多くの『気づき』があった第4回オーディオブックアワード

先日(12/11)開催された、オーディオブック配信サービスFeBe(フィービー)を運営する株式会社オトバンク(以下、オトバンク)主催による、『第4回オーディオブックアワード』に参加してきたので、簡単に感想を書いておこうと思う。


開催概要は以下の通り。

1.日時 2012年12月11日(火) 午後7時00分〜8時30分
  (開場:午後6時45分〜)


2.会場 東京ミッドタウン カンファレンス ROOM5


3.イベント内容
  ・特別対談 佐渡島庸平×瀧本哲史「これからの時代の出版業界・コンテンツの目指
   すところ」

  ・第4回オーディオブックアワード 受賞作品発表および表彰式典 他


受賞作品は以下の通り。

【オーディオブック・オブ・ザ・イヤー】
  『7つの習慣 クイックマスター・シリーズ』
  (フランクリン・コヴィー・ジャパン/編著、茶川亜郎/ナレーター)


【優秀作品賞】
  『読書の技法 誰でも本物の知識が身につく熟読術・速読術「超」入門』
  (佐藤優/著、ダイヤモンド社/刊、茶川亜郎/ナレーター)


【審査員特別賞】
  『99%の人がしていない たった1%の仕事のコツ』
  (河野英太郎/著、ディスカヴァー・トゥエンティワン/刊、市村徹/ナレーター)
  『人前で話すのがラクになる!5つの魔法』
  (金光サリィ/著、ダイヤモンド社/刊、北林きく子/ナレーター)


【ビジネス書部門大賞】
  『イシューからはじめよ―知的生産の「シンプルな本質」』
  (安宅和人/著、英治出版/刊、西村不二人/ナレーター)


【文芸書部門大賞】
  『ばんば憑き』
  (宮部みゆき/著、NHKサービスセンター/刊、中嶋朋子/ナレーター)

http://www.otobank.co.jp/top/audiobookaward4.pdf



一時は期待はずれと思っていた


私、個人的には、オーディオブックには早い段階から大変興味も感心もあり、ずいぶん沢山買ってきたという自負もある。オーディオブックに限らず、オーディオ素材全般に強い関心があり、PodcastからiTuneUに至るまで、一通り試してきた。特に車に乗って遠出する時や、他の事をしながら聞くにはこれに勝るものはないと思い、少しでも早く、少しでも多くの本がオーディオ化されることを期待してきた。


だが、正直言えば、オーディオブックは期待はずれ、というのがそれまでの私の印象だった。オーディオ化されたら買う気は満々なのに、これは、と思う本がなかなかオーディオ化されない。しかも値段が高過ぎる。そうしている内にすっかり興をそがれてしまい、めったにない長距離ドライブの前にちょっと眺めてみる程度にまで興味がしぼんでしまっていた。



うまくいっていなかった理由


日本でオーディオブックが今ひとつ伸び悩んでいた(少なくとも私はそう思っていた)理由をあげてみると、次のような感じになるだろうか。


(1)デバイスの制約

 ・そもそも、何らかのMP3プレイヤー等が必要で、しかもパソコンを持っている必要があった。
  そのような制約がまったくない「読む本」に比べれば市場はかなり限定されざるをえない。


(2)コンテンツの数が少ない(質、量ともに不足)

 ・昨今、電子書籍でも同様の議論が起きているが、相当数のコンテンツがなければ話にならない。
  しかも、数があっても内容がつまらないものばかりではどうしようもない。


(3)値段が高い

 ・声優、録音作業等が必要であり、コストが高くなりがちな構造はある程度理解できるものの、あまりに高いのでは、
  買う気が失せてしまう。特に初期のころは、バカ高いものが多かった印象がある。


(4)声優がミスマッチ/下手

 ・本の持つ雰囲気とまるでミスマッチだったり、明らかに下手な声優だと、オリジナルの雰囲気を壊してしまう。
  高名な声優ではコストが高くつくことは理解できるが、誰でもよいというわけにはいかない。


(5)オーディオ化する本の候補の選定が悪い

 ・目で読む本と耳で聞く本の売れ筋が同じとは限らない。用途、ユーザー、シーン等を精査していけば、
  当然、優先してオーディオ化すべき本、最適の声優の選択等決まってくるはずだが、
  そのような努力のあとはあまり感じられなかった。


(6)広告宣伝不足

 ・当時は、今以上にニッチな製品ということもあり、ほとんど宣伝らしい宣伝は見た事がなかった。


(7)ライフスタイルとしての提案がない

 ・本来、生活の質を変えるための起爆剤となりうるオーディオブックなのだから、
  それを使ったクールなライフスタイル等を訴求していけば、マスコミの取材、
  口コミによる拡散等も期待できるはず。それなのに、当時はユーザー自身が
  無理矢理自分でシーンやスタイルを見つけていく必要があった。
  当然、これといった適当なロールモデルも見当たらなかった。



追い風に乗ったオトバンク


だが、どうやら、私が失望気味に目線を切っている間に、オーディオブックにもターニングポイントがやってきていたようだ。そして、この機に頭角を現しつつあるのが、今回のアワードを主催するオトバンクということになる。


何より、この1〜2年のスマートフォンの爆発的な普及は、オーディオブックにとって強い追い風になったといえる。『フィーチャーフォン/パソコンなし』の人がスマートフォンに買いかえるだけで、オーディオブックの有力な潜在顧客に編入される。これは大きい。そして、その好機を最大限に利用して、上記にあげたようなネックを一気呵成に解消しようという意気込みを感じるのが、2010年7月にオトバンクがリリースした『朗読少女』というiPhone アプリだ。*1 青空文庫を中心とした著作権が切れてパブリックドメインになった名作を中心に、人気声優の『ささきのぞみ』が『乙葉しおり』という架空の少女に扮して作品を朗読してくれる。コンテンツの値段は、一作あたり¥350円が中心だったのをさらに¥250に値下げしようとしている。いずれにしても驚くべき安さだ。


そればかりか、『朗読を一時停止した際に、自動的にしおりを挟む』『気になったところに付箋を設定できる』等、従来のオーディオブックではなかった、まるで電子書籍のような仕様になっている。さらには、『少女にタッチすることで、コミュニケーションができる』とか、『少女とのコミュニケーションが好感度によって変化する』とか、『好感度の変化などによって特殊なイベントが起きることがある』というような、キャラクターを擬人化して、コミュニケーションを成立させ、ゲームやイベント的な要素を盛り込んであったりする。どうやら、『書かれたマテリアルを音声化する』という単なる利便性を超えて、まったく新しい体験を提供してくれるコンテンツに仕上がっている。2年間で100万ダウンロードの実績というのもうなずける。


もちろん、現段階では、声優とコンテンツのミスマッチ、少女テイストの違和感等、不満を漏らす声も少なくはないだろう。アプリの動作の問題をあげる意見も散見される。だが、ここを出発点にして、改善したり、さらに新しいバリエーションを加えたりできる余地は大きく、その可能性に非常に豊かなものを感じる。


これほどの興味深い『現象』が起きていたことをほとんど知らずに通り過ぎていた不明を恥じ入ると同時に、今回私のブログを見て、イベントに誘ってくれたオトバンクの広報部の中川真実氏には、この場を借りて感謝の意を表したい。



新しいタイプの起業家


ちなみに、2004年にオトバンクを設立した、代表取締役会長の上田渉氏は、オトバンク設立の原体験には、読書好きだった祖父が緑内障で失明したことがあるという。祖父のような目が不自由な人にも幸せな読書体験を提供したいというのがオトバンクの企業理念になっている。この上田氏が非常に興味深い人物であることも今回調べてみてよくわかった。オトバンク創業以前にNPO法人・IT企業の立ち上げや運営に係わって、『利益至上主義』でも『社会貢献』だけでもうまくいかない、ということを知ったという。短期的な利益より企業理念や仲間との価値観の共有を重視する、昨今出現しつつある新しいタイプの起業家の一人だ。起業家といっても、ライブドアを創業した堀江貴文氏のように、世界を背負ったり、世間を敵に回したり、というような気負いはまるで感じられない。シャイな好青年、という印象だ。



急展開の可能性


オトバンクの事業は、もちろん朗読少女だけではなく、既存の小説やノンフィクション、実用書等の普通のオーディオ化にも積極的に取り組んでいるようだが、価格設定がオリジナルの本と同等のリーズナブルなものが多くなってきている(本が爆発的に売れた『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』(ダイヤモンド社)など、オーディオブック価格が1680円と、書籍価格と同額の設定)。これなら、本を買うよりオーディオブックのほうにしておこう、という気にもなろうというものだ。ちょうど真打ちのアマゾンの参入もあり、電子書籍のほうも盛り上がってきているが、音声コンテンツを含めて、書籍ビジネスの世界も急展開しそうな情勢だ。工夫次第で、多様なビジネスが創造できる可能性を感じる。



オーラに満ちた『場』の出現?


ビジネスの可能性と言えば、今回のイベントの演目の一つとして、以前『モーニング』編集部にいて、『宇宙兄弟』の編集担当として知られ、先頃講談社を退社して作家エージェント会社・コルクを設立した佐渡島平氏と、エンジェル投資家の瀧本哲史氏の対談が組まれていたが、これがまた非常に面白かった。日本ではまだあまり知られていない『作家エージェント』という職業だが、欧米ではすでに沢山のエージェントが活躍しているという。出版社の担当は著作者の本の編集にほぼ特化していて、通常、本の販売意外には責任を負っていないが、エージェントは、作品の映画化、ゲーム化、海外での翻訳等コンテンツを総合的に売るための仲介役をつとめるという。佐渡島氏曰く、大手出版社にいてこれをやろうとしても、組織が縦割りになっている弊害でうまくいかないのだそうだ。確かに創造力があり、行動力が旺盛な起業家/ビジネスマンにとって、旧来の組織は窮屈でしかたがないだろう。本の原作というコンテンツは、単なる紙の本による出版だけではなく、それこそ、電子化、オーディオ化、テレビ化、映画化、ゲーム化等多層的なビジネスを展開できる可能性がある。市場も日本だけとは限らないイノベーションがおきそうなオーラに満ちた『場』がここに出現しつつあると言えそうだ。何だか私もほだされて元気をいただいた気がする。仕掛けられる側ではなく、仕掛ける側にまわって、日本を変えて行きたいものだとあらためて思った。