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『MEDIA MAKERS』はメディア関係者だけの本ではない

田端信太郎氏の処女作


先日恵比寿の本屋でたまたま見つけた、現NHN Japanの執行役員である田端信太郎氏の処女作、『MEDIA MAKERS』*1が予想以上に面白く、田端氏の人となりの一端が垣間見えた気がしたので、感じたことを書いておこうと思う。


田端信太郎氏と言えば、ネットビジネス関係者なら知らぬ人とていない、輝かしい履歴の持ち主だ。NTTデータを皮切りに、リクルートライブドア、コンデ・ネット・ジェイピー(コンデナスト・デジタル)、NHN Japanと渡り歩き、メディアに関連した非常に印象的な仕事をいくつも成し遂げ、現在でもNHN Japanで、LINEやNAVERまとめ等のメディア全般を取り扱う責任者として活躍している。


ただ、『カリスマ』といっていいほどの履歴であり、本来もっと注目すべきところながら、私はこれまであまり発言や行動を注視していなかった。もちろん、その仕事ぶりは先進的で手際もよく、何より、その時代に最も輝く場を見つけて身を置くセンスは抜群であり、この人は、時代の風を感じるセンスの良さと、メディアを操る技の熟達ぶりが持ち味なのだろうと漠然と考えていた。


だが、本書を読んでみるとかなり印象が違う。もちろん、センスも良ければ技術にも優れているのだろうが、それ以上に地道にじっくり考えるタイプの人であるように思える。そして、どうやら、センス以上にその哲学がしっかりしていて、今の時代のメディアとその役割を十分に読み解いていることが、何より成功の秘訣であるようだ。このタイプの人は我々のような凡人でもよく研究すれば得るところが多い。



メディア理解が競争力の源泉


かつてメディアは、個人にとっても、普通の企業にとっても、一方的に情報を受け取るだけの存在で、発信は限られた一部の人の『特権』だった。ところが、インターネットの発達によって、今では発信しようと思えば、それこそ誰でも簡単にできる時代になった。ホームページを作るのも、ブログを書くのもそれほど手間はかからない。それさえも面倒なら、FacebookTwitterを利用すれば直ちに発信できる。そのための経費もほとんどかからない。結果、マスメディアの権威は相対的に弱体まり、ソーシャルメディアは急速に膨張して、企業でも個人でも、自分たちの能力次第では、コストをほとんどかけずに、宣伝やユーザーとのコミュニケーションができるようになった。


ところが、企業人、中でも広告宣伝、広報業務担当者は、新しい環境で新しい競争が起きていることに突然気づくことになる。従来は、宣伝会社にお金を払っておけば、そこそこの宣伝プランを作ってくれて、さほどメディア自体の理解がなくとも、極端に言えばお金さえあれば、ほとんど『丸投げ』でも(多少のお金の無駄遣いにはなっても)さほど支障はなかった。ところが、今は、なまじ格安の手段が手元にあるだけに、それをうまく使いこなすことができるかどうかが、競争の軸となり、巧劣の差がはっきりと見えるようになった。しかも、従来のマスメディアによる広告宣伝のように、頼めば何でもうまくやってくれる便利な存在は見つけにくくなった。ソーシャルメディアの『自称専門家』はごまんといるが、その大半は、お金をはらう価値もないばかりか、詐欺まがいのところも少なくない。丸投げできなくなったどころか、ちゃんと選別できないとすぐに騙されて毒にも薬にもならないものをつかまされる。毒を盛られることさえある。



すべてのビジネスマンに必要なスキル


しかも、事は、広告宣伝、広報等のような企業の中でも特殊な職種だけの問題だけではなくなってしまった。およそどんな企業でも団体でも、社会との接点がある限り、何らかのコミュニケーションは不可欠だが、そのコミュニケーション全般に、何らかのメディア(特にソーシャルメディア)が係わってくる時代になった。コミュニケーションする相手は、消費者やユーザーだけではない。企業にいい人材を入れようとすれば、企業はその価値をきちんと発信しなければならない。優秀な人材ほど、給与より企業が発信する『価値』に敏感だ。株主やベンチャーキャピタリスト等に対してもそうだ。情報の重要性を知り、その意味を理解し、ちゃんと発信できる企業は、どの分野であれ、きちんと付加価値をつけて行くことが出来る時代だ。さらには、情報の収集手段としても、様々な種類のメディアごとにその特性を知り、どのような情報を収集するのに適しているのか、どのような欠点があるのか、それを通じて自らが発信することにどのような意味があるのか等を理解しておくこと自体が競争を勝ち抜くための決め手になってきている。すなわち、メディアに関するスキルは今ではおよそビジネスに係わる者すべてに必要なスキルになってきている。


そこのところを、田端氏は次のように語る。

私は、これからは何のビジネスをするにも、メディアについてある程度の理解をしておくことがビジネスパーソンには重要だと強く思います。ある一定以上のクラスのマネージャーになった人が「僕はファイナンスや会計のこと、わからないので…。償却って何ですか?」とは恥ずかしくて言えないですよね。それと同じように、その利用と読解のリタラシーがない人は、ビジネスパーソンとして、かなり「イケてない」感じになるのではないでしょうか。(まあ、これは、メディア業界人である私の我田引水的なところもあるのかもしれません。そこら辺を割り引いて受け取ることも、あなたのメディア・リタラシーです。) 同掲書P22


田端氏は『我田引水』と謙虚だが、私のような『メディア業界人』ではない立場から見ても、もはや我田引水でもなんでもない。まさに今、地滑り的に重要度が増しつつある。いまだにそのことに気づいていない人も多いのは確かだが、早晩、人材価値を量る重要な物差しとして社会的に認知される日が来るのは間違いない。



失敗例が目立つ


もっとも、昨今ではさすがに、企業人もFacebookTwitterは使うようになってきた。取りあえず、ソーシャルメディアの存在は『普通の人』にも知られ、浸透してきているといっていい。ただ、その分、『半可通』もやたらに増えてきた。その本質を理解せずに、自分よりさらに遅れてきた人たちに、『企業もどんどんソーシャルメディアを使うべき』と吹聴して回る類いの人だ。あなたの会社にもきっと沢山いるはずだ。だが、そういう人に限って、すぐに、『こんなものは使えない』と投げ出しているのではないか? 実際、ソーシャルメディアをマスメディアのように考えているとまったく期待はずれということもしばしばだろうし、逆に、マスメディアの価値を一方的に過小評価して、この時代ならではのマスメディアの利用価値などまったく気づいていなかったりする。PV、いいね!の数、Twitterのフォロワーの数等を得るために、面白おかしく、炎上も『アテンション』の内と言わんばかりのウケ狙いも非常に多い。もちろんこれらは、それぞれ重要な指標ではあるが、だからといって、企業の価値を本当に伝えられるかどうかは話は別で、こういう指標が必ずしも企業のファンを増やすことに貢献するとは限らない。


そして、そういうこともあって、今ではオウンド・メディア(自社メディア)が見直されてきているわけだが、これまた読者やユーザーのことをまるで考えずに、露出さえ高ければよしと言わんばかりに、単純に自社や自社製品を連呼するようなことになってしまうケースが本当に多い。マスメディアを抑制して、ソーシャルメディアに頼ってみたが結局虻蜂取らずになってしまうのは、どこにでも見られる光景だ。そして、結局こうつぶやくことになる。『ソーシャルメディアって、やっぱり全然だめだ。』 残念なことだが、今は成功例より数多くの失敗例が目立つ。


この点もやはりメディアに生きる田端氏としては嘆かずにはいられないようだ。

現在の一般的なウェブサイトのコンテンツ編成は、全ての記事やカテゴリ、サイトコーナーで、同じように読者のウケを狙い、PVを取りに行くような記事ばかりになってしまっている例が多いです。(中略)結果的に、読者のウケを狙ったような記事ばかりが、メリハリもなく金太郎飴のようにサイト内を埋め尽くし、読者は「あぁ、このサイトの編集者やライターは、PV乞食みたいに、PV欲しさで頭が一杯なんだな〜」「ネタとして考えていることも、だいたい自分の理解の範疇に収まるような、退屈な連中だな」と思われてしまうでしょう。要するに「ナメられている」わけです。こんな状況では、作り手への尊敬や畏怖の念などは、生まれてくるはずもありません。  同掲書 P132〜133

解決困難なジレンマ


メディアとして、尊敬や畏怖の対象になることができなければ、結局『クリックいくら』の叩き売りになり、ビジネスとしても痩せ細っていく。だが、企業がスポンサーになる広告宣伝モデルがほとんどの既存のメディアはどうしてもクライアントの悪口はかけず、一方格調高い記事を書いても普通の読者からは読んでもらえないのではどうしようもない。メディアがメディアとしての役割を最大限発揮するためには、この矛盾を解いていくしかない。

この悪循環から脱する道は、読者から尊敬されるような、ベタに言えば「ナメられないような」存在に、メディア編集者がなっていくしかありません。「勘違い」や「傲慢」に陥らずに、ギリギリのバランスを取りながら「俺は、私は、こう思う」的な熱き想いを読者に問い、畏怖させつつも、共感させることがその出発点となるでしょう。
エロ、グロ、バイオレンスな話題、セックス・スポーツ・スキャンダルの3Sの話題がPVを取れることは事実です。しかし、だからと言って、読者を見下さず、読者を尊敬し読者からリスペクトされること。メディアがブランド化し、豊穣なメディアの生態系ができていくためには、このあやふやなバランスの中を関わる編集者やライターが、もがき続けることにしか、未来はないように思えてきます。 同掲書 P134〜135


そしてまた田端氏はこうも言う。

そのような「純度」の高い思い、「使命に殉ずる情熱」こそが、紙だろうが、ウェブだろうが、ソーシャルメディアだろうが、メディアの形態に関係なく、もっとも速く幅広く受け手の心に響き、社会に伝播していくものだからです。 同掲書 P167


まったくその通りだと思うのだが、実際にこれができているメディアはそうはない。また、それにこだわるとスポンサーは離れ、PVも減って、ビジネスとしては成立しなくなる。まさにジレンマが立ち塞がる。



有料個人メルマガ


だが、規模は小さいが、これが出来ていると明言できるメディアが一つだけある。有料メールマガジン(個人メルマガ)である。


成功している個人メルマガ(堀江貴文氏、津田大介氏、佐々木俊尚氏、山本一郎氏等)は、それほど数が多いとは言えないし、このままの形で爆発的に増えるということもなさそうに思える。カテゴリー毎に数人から数十人で頭打ちになってしまうだろうと予測する人は多いし、私もそう思う。だが、その成功のエッセンスを研究することはメディアの将来を語る上でも非常に重要だ。その秘密を解き明かし、その上で組み立て直すことがどうやら近未来のメディアを使いこなす上での鍵になりそうだからだ。


田端氏の指摘から、この成功のエッセンスを書き出してみる。


・少人数で制作可能であり、コストがかからない


・発行にタイムラグがなくタイムリーで鮮度が高い


・「放っておけば課金が続く」モデルは有効なビジネスモデル基盤


・読者にとって自分の払ったおカネがよりダイレクトに著者に届くという
  認識が持てる(課金継続の担保)


・著者とコミュニケーションが成り立ったという幻想が持てる


・特定の個人が君臨する『王国型メディア』


・書き手『個人』と読み手『個人』が直結するダイレクト感


・『個人』のほうが法人やチーム型のユニット的な組織より
  『信頼』と『影響力』を構築しやすい

このように、今のメルマガというビジネスモデルは、少し離れて見てみると、重要なキーワード/キーコンセプトを沢山発見することができる。
『アンバンドリング』『リワイヤリング』『信頼』『影響力』『低コスト』『鮮度』『ダイレクト感』『著者と読者のコミュニケーション』『個人の時代』等々。これをどう生かしていくかは、各自で考える必要があるが、田端氏のいわんとすることは明快だ。



誰にでもおススメ


伏流するストーリーをやや強引に読み解く感じになってしまったが、田端氏のメディア理解が優れていて、かつ哲学がはっきりしていればこその荒技ともいえる。それに、ここでは取り上げることができなかったが、『メディアをコンテンツの軸で読み解く手法』、『キャラやペルソナの設定』、『テクノロジーのメディアに与える影響』等、興味深い切り口が沢山紹介されている。誰かの書評にあったが、一つ一つの事例やエピソードは、突拍子もなく新しいわけではなく、語られた指摘も、切れ味抜群、というわけでもない。だが、一つ一つ自分自身で経験して積み上げた現場感が伝わってくる。誰にでも簡単に読める体裁ながら、じっくり読み込むと価値がにじみ出てくる。ビジネスマンなら誰もが読んでおくべきおススメの一冊に仕上がっていると思う。

*1:

MEDIA MAKERS―社会が動く「影響力」の正体

MEDIA MAKERS―社会が動く「影響力」の正体