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機械と人間の共生について突き詰めて考えるべき時が来ている


Google会長の見解


Googleエリック・シュミット会長は、GoogleシンクタンクGoogle Ideasの創設者であるジャレッド・コーエン氏(Googleの従業員)との共著『第5の権力』*1で、技術イノベーションが今のペースで続けば、2025年には80億に達すると想定される世界人口のほとんどがオンラインでつながるようになる未来を予測する一方で、Googleは現在インターネットに接続していない50億人近くの人達と、『スマート化』もしくは『オンライン化』されていない無数の機械に狙いを定め、この最後のネット非接続地域にインターネットを提供するために、無人操作機(ドローン)、ロボット、および人工知能イノベーションを集中させる必要があることを説く。



人工知能の重要性


実際、昨今のGoogleの活動はこのシュミット会長の発言をそのままなぞっているかのように見える。つい最近も、ハンドルもアクセルもブレーキペダルもない完全自動運転車のプロトタイプ*2が発表されて話題になったが(自動運転車は典型的なロボットといえる)、この自動車に象徴されるように、Googleが想定しているロボットは、人の介入を前提とせず、自ら考え、判断して動くことを前提としており、そのためには、機械学習をベースとした『人工知能(artificial intelligence :AI)』の存在が不可欠だ。


そして、その人工知能は、すでにインターネットがつながった領域での競争を制する鍵でもある。というのも、以前にも書いたが、今爆発的に増えているいわゆるビッグデータの中味は、汎用のデータベースに簡単に格納して管理できる『構造化データ』(企業の顧客情報、経理データ、販売データ等)よりも、データベースにおさまりきらない、『非構造化データ』(電子メールやテキストファイルなどの文書や画像、動画等)が圧倒的に多くなってきており(9割以上が非構造化データ)、この大量の非構造化データを活用してビジネスで勝利するためにも、人工知能の能力向上が不可欠だからだ。


だから、気がつけば、Googleだけではなく、AmazonYahoo!フェイスブックマイクロソフト等の大手はもちろん、ピンタレスト、ドロップボックス、ネットフリックス等の新興企業から、バイドゥのような中国企業に至るまで、競って人工知能関連の人材を漁り、研究開発に巨額の資金を投入している。数年前までは、人工知能というキーワードは、何だか今ひとつ現実味がなくて、使うのがはばかられるようなニュアンスさえあったものだが、あっというまに、現代の企業の競争を制する中核的存在に祭り上げられるようになってきた。


今年に入って、大手マスコミ(NHK*3朝日新聞日経新聞等)もこのトピックを盛んに取り上げるようになってきている(つい最近も週刊ダイヤモンド*4が特集を組んで大きく取り上げている)。いつの間にか、このキーワードはごく普通の人の口をついて出て来るような、ポピュラーなものになりつつある。そして、これが今後のビジネスの勝敗を左右し、個人の仕事を奪う恐れがあることも、もはや誰の目にも疑いようがなくなってきたといえる。



正しい理解が必要


人工知能とは何なのか、人工知能がすっかり浸透した未来に、本当のところ何が起きるのか。個人の仕事がロボット/人工知能に奪われ、ビジネスの勝敗を分ける鍵になるとしても、いったいどのような未来を想定し、どのように備えればいいのか。あまりに展開が急だったこともあり、正確に理解されているとは言い難い。だから、何よりまず正しく理解し、正しく備える必要がある。ただ、その糸口は奈辺にあるのか。



人間がやることはなくなる?


以前、『本当に人間に残る仕事は何だろう/アルゴリズムが全て呑み込む未来 - 風観羽 情報空間を羽のように舞い本質を観る』でも書いた通り、 今後の人工知能がカバーできる範囲は、一般の人が考えているだろう範囲よりはるかに広そうだ。人工知能はチェスはおろか、ポーカーゲームでも近い将来人間に勝つようになるだろうし、すでにCIAの調査官顔負けの分析と予測を行い、大勢の聴衆を感動させる名曲まで作曲してしまう。


発明家、未来学社として知られ、現在Google人工知能の研究に取り組む、レイ・カーツワイル氏は、『2029年には世界は脳のリバース・エンジニアリングを終え、人工知能は人間と同等の能力を持つようになり、2045年には人間の従来の理解力を超えた人工知能が生まれる』と宣言して世界を驚かせた。こんな話ばかり並べると、人工知能におよそ不可能はなく、人間にはまったく為す術もないように思えて来る。



現実的には


しかしながら、もう少し冷静に考えれば、少なくとも当面は、如何に優れた人工知能にもその弱点はある。現実的に10年程度のレンジで考える限り、人工知能の強みと弱み、共生するために必要な人間側の条件/能力等を明確にすることこそ何より先ず必要だ。(それに私自身の感想だが、2045年に至っても、人工知能が完全に人間と同等の能力を持つことはやはり難しいのではないか。脳の、というより人間のリバース・エンジニアリングに取り組めば取り組むほど、人間の能力の奥深さに気づくことになるに違いないと思う。だが、今はこの論点を語るべき時ではないので、次回以降の宿題としておく。)



機械が苦手なカオス


たとえば、未来予測/シュミレーションは、コンピュータ(スーパーコンピュータ)の能力が飛躍的に(指数級数的に)向上する(近)未来にはおよそ不可能はなくなるようにも思えるが、天文学者で宇宙物理学者の松田卓也氏によれば、天気/気象の予測のように、現在の情報がほんのわずかに違うことで、シュミレーション結果が非常に大きく違うようになる現象は『カオス』と呼ばれ、『カオス』の現象は、如何に巨大な能力のコンピュータを持ってしても対処に限界があるという。(『2045年問題』*5 )これは、組合せ的爆発、計算量の爆発とも呼ばれる現象で、如何にCPUやメモリーの能力が向上しても、原則なす術がないというのが、情報科学者の基本常識とされているという。限られた探索空間での思考や、大砲の玉がどう飛ぶかというようなカオスではない現象では、無類の強さを誇るコンピューターでも、苦手と限界は厳然とあるわけだ。


この点について、国立情報学研究所の教授で、数学者の新井紀子氏は、ジャーナリストの津田大介氏との対談において、次のように述べている。

新井 ── Twitterのように物量が多いと、情報の整理整頓というか、検索して分類できないと情報が埋もれてしまって、結局のところ役に立ちません。
東 浩紀さんの「民主主義2.0」などを見ていても、量が膨大になったときに情報が整理ができないことに関しての感覚が、私たち情報科学者とは違っていて興味深いです。
情報は公開さえされれば、手作業にせよ自動にせよ、整理できる、見つけることができる、と思っていらっしゃるんじゃないかと思うんです。
人工知能の研究では、まだそこまで考えて、検索して、分類できるものは存在しないので、今後なるほどと思う分類ができるかが課題でしょうね。

CROSS × TALK データを活かした社会の知 (1/8) | Telescope Magazine

限界を知って使いこなす

人工知能をベースにビジネスを有利に導くためには、現状(および近未来)での人工知能の限界を知った上で、出来ることに最大限取り組ませることが必要になる。この点についても、新井氏の見識は秀逸だ。新井氏は、 Amazon人工知能を非常に良く使いこなしているのは、人工知能に対する幻想が非常に少なく、だからこそ、『機械ができることに関しては、機械に徹底的にさせる』という考え方が明確だからだと述べる。


新井 ── (前略)彼らは「機械にできることを中心に業態を作っている」のです。
まずは、機械にできることを見極める。その後、業態の中心に機械を置き、機械ができないところに人間を配置するという具合に、すごくクールでシビアな業態の作り方なんですね。
津田 ── 全てがシステマチックですからね。
新井 ── 情報推薦や在庫管理は、機械がある程度できることなので、機械を中心に作ってあります。
それに対して、例えば本を売る場合、出版社があらすじなりオススメの情報なりを勝手に作成してくれるだろうとAmazonは思っています。人の労働力をタダで動かせるクラウドだと捉えている。
でも、その労働にコストが掛かるとみんながやりません。だからそのインターフェイスを優しくしているんですね。人に優しいインターフェイスとは、その人から無償の労働を引き出せるものでもあるのです。
Amazonインターフェイス設計やデータ処理を見ていると、顧客のためというよりは、機械と人間、両者の最適化の見極め方がシビアだなと感じます。

CROSS × TALK データを活かした社会の知 (1/8) | Telescope Magazine


私には、これこそ、人工知能を使ってビジネスに勝利する知恵そのもの』に思えるのだが、どうだろうか。



機械と人間との手分け


人間なら小学生でも、普通の文章を読めば『常識』と『非常識』の区別が可能で、『文法が正しくても不自然な文章』を見分けることができる。だが、コンピュータにはこれができない。人間に、『これは常識的』『これは非常識』という回答を大量に準備してもらって、学習する必要がある。だが、コンピュータに学習させるための資料(訓練集合というらしい)を準備することには、かなりの労力がいりそうだ。理論的には可能でも、ビジネスとして取り組むには、コストパーフォーマンスは悪く見える。無理矢理コストをかけて人工知能に学習させるより、人工知能と小学生が組んだ方が手っ取り早そうだ。ビジネスにはそのような判断は不可欠だろう。


また、コンピューターは、人間なら軽々とこなす、画像理解能力がまったくといっていいほどない。人間なら写真を見て、そこに人なり動物なり建物なりが写りこんでいることを瞬時に判断することができるが、機械にはそれができない。コンピューターにそれが行えるようにするためには、画像のどの部分に何が写っているかというテキスト情報を併せて教える(あるいは、それを大量に用意して学習させる)必要がある。


機械に学習させるために、クラウドソーシングで低賃金で写真にタグをつける作業を外注するという方法もあるが、それでも大量に学習させるには、コストも膨大になり、準備も煩雑だ。そこで、フェイスブックやインスタグラムのようなサービスでは、ユーザーの登録写真に対して、写真の中のオブジェクトや人物のタグ付けをしきりに勧めるのだという。大量のユーザーと大量の投稿写真を抱えるソーシャルメディアなら、機械学習を数多く自動的に行うことができるので、画像認識の質を高めることができる。これも、人間と人工知能の高度や役割分担とも言え、ビジネスを仕掛ける側がこのような機械の特性を理解した上で、システムを構築することがビジネスを勝ちに導く鍵になる。
なぜ大手ネット企業が一斉に人工知能技術の開発に乗り出したのか | 田中善一郎


これは一方で、人間に出来ること、やるべきことを見極め、来るべき時代に仕事にあぶれないようにするためにも必要不可欠な情報とも言える。(ただし、これらの例では、機械にはできない人間の高度な能力なのに、人間なら誰でもできるから、クラウドソーシングによって仕事がオファーされても、報酬はものすごく低くなってしまいそうだ。



論理的表現力の必要性


グローバル化したビジネス社会で生き残るために必要な要素として、英語、財務、IT知識の3点セットがかつて盛んに喧伝されたものだが、どうやらそれも中途半端な取り組みでは、根こそぎ機械に取って代わられることになりかねない。


新井氏も、著書『コンピュータが仕事を奪う』*6で、コンピュータが何を得意とし、何を不得手としているかの知識とコンピュータにやらせるべきことを論理的に表現する力が今後は不可欠になると指摘する。そして、そのためには数学を言語として使いこなす能力(第二言語として数学が話せる能力)が必要で、教育にも取り入れていくべき、と語る。日本の学校では、数学など実際の役にはたたない典型的な科目のように語られることが少なくないが、その常識は180度ひっくり返す必要がある、ということになる。


このように、『機械と人間の共生』は従来の常識にとらわれず、もっと真剣に突き詰めて考える時が来ているように私には思える。