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最近の『飲食店/若者/炎上』の意味するところ

気になる炎上事件と冷静な世論


この夏、私が一番気になった現象は、コンビニの冷蔵庫に入った写真をTwitterで公開して炎上するような、所謂、飲食店で炎上する若者の急増である。


このタイプの炎上は、今回の騒動が起きる前から事例としてはあったし(ケンタッキー事件等 *1 )、この手の事件は数は増えてきているとはいえ、これまでは突発的かつ単発のケースがほとんどだった。だから、この夏の最初の『コンビニ冷蔵庫』事件が起きた際にも、ネット世論も大方ありきたりで、型にはまった反応だった。

曰く、

仲間内にメールを送り合っているような意識でいて、Twitterは不特定多数に公開されていることに気づいていない(ネットリタラシーの低さ、仕組みに不慣れなユーザーの増加)


バイト先のコンビニをクビになるだけでなく、親兄弟、学校等にばれてお灸を据えられたり、場合によっては損害賠償請求を求められたり、刑事訴追を受けたり、非常にシリアスな問題になる、ということへ想像力がおよばない(世間の仕組みや、大人の世界の無理解)


だから、従前同様、こんなばかなことをすると、自分が想像していたよりずっと痛い目にあうことを知らしめれば、自然におさまっていくだろうと楽観視されていたように思う。『スマホの急速な普及もあって、馬鹿な行為が可視化される数自体増えて見えているだけで、実際に件数が増えたのかどうかは本当のところわからないし、いずれにしても時間の問題ですぐにおさまっていくに違いない』、大抵の人はその程度に思っていたのではないか。



連鎖反応と新たな視点


だが、おさまるどころか、まるで連鎖反応のごとく、同種の事件が毎日のように起きるようになる。最初のころは、コンビニ等のアルバイト従業員が中心だったが、最近では、その店のお客にまで広がっているようだ。店側は刑事告訴、というようなハードな対応もにおわしてるのに、ほとんど効果らしい効果はみられない(だから店側の対応もエスカレートしてきているようだ)。さすがに、いくらなんでも、これはもう少し根深い問題なのではないか、という視点が出始めた。中には、非常なリアリティと説得力があって話題になった記事もあった。例えば、この記事。


http://lkhjkljkljdkljl.hatenablog.com/entry/2013/08/06/155425


筆者によれば、この世には彼が、『低学歴の世界』とよぶ集団がいて、普通の常識とはまったくべつの完結した『世界』があり、その『世界』では冷蔵庫に入って写真を撮るくらいのことは、さほど目くじらをたてるほどのことはなく、『武勇伝』『若者の元気の発露』等として許容されるべき、というような秩序意識・法感覚のようなものがあるという(文意を汲み取ってまとめたので、私自身の理解が混在しているかもしれない)。


文章には少々言葉足らずなところはあるが、その意味するところはなかなかに深い。日本がいよいよ欧米のような階級社会に突入し始めていて、その兆しを写し取っているかもしれないからだ。しかもお互い別の島宇宙で我関せず、というのではなく、潜在的な破壊願望や階級対立の構図さえ見え隠れする。その気配を感じ取る人はあきらかに増えている。その証拠に、とうとうこんなワーディングさえあてがわれるようになった。


『アルバイトテロ』



『テロ』? なのか?


破壊願望ではなく、『破壊』、悪ふざけではなく、『テロ』、そういうしかない現象と感じる人が多くなって来ているということだろう。企業側の対応も、ついに『冷蔵庫に入りません』という内容の誓約書を書かせるところが出て来ているのだという。『そんなこと、常識でわかるだろう』、というようなコミュニティや社会の常識に訴えることをあきらめて、『法律』で対処するというわけだ。性善説から性悪説への転換といってもいい。性悪説が当然となれば、最悪、他国にみられるような『権力の横暴』と『暴力的反発』がエスカレートするということにもなりかねない


しばらく前に、思想家の内田樹氏は、自著『下流志向』*2で、勉強をまったくしないことを積極的によしとする生徒が学校内で出現してきているという衝撃の事象(「労働からの逃走」「学びからの逃走」)を明らかにして、大変な反響をよんだものだが、あれから10年近くの年月を隔てて、彼らが大きな塊となって一大勢力となり、スマホという装置のおかげで可視化し、さらには、コンビニや外食のような、現代の資本主義の最先端を象徴する産業(その中にはブラック企業と名指しされる企業も少なくない)への反発、破壊(破壊願望)として吹き出して来ているということではないのか。あまり断言できるほどの材料を集めたわけではないが、どうしても、個々の評価や推論が、自分の頭の中で、悪夢のようなストーリーや仮説として組み上がっていく。



『下流志向』のその後


『下流志向』の著者、内田氏は、この『下流志向』出現の根本原因は、教育に携わる側が、学校という教育の場を、『高収入を得るための手段を教わる場所』、あるいは、『少しでもよい条件の就職口に就職するために備える場所』に矮小化してしまったことへのアンチテーゼと語るが、最近のインタビューでは、学校側のいう『よい就職口』に入ったところで、今の弱体化した大半の日本企業では、一流と言われる企業でさえたいした未来は保証されないことは見え見えになってきているので、クレバーな若者は、単に大人に反発するだけではなく、学校や企業の言う事を鵜呑みにせず、自分たち自身の価値観にもとづいて、自分たちの納得のいく事業を起こしていくようなケースも増えているというから、案外悲観ばかりしたものでもない。(確かに私自身、そういう実感はある。)ただ、それはそれで、来るべき階級社会到来を予感させる動向ではある。

続『下流志向』・その後の若者たち ~対談・内田樹【前編】 - 日経トレンディネット
日本企業は若者とどう付き合うべきか? ~対談・内田樹【後編】 - 日経トレンディネット



ターニングポイント?


今では、大半の人は、『階級社会』『法化社会』は受け入れるしかない、と考えているように思えるが、それはまた、日本社会が常識として持っていた、『徳』や『コミュニティの善性』『公共善』の概念がますます希薄になっていくこともまた避けられないことを意味する。それ自体が問題ではないかという観点もさることながら、今後、本当にこれを日本人の潜在的な秩序感が反発せずに受け入れることができるのか、先祖帰りをしたような動き(右翼的、パターナリズム的な動き)が刺激されるようなことはないのか、『暴動』のような騒動に繋がっていく懸念はないのか。『ヘイトスピーチ*3のような現象を見ていると、あながち取り越し苦労とばかりもいえないように思えてくる。そして、昨今の炎上事件は、ターニングポイントを象徴する事件なのではないか。当面、目が離せない。