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『O2O』『ウェアラブル』そして『アンビエント・インテリジェンス』

急激に普及したスマートフォン


この1〜2年、日本で最も変化したことをあげるとすれば、『スマートフォンの急速な普及』が上位に来る事は誰も否定しないだろう。特に首都圏にいて電車に乗っていると、見かける携帯電話の7〜8割以上がスマートフォンといっても過言ではない。iPadのようなタブレットを取り出して何か読んでいる人もかなりいる。もちろん、実際にはまだガラケーを後生大事に手放さない人も少なくない。私の友人にもそういう人は何人もいる。だが、もう大勢は決したと言わざるをえない。何せ、各キャリアの携帯電話の発売計画を見ると、9割方スマートフォン*1。携帯電話のバッテリーの耐用年数はそれほど長くないことを勘案すると、早晩ガラケーはレア・アイテムと化す運命にある。


この雪崩現象とでもいいたくなるような状況は、日本人の行動パターンを様々に変えつつあるが、その中でも一番大きいのは、当然外出先での行動の変化ということになる。それはそうだろう。外出自に『高性能なネットに繋がったPC』と同等レベルのガジェットが手元にあるのだ。変わらない方がおかしい。



根底から変わった外出時のライフスタイル


これから入ろうとしているレストランの評価をネットで確認し、それが低ければ代わりの場所をすぐに見つけ、地図でその場所を確認するだけではなく、ナビでそこまで誘導してもらう。ソーシャルメディアを通じて、友人(複数)に意見を聞いてみてもいい。調べれば、ディスカウント・クーポンが見つかるかもしれない。食べた後は、その評価を今度は自分が発信して共有する。買い物をするにあたっては、展示価格よりもっと安いところはないか調べた上で、もっと安いところが見つかれば、店頭で交渉したり、売り場で実物の細部が確認できたら、そのままECサイトで注文してしまう。こんなことを、一部の新しい物好きだけではなく、ごく普通の人が簡単にやれるようになってきている。つい先頃までおよそ想像もできなかったようなことばかりだ。日本人の外出時のライフスタイルが根底から変わりつつある、といっても決して大げさではあるまい。



O2Oの熾烈な椅子取りゲーム


当然、店舗側、サービスを提供する側も根本的なビジネススタイルの見直しを迫られている。顧客がスマートフォンを手にしている時代』と『手にしていなかった時代』がまったく別物になってしまったとさえ言える。『O2O(オンライン・トゥ・オフライン)』という聞き慣れない奇妙なバズワードの登場に戸惑ったのも、ついこの間という気がするが、今ではこのバズワードの流布のスピードよりも、実際のO2O的なビジネス手法やシステムの方がずっと早く先に走り始めてしまった感さえある。しかも、このO2Oと総称される現象は、リアルビジネスを巻き込んでいるだけあって、収益が伴うモデルが比較的組みやすく、大資本からベンチャーまで参入のすそ野が広い。よく市場を観察してみるとすでに熾烈な『椅子取りゲーム』が始まっている。



O2Oの現状の俯瞰


このO2Oの概況を、現段階で総括的に把握するのに、『IT批評VOL.3 −乱反射するインターネットと消費社会−』*2はおすすめだ。全体像から、最先端の問題まで幅広く網羅している。個性的な執筆者たちの記事は、それぞれ皆とても面白いが、全体として足下で起きていることを整理したい向きには、松浦由美子氏の記事、『消費のパラダイムシフトとしてのO2O』が出色だ。(松浦氏については、O2Oを扱った著書*3もあり、これも非常に良くまとまっていて読みやすい。)以下、松浦氏の記事を借りて、O2Oの現状を俯瞰してみる。


記事中に、『オンラインとオフライン消費をめぐる5つの経路』と題して、図入りで解説されていて、何よりこれがとてもわかりやすいので、図を併せて引用させていただく。


 


(1) リアルメディア→リアル店舗

いわゆる旧来型の広告・販促手法(テレビCM、新聞広告、チラシ等)。効果測定できないのが大きな欠点


(2) ネットメディア→ネット通販:

インターネット導入とともに確立されてきた手法。Yahoo! JAPAN等のポータルが提供するサイトに貼るバナー広告、Google検索連動型広告等が典型例。効果測定が可能で、成果に応じた報酬を得ることができる。


(3) リアルメディア→ネット通販:

テレビや雑誌に、楽天市場やZOZOTOWN等の総合通販サイトの集客を促す広告を出すようなケース。ネット通販の拡大に伴って出て来た。


(4) ネットメディア→ リアル店舗: O2O(オンライン・トゥ・オフライン)

これが、ネットメディアからリアル店舗へ消費者を促す、O2Oと言われる手法。食べログで、レストランを探し、共同購入クーポンのグルーポンで格安ホテルを予約するような消費行動が2011年頃からスマートフォンソーシャルメディアの拡大を背景に加速。


Yahoo!JAPAN、GoogleFacebook、LINE等の大手ネット企業や、位置ゲー(位置情報を利用したソーシャルゲーム)を軸として集客をしかけるコロプラマピオン等のネット企業等、続々とO2O市場に参入し、サービスを強化し始めた。


(5) 顧客循環型O2O:

ネットメディア、リアルメディア、ネット通販、リアル店舗の4つの要素を使い分け、効果的に循環させてO2Oを組み立てる手法。ローソン、良品計画ユナイテッドアローズ等が展開。20種類以上のソーシャルメディアを使い分けて消費者を店舗に送客するローソン、無印ブランドのコンセプトや考え方に『共感』してもらい顧客との長期にわたる良好な関係を築こうとする良品計画等、広義のO2Oというべき拡張された手法。



さらに進化しつつあるO2O


松浦氏は、O2Oは加速するIT技術革新によりさらに進化しつつある、として、さらに3つのポイントをあげている。


(1) 従来のリアルメディアのネット化:

NFC( Near Field Communication、近距離無線通信の国際規格。10cm程度の近距離での双方向データ通信を可能とする無線通信技術)、音声認識技術(テレビやラジオの音声に埋め込んだ情報を読み取って解析)等の技術により、テレビ/ラジオの番組やCM、電車内のつり皮広告、ドアステッカー広告等に埋め込まれた情報をスマートフォンのアプリで読み取り、連動したコンテンツを配信するような仕組み。リアルメディアがネットの入り口となりデジタルデータ化が進むことで、消費者の行動分析、広告の効果測定等が可能となる。


(2) リアル店舗のネット化:

Wi-Fi、IMES ( Indoor Messaging System、 GPS伝播の届かない屋内で、専用の通信機器を設置し、位置情報を計測)、NFC、AR(Augmented Reality)、デジタルサイネージ等の技術が利用される。代表事例として、ここでは、阪神阪急グループ、NTTグループ博報堂によるモバイル会員向けO2Oサービス『SMART STACIA(スマートスタシア)』が紹介されている。https://stacia.jp/smart_p/ 


その実証実験の地として、「阪急西宮スタジアム(旧阪急西宮球場)」跡地における再開発により生まれた巨大ショッピングモール、『阪急西宮ガーデンズ』をまるごとネット化している事例は大変興味深い。館内のいたるところに設置されたWi-Fi端末の電波により高速ネット通信が利用できるだけではなく、Wi-Fiの三角測量技術でスマートフォンを持つ人の屋内の位置計測ができる。この環境下でスマートフォン専用のアプリを立ち上げることで、近未来的な体験が可能となる。


・自分が施設のフロアーマップ上どこにいるか正確に把握できる(ルート案内もできる)

・店舗に近づくとクーポン等のお知らせがプッシュ配信される

・店舗でNFC搭載スマートフォンをかざすとクーポンを受け取れる

・会員カードは不要ですべてスマートフォンのアプリで管理

・来店ポイントは館内に設置された専用端末にNFC搭載スマートフォンをかざして受け取る

NFCタグを埋め込んだポスターにスマートフォンをかざすと店舗情報を受け取れる

・レストランは店頭のタブレット端末で予約、順番が来ると電話で連絡

・駐車した車の位置をアプリに登録、NFC付きスマート地図で場所を表示


その他、他言語対応、バーチャル試着、顧客と店員とのコミュニケーション等、顧客が便利で快適に過ごせる場とする各種の工夫も施されているようだ。


(3) リアルとネットの消費者の行動履歴をすべて蓄積分析する『ビッグデータ』:


リアルメディアもリアル店舗もネット化されるということは、消費者のネットとリアルのあらゆる行動履歴が収集され、蓄積し、分析可能となるということを意味する。顧客一人一人に最適な、最も必要とされる情報やサービスを届けるための競争が、スケールを大幅に拡大して始まっている。



アンビエント・インテリジェンス


松浦氏の記事の中で、私が最も興味をひかれたのは、『リアル店舗のネット化』だ。特に実証実験が始まっている阪急西宮ガーデンズのような例は、特殊なケースではなく、全国、というより全世界に急速に普及していくプロトタイプというべきだろう。ここで実現されていることを見ていると、1990年代後半くらいから、欧州を中心に流布していったアンビエント・インテリジェンス』のコンセプトが、今まさに本格的に具体化し始めていることを実感できる。これは、人間の周囲、環境のあらゆる部分をIT機器や技術でインテリジェンス化し、それらを相互にネットワーク化して、人間が求めているものを人間がいちいち意識したり、指示したりせずとも自動的に実現してくれる、というコンセプトだ。


もっとも、現段階では、店舗等に来るといちいちスマートフォンを鞄やポケットから取り出して、スイッチを入れて、NFC搭載端末等に自分でかざす、というような意識的な行動や指示が必要だ。人間の側のアクションが何段階もあって、実際にはかなり面倒で、初心者やものぐさにはハードルが高そうだ。(鞄からスマートフォンを取り出す → スイッチを入れる →  アプリをインストールする(立ち上げる) → ID/パスワードを入れる → NFC付きポスター/地図等を探す → スマートフォンをかざす)途中で面倒になって止めてしまいそうだ。阪急西宮ガーデンズではどうかはわからないが、他の施設ではこの種の仕組みがあっても、QRコードを読まされたりする面倒があったり、かざし方が悪くて(逆向き、等)うまくいかなくて、自動的どころか、意識的にやってもうまくいかないようなことも少なくない。



もう一つのブレークスルー:ウェアラブル


だが、この点については、もう一つ別の方向からのブレークスルーがやってこようとしている。『ウェアラブル』デバイスがそれだ。*4


ウェアラブル』と言えば、字句通りに言えば、『衣類のように着られる』という意味で、すでに、眼鏡、腕時計、ブレスレットというような形で市場にも出て来ているし、Appleの『iWatch』*5や、すでにプロトタイプが存在する『Google Glass*6などの、本格的な『ウェアラブル』が2013年中には発売されるという。ごく近いうちに、おそらくはトップ企業のプライドをかけた、実用域に達したプロダクトが市場に出てくると思われる。



『身体センサリング』と『外界センサリング』


このあたりの事情は、ジャーナリストの佐々木俊尚氏の3月25日付けのメールマガジン、『間もなくやってくる「ウェアラブル」時代を徹底理解する 佐々木俊尚の未来地図レポート Vol.237』に非常に詳しく語られている。


私など、恥ずかしながら、この記事を読む前は、『iWatchなんて、スマートフォンでも小さくて字が読めないのに、時計のサイズになったらとてもではないがディスプレーを見る気がおきない』だの、『Google Glassなんかかけて街を歩いたら、事故にあうだろうし、ごちゃごちゃと映像や字が眼鏡の画面に現れたら頭が痛くなるに違いない』という程度の認識だったのだが、正直、目が覚めた思いをした。佐々木氏は『ウェアラブル』の最大のポイントは、『身体センサリング』と『外界センサリング』であると指摘する。そして、まさに『アンビエント・インテリジェンス』を実現するためのキー・デバイスとして語られている。『ウェアラブル』であればポケットや鞄にしまわれるのではなく、外界にむき出しになっているという意味で恒常的な『外界センサリング』ができるだろうし、ブレスレットのような肌に直接つけるようなものなら、体温や脈拍をはかり続ける『身体センサリング』も可能になる。

アンビエント・インテリジェンスで必要なのは、まず第1に、ユーザーが今どのような状況なのかというコンテキストデータを収集すること。たとえば走っているのか、寝転んでいるのか、疲れているのか、元気なのか。これが「身体センサリング」です。第2に、ユーザーがどのような場所や位置にいるのかを知ること。気温や湿度、暗い場所なのか明るい場所なのか、他の人やクルマは近くにいるのか。これが「外界センサリング」。


 この身体センサリングと外界センサリングの両方を兼ね備えても、単にデータがそこにあるだけでは何もできません。それらのセンサデータを解析して活用する必要があり、そのために第3の要素として、データをクラウドに送ってその先で計算するビッグデータ技術が重要になってきます。


 つまりアンビエント・インテリジェンスを実現するための要素として、まず第1と第2の「身体センサリング」「外界センサリング」をもったウェアラブルバイスがあり、そしてウェアラブルバイスで集められたセンサデータを解析するためのクラウドビッグデータ。こういう構造が、今後のウェアラブルバイスをとりまく新しいエコシステムになっていくということです。


佐々木俊尚の未来地図レポート Vol.237より引用

スマートフォンからウェアラブル・デバイスへ


阪急西宮ガーデンズ』もショッピングモールという単位でエコシステムを実現していく試みといえるが、中心にあるのはスマートフォンだ。これが、『ウェアラブル』になることで、格段に進化することがイメージできる。人間が意識することなく、自動的に、最も快適な環境を実現するというコンセプトが本当に実現することになる。


佐々木氏のコンセプトを自分で理解するために、図を書いてみたので、ご参考にしていただければ幸いだ。




今後とも増えるショッピングモール


以前に書いたことだが、思想家の東浩紀氏や、編集者・フリーライター速水健朗氏の言うように、ポストモダン社会は多様な人間集団の共生を公準としており、街には老人も子どもも来られなくてはならないし、いろいろなひとが楽しめなければならない。そのため、清潔で安全な『人間工学的に正しい』街区としてのショッピングモールは今後とも世界中の都市建設の中核であり続けると考えられる。そして、ショッピングモールの中心になる優良コンテンツは『安全』、『清潔』、『バリヤフリー』で、『テーマパーク的な面白さ』のある、より時間消費型になりつつあり、『誰もがそこで長い時間過ごしたい場所』になってきているし、今後より一層、そうなるだろう。その意味でも、『アンビエント・インテリジェンス』は、今後の有望分野だし、商業的な資源が投入されることで、加速度的に進化していくだろう。同時に、O2Oの手法もより洗練され、進化していくことは間違いない。

ショッピングモールから都市論の深みにはまってみる - 風観羽 情報空間を羽のように舞い本質を観る



心理的な快適さ』の重要性


但し、環境が快適で便利になっていくことは間違いないとしても、自分が常に監視され、自分の情報がより詳細に分析され、自分でさえ知らないような自分の行動特性を商業資本に把握されている、というプレッシャーはより強く感じられるようになる恐れもある。『心理的な快適さ』はむしろ低下していく可能性もあるということだ。こればかりは便利であれば消費者も我慢するだろう、と高を括ってばかりもいられない問題だ。今まで以上に心理的な快適さ』を実現し、顧客の信頼感を得ることが、ビジネスとしてのO2Oでの成功と密接に関係していくと考えられる。このあたりは、すでにO2Oに参入して、企業と消費者の『押し付けがましくならない関係』を徹底的に研究しているLINEがビジネスとしても勝ち組になりつつある事例が参考になる。今回はそこまで触れる余裕がないので、また別の機会に語りたいと思う。

*1:矢野経済研究所の推計によれば、2014年度にもフィーチャーフォンの出荷台数の割合が全ハンドセット出荷割合の1割を着る見通し。国内携帯電話出荷台数予測、2014年度にはフィーチャーフォンの割合が1割を切る |ビジネス+IT

*2:

IT批評Vol.3

IT批評Vol.3

*3:

*4:ウェアラブル - Google 検索

*5:iwatch - Google 検索

*6:Google Glass