読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

世界の未来はどうなるのか?

『希有』の一冊


インターネット/ウェブの影響がより一層大きくなりつつある世界についての未来予想という超難題に果敢にも取り組もうと思うのであれば、手始めに優れた先導役の秀逸な著作物にまずは首まで浸かって、内側からその主張を把握し、思想を追体験してみることが一番手っ取り早い。問題はそのような優れた先導役とその著作が希有の存在であることだが、先頃出版された、(株)インフォバーン代表取締役CEOである、小林弘人氏の『ウェブとはすなわち現実世界の未来図である』*1はその『希有』の一冊と言えそうだ。



先導役とその著書


小林弘人氏と言えば、インターネットの草分けの時代から優れたビジョナリーとしての見識に定評がある。しかも、『フリー』『シェア』等、インターネット世界に生起する新しいコンセプトの重要性に一早く注目してわかり易く紹介してきた人でもあり、先導役としては申し分ない。


しかも、この本、インターネットの黎明期の説明に始まり、ウェブ2.0の時代以降の変化についても詳しく言及し、最新の状況を踏まえて近未来を予測し、留意すべき視座を示すという、まさに『未来地図』になっている。もちろん、未来予測という超難問、如何に優れた先導役にとっても難問であることにかわりはなく、必ずしも小林氏の見解をそのまま受容する必要はないが、専門知識に乏しい一般人にとっても、最先端を探求する専門家にとっても、少なくとも、各自が自分自身の何らかの『参考点』としていくに足る論点を見つけることはできると思う。



リアルとバーチャルの融合


小林氏のメッセージの中で、私自身が何よりまず重要なコンセプトと感じたのは、『リアル(現実世界)とバーチャル(ウェブ世界)の融合』だ(小林氏自身が融合という言葉を使っているわけではなく、あくまで私自身がそう理解した)。一口に融合といっても、この数年話題となって来た、AR(Augmented Reality、拡張現実)等によるリアルとバーチャルの融合とは比較にならないほど本格的な融合が想定されている。ARによる融合が、リアルに所々『重ね合わせ』たり、『孔』をあける程度の融合だとすれば、ここでいう融合はシームレスで境目がなく、文字通りの『融合』だ。ARも融合を促進する重要な一要素ではあるが、これに加えて、Google Glassのようなウエアラブル・デバイスにより、リアルとバーチャルとはスマホを媒介とするのよりも一段と接近し、3Dプリンターにより、バーチャル世界に構築されたものは、瞬時にリアル世界に出現し、リアルにあるモノのすべてが受発信デバイスを持ち(モノのインターネット、Internet of things)、情報としてバーチャルに取込まれていく。



ネット内で起きたことはリアルでも起きる


これまでは、いかにリアルとバーチャルが接近し重なったといっても、リアルはバーチャルでは駆動できない固有のロジックを持ち、それぞれ別の特性を持つ個別世界だったのが、今後はリアルの背後にバーチャル(ウェブ)のロジックが浸透し、バーチャルの色濃い影響が及び、インターネット内で起きていたことがそのままリアルでも起きるようになる可能性がある。


例えば、インターネット/ウェブの中の世界では、集合知の利用も、オープンも、シェアもすでに支配的な慣行/概念として受け入れられきているが、今後はリアルを統べる慣行/概念としても、従来の常識を飛び越えてリアル世界全体に浸透し、主要な慣行/概念となって行く可能性がある、ということだ。現実のモノがすべてハイパーリンクで結ばれ、ネット内と同様な関係性を持ち、リアルも速やかにバーチャル内の情報として読み込まれ、逆にバーチャルな情報としてだけの存在であっても(3Dプリンター等で)速やかにリアルにも出現する、というのだから、これも当然とも言える。リアルでの勝利の方程式は、今後続々とバーチャルでの勝利の方程式に置き換わり、バーチャルでの勝ち組がリアルでの勝ち組に置き換わって行く可能性があるということでもある



パワーシフト


とすれば、バーチャル内は、すでに優れた個人がアルゴリズムを駆使することで、非常に大きなパワーを持ち、場を支配し、変革を主導することができる世界になっているわけだが、今後はリアル世界も同様に、優れた個人による主導権が一層(格段に)大きくなることを意味する。従来のリアル世界での支配力/権力/パワーは主として組織にあって個人にはない。リアル世界では個人ではできないことをエンパワーされた組織の力で成し遂げ、組織の支配権を持つもの(技術等の具体的な知恵がなくても)=権力者だったわけだが、ここに大きなパワーシフト(組織から個人へ)が起きる可能性が高い(すでにそれは現実に起きている)。


以上のように考えれば、『ウェブとはすなわち現実世界の未来図である』という本書のタイトルに込められた意図が少し見えてこないだろうか。



人間中心主義


ただ、だからといって、リアルが無機質的で機械的な冷たい世界になる、ということではない。むしろ、リアルに生きる人間のアメニティ(快適性、快適な環境、魅力ある環境等)は極限まで高められることになるだろう。


コミュニケーションについても同様だ。オープンで効率的、かつ利便性が高く、半永久的なアーカイブ価値のあるフェイスブックのような全方位的で万能なソーシャルメディアでも、それで人間の心理的な快適性や満足度が最大になるとは限らない。少なからぬ利用者の間で、フェイスブック疲れのような現象が表面化してしまうことは実証済みだ。もっとクローズドな少人数のコミュニケーションが求められたり(LINE、WhatsApp等)、写真も永続的に残るより、瞬時に消えるサービスのほうが好まれる(Snapchat、muuk等)ようなことも起こる。


小林氏はこれを『人間中心主義』と呼び、リアルもバーチャルの浸透でより人間が快適に過ごすことのできる方向に進化していくことを予想する。市場の競争環境でこれが展開される限り、身体的にも心理的にもより快適な方向にサービスもモノも進化していくことは当然で、それができない提供者は競争に負けて行く。



気持ち悪ければ生き残れない


一方で、ユーザー情報を分析して広告に利用するクラウドサービス(Google等が提供)など、プライバシーの侵害が起きるのではないかとの不安感を持つ人は非常に多くなってきていて、バーチャルの浸透はアメニティを上げるどころか、不安感を増大させるだけ、という意見も根強いが、これも過渡期的混乱ともいえ、およそサービスとして残って行くからには、この『不安感を払拭する洗練』がサービス競争の基軸となり、人間がより受け入やすい方向に全体としてシフトしていくことは(若干楽観的かもしれないが)期待できる。いわば、無機質的なアルゴリズムは有機的で人間心理に親和的なアルゴリズムに置き換えられて行くと考えられ、さらには、単なる身体や心理の快適性だけではなく、より人間の高次の欲求である、自己実現、世界への貢献というような欲求を満たすことを助けてくれるようなサービスが競争の結果として生み出されていくような可能性も充分に考えられる。


今はまだ不気味さ漂うロボットや自動化(自動運転等)についても、より人間が抵抗なく受け生けられるしつらえとなっていくであろうことも間違いない。不気味なロボットを提供するメーカーは不気味ではないロボットを提供するメーカーには負けてしまうはずだからだ。


また、あまりに勢いがあり過ぎるGoogleのような会社の一極支配が強まることを懸念する向きもあり、そんな未来は気持ち悪いと考える人も増えているように思う。だが、Googleという組織の縛りは、場合によってはすぐ解けてしまう程度のものだ。Googleの社員は組織のコンセプトと自らの信念に相違があれば、組織を離れることを躊躇しない(現状でもGoogle社員の在籍年数はかなり短かかったはずだ)。そして、『パワー』は組織ではなく優れた個人の側にある



創造的な仕事は増える


インターネット内では、『フリー』『オープン』『シェア』等の恩恵で、様々なツールが無料ないし安価で利用できるようになった。その結果、個人ないし小規模な組織でできることの範囲が格段に広がった。良いアイデアがあれば、クラウドファンディングで資金調達は可能だし、協力者はフェイスブックTwitter等のSNSで世界中から見つけることができる。宣伝も動員も、SNSを巧みに使うことができれば、ほとんどお金はいらない。決済システムも、PayPal等を格安で利用できる。これが、今後リアルにも広がって行く(3Dプリンターは非常に直接的にその可能性をかいま見せてくれた)。


小林氏はこの過渡期的な状況にこそ、創造性を生かす実践の場、近未来の仕事があり、それは技術者だけではなく、より人間のことを深く理解できる人文系の知恵や、新しい組み合わせや取捨選択ができる編集能力等を生かす場が広がって行くことを示唆する。そして、バーチャル(ウェブ)で起きたことがどんどんリアルでも起きるということは、バーチャルを熟知する人にとっては、今後のリアル世界に起きて来る未来を予想して先回りできることを意味する。(そのつもりで、バーチャル/ウェブ世界のことをもっとちゃんと勉強すべきというメッセージも伝わって来る。)



7つの視座


小林氏のコンセプトを紹介するように見えて、かなり私自身の考えが『融合』してしまったような気もするが、上記のような理解に基づき、本書の最終章にある、『常識の通じない時代を生き抜く「7つの視座」』の一つ一つをあらためてかみしめてみると、理解が進むのではないだろうか(少なくとも私自身はそうだった)。よって、案外私の解釈も、小林氏の真意からそれほど離れたものではないのではと思えて来る(自画自賛が過ぎる?)。ご参考に、「7つの視座」の項目だけ列記しておく。私の記事を読まれた皆さんがどのようにこの視座を解釈されるのか興味深いところだが、『まるでわからん!』とおっしゃる方はあしからず。原著をあたり、ご自分で確かめてみていただきたい。

失敗をしよう。失敗を許そう

新しい『希少』を探せ

違うもの同士をくっつけろ

検索できないものをみつけよう

素敵に周りの人の力を借りよう

イデアはバージョンアップさせよう

ウェブのリアリティを獲得しよう