇用、さらに言えば、物的生産と人間の関係の根幹さえ変えてしまうから、社会制度の根本的な改革も不可避で、短期的には改革の狭間で制度からの脱落者が大量に出てしまう懸念もある。そういう意味での課題は非常に大きい。



『木』を見ず『森』を見るべき


『巨大なエンジン』はすでに回り始めている。最初は製造業を中心とした『インダストリー4.0/第4次産業革命』もそこで培った蓄積は、農業にも、サービス業にもあらゆる産業にその影響の輪を広げていくだろう。入り口は、モノとモノとをインターネット等で結ぶための、IoTが主役だが、最終的にはすべてが情報に還元されて、情報の分析/利用が最重要になるため、この情報化の中心にいるのは人工知能ということになるだろう。ここまではかなり高い確率でやってくるであろう未来だ。個々の技術(IoT等)という『木』ではなく、『森』を見るよう視野を広げていかないと、近未来のビジネスでは負け組が確定してしまうことは覚悟しておくべきだ。