米国の静かな革命は底堅いと考える根本的な理由

誤解を与えた? 『革命』という用語


前回の記事は、急激に格差が広がる米国でわずか1%の富裕層が国富の半分を占め、政治の中枢を強力なロビーイングで牛耳る現状につき『何とかならないのか』という問に答える形で、99%層の反転の可能性や希望について書いてみた。といっても、空想やらファンタジーの類いではなく、それなりにあり得る未来についてかなり現実的に書いたつもりではあったのだが、『誇張』だとか、中には『共産主義』というようなご批判までいただくことになったのは少々意外であり、心外でもあった。私の表現が拙かったこともあるだろうが、何より『革命』という言葉を使ったことが、少なからず誤解を生んだようだ。確かに、この表現は、米国の1%の超富裕層に対して、99%層が反乱/革命を起こす、というような安易な想像を誘発してしまったかもしれない。



技術をベースとした構造変革


そもそもこの件は、ブログ記事一回分くらいで解決策を提示できてしまうほど安易な問題ではないことはもちろんわかってはいるが、誤解をふりまいたままというのもみっともないので、私が抱いている将来イメージにつき、もう少しだけ言及しておこうと思う。理解、あるいは賛同いただけるかどうかはわからないが、単純な政治的な党派性の問題ではないことは強調しておきたい。もちろん共産主義でもない。技術をベースにした構造変革が起きて、社会が劇的に変化する結果、既存の企業や既得権益層が弱体化してくるのではないか、と考えているのだ。



グローバル資本主義


資本主義国、特に先進諸国での所得の上下格差の拡大と、それに伴う中間層の窮乏/没落は世界的な問題だ。グローバル経済の下、資本移動に制約がなくなると、生産資本も低コスト(低賃金)を求めて世界中どこへでもシフトするから、理論的には、被雇用者としての中間層の賃金は、世界中で同一となる。(当然生活コストが高い先進国の中間層の窮乏化が進む。)それでも、格差に心理的な抵抗感の強い北欧諸国や日本(実際には格差は広がっている)のような国では社会福祉や保険制度で、結果の平等を維持しようとする力が多少なりとも働くが、米国のように、歴史的に『自己決定権』『アメリカンドリーム』を尊重する気風の強い国では、富裕層がさらに富裕になることについて社会的な許容度が大きい。加えて、1980年代のレーガン米大統領やサッチャー英首相らが押し進めた、新保守主義は経済的には放任主義をさらに加速させることになった。



行き詰まる? 既存の資本主義


ただ、資本主義は、『中心』と『周辺』から構成され、フロンティアを広げることによって『中心』が利潤率を高め、資本の自己増殖を推進していくシステムだが、今では地理的なフロンティアは限界まで開拓されつくし、国際的に見ても長期的な投資収益率は逓減してきている。米国は金融業界(ウォール街)中心に、高度な金融技術を駆使してフロンティアを無理矢理押し広げ、リーマンショックという破綻を経てもなお、政治力も使って、その構造の延命に必死だが、中核的な消費主体でもある中間層の窮乏化を必然的に伴うこのシステムはもはや限界との声も少なくない。それでも、途中で止まることもまたシステムの死を意味し、中にいるプレーヤーは、とにかく走る続けるしか選択肢がなく、展望もビジョンもなく、ただ走り続けている。


だが、著書『21世紀の資本』*1が爆発的に売れて時の人になった、経済学者トマ・ピケティが指摘するように、経済成長率よりも資本収益率が高い構造は変わらないままグローバル資本主義が続けば、資本を持つ者にさらに資本が蓄積する。このままでは、米国で言えば、1%の富裕層と99%のその他の層の格差は世襲を通じてさらに拡大することになり、構造は強化されるばかり、ということになる。



IT革命


ところが、グローバル資本主義のご本尊の米国から、いわゆる『情報革命』が起きて、旧来型の企業の根幹を揺さぶる新しいタイプのプレーヤーが出現するようになった。大雑把に分類すると、第一次のIT(Information Technology)革命をパソコンの普及による生産性向上の革命、第二次IT革命をインターネットによるコミュニケーション革命といってよいと思うが、第二次IT革命の覇者(GoogleAppleAmazonFacebook等)は既存の企業の製品やサービスを次々に呑み込み始めた。特にデバイスとしてのモバイル(スマートフォン)普及のインパクトは大きく、日本でもわずか数年の内に、携帯電話、固定電話、携帯音楽プレーヤー、デジタルカメラカーナビゲーション、CD、雑誌、書籍等が覇者に市場を奪われ、さらにその幅は広がりつつある。だが、これはほんの始まりに過ぎない。すでに第二次IT革命に続く、第三次IT革命の候補が目白押しだ。


AI (Artificial Intelligence 人工知能)、3Dプリンター/3Dスキャナー、ロボット、AR(Augmented Reality 拡張現実)・・・



本命『スマートマシン』


以前の記事でもふれたが、米ガートナー社が定義する『スマートマシン』が私個人的には、第三次IT革命の本命と考えている。この『スマートマシン』と密接に結びつき補強する周辺技術として、3Dプリンター/3Dスキャナー、ロボット、AR、IoT(Internet of Things  モノのインターネット)等があり、それぞれ格段の進化を遂げると共に、相互作用で一層全体のプレゼンスを上げていくイメージだ。(以下、『スマートマシン』の定義をもう一度書き出しておく)

スマートマシンとは、大規模でマルチソースのデータに対して精緻な分析を行う『Deep Analytics』を適用することを前提としていて、システムが環境を理解し、自ら学習し、自律的に作動することができる先端的なアルゴリズムを装備しており、より人間的な特徴を持つべく進化し、ゆくゆくは人間と共働し、共依存する関係になっていく存在



ITの歴史上最も破壊的な『スマートマシン』が市場を席巻する近未来 - 風観羽 情報空間を羽のように舞い本質を観る

まずは『ビッグデータ解析』


このスマートマシンは、人間がプログラムしないとタスクを実施できなかったこれまでのコンピューターと違って、データや人間との情報交換を通じて自ら学習し、データから推論し教訓をえて、自らプログラムし、新しいタスクを実行して所定の目的を果たして行くことができる。スマートマシンの中心にある人工知能は、究極は人間を超えていくのでは、とまでいわれるほどのポテンシャルを持っているが、当面最も現実的かつ、社会に多大な価値をもたらすと考えられるのは、いわゆる『ビッグデータ』の活用における役割だろう。


若干データが古いが、米EMCが米IDCに委託して調査した結果によれば、2012年に全世界で生成/複製されたデジタルデータはおよそ2.8ゼッタバイト(過去2年間で倍増)、これが2020年には40ゼッタバイトに達するという。まさに『爆発』的な増加だ。


しかしながら、2012年のデータの23%はビッグデータとして活用可能でありながら、分析が行われているデータの割合は1%にも満たないという。まさに宝の持ち腐れだ。しかも、その『宝』は無尽蔵に増えていく。まるでまだ発掘が進まないままに地下に埋もれている天然資源だ。そして、スマートマシンは、その発掘から精製、製品化まで手がけ、価値を無限大に引き出す役割を果たしてくれることが期待されている。

全世界のデジタル情報量、2020年には40ゼッタバイトに - ITmedia エンタープライズ



すべてを呑み込む第三次IT革命


となると、どの産業であれ、どんな企業であれ、その『天然資源』を活用すれば、従来には考えられなかったような価値が次々と生まれてくるはずだ。自然現象から社会現象まで、隠れた法則性や関係性があきらかになり、飛躍的な発展が見込まれる。新薬の開発、新しい治療法の発見、隠れた病気の発見、石油資源の探査、新しいマーケティング手法の開拓・・ここは、まさに無限大のイノベーションが爆発的に起きて来る可能性のある、新しい土壌でもある。


逆に言えば、この『天然資源』を活用できない企業は、市場での競争に負けていくことは確実だ。IT技術を駆使することができるスマートなプレーヤーは企業であれ、個人であれ、どんな産業にも参入でき、一方、それができないプレーヤーは、旧来の企業組織での地位も危うい。すでに日本でもそういう兆候は現れてきている。(DNA分析に参入する、GoogleYahoo!DeNA等)すなわち、ビッグデータ利用という点だけで見ても、第一次、第二次にもまして、第三次IT革命はありとあらゆる産業、企業、ビジネスを呑み込んで、その法則の支配下においていくことが予想される。



主役交代


旧来の経済における勝利条件は、『資本の集積』、『土地や設備』、『大規模な事業に取組むことができる組織』等だったのが、IT革命が進めば進むほど、優秀な人材(とその人材の構築するアルゴリズム)の一択になっていく。パソコンやスマホがそうであったように、ITに関わる生産要素は、急激に高性能になる一方で、価格も下がっていく(最近では、3Dプリンターがいい例だ)ため、それを使いこなすことができれば、個人や小さな規模の企業でも、十分大きな仕事ができるようになる。そうなると、旧来の企業の、官僚的組織、仕事の進め方、就労の仕方(9時−5時の勤務形態等)すべてが変貌することを意味する。全般に、無駄に大きな組織は不要となり、現在の米国の大企業も変革/衰退/退場/主役交代を余儀なくされていく可能性が高い



『組織』から『個人』へ


主役が交代しても、IT革命の覇者、Googleのような企業は、超巨大なグローバル企業になっており、結局、従来の大企業が君臨するのとさほど違わないのでは、という意見も出て来そうだ。だが、それは違う。まさにGoogleが典型例だが、あの組織においては、如何に優秀な個人が喜んで働くことができる環境を準備できるかが、組織管理のほとんどすべてだ。実際、人材の流動性はものすごく高く、Googleで長期的に働くかどうかわからないと答える社員が多い。Appleスティーブ・ジョブズ亡き後、創造性の後退が盛んに取り沙汰されるが、実際に創造性を発揮する仕事がなくなり、官僚的になれば、優秀な社員は会社を去り、競争に負けて組織としても縮小していくだけだろう。あくまで、主役は『個人』だ。『組織』ではない。



IT革命の背後にある文化


IT革命をこれまで推進して来た主役達は、組織や階層の制約を嫌い、個人の自由を何より重んじる人種であることはこれまでもさんざん分析されてきた通りだ。その文化を代表する存在の一つがウィキリークスといってよいと思うが、ウィキリークスには米国のこれまでの政治・経済構造に対する抵抗/レジスタンスの思想が流れていて、その源流にオープンソースの思想がある。そして、その思想の発現を可能にしたのは、個人が利用可能な情報技術と分散型のオープンソース・コンピューティングだった。この構図は、第三次IT革命の時代に至っても、そして、その延長上の未来においても、長きに渡って引き継がれていくと考えるのが今は自然に思える。実際、米国の今後を担うミレニアム世代(1982年〜2005年生まれ)も技術に強く、技術を使いこなし、個人主義でありながら、個人同士がつながり合うことを重視するといわれていて、これまでのIT革命の主役達の遺伝子をしっかりと引き継いでいると考えられる。


だから、先週の記事で書いた、『米国の静かな革命』の主役は、IT革命の担い手と重なっており、それ故に、旧勢力に負けて消えていくどころか、旧勢力を駆逐していくパワーがあると考える次第である。
米国の静かな革命が、今後大きな潮流になると考える3つの理由 - 風観羽 情報空間を羽のように舞い本質を観る



重要なメディアの役割


ただ、一つだけ気がかりなのは、政治家であれ、行政府であれ、企業であれ、堕落したり腐敗したりすることを抑止するためには、健全で独立したメディアの存在が不可欠、という点だ。米国では、大量破壊兵器の存在を理由に決まったイラク出兵(結局、大量破壊兵器はなかった)も、リーマンショックの主要な原因となったサブプライムローンについても、当時の大手メディアは、ほぼ沈黙していたといわれている。今では、第二次IT革命のあおりをまともにくらって、米国の旧来の大手メディア、特に新聞メディアは、崩壊/衰退の過程にある。その結果、企業からのスポンサーシップによる報道の偏向の弊害は排除されつつあるが、一方で、資金不足による、監視役としてのメディアの役割の後退が懸念される。


もっともさすがに米国では、大手メディアにいた優秀な人材が新しいメディアを続々と立ち上げたり、新しいメディアに参加して、権力監視という本来の役割を果たそうとする動向がみられるようになってきてはいる。この点については、私も情報が今ひとつ足りないので、断言はしないが、テクノロジーのバックアップを得て、少人数/低コストでメディアの重要な役割を担えるようになっていくという予測を当面は信じて、見守っていきたいと思う。

*1:

21世紀の資本

21世紀の資本