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80年代バブル文化読み解き講座 by速水健朗(第2回目)

思想家の東浩紀氏が経営するゲンロンカフェで行われた、編集者・ライターの速水健朗氏による『80年代バブル文化読み解き講座』の第2回目に行って来たので、レポートを書こうと思いながら、ずいぶん遅くなってしまった。完全に旧聞になってしまった感があるが、次回の第3回目でこのシリーズが完結することを考えれば、シリーズ全体の中では途中と言えなくもない。取りあえず感じたままを書き残しておこうと思う。


開催概要は下記の通り。


日時:2013年6月12日(水) 19:00〜20:30


場所:ゲンロンカフェ(五反田)


講師:速水健朗フリーランス編集者・ライター。1973年生。著書に『ケータイ小説的。――
         “再ヤンキー化”時代の少女たち』(2008),
         『ラーメンと愛国』(2011),『都市と消費とディズニーの夢』(2012)他。)

講義概要:

80年代バブル経済期とは、連合赤軍事件とオウム事件の中間であり、東京五輪1964と2020の中間に置かれた点でもあります。バブル期をあだ花のように受け止めるのは間違いで、連続する戦後史の流れとともに、捕らえ直す必要があるでしょう。本講義では、「都市」、「観光(リゾート)」、「革命」という3つのテーマから、バブルを戦後史の中に位置づけます。


第2回目の今回は、「ユーミン・達郎の下部構造に見る戦後日本のリゾート開発」を取り扱います。
[ゲンロンスクール]速水健朗「80年代バブル文化読み解き講座」第2回(全3回) | Peatix

前回と今回


前回は、トレンディドラマから垣間見えるものから始まって、日本の都市論の現在、今後を見据えた提言等、底流にあるヒドゥン・ストーリーが透け出ていたため、それを多少強引にクローズアップして、輪郭をつけることでレポートを書き上げることができた。
80年代バブル文化読み解き講座 by速水健朗 atゲンロンカフェ - 風観羽 情報空間を羽のように舞い本質を観る


実は、今回もその線でレポートを書こうと目論んでいたのだが、少々あてが外れた。前回同様、当時起きていた事象に加えて当時は見えにくかった意図や背景等も明らかにされていくのだが、それが何を意味していたのか、どのような教訓を残したのか等についてはほとんど語られることはなかった。淡々と客観的にあの頃のことを振り返っていく。過度な思い入れや思い込み等はほとんど感じられない。思えば、この種のネタと語り口は、速水氏の十八番ともいえるもので、それは日本の音楽系アーティストのことを扱った、速水氏の過去の著作にも明確に現れている。

タイアップの歌謡史 (新書y)

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バンド臨終図巻

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ジャニ研!: ジャニーズ文化論

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組織的な活動


今回速水氏は、山下達郎ユーミン松任谷由実)といった日本の歌謡史に燦然と輝く大物アーティストをとりあげて、バブル期(厳密に言えばその前後を含む)に、大資本(JR、JAL/ANA西武グループ等)が宣伝戦略として企画したキャンペーン(特にリゾート開発/観光)に、二人のような大物アーティストが起用されるような組織的な活動が恒常的に行われていたことを浮き彫りにする。単にアーティストの活動の表面だけ追っているのでは決して見えてこない、大きな歯車が噛合った構造が次々に明らかになっていく。


この『淡々とした語り』の底流に速水氏が抱くストーリーを見いだすのは簡単ではないが、少なくとも自分にとってはこの語りから得られる気づきは少なくない。たとえば、昨今CDはすっかり売れなくなったわけだが、過去、CDはどのようにして売れていたのか。最近のミリオンセラーはAKB48のような企画物ばかりで、音楽性より企画の優劣がCD売り上げを決めているという批判も少なくないが、CD販売の最盛期(ピークは1998年)にも(それ以前にも)いわゆる『タイアップ』は連綿と行われて来たのが、この国の音楽業界であることもあらためてよくわかる。但し、当時のタイアップは現代ではまったく機能しないと考えられるが、それはどうしてなのか。当時と今は何が違っているのかというようなことも、ありありと飲み込めてくる。



『夏と冬』しかない


それにしても、今回語られた、山下達郎ユーミンはじめ、杉山清貴、チューブ、角松敏生等、同時代で聴いていた私としては、バブルの仕掛けに踊っていた気恥ずかしさを感じながらも、すっかり忘れていた時代の空気が楽曲によって封印が解かれて、しばし恍惚に浸ってしまいそうになった。ただ、あらためて振り返ると、速水氏の説明のとおり、『夏と冬』しかない、というのは本当だなと思う。

【A面】犬にかぶらせろ!: ゲンロンスクール:バブル読み解き講座第2回資料


自分自身、あの頃意図的につくられた『夏』のイメージには、長く影響を受け続けたこともあり、個人的な感慨もある。それは洗練されたリゾート(特に海)のイメージであり、延々と続く終わらない夏だ。一度踏み込むと抜け出ることができない。抜け出ようとすると、人生の最も大事な果実が手からすり抜けていくような喪失感にさいなまされる。恍惚感と喪失感が入り交じって、いつも急き立てられ続ける感じは、バブル期の心理状態そのものともいえる。時は金なり。こうしている間にも土地も株もどんどん上がっていく。早く手をつければ勝ち組になれるが、遅れると、その差は一生取り戻すことはできないのではないかという不安感。そして、焦りと恐怖。だが、勝利の華やかさも半端ではない。沢山の『成功イメージ』が繰り返しマスメディアから流れてくる。何と飴もムチも潤沢な時代だろう。だから、皆が全速力で前を向いて走っていた。私の知るバブル時代とはそういう時代だった。


冬の最大のイベント、クリスマスもこの時期非常に『特異なクリスマス』だった。そもそも(海外ではもちろん)日本でもクリスマスというのは家族で過ごすイベントだったはずなのに、バブル期には、カップルで、『蕩尽』とさえいえそうな贅沢な消費を競うイベントになってしまった。そして、『クリスマスにカップルで過ごせないようでは人生の負け組』とでも言わんばかりの切迫感を皆(男女とも)が感じていた。クリスマスという特別な記号を消費することに追い立てられていた。クリスマス前には、無理矢理カップルになる事自体が目的、というような本末転倒も当然のように起きた。



虚構の時代の憧れと幻滅


当時、自分は自分なりに、この時代に名前をつけるとすると何が適当だろうと考えていたことがあった。今にして思えば能天気きわまりないが、私の命名は『夢と憧れ』だった。ちょっと頑張れば手に届きそうなところに憧れの生活がある。しかも、経済は右肩上がりで、真面目に頑張れば必ず報われる、そう思っていた。


だが、社会学者の見田宗介氏は、戦後の精神史を語る上で、1975年から1990年に至るこの時期を『虚構の時代』と呼んだ。思えば、あの頃の夢や願望は、決して現状に安住することを許されない、『蜃気楼』であり『渇望』だった。たどりついても、もっともっと、と促されていた。確かにそれは、『虚構』としか言いようがないが、この虚構は資本主義経済の最大の原動力でもあった。物的なフロンティアがなくなったあとは、心理的なフロンティアを無限に開拓するしかない。そのためには、音楽であれ、映像であれ、あらん限り投入された。だがそれは記号消費を最大限拡張するためにつくられた『虚構』だったというなら、確かにそうだったかもしれない。


昨今の若者は、海にも行かないし、スキーにもいかない。そもそも車に興味がない。旅行に行く人もどんどん減り続けている。会場の1/3くらいは、山下達郎ユーミンを知らないと答えていたが、実際に聴いても興味を感じない人も多いかもしれない。かつての『夢と憧れ』はすっかり『幻滅』へと転じてしまったようだ。



再構築の可能性


では、この過程で時代から置いてきぼりにされてしまい、今では『大資本のステルスマーケティングの手先』『バブルの痛い思い出』等との悪評を上増しして、人々のマインドの中にネガティブイメージとして定着してしまった要素(スキー、マリンスポーツ、車、旅行、観光、リゾート等)に、もう復活の可能性はないのだろうか。かつての手法に則を仰ぐことはもうできそうにない。だが、現代では、インターネットがあり、ソーシャルメディアがある。コミュニティー構築の起点としたり、あらたな物語をつくりあげてアピールしたり、ゲーミフィケーションの要素を入れてバーチャルとの融合をはかったり、反転してポジティブなイメージを持つ別のものに再構築できるチャンスが巡って来ているように私には思える。しかも、これらの要素は皆、次世代のもう一つの重要なキーワードである、『身体性』を帯びたものばかりだ。技術の進化に伴い、虚構と現実が不可分に絡まり始め、拡張現実の様相を呈し始めた現代でこそ、大きく生かせる可能性があるともいえる。


このあたりは、速水氏の講座で出て来た話ではなく、その話から自分が広げた連想だ(しかも、全体を通してタイトルに掲げられた、リゾート開発についての文脈ではなくなってしまった)。だが、そういうものを引き出す内容の豊かさこそ、一連の著作を含めた速水氏のお話の魅力だと思う。次回は、小説家の村上龍村上春樹のダブル村上を取り上げる予定だという。お話についていけるよう多少予習して、また参加したいと思う。