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スマートマシンが席巻する世界でも生き残る日本企業のあり方とは


スマートマシンを核とした巨大システムの脅威


先週は、IT分野の調査・コンサルティング企業である、米ガートナー社が公開した記事から、今後、ITの歴史上最も破壊的な影響を持つことになると予想されるスマートマシンとそれを囲む『巨大なシステム』のイメージについて言及したところ、予想以上に大きな反響があった。(ご参考にその説明部分を抜粋しておく。)

リアル情報もすべて高度なデジタル情報に置き換えられ、現状を遥かに超える大規模なデータ(ビッグデータ)が創出され、その巨大なシステムの中核にスマートマシンが鎮座し、疑似人格が現出し、労働を含む人間の活動を大規模に代替していく、というように、世界全体を巨大なシステムに巻き込んでいくことがイメージされている。

ITの歴史上最も破壊的な『スマートマシン』が市場を席巻する近未来 - 風観羽 情報空間を羽のように舞い本質を観る


このスマートマシンを核とした巨大システムの影響は、人間活動の全般に及び、2018年までには人間の仕事の半分を機械が代替すると予想されていて、それを受けて私は、この巨大システムは日本企業がこれまでその文化のハイコンテキスト性に依拠してつくってきた壁(ニコニコ動画のコミュニティや、LINEのスタンプ等)をかなりの部分の乗越えて浸透してくるのではないかと述べた。



日本企業を競争優位に導く技術


ただ、ガートナーの2015年の戦略的テクノロジーのトップ10には入っていないが、この『巨大システム』を補完しつつ、一方でハイコンテクストな日本文化を勘案して製品やサービスを構築するための一助となり、そういう意味で日本企業を競争優位に導くと考えられる技術がある。AR(Augmented Reality/拡張現実)技術である。


ARというと、どうしても、かつて非常に話題になったサービスであるセカイカメラ*1や、アニメ『電脳コイル*2で示されたような、スマホのカメラ画面、あるいはメガネを通して、現実の風景の上に写像を重ねて見せるような、『視覚のAR』ばかりが話題になりがちだ。しかしながら、もう少しこれを広義に定義すると、視覚だけではなく、人間の他の五感(聴覚、臭覚、味覚、触覚)、さらには、力覚、平衡感覚、もっと言えば、直感やインスピレーションといった第六感にまで及んで、その感覚を強化し引き出す技術全体が含まれるし、しかも、それぞれの領域で非常に高い成果が出つつある。(そういう意味では、技術、というより『技術群』というべきかもしれない。)



だが、どうしてこのAR技術群が『スマートマシン』と相互補完的なのか。そして、日本企業を競争優位に導くのか。



義手』から『本物の手』へ


すでに、ロボット技術によって、脳の運動野にセンサーを埋め込み、人間の思考のパルスによってロボットアームを動かすことは可能だ。現段階でどの程度の動きができるものなのか正確なところはわからないが、一般論で言えば、スマートマシンの核である人工知能が人間の動作を学習し続けていけば、よりスムーズで人間の動きに近いロボットアームが出来ていくであろうことは当然予想される。
思考で操作することができるロボットアーム|WIRED.jp


だが、そのままでは、如何に指令が人間の脳から直接出ていようが、それはあくまで人間の『外部』にある、高機能な杖や棒にすぎない。ところが、今では、義手を通じて、触ったという感触や圧力のような感覚刺激を脳に伝達するような技術も研究の途上にあるという。これこそ、まさに『触覚のAR』だ。これができれば、その義手は人間の『内部』に取込まれた『本物の手』に格上げされる。その手は、触覚を通じて人と世界を繋ぎ、人はその触覚を通じて世界を取り戻すことができる。ロボット技術とAR技術が両方揃って初めて、『義手』は『本物の手』になる。
触った感触を脳に伝えることのできる義手|WIRED.jp



言葉/論理より感情/感性


近い将来、物理空間がくまなくインターネット/クラウドに接続され、大量の情報が取り込まれ、分析され、スマートマシンは、その環境の中にいる人間に、有用/最適な情報をタイムリーに送り返すようになるだろう。だが、送り返される情報は、『言語』であったり、『信号』であったり、論理的で正確ではあるだろうが、そのままでは如何にも『無骨』だ。特に、季節や天候のちょっとした違いにもさまざまな『情感』を感じ取るような、鋭敏な感性を持つ日本人にしてみれば、野暮もいいところだろう。だが、AR技術群を総動員すれば、そのロジカルな情報を感情/感性情報に置き換えて、人間に心地よく、自然に、渡すことができる。その違いは特に日本人にとっては非常に大きい。

古池や蛙飛びこむ水の音


松尾芭蕉の有名な俳句だが、これを英語に直訳しても(しかもその語句を正確に英訳すればするほど)日本人であれば誰でもわかる情感は削げ落ちてしまうだろう。

There was an old pond. A frog jumped into it. The sound of the water was heard.


だが、スマートマシンが人間に正確に情報を伝えようとすれば、このニュアンスに近くなるはずだ。


では、AR技術群を動員して、日本人がこの俳句の情景を伝えよう思った場合、どうするだろう。


もちろん、AR写像で空間や壁にこの情景を浮かび上がらせ、それに相応しい風を吹かせて頬をなで、日の光を照らし、周辺の余計な音をカットした上で、静かな、そしてその情景に深々としみいるような音を流すのだ。言葉など、邪魔なだけだ。


殺風景な部屋、飛行機の中等にいても、窓に感動的な風景を写し、まるで窓を開け放したかのような、柔らかな日差しと風を感じさせることもわけはない。ワクワクするようなドラマティックな冒険もできれば、現実空間から余計なものを取り除いて見栄えをよくすることもできる。可能性は無限だし、実際、ハイコンテクスト文化の日本ならではの工夫の余地が無限にありそうに思えてこないだろうか



AR技術で日本の強みを取り戻す


極論を言えば、こういうことだ。近い将来スマートマシンを中核においた、巨大なシステムは世界全体を巻き込み、現在の人間の仕事の大半を代替するような大変革が高い確率で起きて来るだろう。その中核を担う人工知能の開発には、世界の天才を集めて覇を競わせるような激烈な競争が不可避だが、ほとんどの日本企業にはそのような競争に参入して勝ち抜くことはできないだろう。


だが、その頃には、多くは汎用的になっているであろうAR技術と(もちろんそれをさらに磨き上げることを前提に)生まれ持った鋭敏な感性によって、五感(さらには六感)を総動員してその世界を人間的に、感覚的に、コンテクストリッチに彩って完結させることによって巨大システムの一端に参入することはできるはずだ。そこでは、少なくとも日本市場においては、日本人ならではの世界を構築して差別化することは可能だろうし、さらには、それによって再び世界に打って出れる可能性も充分にあるはずだ。かつて日本人は、欧米で発明された自動車に、日本人にしかできないような味付けを施すことによって、世界の自動車市場を席巻した。そのようなアナロジー(類比)は、ここでも十分有効なはずだ。



チャンス


ガートナーの最新の『ハイプ・サイクル』を見ると、AR(拡張現実)は出て来るが、『幻滅期』にカテゴライズされている。



ガートナー | プレス・リリース |ガートナー、「先進テクノロジのハイプ・サイクル: 2014年」を発表


幻滅期といっても、全く廃れてしまうという意味ではなく、この後、時間とともに、『啓蒙活動期』『生産性の安定期』に入って定着してくるという見通しではある。ただ、それにしても、扱いのレベルが低すぎるように思える。それでも、この表をよく見ると、広義のAR技術群の一端である『ヒューマン・オーグメンテーション』とか『ニューロ・ビジネス』等、黎明期の上昇カーブの所においてはあって、それなりに意識されていると言えなくもないが、それにしても、上記で述べたようなビジョンが見出されているようには到底思えない。だが、むしろこれは日本企業にとって『チャンス』であり、一歩リードできる可能性を示唆するものといっていいのではないか



すでに議論は始まっている


少々私の語りが過ぎると思われる向きもあるかもしれないが、そんなことはない。例えば、私も以前一度発表会に出席させていただいた、『先端IT活用推進コンソーシアム ビジネスAR研究部会』の中で行われている議論を一読いただければ、ここで非常にレベルの高い議論がすでに縦横に行われていることがご理解いただけるだろうし、今回私が主張したかったことについても、より理解を深めていただけるに違いない。
AR産業論 対談形式


コンセプトの熟成


今回書いた内容については、賛否は別として、是非、それぞれの立場で自分の問題として考えてみて欲しいと思う。私も、今後もっとこのコンセプトを熟成し、具体的なイメージに仕上げた上で、この場でまたとりあげていこうと考えている。